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6、渋谷109、西園寺麗華の「思い付いただけ」企画!

 ――【業界関係者の視点】


 よく晴れた昼。

 白シャツの男と黒シャツの男――別々の会社に勤める会社員二人が、カフェでコーヒーを片手にノートパソコンを見ていた。

 

「佐久間君、見てよ。ゼロプロの振り返り配信なしだってさ、チキン運営め。俺はあれくらい過激な芸で目立とうとする奴、好きだけどな。体を張れる奴は強い」

「僕も勿体ないと思いましたね。加地さんもご存じの通り、ドッキリ好きなんで」

「ははっ。『実は女子でした』って、一回しかできないネタだもんな」


 <ゼロ・プロジェクト>は色々な業界関係者が見ている。 

 気に入った子がいれば、スカウトやオファーが行く。

 

 白シャツの加地と黒シャツの佐久間――この2人もそのクチだ。


「タブー視されることにも踏み込んでいく大胆さがいい。向こう見ずの若者だからこそだよな。可愛いよ、あの子」

「肌だってチラッと見せただけじゃないですか。あれくらいで、ねえ。最近の世の中はコンプラだのセンシティブだのって窮屈すぎますよ」

「なぜ女性の胸だけ性的なものとして扱われるのかって憤慨してる声もあるぜ、話題性バツグンだ……おっ。西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)が生配信してる」

  

 西園寺麗華は2人好みの配信をしていた。

  

『西園寺麗華の「思い付いただけ」企画! 本人に内緒のオーディション延長戦、題して……「本人にナイショで王司をプロデュース」!』


 撮影場所は渋谷109。

 

 変装した麗華がスタッフと一緒に映っている。


「待ち合わせ場所に葉室王司ちゃんがいます! 今日はプライベートでショッピングに誘ってみました」


 コメント欄が盛り上がっている。


:世話焼き麗華さん好き

:葉室王司ちゃん心配してたんだよね

:あの子家庭で虐待されてる疑惑あるよ

:学校の子がデマ流していじめてたっぽい


 王司は上下セットのジャージ姿で、帽子をかぶっている。

 黒髪が短いのもあって、中性的だ。遠目だと華奢で低身長な男子にも見える。


 あか抜けない雰囲気だが、佐久間と加地の目には宝石の原石にしか見えなかった。


「最初のお買い物はお見せできないので、屋上ステージで待機してる放送作家のモモちゃんがつないでくれまーす」


 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――【葉室王司視点】


 西園寺麗華との買い物には、執事のセバスチャンが付いてきた。

 赤毛に執事服にサングラス姿のセバスチャンは目立っているが、本人はマイペースだ。

 

 学校を休んで遊ぶのってどうなんだろう?


 いや、王司の場合はセンシティブな件で炎上中だし、男子学生という籍が女子学生に変わったりする手続きもあるし、制服も男子から女子にチェンジすることになるし……これは必要なお休みなんだ。うんうん。



 考えていると、西園寺麗華がやってきた。


 濃紺のキャップをかぶり、ノースリーブの黒いクロップドトップスに、明るい青のワイドデニムパンツに、スニーカー姿。

 赤い縁の眼鏡もかけていて、おしゃれなお忍び感だ。


「王司ちゃん、お待たせ」

「西園寺さん、こんにちは」

「お忍びだから……お姉さんって呼んでもらうのはどう?」

  

 前世で年下の後輩だった麗華がお姉さんか。新鮮だ。

 

「じゃあ、お姉さんと呼ばせていただきます……なんか屋上でイベントがあるんですね。夏祭りイベント?」

「そうね。先に必要なものを買ってから最後にイベントを楽しみましょう」

 

 屋上で出店やステージでのパフォーマンスがあるらしい。


「あ……」

  

 上に行く人たちの中に、見覚えのある女性放送作家がいた。


 西園寺麗華の動画チャンネルを担当しているモモさんだ。

 もしかして、完全なプライベートのショッピングではなく、配信企画を予定しているのかもしれない。心に留めておこう。


「王司ちゃん、こっちこっち。ブラジャー&ショーツのセットで1,000円~2000円台。プチプラでお財布に優しいのよ」

「うっ」

   

 最初に誘われた店はルームウェアとランジェリーの専門店だ。

 

 白を基調とした明るい店内スペースの中央に白肌金髪ウィッグのマネキンがポージングしていて、カラフルな下着とルームウェアが所せましと陳列されていた。


 雰囲気、可愛い。

 男子禁制オーラが出ている。


 執事のセバスチャンは外に待機させておく。

 自分にも場違いに思えてならないが、ここは覚悟を決めよう。


「お、お邪魔します」

「いらっしゃいませ! あっ……」


 店員のお姉さんは一瞬でお忍び女優に気付いた様子だが、仕事に徹してくれた。


「採寸をお願いできますか?」

「もちろんです! 試着室へご案内します!」

 

 試着室に行き、メジャーで店員さんに採寸してもらうと、やはりAサイズだった。


「当店は、ローティーンのお客様に成長を妨げないタイプのブラをおすすめしております」


 店員さんはブラを何種類か見せてくれた。

 

「こちらはキャミソールやタンクトップの内側にブラカップが付いているブラトップタイプ。肌着感覚で着用できますよ。こちらはホックが前側に付いている前開きタイプ……」

 

 見せてもらった数着は、確かにただのキャミソールやタンクトップに見える。

 デザインもシンプルで、抵抗感が薄い。

 

「王司ちゃん。これもいいんじゃないかしら。ホックが前側に付いている前開きタイプ。あとこっちはスポーツブラね」

 

 麗華も何着か持ってきてくれた。さりげなく自分の分も選んでいる――黒のレース付きのと、レースのデザインが独特なピンクの。サイズはBか。

 

 あまり見ない方がいいのだろうか。

 同性だから見てもいいのか。変に意識する方が悪いか。


 自問自答していると、彼女は「お姉さんとお揃いのも買う?」と言ってピンクのサイズ違いを取ってくれた。

 

「予算足りる? 王司ちゃん」 

「はい、大丈夫です。自分で買えます」


 支払いはPayPayで済ませた。

 ママがたっぷりとお小遣いをくれたから、安心だ。

 

 店を出る間際、店員さんはきれいにお辞儀して、小声で「応援してますね」と言ってくれた。


「またのお越しをお待ちしております」


 無事に買えた。

 店を出てから振り返ると、店員さんは笑顔で手を振ってくれた。

 今度はひとりでも店に入れる気がする。


「……また来ます!」


 自然と、そう思えた。 


「さあ~、どんどん行くわよ王司ちゃん。お姉さんについてきなさーい!」


 麗華お姉さんはテンションが高く、ぐいぐいとリードしてくれる。

 外で待たせていた執事のセバスチャンは空気のような存在感で二人分の荷物を持ってくれた。


 その後は、服とプチプラコスメとスキンケアセットを買った。

 

 アラフォー経験済なので、スキンケアの大切さはよくよく理解している。

 それに、生理用品も買ってくれて、使い方も教えてくれた。

 頼りになる「お姉さん」がいてよかった。

 

 西園寺麗華が提案してくれたので、買ったばかりのセット下着と服に着替えてみた。


 ゆったりしていて透け感のある白のシアーブルゾンに、アルファベットのロゴ入り白シャツ。

 プリーツスカート膝上丈で、「お姉さん」とのお揃いカラーだ。

 白キャップもかぶせてもらうと、男装時とは別人みたいなカジュアルガールの出来上がり。


「可愛い、可愛い! 写真撮ろ!」

「ありがとうございます、麗華お姉さん」

「王司ちゃんってパワフルな子かと思ってたけど、こうしてお話してると大人しいわね。お姉さんのこと、怖い?」

「怖くないです!」  

 

 アクセサリーショップでは一つ300円という安すぎるアクセを二人で選び、イチゴ串とトゥンカロンを奢ってもらい、屋上へ。


 かなりの量の買い物をしたけど、執事のセバスチャンは荷物持ちの仕事を無言で頑張ってくれている。この人、給料いくらもらってるんだろう。


 

 ところで、屋上に着くと「お姉さん」がステージに上がっていくのだが。


「お待たせしました! 西園寺麗華です!」


 あれ? お姉さん?

 

 

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