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57、国号は合衆国ニッポンにしよう

 道路には車が何台も連なっていて、校門の外側に人だかりができていた。

 警備員が誘導棒を持って交通誘導している。

 

「身元を確認の上、基本的に生徒の関係者のみ、お通ししています。バリケードの中にはお入りいただけませんので、ご了承ください」

  

 イベント会場みたいな雰囲気だな。

 車から降りて歩いていくと、マスコミがカメラを向けてきた。


「ご覧ください、ただいま三日(みっか)自動車の御曹司が窓から旗を振っています……アッ、葉室(はむろ)王司(おうじ)ちゃんです。学校指定のジャージ姿が可愛いですね。ママと一緒です! 葉室家が現場に現れました……!」


 えっ、三日自動車の御曹司どの子? カメラマンさんのズームイン画面見せて?

 三日自動車は『鈴木家』のスポンサーのひとつだよ。

 旗振ってる子? うわぁ、夏休みにアクアプリンセス号で「こっちは俺に任せろ、見ておく!」ってスパイごっこしてた子だよ。

 

「王司。マスコミはママに任せて、お行きなさい!」


 ママは立派な扇子をぱらりと開いた。

 これは……「俺に任せて先へ行け!」がやりたいのかな?


「ありがとうママ。私……行くよ」

「葉室家でございますが、なにか? 撮るならうちの子じゃなくてあたくしをお撮りなさい!」


 別に私を撮ってもいいんだけどな。本当はママが目立ちたいだけじゃないかな?

 楽しそうだからいいか。

 

「こんばんは、葉室王司です。生徒なので中に入ってもいいですか?」

 

 生徒手帳を警備の人に見せると、中に入れてくれた。

 同じように「生徒の父です」とか「母です」という『関係者』の人たちが中に通されていく。

  

 校門を通過すると、中に通された人たちがいっぱいだ。あ、アリサちゃんがいる。


「王司ちゃんも遊びに来たの?」

「あっ。アリサちゃん。見て、差し入れ作ってきたんだよ」

「私、コンビニでカラアゲクン買ってきたよー」 

  

 校門から校舎までの道のりには、複数の大人グループがたむろしている。

 お父さんやお母さんが顔見知り同士で集まっているみたいだ。話し込んでる声が聞こえる。

 

「19時に解放区放送っていうのをやるんですって」

「もう少しね……あのう、それってラジオ? ネット?」

「スマホで見れますよ。もしよかったら、私のスマホで皆さんで見ます?」

  

 キャンプ用のテントを張るおじさんもいて、「今夜はここで寝ます」とか言っていた。


 校舎に入ると、やっぱり大人たちがウロウロしている。

 中には床に座り込み、スマホで自分の子と電話しているらしき親の姿もあった。寝袋を持参している親もいる。

 

「ゆうた~。お父さんバリケードの外にいるからね。飽きたら帰ろう」

 

 ゆうたくん愛されてるな。


「あっ、階段が塞がれてるよ、王司ちゃん」

 

 アリサちゃんが教えてくれるので見に行ってみると、バリケードが築かれていた。

 材料は椅子や机、あと段ボール箱とトタン板?

 

「王司ちゃん。入り口あそこだよ。生徒手帳見せるの」


 アリサちゃんが教えてくれた場所は、暗幕が張られていた。暗幕の前には、男子生徒が門兵よろしく立っている。見ていると「交代の時間だぜ」と声をかけられて交代していた。

 

「外から縄ばしごで登って入るんじゃないんだ?」

「縄ばしごは危なくない……?」 


 大人たちは声を張り上げて「出てきなさい!」なんて言わない。

 ただ、スマホで中の子と電話して「今何してるの」「ごはん食べたの」と話している。

 非日常感が漂いつつも、平和だ。


「差し入れを持ってきました」

「通ってよし! 解放区へようこそ。俺の分だけ置いてって」

「はい」

 

 生徒手帳と差し入れを男子生徒に見せると、暗幕の中に通してくれる。トランシーバー持ってるよこの子。通信先の相手の声も聞こえるよ。


「こちらタツヤ。女子2名が差し入れ持って通過。どうぞ」

『こちら、ゆうた。了解、どうぞ』 

 

 バリケードの内側は、夜の校舎~って雰囲気だ。

 照明はついていて明るいけど、どことなく不気味。

 そこを男子生徒が「探検だ!」「放送の後にしろ!」とか言って走り回ってる。元気だな……。


「あ、二人とも~! 放送始まるよ、こっちこっち」


 カナミちゃんが放送室から出てきて手招きしてくれる。噂の解放区放送が始まるらしい。

 

 放送室に入ると、生徒でぎゅうぎゅう詰めだ。外の廊下まで溢れてる。

 カナミちゃんに誘われるまま廊下から中を覗き込むと、ちょうど放送部の男子が放送をスタートさせたところだった。


 最初に流れたのは、原作通り、アントニオ猪木のテーマ『炎のファイター』だ。


『みなさんこんばんは。ただいまから解放区放送を開始します!』 


 うわぁ、本当にやりやがった。

 アリサちゃんがスマホを見せてくる。いつの間にか「解放区放送」という動画配信チャンネルができてるよ。

 フォロワー数が増えていく……。

 

 二俣(にまた)夜輝(よるてみ)円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)が監督のように後ろで見守っていた。


 放送部の子は原作にある「生きている」の演説だかポエムだかを読み上げた。この子、朗読上手だな。

 

「初日は以上! ではおやすみなさい」


 放送が終わると、生徒たちは「これで終わり?」「俺もしゃべりたかった」と物足りなそうにしながら拍手した。

 

 校舎の外からも拍手が聞こえたので窓から見てみると、大人たちがスマホを見て拍手している。

 さっきのキャンプテントの隣にキャンプがもう一個立ってるよ。

 ママを探すと、手を振ってくれた。


「王司~、ママ、外で待ってるわよ~?」

「はーい」


 手を振り返すと、フラッシュが焚かれる。撮られてる、撮られてる。

 外を見ていると、二俣が後ろから話しかけてきた。

 二俣はTシャツにショートパンツ姿で、その上からお祭り用の赤いはっぴを羽織っていた。アクアプリンセス号でもはっぴ着てたけど、お気に入りなんだろうか。

 

「葉室。お前、さてはツンデレだな。来ないと言っておいて来るとは」 

「二俣さん。私は『泊まるのはちょっと』と言っただけです。原作だって女子は一緒に立てこもらないでしょう。これ、差し入れです」

「原作に忠実派か、お前。細かいことは気にするなよ」

 

 差し入れの袋を渡すと、「ありがとう」とお礼を言ってくれるあたりは礼儀正しいお坊ちゃんだ。

 

「俺たちはこれから屋上で『初日おつかれ花火大会』をする。お前も花火してから帰れ」

「初日から花火ですか。テンポがいいですね」

「二俣グループはタイパを大事にしている」

「初めて聞きました」 

 

 カナミちゃんとアリサちゃんも乗り気なので、ママにスマホで連絡してから屋上に向かった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 屋上には、花火セット置き場と差し入れ置き場が用意されていた。

 集まった生徒たちを見て、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)はメガホンを握って演説した。

 

「みんな。俺たちの初日はいいスタートを切ったと思う。明日以降もこの調子でいこう。俺は将来、総理大臣になってこの国を変える。まず国号は合衆国ニッポンにしよう」


 本気か冗談かわからない声で言って、二俣は差し入れ置き場を手で示した。


「このおにぎりはそこにいる葉室が握った。一人一個、早い者勝ちで食え。こっちのカラアゲクンは高槻からの差し入れだ。こっちはアニー先生からのわたあめ。こっちは鈴木の親が持ってきた桃の缶詰。こっちは用務員さんがくれたペヤングだ。みんな、差し入れに感謝するように。……ウーバーイーツでラーメン頼んだ奴は誰だ? 頼みすぎだろ」


 メガホンを手にした二俣はふんぞり返って指示を出し、「花火の前に」と上を指さした。


「みんな、床に寝転がって空を見ろ。原作ではみんなして星を見るんだ」


 えー、という嫌そうな声が生徒たちからあがる。床、汚いもんな。

 あ、でもちょっとずつ寝そべり始めたぞ。


「どうしよ。王司、寝る? 星見上げるだけなら、別に寝る必要なくない?」

 

 カナミちゃんが抵抗感を滲ませている。私は寝るぞ。

 

「私は寝る。でも、嫌だったら無理してまでしなくてもいいとは思うよ」

「王司ちゃんが寝るなら、私も~」


 アリサちゃんと二人で仰向けに寝転がると、カナミちゃんは少し迷ってから隣に寝た。


 快晴の夜空は、光る小粒の砂を振りまいたみたいに星が煌めいている。きれいだ。

 

 耳には、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)に話しかける声が聞こえた。


(ほまれ)。星の王子さま役を譲ってやるから、星の解説をしろ」

「よっくん。僕、星に興味がないから解説できないよ。ごめんね」

「なんだと。そんなんで総理大臣補佐官になれると思っているのか」

「星座がわからなくても総理大臣補佐官にはなれると思うよ。でもさ……」


 話している雰囲気的に、仲直りしたんだろうか。


 円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)は、ぽつりとつぶやいた。


「でもさ、家族から犯罪を犯した逮捕者が出たら、僕は総理大臣補佐官になれなくなるよ」

 

 どきりとした。

 それは、兄である善一(ぜんいち)の犯罪のことを言っているんだろうか。

 待って。それは物凄く不憫に思うのだが……。

 それで「そうか。なら善一の件はなかったことにしてやるよ」という話に持っていかれると困るのだが。


 すまないが、ここは黙ってはいられない。

 すうっと息を吸って、大声をあげた。

 

「か、家族のやらかしでイメージが悪くなったり、支持を得るのが難しくなることはあると思いますけど……本人の実績や信頼性が極めて高ければ、不利な状況を乗り越えることも不可能ではありませんよ!」


 数秒の沈黙が、怖い。

 はらはらしながら待っていると、二俣は王様のような声で「うむ」と言った。

 

「……だそうだ。誉。お前はできる奴だし、俺の親友だから何の問題もないな。では、花火大会を始める」

  

 花火セットの花火が配られて、日本煙火協会のHPにある『安全とマナー』が読み上げられて、花火大会はスタートした。いや~、どきどきした……。


 細長い紐状の花火に火をつけると、しゅわっと火を噴く。

 

「ぎゃっ、火の勢い強いよこれ!」

「人に向けるなよー?」


 アリサちゃんは線香花火がお気に入りのようで、しゃがんでニコニコしながら火を見守っていた。

 

 屋上に明るい花火がいくつも咲く。

  

 ぎゃあ、きゃあ、と騒ぐ生徒たちの声が賑やかで、目も耳も楽しい。

 こういうイベントはいいものだな。花火を楽しみながら写真を撮ったりしていると、カナミちゃんがおずおずと袖を引いてきた。カナミちゃんの友達らしき隣の組の女子もいる?


「どうしたの?」

「あのね、正直に言おうと思って……」


 うん?

 前に「ごめんなさい」は聞いたけど、今回はなんだろう?

 心当たりはないなぁ……?


「こ、こ、これっ」

「私のも」

「私も」


 カナミとそのお友達は、一斉に何かを突き出した。


 真っ白の紙で、文字が整然と並んでいて……『発信者情報開示に係る意見照会書』。


「んっ……!?」


「ごめんなさい!」

「私も、ごめんなさあい!」

「謝ります!」


 3人分の内容を見てみると、かなり前の配信や匿名掲示板の書き込みが開示請求されているようだった。


『こいつ知ってる、しょうもないクズ野郎だよ』

『クズなんだよあいつ』  

『王司おわたw もう明日から学校行けないねw』 


 あーーー、ママかーーー。

 そういえば「誹謗中傷もぜったいに許さない。見つけたらママにおっしゃい」って言ってた。訴えてたかー。


「ちょっと待ってね。3人とも……」

  

 スマホで電話をかけると、ママはすぐに出てくれた。

 

「もしもしママ? 実はね、学校の友達に開示請求が届いたんだって。直接謝ってくれたし、許してあげて……」


 話しているうちに、近くにいた男子が好奇心いっぱいで紙を覗き込んでくる。

  

「え、なになに? うわ、これ……」


 男子のひとりが内容を見てドン引きの顔をしたので、女子たちは大慌てだ。

 

「きゃー! やめて、見ないでー!」

「反省してるんだからー!」


 た、大変なことになりそうだ。ところでこの声、トランシーバーで話してた子かな。

 

「えっと、ゆうたくんだっけ?」

「え。葉室さん、ぼくの名前を知って……?」


 こっちを見るので、人差し指を立てて唇につけてみた。

 口止めです。


「女の子の秘密は、拡散しちゃだめ。次は君を訴えちゃうぞ!」


 多少あざとい感じに可愛く言ってみたが、どうだろう。

 ウインクもつけちゃうぞ。

 パチンとウインクすると、ゆうたくんは真っ赤になって逃げて行った。


 ……大丈夫かな。秘密守ってくれるかな。

  

「3人とも。ママにもお話したし、謝ってくれたから、もういいよ。これね、うちのママが訴えちゃったみたい。びっくりしちゃったね」


 今はせっかくの楽しい花火大会だもん。

 

 3人を安心させるように笑って、紙を花火の火で燃やした。

 真っ白の紙はみるみるうちに燃え上がって、炭になる。

 

「私、思うんだけど……ネットって、思ったことをついつい、ポロっと書いちゃうよね。魔が差す時って誰にでもあると思うんだ。今はもうしてないなら、いいの」


 天使のような微笑みを意識して言ってから、3人のうち1人を見つめた。

 この子、知ってる。ネットで「メイク配信!」「うちのコスメで可愛くなってみた!」とかやってる子だよ。


「ところで、私、今困ってて。そっちの子、『鈴木家』のスポンサー企業の『プチッとコスメ』の社長令嬢さんだよね? 訴えるのをやめる代わりと言ってはなんだけど、お父さんに『焼肉降板事件は酷いと思う』ってお話してほしいなぁ……もちろん、無理にとは言わないんだけど、力になってくれたらうれしいなぁ」


 社長令嬢さんは(こころよ)く承諾してくれた。


 やったー、お互いWINWINだね!

 もう一人の子は知らないけど、セバスチャンに素性を調べさせて、お願いできることがあったら後日お願いしようかな。


 アリサちゃんを見ると、線香花火から顔を上げてこっちを見ていた。


 黒い瞳がピュアな感じで、どきっとする。

 なんか、10代の女の子特有の「この子に大人の汚い部分を見せちゃいけないな」って思わせるようなオーラみたいなのがあるんだ、アリサちゃんは。


「王司ちゃん」

「うっ、うん?」


 ごめん、アリサちゃん。

 私の心はおじさんである。ラノベのタイトルだけど、今そんな気分です。


「花火、楽しいね」

「う……うん! 楽しいね、アリサちゃん!」

「あと1本遊んで、かえろっか」

「そうだね。夜更かししたら、明日起きられなくなっちゃう」

「授業はリモートでするんだって。さっきグループチャットに連絡きてたよ」


 あ、なんかホンワカとした無難な会話だ。

 よかった。嫌われなくてよかった。

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