56、海賊部、ぼくらの七日間戦争を始める
『恭彦君! おじさんと契約して魔法青年になってよ!』
『退職した元監督と降板された新人俳優、タッグを組む?』
『未公開データの数々を許諾を得て公開……』
ネット記事を眺めながら、登校する朝。
今朝の天気は大雨だ。
雨と風が強い。制服のスカートが濡れて足にまとわりついてくるのが気になる。
でも負けない。待っててね、中学校のお坊ちゃんお嬢ちゃんたち。
ところで魔法青年ってなに?
バズってるけど動画を見るのが怖いよ。
「お嬢様。学校ツキマシタ」
「ありがとうセバスチャン。……動画は後で見よう」
門の前で車から降りて校舎に向かうと、お坊ちゃんお嬢ちゃんたちが挨拶してくる。
「おはようございます!」
「葉室様、おはようございます!」
「テレビ見たよー、テレビで見るより顔ちっちゃい〜!」
女子たちが群れている。テレビは顔アップが多かったよね。大人の事情です。
「王司、おはよう!」
「おはよう、王司ちゃん。見て見て」
カナミちゃんとアリサちゃんは同じオーディション仲間というのもあってか、よく一緒にいる。
いいことだと思うけど、アリサちゃんの一番の仲良しポジションを取られたみたいな寂しさがあるよ。NTRだよ。
「2人とも仲良いよね……で、何を見てって?」
促されて見てみると、二俣夜輝と円城寺誉が衆人環視の中、痴話喧嘩をしていた。
「誉。俺を無視するな」
「よっくんはしつこいよね。去るものは追わずって言葉を知らないの? 僕はnot for youだよ」
「そんなこと言ってお前、俺に構ってもらえて嬉しいくせに」
「はあ?」
うん、これは痴話喧嘩ですね。
ほっとくといいと思います。
「みんな、席につきなさーい」
やがて、先生がやってきた。
アシスタントイングリッシュティーチャーのアニー先生は英語で「ブルーピリオドを観てきました」と体験をシェアしてくれて、みんなの「最近の出来事」も尋ねてくれる。
これ、いいなぁ。使わせてもらおう。
「はーい」
手を挙げて、発言する。
「私は最近、とても悲しくて怖い出来事がありました」
語りましょう。
聞いてください、クラスの皆さん。
タイトルは「パワハラ上司にセクハラされてピンチって思ってたらお兄ちゃんが助けてくれたんだけど、そのせいでお兄ちゃんが降板されました。パワハラ上司はお咎めなしです。『そんなのってないよ』と思いました」――なろう風タイトルだよ。
「今度、スポンサーさんの集まるパーティがあるので、私はスポンサーさんにお願いしてみようかと思ってます」
ハンカチで目元を押さえて言うと、アニー先生は「これは大変な事件ですね」と深刻な顔をしてくれた。
他の生徒たちは――「そういうの学校で言っちゃうんだ」と評価を落としてる雰囲気の子もいる。でも、ほとんどの子は同情的だ。
同情してくれた子は、お家に帰ってからご家族によろしくお伝えくださぁい。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
お昼休みに食堂に行くと、いつものように料理テーブルを挟んで左側の窓際席は企業の重役の家の子たち、右側の壁際の席は芸能系の家の子たちが集まっている。
左側の集団は二俣夜輝と円城寺誉が微妙に距離を空けて座っていて、間に入った取り巻き君たちが気まずそうな顔をしているギスギスエリアだ。
「ドラマとオーディション番組見たよー!」
「今もモニターに映ってる。本物がここにいるのすごい」
「わたし、落ちたーえーん。通過したみんな、仇取ってねー」
「がんばるよー」
アイドル部の女子たちは雰囲気がいい。
腹が減っては戦はできぬ。先に激辛カレーを確保しよう。
このカレー美味しいんだ。
「王司ちゃん、大変だよね」
「あ、あれでしょ。スポンサーの息子だっけ……」
「リアルタイムで見てたけどヤバかったよー」
「お兄ちゃんが降板されるってガチで闇を感じる……」
おお、いい感じに話題にされている……。
ここは悲しげな表情をして激辛カレーをいただこう。はー、美味しい。辛い。
「見て。王司ちゃん、落ち込んでるの」
「元気ないよね。可哀想……」
そうそう、わかってくれてありがとう、みんな。
私は今傷心なの。カレー美味しい。
「王司、はい、ティッシュとお水」
カナミちゃんが左隣に座って鼻かみ用ティッシュとお水をくれた。
「王司ちゃん。これお兄ちゃんから……」
アリサちゃんはお兄ちゃん作のクッキーをくれた。このクッキー美味しいんだ。みんなで食べよう。
「皆さん……ぐすっ……このクッキー、アリサちゃんのお兄ちゃんの手作りなんですけど……もしよかったら、美味しいので、ぐすっ、……シェアしましょう」
落ち込みながらクッキー勧めるの我ながらシュールだな。
でも、女子たちは「ありがとう」とクッキーに飛びついている。
「このクッキー歌舞伎界のプリンスが焼いたんだって」
「ガチ? プリンスの手料理ってすごくない?」
あっ、同情ムードが歌舞伎界のプリンスクッキーのせいで薄らいじゃったよ。
おのれ、アリサちゃんのお兄ちゃん――いつもクッキーありがとう。
「お兄ちゃん、ポエムも詠んだの」
ポエム付きだ。なになに?
『葉室王司様へ
あなたの心が凍えた時に僕のポエムでホットにしたい。
頑張るあなたの味方です。ヨッ。
高槻大吾より』
「え、これプリンスのポエム?」
「えー」
「ヨッてなにー?」
これもう同情ムードなくなっちゃったな。
アリサちゃんのお兄ちゃん、恐るべし。
「おい。葉室。お前と兄貴、いじめられたのか」
のんびりと昼食を進めていると、左側からよく通る声が響いた。二俣夜輝だ。
いつもなら「うわっ」となるところだけど、今日は「釣れたな!」という気分だ。
二俣グループは火臣家とも仲良しだよね。
味方にできそうな有力者として目を付けていたんだよ。
「二俣さん……」
目を潤ませて上目遣いで見つめると、二俣はしかめっ面をした。
「葉室。俺に泣き落としが通用すると思うな」
国民の妹と呼ばれる美少女の涙目上目遣いにそんなリアクションしなくてもよくない?
「そもそも、泣き落としする必要はない。俺はやる気だ」
「はい?」
何を?
目を点にしていると、二俣は両手を組んで食堂中に聞こえる大声で宣言した。
「海賊部は今日から、学生運動を始める。オケンにマミった大人たちへの反抗だ。具体的に言うと、俺は誉の兄貴が嫌いだ。反吐が出る。許せない。ごめんなさいと言わせたい。そんな運動だ」
おお、二俣。学生運動というと堅苦しい感じだが「ごめんなさいと言わせたい」ってガキっぽくて可愛げがあるな。
「名付けて……なんだっけ。誉? お前が夏休みに勧めてくれた本のタイトル忘れたぞ。教えろ。今すぐだ」
二俣に視線を向けられ、食堂中の視線が集まって、円城寺誉は嫌そうな顔をした。
そして、仕方なさそうに口を開いた。
「……ぼくらの七日間戦争……? したいの……?」
あー。あれに影響を受けたのかー。
「それだ誉。やっぱりお前は頼りになるブレーンだな。そういうことで、すでに学校側の許可は取った。海賊部は今日から学校に立て篭もる。海賊部以外の奴も、やる気があれば参加するように。配信もするぞ」
授業はどうするんだキッズたち?
「葉室も学校に泊まれ」
「え、それはちょっと……」
「今日はこれからバリケードを作る!」
「授業の進度とか大丈夫……?」
「人質は誉だ!」
二俣が号令を下すと、海賊部の子供たちは円城寺誉を囲んだ。え、人質取るの? 大丈夫これ?
「わー、捕まったー、くすくす……」
しかも円城寺誉はちょっと嬉しそうだよ……。
海賊部は本当に午後から学校にバリケードを作り出し、犯行声明(?)の動画を投稿した。
「中学の子どもたちがテレビ業界のスポンサー企業の横暴に抗議をし、スポンサー企業の令息を人質に取って学校に立てこもる事件が起きました……」
夕方にはニュースが流れて、コメンテーターが本を紹介した。
「子供たちのリーダーは『ぼくらの七日間戦争』ごっこをすると発言しているようです」
なんか恥ずかしい。これはどういう種類の恥ずかしさだろう。
「なお、スポンサー令息は元気で、『友だちとお泊まり会をするだけだから心配しないで』と自分で両親に連絡を入れているのだそうです」
「仲良し同士で遊んでいる、というだけの事件なのでしょうか。自分の子供が帰ってこないと心配している親御さんの声もあり、今後の情報が待たれますね……」
「学校にはバリケードが作られており、大人はバリケードの内側に入れてもらえないそうですよ」
「例の焼肉降板事件に関しましては、退職した監督が降板された俳優と二人暮らしを始めたという説も出ており、ネットでは多くの関心が寄せられています……」
二人暮らしは初めて聞いたよ。
さて、おにぎりを握ったので海賊部に差し入れを持って行こうかな。
立てこもり現場、気になるもん。
「ママ、私はちょっと学校に行って差し入れしてくるね」
「あら王司、楽しそう。ママも行ってもいい?」
「子どもたちだけのごっこ遊びだから、ママはバリケードの内側に入れません」
「あら、あら。じゃあ、バリケードの外から旗でも振ろうかしら」
差し入れを手に学校に向かうと、バリケードの外側にたくさんの大人たちが集まっていた。
強行突破とかはしないんだな。