58、私がトドだ
――【おまけ枠のおにぎり争奪戦】
「葉室王司が握ったおにぎりだと……」
屋上の男子たちは、花火大会スタートと同時におにぎりに殺到した。
葉室王司は、ただの金持ちお嬢様ではない。由緒正しき公家の血統に連なる華族令嬢である。
葉室王司は、ただ血統がいいお嬢様ではない。ドラマやCMに出演している芸能人で、『国民の妹』と囁かれている美少女だ。
これからアイドルデビューもするらしい。黒髪がさらさらで、華奢でちょっと幼い雰囲気があって、清純って感じの女の子だ。
「俺におにぎりを譲れ!」
「このおにぎりはオレのだ!」
「あいつ二個持っていったぞ。ルール違反だ!」
「こ、これは弟の分……」
「ギルティだ! 処せ!」
「わー!」
男たちは戦った。
そして、おにぎりを勝ち取った。敗者は線香花火を手に泣いていた。
「このおにぎり、カライ」
「あの子、辛党だからな」
「水……水をくれ」
「おにぎりの中にカレー入れるって斬新だな」
海賊部の部長にして解放区のリーダー、二俣夜輝は失態に気付いた。
「ほう、カライのか。俺の好みの味付けにしたんだな、葉室……しかし、俺の分がないな」
自分の分を確保しておくのを忘れたのである。
だが、二俣は動じない。彼には大変気が利く親友がいるからだ。
「誉。俺の分を取ってくれたんだな。ありがとう」
薄幸の美少女めいた容姿の親友。円城寺誉は、おにぎりを手にしていた。
さすがだ。
しかし――
「ううん。これ、僕のだよ」
「なん……だと……」
なんと、誉はパクリとおにぎりを食べてしまった。
半分こすらしてくれない。
隙を見せたら奪われるというような早食いぶりでパクパクと食べて、「あげないよ」と全身でアピールしている。
「……誉。お前も葉室のおにぎり、食いたかったのか」
「……」
答えがない。食ってるから。
リーダーは時に、部下のために自分の私欲を抑えるものだ。
「取らないからゆっくり味わえ、誉。俺の分もな」
安心させるように距離を取って背中を向けると、数秒経ってからショートパンツが引っ張られた。
「……やっぱり、ちょっとだけ分けてあげる。はい、どーぞ」
誉は猫のように気分屋だ。
二俣はありがたくおにぎりを分けてもらい、葉室王司のカレーおにぎりにありつくことができたのだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
リモート授業の準備に時間がかかるという理由で、翌日は自習の日になった。
「王司ちゃん。海賊部の子がね、みんなで解放区で勉強会しようって誘ってきたよ」
アリサちゃんが家まで来て「一緒に行く?」と聞いてくれたので、学校に向かった。
昨日の首尾は上々だった。『プチッとコスメ』にコネが出来たもん。
ドラマ『鈴木家』のスポンサーは、日ノ源総合ホールディングスを入れて合計で6社。
葉室家の経営する会社が2社スポンサーに加わるので、8社になる。
スポンサー企業が集まるパートナーシップディナー会で「日ノ源さんが勝手なことしてるの、いけないとおもいまーす」ってお気持ち表明するなら、半数以上の5社でやりたいよね。
やっぱり、多数派の意見が通りやすい世の中だからさ。あと2社は確実に味方してもらいたいね。
次は三日自動車の御曹司を狙おう。
二俣の取り巻きみたいだから、二俣が「おい。親を説得しろ」と言ってくれたらいいんだけどなあ。説得しなくても、解放区に参加しているだけでも効果はあるか……?
というか、二俣は解放区のリーダーしてるけど、スポンサーになってくれないのかな?
色々考えているうちに、学校に着いた。
明るい時間帯の学校は相変わらず門の外にも校舎までの道乗りにも校舎内にも人が多い。
あと、テントが増えていた。
商売チャンスと思ったのか、屋台もできている。
ここに店出したらバリケードの外側で過ごす親がどんどん買っていくから儲かりそうだな。
「ワンカップで乾杯しましょう」
「乾杯ワンカップー」
まだ昼前なのにテントに集まって酒を飲んでる親たちがいるぞ。
ここはお祭り会場か、キャンプ場か?
どうも大人たちにやる気がない。
もっと鬼のような剣幕で「コラー、ガキどもー!」「出てらっしゃい!」ってするのが原作なのだが。
やられ役の体罰教師もいないしな……。
「どうしたの、王司ちゃん?」
「アリサちゃん。うん、なんか、大人たちが子供に『出てこーい』って言わないんだなって思って……やられ役の体罰教師もいないから、平和すぎるなーって」
「やられ役の体罰教師って、トドさん?」
やられ役の体罰教師はトドと呼ばれている。アリサちゃんが原作を知っていて、ちょっと嬉しい。
「体罰教師がいないのはいいことだよね、えへへ」
笑ながら暗幕に向かう私たちだったが、突然周囲に怪しい声が響いた。どれだけ怪しいかと言うと、変声機を通したような不自然に高くされた声。
「トドがいなくて寂しいだと。そんなこともあろうかと、私が来た。任せなさい」
振り返ると、長身で体格のいい覆面レスラーみたいな男がいた。
小型マイクをつけている。そして、マイクを通した声が近くに置かれたスピーカーから出ている。
真っ黒の覆面に、むきむきに鍛えられたマッチョな上半身。なんか全身から怪しくて暑苦しいオーラが出ている。近寄りたくない感じだ。
「なんだ? 変質者か?」
「プロレスラー? 誰?」
バリケードの内側と外側がざわざわと注目する中、覆面レスラーは「私がトドだ」と言ってファイティングポーズを取った。
そして、事前に録音してきたらしき『トドが一人プロレスをしてやられるシーン』の実況セリフを流しながら一人プロレスを演じ始めた。
見事なやられ演技だ。蹴りもよかった。
でも、なんとなく嫌悪感が湧くんだよね。生理的に受け付けないフェロモンみたいなのがムンムン出てるんだ。
「アリサちゃん、あれはほっといて行こう。変態の匂いがする」
「王司ちゃん、あんなに頑張ってるのに変態とか言っちゃ可哀想だよ」
「ごめんね。口が悪かったね。気を付ける。でも、あれは変態だと私の勘が言ってるんだよ」
「そっかぁ……それなら仕方ないね……」
暗幕を通り、バリケードの中に入ると、勉強会は体育館で行われているとのことだった。
体育館にはマットや寝袋が隅に寄せられていて、机と椅子が運ばれていた。
何台かの机をくっつけて、周りに椅子を置く勉強グループが複数形成されていて、周囲にはペットボトルやお菓子が散乱している。
隅っこでは筋トレしている集団がいたり、寝袋に入って寝ている子もいて、なんだかとてもフリーダムな空間が出来上がっていた。