5、こんばんは。夜分遅くにフォロー失礼いたします
ゼロプロジェクトについて語るスレpart58
680:名無しのリスナー
王司おわたw
もう明日から学校行けないねw
681:西園寺麗華
俺は推しが死んだショックがでかくてガキの乳で騒ぐ気分になれないけど
682:名無しのリスナー
王司はまだ中学生だろ?
さすがに可哀想
683:名無しのリスナー
>>682 本人が自分で見せたのに?
684:名無しのリスナー
運営公式が動画拡散者訴えるって脅してるぞ
685:西園寺麗華
西園寺麗華が追悼動画出したぞ、お前ら王司より麗華を見ろよ
686:名無しのリスナー
前スレに王司が親に無理やり男のふりさせられたって書き込みあったけど虐待じゃん
687:名無しのリスナー
学校で女子が告白されて振ったって言ってたけど嘘ってコト?
688:西園寺麗華
西園寺麗華が追悼動画出してるから見ろってば
お前らも一緒に推しの死を悲しんでくれよ
麗華美人だよ
689:名無しのリスナー
>>681>>685 >>688
痛い自作自演やめてくれない?
690:名無しのリスナー
王司可愛いと思うけどオーディション落ちたかな?
691:名無しのリスナー
俺も可愛いと思うが何もしないで退場したし炎上したし失格だろうね
ってか男としてエントリーして女バレしたってだけでも落ちる理由として十分
692:名無しのリスナー
虐待ってガチ?
生配信カミングアウトって俺らに助け求めてやった可能性あったりするんか?
693:名無しのリスナー
その発想はなかった
ところで、赤リンゴアプリの痕跡がある死亡者がまた出たらしい
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【西園寺麗華視点】
夏の夜。
関東地方のとあるマンションの一室で。
「なんで本人だとバレてるの? 痛い自作自演ってなによ」
風呂上がりの西園寺麗華はフェイスマスクで肌を潤しながら匿名掲示板の民に文句を言い、ブラウザを閉じてSNSアプリのXを見た。
そこには、先輩であり推しであった国民的俳優、江良九足の死を悲しむ同志ファンの声があふれている。
ちょっと前まではディスコードの非公式ファンコミュニティもあったのだが、そっちは解散してしまったので、今はXだけが同志の温もりを感じられる場所だ。
麗華は目を潤ませた。
「ああ、同じ哀しみを共有する仲間たちよ! 今夜はみんなで泣いて飲みましょう!」
バイトをはしごして貧乏生活していた頃から愛飲しているワンカップのフタを外し、ぐいっと飲んだ。
「ぷはーっ。風呂上がりの一杯、たまらーん。生き返るわあ」
いつもの味が安心する。
ありがとうワンカップ。ご縁があったらCMの仕事を待っています。
心の中でワンカップに営業して、麗華はSNSのタイムラインに流れてきた葉室王司の写真を見た。
美少年だ。でも、美少女だったらしい。すっかり騙されていた……。
(あの子、どうして男として今まで生きてたんだろ。どうして生配信でカミングアウトしたんだろ)
匿名掲示板の民の書き込みが思い出された。
692:名無しのリスナー
虐待ってガチ?
生配信カミングアウトって俺らに助け求めてやった可能性あったりするんか?
助けを求めてたのかな?
「……あっ。葉室王司の実名アカウントがあるじゃない? フォロー数がどんどん増えてく……これ、なりすましじゃなくて本人のアカウント……?」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
いいか、俺の心の中の親友よ。
人は生きていると必ず飲食をして、出すものを出す。
そして、この体は生きている。
尿意は現実を教えてくれた。
人はおしっこを我慢して生きていくことはできない。
しかし、やはり「今日から女になりました。はい、トイレして」「はーい。しまーす」とはいかないものだ。躊躇いがあるんだよ。
最初は「ああ、必要だよな、トイレって」と哲学者みたいに考えていたのだが、徐々に余裕がなくなってくる。
「どうしよう……」
1時間ほど経つと、俺は膀胱が限界を訴えてくる幻聴を聞いた。
『江良君、そろそろ出そうよ。体に悪いよ。もう我慢できないよ』
なぜか元の体のときの親友の声に似ていて、腹が立つ。
しかし親友よ。
俺は今、女児なんだ。
大人としてのモラルってものが。抵抗感が。
第一、どうやって出すんだ。いや、……出すのはできる気がする。
がんばらなくても勝手に漏らしてしまいそうだし。
『江良君、これからずっとその体なんだろ? ずっと我慢して生きるわけにはいかないんだぜ。漏らすのと自主的に出すのどっちがいいんだ?』
親友の幻聴が保護者みたいに説得してくる。
「くっ……殺せ……」
悶々とした俺は、ついに耐えかねてトイレに入った。
葉室家のトイレは、広くてフローラルな匂いがした。
ウォシュレットトイレが輝いて見える。ああ、ここが楽園か。
俺の天国はここにあったんだな……。
パンツを降ろしてできるだけ視線を上にキープしたまま便座に座ると、体は排尿の仕方をわかっていた。人間ってすごい。
困ることなく、用が足せる。ありがとう俺の体。
耐えに耐えた放尿は――気持ちよかった……。
「……えっ。西園寺麗華? うわ、本人のアカウントだ」
至福の気分で自室のふかふかベッドに寝転がった俺は、目を疑った。
葉室王司のSNSアカウントを、西園寺麗華がフォローしてきた。
しかも、1対1の個人間チャット(ダイレクトメッセージ)を送ってきたのだ。
西園寺麗華:こんばんは。夜分遅くにフォロー失礼いたします。こちらのアカウントは、葉室王司さんご本人のアカウントですか?
彼女らしさを感じる丁寧なチャットだ。ビジネス感がある。
公式アカウントだもんな。
彼女はしっかりしている女優だから、発言に気を付けているのだろう。
生前、麗華とは仕事をしたことはあってもプライベートでLINEのやりとりとかはしなかった。彼女、したたかというか、あんまり「可哀想」「不憫」って要素がない子だったんだ。助ける必要がない自立した子だったので、関わるきっかけもなかった……。
少し迷ってから、文章を入力した。
葉室王司:こんばんは。俺は
「俺は……」
西園寺麗華は、芸能事務所の先輩後輩関係でもある。
仕事上の浅い付き合いだったけど、仲は良好だった。
俺の追悼動画もアップしてくれている。
死を悲しんでくれていて、胸が痛んだ。
「真実を打ち明けてみたい」と迷う気持ちがある。
けれど――
「王司。いるか? いたら教えてほしい」
周囲を見渡して呟くが、気配はない。
「王司。いないのなら、君の人生をもらっても……いいかな……? 君が出てくるまでの期間限定でも、構わないから」
俺は未練がある。
死んで終わりたくない。
もっと演技をしたい。
この体でしかできないことが、たくさんある。
体験したい。経験したい。知りたい。
それに――救えるなら、あの伊香瀬ノコを救いたい。
女の体なら、もっといい関わり方ができるんじゃないか。
俺は麗華にメッセージを返した。
葉室王司:こんばんは。私は葉室王司です。フォローしてくださってありがとうございます。応援している女優さんの公式アカウントにフォローしていただいたばかりか、メッセージをいただけるなんて。光栄です! オーディションでは大変失礼しました。ちょっとテンションが上がりすぎてしまって、やってはいけないことをしてしまったと反省しています。番組を汚してしまって、真面目にお仕事をしている方々に本当に申し訳ないです。
「王司。俺……私は、君として生きていく。君が戻る、その日まで」
丸い鏡を見ると、アライグマの付箋の「Don't wish.」が目についた。
「願うな」?
――王司は、何かを願いたいと思っていて、でも我慢していたのかな?
「女としての人生を生きたい」とか?
それとも、「役者だったりダンサーだったり歌手になりたい」という願いとか?
「……君のことがわからない。自分がなぜ君になったのかもわからない。けれど、生きていていいなら、私はせいいっぱい生きてみる。約束するよ」
スマホの画面では、西園寺麗華がやさしく心配する言葉を送ってくれている。
いい人だ。
その夜、『俺』あらため『私』――葉室王司は、西園寺麗華とLINEと携帯番号を交換した。
彼女はどうも本気で「王司は虐待されているのでは」と心配してくれたらしい。
ママと彼女が話をして、どうやら話はまとまった。
「女性としての新生活を支援する、必要なことを教える」と言い、一緒にショッピングをしてくれると言うんだ。
いい人すぎてびっくりだよな。忙しい女優が、どうして。
たぶん酒の勢いだ。彼女、ちょっと酔ってたみたいだし。
とりあえず、頼れる後輩を頼ることにしよう。
まずは、女性用パンツとブラジャーを買わないと。
ちょっと恥ずかしいが、必要なものだから。