54、「シャチョウ、おねが~い!」を演じる
――【葉室王司視点】
私が思うに、この体には強みがある。
未成年のいたいけな女子だということは言わずもがな、家柄がよくて、特に『おじいさま』が強カードだ。
江良にはまだ負けるとはいえ、新人にしては数字を持ってる。知名度がある。業界関係者にコネもあるよ。
これを利用すれば、割と大人たちを思い通りに動かせる気がする。
「おはようございまーす」
撮影が終わると次の現場へ……これ、ちょっと売れっ子感があるよね。
『鈴木家のお父さんは死にました!』の追加の撮影を終えてから、アルファプロジェクトのアイドルオーディション企画の収録があった。
楽屋は伊香瀬ノコやアイドル候補生と一緒で、賑やかだ。
アイドル候補生は、自主的に辞退した子が出ていた。
どうも焼肉降板事件の影響らしく、「芸能界怖い」という不安を感じたのが原因らしい。
少女の夢を壊してしまって悲しいなぁ……。
「葉室さん、おはようございます!」
「王司ちゃんおはようー!」
女の子ばかりなので、挨拶が一斉にされた時の華やかさがすごい。
隅っこの席に座って時間まで作業させてもらうけど、お菓子やお茶をくれたりする。ちやほやされてる……。
現在8人まで減った候補生たちを見ていると、仲良し関係や上下関係みたいなのが出来つつあるように思える。
一番、強そうな発言をしているのが、27歳の「さくらお姉さん」だ。
アイドル養成所に通っていたとか、レースクイーンだったとか、歌ウマ番組に出たとか、実績をアピールしている。
しかも、さくらお姉さんは自称・天才だって。
作業していると、声が聞こえてくる。
「私、偏差値が77でIQも高いの。知ってる? IQって20以上差があるとストレスなんだよね。相手がばかすぎて苛々しちゃう」
……?
「あんたたちみたいな現実の厳しさを知らずにフワフワ夢見てる子たち、痛々しくて見てられない。早めに挫折して地に足つけた方がいいよ」
……ライバルにリタイヤさせて自分が合格しようとしての発言?
他の子たち、「なにそれ」と怒っちゃってる。
ただ、私の俳優の勘によると、このお姉さんの強そうな発言は全部お芝居なのだけど。
「そんなこと言うのは性格が悪すぎると思います」
「私もそう思う」
共通の敵を持って団結してるよ?
何を意図してこの流れを作ったんだろう?
「本当のこと言われてムキになっちゃった? ごめんなさいね。おこちゃまに現実突きつけたらだめだったわね。まじ低レベルで幼稚園みたい」
「お姉さんはさぞ高レベルなんでしょうね」
「ええ、そうよ! 私は実力があって、天才。あなたたちとは格が違うの。今日、実力の差を見せてあげる」
ここまで自信満々だと、逆にすごい。
あと、女子のギスギスって怖い。喧嘩しないで。
隅っこで怯えていると、アリサちゃんとカナミちゃんが楽屋に入ってきた。
「おはようございまーす」
「おはようございます!」
アリサちゃん、カナミちゃん、ここは危険だ。気を付けて。
アイコンタクトを送ると、二人は距離感を探り探り挨拶に来てくれた。
「王司ちゃん、今日はよろしくね。楽屋ではあんまりお喋りしない方がいいかな? 贔屓とか言われちゃったらいけないよね」
「王司、おはよう。ねえ、焼肉事件の配信怖かったんだけど! やばくない?」
焼肉事件もヤバいけど、アイドル候補生もヤバイよ。
声で言うのは怖すぎるので、私はアイドル部のグループチャットで先ほどまでの出来事をメッセージ送信してシェアした。芝居っぽさがあったけど、という情報も足しておこう。
高槻アリサ:わぁ
三木カナミ:ひえっ……怖
高槻アリサ:芝居ってなんでだろう。練習?
葉室王司:わかんない
恐怖を共有できる仲間がいてよかったよ。
ところで、作業が終わったので席を外します。
怖い楽屋から逃げるわけじゃないよ。
グループチャットを見ると、二人は「怖い人たちとはちょっと距離置いとこうか」「うんうん」と素早い保身判断をして雑談チャットに移行していた。
高槻アリサ:ノコちゃんのライブがもうすぐなんだけど、年齢制限があるんだって知ってる?
「ちょっと佐久間監督と話してくるね」
「いってらっしゃい~」
ADだった佐久間氏は、監督に出世していた。
この人は『葉室王司』を気に入ってくれていて、加地監督の友人でもある人だ。
頼れる人材の昇進は、喜ばしいことである。
「佐久間監督、おはようございます」
コーヒーを啜る彼に挨拶して両手で提出するのは、さっきまで作っていた作業ファイルが入っているUSBメモリだ。
「王司ちゃんおはよう。予定外の撮影が追加されたって聞いたよ。ドラマの方は大変そうだね……このUSBメモリは何かな」
「面白いことを思いついたので、佐久間監督にお見せしたくなりました」
「うわあ、嬉しいな。じゃ、見せてもらおう」
ここで「あのね、子供の遊びに付き合ってる暇ないんだ」と言わないところが佐久間監督のいいところだ。
USBメモリを挿した 佐久間監督のパソコンモニターにパワーポイントのファイルが表示されるので、クリックしてもらい、プレゼンテーションを始めよう。
「これより、葉室王司による企画書の説明をいたします」
「えっ。プレゼンしてくれるのかい」
タイトルは思いつかなかったので、「見守りおじさんリターンズ(仮)」にしておいた。
「見守りおじさんこと佐久間監督は、とっても優しくて、正義感が強く、異例のドッキリ企画を通す時に協力してくれた加地監督とはプライベートで親友でもあり、彼の窮地に心を痛めているのです」
そんなに的外れなことは書いていないだろう、と顔色を窺うと、「そうだね」と神妙な顔で頷いてくれる。よし、よし。
それでは、全力で情に訴えさせてもらいます。
「ドラマ、楽しくて。恭彦お兄さんもドラマで初めて会ったけど、ちょっとずつ仲良くなれて、本当の家族みたいって思ってたんです。……私、スポンサーのお兄さんがすっごく怖かったんです。ドンッて壁に押し付けられて。腕をぐいって引っ張られて、……怖かった……、恭彦お兄さんは助けてくれたんです。なのに、役を外されてしまって……ひどいよ。こんな現実ってないよ……」
大人ぶっていたけど途中から大人っぽく振る舞えなくなってしまうんだ。
夢いっぱいでキラキラだったけど絶望しちゃったんだよ。
佐久間監督、こういうの好きだろ。
好きなアニメはまどマギだって知ってるんだ。
「お、王司ちゃん……」
ほら、効いてる。
泣くぞ、今泣くぞ、1、2、3――
「……っ、え、SNSでも……っ、みんな同じこと言ってたよ……っ。なのに……っ」
ちょっと泣きすぎたかもしれない。
おろおろしてる。
よし、泣き止もう。
「ごめんなさい、泣いちゃって……泣き、やみます……っ」
「い、いや。いいんだよ。辛かったよね。こんな怖かったり悲しい思いして、よくお仕事頑張ってるよ、えらいよ。このお仕事ね、つらくて休んじゃったり辞めちゃう子が本当に多いから……」
時間を大切に使おう。さくさく話を進めるよ。
渡されたハンカチで涙を拭いて、私は「無理してます」って感じの微笑みを湛えた。
「スポンサー企業が集まるパートナーシップディナー会って、これからあるでしょう? 私、ママとおじいさまと一緒に出席しようと思うんです。なぜなら――ママとおじいさまの会社に、新しくスポンサーになってもらうからです」
「えっ」
「ママは、パワハラとセクハラを訴えるって言ってます。私、私、思うんです。……『鈴木家』のスポンサー企業さんって、日ノ源総合ホールディングスさんを入れて合計で6社あるんです。他の5社を味方につけて、お金を出してくれるスポンサーさんの三倍くらい、葉室家の会社がお金を出したら、日ノ源総合ホールディングスさんって、いらなくならないかなって」
佐久間監督が絶句している。
今、私は金持ちの子役っぽい。結構楽しいな、お家の威光を振りかざすの。
「スポンサーの権限で、恭彦お兄さんも加地監督も、元通りのポジションに戻してもらいます。それで――ただ戻すよりも、裏番組を使って『ファンのみんなの応援と、努力家の新人俳優と、彼を見捨てない監督の逆転劇』と『TV局の垣根を越えて縁のあるドラマチームを支援する佐久間監督の漢気』を演出したらいいと思うんです」
ドラマチックに青春キラキラを撮る。
それが、アルファプロジェクトでやりたいことだろう?
同じことをもう一個やるんだよ。強いスポンサー様がつくからさ。
――天使のように。小悪魔のように。
「おねがーい、佐久間監督しか、頼れないの」
子供らしさを意識して、無邪気におねだりしよう。
気分は夢グループだ。
シャチョウ、おねが~い! すっご~い、ふとっぱら~~!
「私と一緒に、伝説をつくりましょう……!」
佐久間監督は頷いてくれた。
彼はエンタメを愛する男だ。人情家でもある。
サブカル好きで、商業に身を置きつつ、アーティスト気質も兼ね備えている――「これ、面白いよ!」が効く人なのだ。
ちなみに、その日のアイドルオーディションでさくらお姉さんは脱落した。
夢いっぱいでキラキラの女の子たちを撮りたい番組なんだよ。
ギスギスは多少してもいいけど、基本は仲良し青春組って路線で励まし合いながらアイドルグループをやりたいよね。
なにより、謎の「キャラを演じている」感じが気になったんだ。たぶん、アイドルになりたくて参加してきたわけじゃないんだと思う。
本人は「わざとよ。レベルが低すぎて、やってらんないから落ちてやったの。審査員も見る目がないしね」と捨てセリフを吐いて帰っていった。しかも、カメラの前でマイクを握って言い放った。
佐久間監督は「面白いからそのまま放送しよう」と笑っていた。
……荒らしだったのかなぁ……。