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64、confession

 スポンサー企業が集まるパートナーシップディナー会の会場には、関係者が集まっていた。

 

 豪華なシャンデリアと生花に彩られた洗練された空間が広がっていて、繊細な刺繍が凝らされたテーブルクロスが掛けられたテーブルには、最高級の料理とワインが用意されている。


 ……二俣(にまた)夜輝(よるてみ)がいる。

 生まれながらの御曹司特有の、王様感。

 傲慢な存在感で、父親と一緒に挨拶をしてくる。


「新たにスポンサーに加わった仲間ですね、葉室さん」

「ご一緒できて嬉しいですわ、二俣さん」


 潤羽ママは優雅な微笑みで、二俣の父親と握手した。淑女って感じだ。


 席に着くと、おじいさまがいた。貫禄たっぷりで、大物感がある。

 私を見ると目を細めて口の端を持ち上げた。


「王司。おじいさまの隣においで」

 

 隣の席を勧められて座ると、周囲の大人たちが親戚のおじさん感のあるスマイルを浮かべた。

 火臣打犬の配信で見かけたヨイオン株式会社の星田(ほした)社長がいる。

  

「葉室さん、ようやく自慢のお孫さんにお会いできましたね」

「毎週放送が終わるたびに電話で自慢されてたし、テレビでよく見ているから、初めて会った気がしないな」

多絆(おおづな)さんは配信も観てますもんね」

「ははは。『鈴木家』に出演いただいている役者さんには、よくうちのワンカップを宣伝してもらってるんですよね」

「西園寺麗華でしょう」

「その方です。今度CMをお願いしようかと考えているんですよ」

 

 わあ、麗華お姉さん。おめでとう、欲しかったお仕事ゲットだよ。


 心の中でお祝いしていると、大人たちは「さて、日ノ源(ひのもと)さんの件についてですが」と優雅な討論会を始めた。予想してたけど、ここに子供が口を挟む余地はなさそうだな。


 日ノ源(ひのもと)総合ホールディングス株式会社の席には、数人が座っている。

 円城寺(えんじょうじ)善一(ぜんいち)(ほまれ)の父親は、やつれているように見えた。

 

 合計で8社になったスポンサー企業は、日ノ源(ひのもと)派と反日ノ源(ひのもと)派とに分かれていた。


「『プチッとコスメ』は、葉室さんと二俣さんに同意します」

多絆(おおづな)株式会社とヨイオン株式会社は、『鈴木家』のドラマを元のキャストで完走してほしいと考えていますよ」

「降板させるような咎はありませんでしたよねえ?」

「非は日ノ源(ひのもと)さんの側にあるのではありませんか」


 次々と発言が続く中、日ノ源(ひのもと)派の席にいた一人が声をあげる。

 

「解放区放送を見ましたが、あの少年Aは円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)君ではありませんか?」

 

 ……三日(みっか)自動車じゃないか。

 

「あれは少年Aです。それでいいじゃないですか。変に勘繰るのは悪意を感じますよ」

「悪意があるのは、日ノ源(ひのもと)さんでは?」


 料理は美味しいけど、雰囲気は最悪だな!

 私は日ノ源(ひのもと)派が発言するたびに「悲しいな」って表情をしたり、反日ノ源(ひのもと)派が発言するたびに「頼もしいな!」って顔をしたりしていた。百面相だ。

 

「多数決で決めようじゃありませんか。もう勝負は見えていますがね」

「くっ……」


 ギスギスとした空気の中、おじいさまがよく通る声を放った。


円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)君は、優秀な少年だと聞いています」


 好好爺とした笑顔であるが、声は鋼のように重く、堅い。

 「自分こそが最も発言力のある者である。若輩はひれ伏して従え」という暴君的なオーラがある。

 オーラを放ちつつ、口にする言葉は柔らかだ。怖い。

 

「私は優秀な者が好きなので、日ノ源(ひのもと)さんが我々と友好的になってくださるなら、彼の今後についての支援を惜しみません」

 

 これこそが暗黒微笑だよ。

 円城寺誉なんて、おじいさまと比べたら赤ちゃん以下だったよ。


 震えあがっていると、二俣の父親が綺麗な微笑を浮かべて追随した。


日ノ源(ひのもと)さんは友好的にしてくれますよ。うちは代々日ノ源(ひのもと)さんと親密な関係で、過去には婚姻政策も取った仲なんです。遠い親戚ってやつですね。うちが葉室さん側につくのだから、敵対なんて許しませんとも」


 あーー……こっちも暗黒微笑です。

 

「役員の家族を一人、庇うのを辞めて切り捨てればいいだけです。それでこの場にいる全員は利害が一致して、幸せになれるじゃないですか。皆さん、仲良くやりましょう」

  

 話の落着点が見えたところで、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)が私の袖を引いた。

 なに? 今、いいところなんだけど?


「葉室。お前、伊香瀬(いかせ)ノコのライブに行きたかったんだろ。知ってるぞ」

「お、お、おう……、はい」

 

 それ、今お話することなのかな?


「特別に未成年が入れるチケットを発券させたから、やる」

「は……」


 二俣は見るからに特別だとわかるチケットをくれた。

 え、本当に? いや、でもそれどころではないような?


「お前にできることは、もう料理食って愛想振りまくぐらいだろ。ここは俺に任せて行ってこい」

「あっ、はい」

 

 実は「ここは俺に任せて行ってこい」を言いたかっただけなのでは。

 そんな疑惑がチラッと湧きつつも、私は感謝した。


「王司はそういえば伊香瀬(いかせ)ノコさんが好きだったな。おじいさまが手配するべきだった。すまんな」

「いえ、おじいさま。あの……」

「行ってきなさい」


 親戚のおじさんみたいな顔をした偉い人たちも、「よかったねえ王司ちゃん」「ライブ行っといで」と後押ししてくれる。

 わあ、わあ、いいんだって。

 

「ありがとうございます。では、ドラマの件はくれぐれもよろしくお願いします」


 なにやら現実が自分にとって都合がよすぎる気がして怖くなりつつも、私はセバスチャンの車でライブ会場に向かった。

 そして、ライブのスタートに間に合った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 

「やった。すごい。ノコさんの生ライブに混ざっちゃったよ」

 

 「未成年は入れないはずなのに」と言われるリスクを恐れてか、セバスチャンと一緒に舞台袖で見守ることになったけど。


「間に合ってよかったですね、お嬢様?」

「うん、うん」

「カウントダウンしましょうか、お嬢様?」

「うん、うん!」


 ライブ会場の正面にも、右にも、左にも、モニターが設置されていた。

 

 ステージに彼女が現れると、その華麗な姿がモニターに映し出され、まるで至近距離にいるかのような臨場感が広がる。

 オープニングの音と歓声は、会場全体を揺さぶるような迫力だ。


「今日は来てくれてありがとう!」


 肌を大胆に露出したスタイリッシュなドレスに身を包んだノコさんは、綺麗だった。


「わああああああ!」

 

 曲が始まり、彼女の歌声が響く。


「♪La La La……夢の架け橋を駆けたなら……」

  

 張りのある透明感と深い力強さを兼ね備えたその歌声は、まるで魂を揺さぶるかのよう。

 

「♪失った思い出に……また会えるね」

  

 彼女が音を丁寧に紡ぐたびに、切なくも優しい哀愁が漂う。

 

 この曲は、彼女の持ち歌じゃない。

 江良が死んだ翌日に死亡したと言われている、有名な女性Vtuberの歌だ。


「♪誰も知らないボクの真実 教えてあげる……」 


 ウインクが蠱惑的だ。

 一曲が終わると、次の曲へ。息継ぐ暇もなく、その次へ。

 

 至福の時間だ。エキサイティングだ。

 

 持ち歌を歌い切り、ノコさんはとびきり綺麗な笑顔でファンへの感謝を口にした。

 そして、グランドピアノの前に座った。

 

 弾き語りをしてくれるようだ。どの曲かな? 

 持ち歌の中で人気が高い曲? 

 それとも、冒頭みたいに人気のある他アーティストの曲のカバーかな?

 

「応援してくれるファンが、私のエネルギーです。前からそう思っていたけど、最近は特にそう思うようになりました。次の一曲は、スマホでの動画撮影OKです! ぜひ拡散してください」


「わああああああああああああああっ」

  

 観客が振るライトスティックの光が綺麗だ。

 わぁ、わぁ、動画撮らなきゃ!

 蛍光ピンク、水色、黄色、黄緑――キラキラの宝石箱みたいな会場に、みんなの歌姫の奏でるピアノの旋律と、歌声が響いた。


「タイトルは、『confession』」

 ……未発表の楽曲だ。

 

 ――♪

  

 ピアノの音の粒は、まるで丁寧に磨かれた星のように澄んでいた。

 ノコさんの指先から生まれる旋律は、軽やかに跳ねるように空間を満たしていく。

 

 心地いい。思わず、目を閉じて音に浸った。

 

 平凡な音感の私でさえ特別な世界に連れていってもらえそうな気分に酔いしれてしまうのだから、音楽的感受性が高い恭彦にこれを聞かせたらさぞ良い影響を受けるのではないかな。

 

 この動画、あとでシェアしてあげよう。

 メンタルに絶対プラスの効果がある。


 ――♪

  

 音が弾ける。

 

 それは透明な波紋のように広がり、次第に重なり合い、会場中を優しく包み込んでいく。

 しっとりと滑らかに流れた音の波は、輝きを放ちながら消えていく。

 寄せては返す海の波みたいに、消えるのを寂しがるより先に次の波が寄せてきて、心の表面から深いところまでをゆったりと撫でて、震わせてくれる。

 すごい、すごい。私は今、感動してる。生きててよかった。


 永遠のようで、一瞬だ。星の瞬きが連続しているみたい。

 音に洗われて、自分がとても綺麗な生き物に生まれ変わっていくよう。

 なんて気持ちいいんだろう……。

 

「ねえ、映像おかしくない?」


 近くの観客の声が聞こえたので、私は目を開けた。

 そういえば、映像もちゃんと見なきゃ。

 ライブは総合芸術だ。

 映像も一緒に味わえば、もっと……。


「……?」

  

 ぎくりとした。


 巨大モニターは、もはや現在のノコさんを映していなかった。

 モニターが映しているのは……彼女の部屋の中に設置されたと思われるカメラが撮影した映像や、どこかの店で撮影した映像が、次々と展開されている。


「え……」

「円城寺善一じゃないの? あれ。焼肉降板事件の配信で出てた人」

「これ、なに? ドッキリ?」

「やばい薬やってる現場じゃないの、この映像」

「待って。やばっ、乱交始まった」


 ざわざわとする観客の声にかぶさるように、ノコさんが歌い出す。

 天使のような、女神のような声で。

 

「♪私は犯罪をみて、隠匿(いんとく)の共犯になった」


 飾らない歌詞をピアノの旋律に乗せて紡いでいく。


「♪薬に手を染め、理性を溶かした」


 ……待って。ノコさん。


「♪真実を隠して治療したら生きていけると言われた、なかったことにしようと言われた」


 これは、この歌詞は。このショーは……。


「♪それで幸せになれるのだと」


 ピアノの音を止めて、歌も止めて、ノコさんは天を仰いだ。そして、ありのままの言葉を響かせた。


「でも、私は嫌だと思った」


 巨大モニターに、彼女のマンションの、いつかの防犯カメラの映像が映る。

 あ、あ、あ……これは。映っている男は。

 

 俺だ。


江良(えら)九足(くそく)だ」


 ……江良だ。


「……っ!」


 喉が引きつる。呼吸が荒くなる。

 全身が震える。汗が止まらない。


 画面の中で、自分がドアを開け。


「……きゃああああああああああああああああああああああああああ!!」


 円城寺(えんじょうじ)善一(ぜんいち)に、刺された。


 鮮血がマンションの床を濡らし、口から血を吐いた江良が倒れる。

 びくん、びくんと痙攣する体を善一(ぜんいち)は踏みにじり、上から酒をかけた。


 そして、映像の中の江良は死んだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 見た瞬間、この体からこんな声が出るのか、と驚くほどの悲鳴をあげていた。

 けれど、その声が搔き消えてしまうほど、会場中が恐怖と驚愕の悲鳴で揺れていた。何人かがショックで吐いて、つられた誰かが新たに吐いた。私もまた、吐いていた。

 苦しい。つらい。息ができない。頭が混乱している。気分が悪い。


 そんな会場に、不自然なほど綺麗で、透明感がある歌姫の声が響き渡っていた。


「これが正しいと言われたことをする。それって正解のひとつだ。でも、私はそれが綺麗じゃないと思った。私は汚れきっていて、綺麗になろうとしてももう遅いけど、そっちにいったら私の心にちょっとだけ枯れずに咲いている可愛い花が、完全に枯れてしまうと思ったの」 

 

 まるで地獄に苦しむ人々を憐れむ天上の使いのようでいて、その声は誰よりも罪深く、観客を労わることがなく、正義感や使命感みたいな何かに染まっていて、独りよがりで、容赦がなかった。


「罪があったんだ。それを、なかったことにしたくないの。それは違うと思うの」


 どうして。

 どうして。どうして。

 

 観客の何人かが、床に尻をつけてへたり込んでいる。

 目は最大まで見開かれて、呆然と現実を見ていた。

 

「あったことを、あったと言いたいの。それが私が胸を張って生きるために必要な儀式だと思うの」


 こんなショーを見に来たのではない。

 そんな傷付いた悲鳴に、歌姫は儚くもしたたかな眼差しを送った。

 

「私は悪いことをした。それを、世の中に告白したい。間違っている? ごめんね」


 それは美しく、残酷なショーだった。

 

「私は謝りたい。謝っても死んだ人は戻ってこないけど。自己満足と言われても……」


 その後、しばらくの間の記憶が混濁している。

 気づけば私はノコさんが警察に連行されていく姿を見ていた。


「お嬢様」


 悪魔の声がする。

 

「これから彼女は、薬物検査を受けるでしょうね。彼女はライブで公開する証拠映像を得るため、積極的に円城寺善一と会って彼の遊びに付き合っていました。ですから、検査結果は陽性になるはずです」


 赤毛の悪魔は、私の隣で平然と立ったまま、私のスマホを取り上げた。


 世界で一番素敵なライブのお宝映像になるはずだった動画が保存されたスマホを操作して、誘惑の赤い林檎を見せてきた。


「Is there anything you wish me to do, my lady?」


 問いかけてから、悪魔は酷薄な笑みを浮かべて私を見下ろした。


「もっとも、お嬢様はポイントをお持ちではありませんね。ゆえに、不足分のポイントはお命を頂戴しましょうか」


 これは残酷なショーだ。

 こいつは残忍な悪魔だ。

 この現実は、くそったれだ。全然、夢も希望もない。

 キラキラしてない。私は俯いた。

 

 未練たらたらで、何を惜しんでいるんだ。

 命なんて、一度失ってる。

 それが、なんかわからないけど「延長どうぞ」ってご褒美みたいに、この体で生きてるんだ。


 私――俺は、十分いい思いをさせてもらったじゃないか。

 もう、いいんじゃないか。


「…………セバスチャン……」


 のろのろと顔をあげたとき、セバスチャンと私の間に割り込む人影があった。

 長身で、オーバーサイズのトレーニングウェアで、ヒヨコみたいな金髪で……恭彦? ここになんでいるの?


 彼の手は、セバスチャンの手にあったスマホをひょい、と取り上げた。その拍子に、ひらりと特別チケットが落ちる。二俣が私にくれたのと同じチケットだ。

 

 恭彦は迷いなく私のスマホの電源を切り、代わりに自分のスマホをセバスチャンに渡した。


「俺が払いますよ。ついでに、この子の右目も治してください。好きに代償取って構いません」

 

 当然のような声で言うのを聞きながら、私は意識を失った。

 精神的なショックと疲弊が限界に達したのだと思われる。



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