68、寿司、だれか、頼む
――【おまけ枠の寿司合戦】
「王司。あちらが寿司配信をしているから、我が家も寿司を取りました。配信しましょう」
「ママ……」
家に帰ると、潤羽ママがタブレットで配信を見せてきた。
『寿司、だれか、頼む』――そんなタイトルの配信画面で、火臣父子が浴衣姿で出前寿司を食べている。自宅のようだ。
「あの男、おすすめの出前寿司をアンケートして、1番になった店のを取ったのよ。我が家も同じのを取るわ」
「どうして……対抗しなくても……」
「あちらが溺愛パパで人気取りしているのよ。私だって溺愛ママとして世間に認知されたいわ」
「ああ……そういう……」
私は粛々と配信をスタートさせて、配信の説明欄とコメント欄に事のあらましを説明した。
視聴者のコメントを見る限り、楽しんでくれているようだ。
:あっちもこっちも飯テロしやがって
:謎の対抗意識で草
:王司ちゃんがかけてるけど唐辛子って寿司に合うの?
:お寿司おいしいよね
:恭彦君ガリばっか食べてる
:ママさん美人ですね
:本当のママは違う人なんだっけ?
『恭彦。サーモンを食べなさい』
「王司。サーモンを食べるのよ」
『恭彦。わさびを足しすぎじゃないか?』
「王司? どうして上から唐辛子をふりかけるの?」
『恭彦。いくらも食べなさい』
「王司……レッツいくらよ」
あちらが勧めると、ママは同じものを勧めてくる。
:バリバリ対抗してますね
:親に振り回される子供たち
:うちも寿司取りました(笑)
:こういう戦いならほっこりするからおじさんはいいと思うよ
『アクセは取り急ぎ通販サイトでポチポチしていくか。王司ちゃんにも贈ろう』
なにっ?
「い、いらないよ」
「あの男、懲りないわね。王司、届いたら全部転売しておやり」
:王司ちゃんもこの前、通販で衝動買いしたってインタビューで言ってたね
:親子だね
なにっ!
「親子って書いた人! この発言はうちの配信、NGだよ。ごめんね、削除するよ」
私はNOと言える日本人だ。削除させてもらおう。ぽちっ。
:消されて草
:言論統制である
:パパの話は元々NGなんや
『この発言はNGです。すみませんが、父の目に入る前に削除しますね』
:あっちの配信でも似たコメントした人が恭彦君に消されてる件
:複雑な親子だな
:嫉妬とかあるんでしょうか
:妹のNGを理解している兄なのよ
『そうだ。忘れないうちにオーディションの申し込み用紙書いとこう』
おや、恭彦が申し込み用紙書いてる。
応募受付開始してるんだ? 私も応募しなければ……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
翌日、私はスタープロモーションの事務所に行った。
事務所には、チラシとかイベント予定とかがいっぱい置いてあるコーナーがある。
ファンタジーものの小説で言うところの「冒険者ギルドの依頼掲示板」みたいなものだ。
「あ、あった、あった」
見つけたのは、『太陽と鳥』リメイク版ドラマのオーディションの申し込み用紙だ。
狙うのは、やっぱり江良が出来なかった主人公。少年時代ならいけるんじゃないかと睨んでいる。
申し込み後は、事務所側で「この子には無理」とか「この子は挑戦させてみよう」とか判断されて、実際に応募できるかが決まる。
ドラマ『鈴木家』は高い視聴率を記録していて、美咲の演技の評判もいい。
田川社長が「まだ中学生なのに、いきなり仕事しすぎは良くない」とか言い出さない限り、私は応募させてもらえるに違いない。
この後の時間はレッスンを受ける予定だったが、マネージャーの佐藤さんは「今日はレッスンはいいです」と言ってきた。
「王司ちゃん。八町大気監督が退院なさったんですって」
「えっ、そうなんですか。お見舞いに行くつもりだったんですけど、タイミングを逃しちゃいましたね。もちろん、退院はとってもいいことですけど」
佐藤さんが教えてくれた話によると、八町は私が色々と多忙なのを理解してくれていて「スケジュールに余裕がある時に、倒れてたところを発見した王司さんに直接会ってお礼を言わせてください」と言っていたという。
ごめん、八町。
退院おめでとう。
佐藤さんはほうじ茶を出してくれて、「王司ちゃんは最近忙しかったから」と猫撫で声になった。
おや? これはもしかして「まだ中学生なのに、いきなり仕事しすぎは良くない」のフラグ?
「佐藤さん。私、すごく余裕があります。学校の小テストも満点でした。夜にママと一緒に火臣家の寿司配信を見て、一緒になってコメント欄で変態コールするぐらい心の余裕があります」
「ああ、私も見てました。パパさんが王司ちゃん用のアクセを通販で爆買いしてましたよね。気持ちはわかるけど、他の人の配信荒らすのはやめましょう、王司ちゃん。嫌いな人の配信は、見ないのが一番ですよ」
「はい……」
そんなのわかってる。
でもなぜか見てしまうのがアンチ心理なんだ。
ママなんて嬉々として配信を見てアンチ行動を取ってるよ。
「あいつめ、またやってるわ!(見に行く)あいつこんなことを言ってるわ! なんて変態なの!(通報ぽちっ)」みたいな。
たぶん、それが一種の快感になってる。安心して殴れるサンドバッグなんだ。
結論:打犬が悪いよ。私はそう思うよ。
「自己暗示をかけます。打犬が悪い。打犬が悪い。打犬が悪い……」
メモ帳に赤いペンで文字を書きながら念じると、少し気が楽になった。
「重症ですね」と呆れたように言って、佐藤さんは八町の話に話題を戻してくれる。
「八町監督、王司ちゃんのファンレターも読んでくださって、すごく喜んでいらしたんですよ。田川社長も、『王司ちゃんは働きすぎかな』と言って、今日はのんびり景色でも楽しんでくるといいって。なので、レッスンはお休みです」
さっきオーディションの申し込み用紙を見つけた時に、展望台でのイベント情報も見かけた気がする。
近畿地方に拠点がある小劇団『西の柿座』の団員数人によるストリートパフォーマンスだったかな。
彼らがイベント会場や街角で短い劇を披露するのは珍しいことではなくて、「こどもと観る演劇プロジェクト」や「高校生のための演劇プロジェクト」にも積極的に参加している。八町とよく観に行った思い出がある。
わざわざレッスンもお休みとのことだし、田川社長はストリートパフォーマンスを観てプラスの刺激を受けておいでって意味でチケットをくれたのではないかな。
「ありがとうございます、佐藤さん。行ってきます」
よし行こう、今行こう。
セバスチャンに車を運転してもらい、私は池袋の展望台に移動した。
ジャージの上下を着て帽子と眼鏡とマスクで変装した私は、セバスチャンに目をやった。相変わらずの執事服に赤い髪という特徴は、やはり目立つ。
じっと見ていると、セバスチャンはエレベーターの前で尻ごみした。
「お嬢様!」
「なあに、セバスチャン」
「コウショが恐怖デス。下で待機OKデスカ」
「高所恐怖症? 絶対嘘だ……でも、いいよ。待ってて」
「アリガトございます、アッポーポイントあげマス」
「わーい」
もしかしたら、気を利かせてくれたのだろうか。
ここで気を利かせるなら、最初から変装とかすればいいのに……。でも、アッポーポイントがもらえたのはいいことだね。
エレベーターが上昇すると、耳が詰まったようになる。
恐怖症とか苦手とかではないけど、この気圧の変化を感じる瞬間は、ちょっとだけ不安になるかもしれない。
エレベーターの扉が開いて、他のお客さんたちが「わぁぁ」と楽しそうに会話しながら歩いていく。人の波に流されるように埋没してついていくと、『西の柿座』がいた。
2つのグループに分かれているのかな。
イベント会場を広く使っていて、寸劇をしながら見物人や通行人にどんどん絡んでいる。
片方は『不思議の国のアリス』で、もう片方は……『銀河鉄道の夜』かな?
たぶん、今日1日でどっちのチームがチップを多くもらえるか演技バトルしている。以前見た時、そうだったから。
「今の君は、いったいぜんたい、どれ?」
「ん?」
ぽん、と肩に手が置かれて、振り返ると黒い装束のお姉さんがいた。
「こんにちは、葉室王司さん」
お忍びの変装を見破られている。
聞き覚えがある小さな声は……アイドルオーディションで「審査員も見る目がないしね」と悪態ついて帰ったさくらお姉さんじゃないか。
……恨まれていたりして?




