49、鈴木家、焼肉パーティするってよ、うぃー!
――【葉室王司視点】
週末がやってきた。
楽しい焼肉パーティだよ。
網の上でお肉を焼くんだよ。ジュウジュウだよ。
パーティ用のコーデは、栗色トップスにロングスカートだ。
香水はつけていない。焼肉だし。
大きめのトートバッグに演技ノートを入れる。あと、消臭スプレーとブレスケアも。
夏休みにアリサちゃんと買ったイルカのペンダントを首から下げた。
髪にはスリーコインズで買ったリボン型のヘアピンをつけてみた。可愛いよ。
「特別にセバスチャンも参加していいよ」
「アリガトウゴザイマス」
「わざとらしいカタコト……」
「罵倒をご所望ですか? お嬢様?」
「所望しません!」
現地集合なので、セバスチャンに車を運転してもらって店に向かう。
「セバスチャン、焼肉好き?」
「アブラムシの方が好きデス」
「うん、うん……本気なのか冗談なのかわかんないね……」
焼肉店の予約席は、個室だ。
火臣恭彦が先に座っていた。青パーカーのフードを被って壁際で月刊シナリオを読んでいる。脚本をたくさん読むのは、すごくいいことだ。偉い。
「恭彦お兄さん、こんにちは~」
「あ、……こんにちは、葉室さん」
恭彦の先日の風呂シーンは、監督が「上手だった」と絶賛していた。
まだ放送されていないし、見たいと言っても「編集に難航していて、ちょっと見せられない」と言われて、見せてもらえないので、ずっと気になっている。楽しみだなぁ。
「イルカですね」
ペンダントを見て言うので、リピートしてあげた。
「イルカですね」
すると、今度はヘアピンを指す。
「可愛いですね」
「可愛いですね!」
マイズナー演技法のリピテーションが始まってしまう気配なので、「ここまで」と打ち切ってノートを出した。
「恭彦お兄さん。こちら、早速ですが例のノートです」
恭彦は「本当にあったんだ」と呟いた。信じてなかったらしい。
「これはとても貴重なノートですよ、葉室さん。本当にいいんですか?」
「ふっふーん。恭彦お兄さん。差し上げますので遠慮なく受け取ってくださいっ! それに、なんと、このノートは最後のページに直筆サインがあります」
「なぜ?」
なぜって……サービスだよ。喜んで。
「……自分の持ち物に名前書くのは普通でしょう」
ノートを押し付けると、「普通の文字じゃなくてデザインされたサインで?」と首をかしげつつ、恭彦はノートを受け取った。「うわー」と言いながらページをめくり、目を輝かせている。
こんなに嬉しそうにされると気分がいいな。ところで、右手の薬指に煌めく指輪が気になります。どう見てもラブリングです本当にどうして。
「ありがとうございます、葉室さん」
「どういたしまして。恭彦お兄さんはいつも頑張っているので、ご褒美ですよ」
「前から思っていましたが……」
「はい?」
「いえ。やっぱりいいです」
何かを言いかけて、恭彦は首を横に振った。
なんだそれ。こっちだって前から聞きたいことが山ほどあるよ。
「恭彦お兄さん。妹として尋ねるのですが、その指輪――」
「葉室さん。この演技ノート、『太陽と鳥』用ですね」
遮って話題を変えるじゃないか。しかも「外すの忘れてた」みたいな顔で指輪を外してポケットに隠すじゃないか。
「……江良は『太陽と鳥』をオーディション最終選考まで通っていた原作読者ですよ。ご存じでした?」
「親父がコネで役を奪ったのは知ってます。葉室さん、このノートを元にして、俺が化鞍タカラを演じてみてもいいですか?」
「おおっ……ぜひ挑戦してください。私も演じるので、比較動画でも作りますか?」
ノートにも書いておいたけど、演技は英語で「Acting」、芝居は「Play」だ。
「やってみたいな」という気持ちを持って実際に行動することや、「楽しい」と思って遊ぶ姿勢はなによりも大事だと思う。楽しく遊ぶと、成長もしやすいんだ。
「じゃあ、スマホで。順番にフレームに入って演じて、お互い一言コメントつける感じで……」
『太陽と鳥』は、いわゆる超長編。1巻2巻では終わらない、長いお話だ。
化鞍タカラは最初は一度目の人生で中年男性で人生を終える。その際は、社会的には成功したものの、本当にやりたかったことはできていなくて、人間関係は最悪で、みんなから嫌われている状態だった。
彼は、強い後悔の念を抱いて過去の自分に逆行して、人生をやり直すのだ。
「俺は育ててくれた親に感謝してる……親を幸せにしたくて人生やり直してるんや」
恭彦は、感情の入った演技を見せてくれた。その感情の出所であろう彼の親を考えると複雑な気分になるけど。
「親を幸せをするのが、俺の幸せやねん」
私はどうだろう?
私には「親に育てられた記憶」が欠如している。
でも、潤羽ママには幸せになってほしい、とは思える。
二人で化鞍タカラ合戦をしていると、個室に役者陣が一人、また一人とやってくる。
西園寺麗華はスウェットにデニム姿で、サングラスが似合っている。
羽山修士と蒼井キヨミは、シミラールックコーデで登場だ。夫婦感がすごい。
開き直ってオープンに交際するのか。羽山修士はバツイチで子持ちのはずだが、娘はなんて言ってるんだろう。
「さ、鈴木家の焼肉を始めるよ」
「家庭教師もまざってまーす」
「執事もイマース」
こうして、鈴木家+家庭教師+執事の、奇妙な焼肉パーティが始まった。
さりげなくカメラが置かれているので、後日『鈴木家、焼肉パーティするってよ』なタイトルで動画が投稿されるのだろう。
隣に置かれたタブレットが配信画面に見えるけど、気のせいかな?
生配信してないかな? あのタブレットは麗華お姉さんかな?
「全員、エプロンを装着せよ! これより、お肉注文戦略会議を始める……!」
羽山修士は、鈴木家の家長としてリーダーシップを取ることにしたらしい。
率先して声をあげ、エプロンをつけて鉢巻きを頭に巻いた。
「お坊ちゃんとお嬢様は、こういうお店で焼肉を注文した経験があるかな? お父さんが教えよう。ファーストオーダーの鬼定番は、タン塩さ……」
エプロンにアニメキャラの絵が描いてあって可愛い。
「タン塩は、味がタンパクで食感を楽しめる部位。なので、味の濃い肉やタレ肉の後に食べると、味の印象が薄れてしまうんだよ。だから最初に塩でオーダーするのが合理的……聞いてるかな?」
役になりきるんだったら、ここは「お父さんウザい」と返すべきだろうか?
でも、ギスギスファミリーで焼肉するよりは和気あいあいと食べたいよね?
「ユッケジャンクッパくださーい」
「王司ちゃーん?」
「サラダお願いします」
「恭彦君?」
大人たちはアルコールを頼んでいて、子供組はオレンジジュースとコーラだ。私がコーラだよ。
「かんぱーい」
「うぃー!」
チラッと見ると、タブレットの配信画面に乾杯風景がばっちり映っていて、コメントが流れている。
:かんぱーい
:KP
:KP~
:うぃーーー
:鈴木家だ
:執事まざっとるがな
:どんどん肉焼こう
「そういえば、お姉さん声優のお仕事ゲットできたのよ。パペット劇場のおかげね」
麗華お姉さんは嬉しそうに報告してくれた。何のアニメだろう。
「おめでとうございます、麗華お姉さん!」
「ありがとう~! いえーい」
元気になってよかった、よかった。酔って守秘義務違反しないようにだけ気を付けて?
「網が熱くなってからお肉を焼きますよー」
「焼くわよー。載せるわよー」
夫婦が仲よく肉を焼いている。共同作業にコメント欄も盛り上がっていた。
ジュウジュウと音を立てて、肉が焼けていく。
食欲をそそる音だ。
網の上で焼けていくのを見てるだけで気分がアガる。
間違ったふりしてビール飲んじゃダメかな? ダメだな? わかってるよ?
「葉室さん。それは麗華さんのビールです」
「わあー、間違えるところだったー」
「王司ちゃんには、まだ早いわねー!」
……コーラも美味しいよ。
「ほーらいっぱいあるよ。タンと食える」
「やだお父さん。つらタンよ」
夫婦は仲がいい。ドラマではお父さんが死んで、お母さんがつらすぎる立場なのに健気なので、配信コメントでは「鈴木夫妻が仲よくしてるの嬉しい」という声が寄せられている。
一方で「リアルでも熱愛してるもんね」というゴシップに触れる声もあるけど。
「お兄ちゃん、ほら、妹にお肉取ってあげて」
「はい」
「執事も働きマス」
「あら執事さん。今日はお仕事休んで休んで」
麗華お姉さんに言われて、恭彦が従順に箸を取る。
妹はいい身分だな。そして、執事はお客さん扱いか。部外者だもんね。
「どうぞ、妹さん」
「ありがとうございます、お兄さん」
お肉はよく火が通っていて、アツアツだ。
弾力のある歯応えが、「肉を食べてるぞ!」って気分にさせてくれる。美味しい!
「お、い、し、い~~!」
ニコニコとカメラに向かって言うと、コメントが「食べたい」とか「よかったね」とか言ってくれる。
「恭彦お兄さんも、サラダばかりじゃなくてお肉を食べてください。あーん」
これは「贈られ専」のCMイメージを払拭するチャンスではないか。
そう思ってお肉をあげたのに、恭彦は「あーんはちょっと」と釣れないことを言ってサラダを追加注文してしまった。
草食系男子め。
「お肉が嫌いなわけじゃないんですよね?」
「嫌いではないので、そのうち食べます」
「今食べましょう、どーぞどーぞ」
サラダの上にお肉をプレゼントすると、恭彦はもの言いたげな流し目を送った後、ぱくりとお肉を食べてくれた。
「うん、うん。お肉をいっぱい食べて育つのですよ、お兄さん」
焼肉はいいものだ。ついでに宣伝してあげよう。
「そういえば、視聴者の皆さん。このお兄さん、来週放送される回でちょっとセクシーなお風呂シーンがあるんですよー!」
「ごほっ」
「私は見てないんですけど、楽しみです!」
「ごほっ、ごほっ」
恭彦がむせて、蒼井キヨミに背中をさすってもらっている。
恥ずかしかったみたいだ。
思うに、このお兄さんはアイドルオーディションのマイク争奪戦をやらせたら落ちてしまうタイプではないだろうか。
「麗華お姉さんが教えてくれたんですよ、どんどん自分をアピールしていくべきって」
「は、はい」
「ついでに、さっきの『太陽と鳥』、食べながら公開しちゃいましょうか。みなさーん、実はさっき二人で遊んでた動画があるんです。今から投稿しちゃいまーす」
私は知っている――『太陽と鳥』にリメイクの話が挙がっていることを。
まだ決定していないようだけど、この動画がバズったりして、「よし、『太陽と鳥』、やるか!」ってなってくれたらいいなぁ。
オーディションしてくれたら、性別的に不利でもタカラ役を狙いにいくよ。
祈るような気持ちで動画を投稿すると、配信中に投稿した効果もあって、無事バズってくれている。
相乗効果で配信にも人が増えているようなので、なによりだ。
「それでは、お肉の続きをいただきます。今私は肉食の猛獣になった気分です! がお~」
カルビだ。ロースだ。ホルモンだ――肉祭りだ!