46、あたしはこの夏をオーディションに捧げようと思う
オーディション番組は生放送じゃないので、放送事故の心配がいらない。
番組の収録現場には、女の子が集まっている。
年齢は、10代前半から20代後半まで。
隣に座る伊香瀬ノコは、猫を愛でるように頭を撫でてくる。「にゃあ」と鳴いたら喜ぶかな?
「王司ちゃん、嬉しいね。この子たちみんな王司ちゃんの相方希望だって。王司ちゃんのこと好きだって。お姉さんも好きよ」
「わぁ、なんか……どんな顔していいかわかんなくなっちゃいます。私も好きです、お姉さん……」
「顔隠さないで王司ちゃん! これね、台本なんだよね。恥ずかしかったね」
「はい、ここまでが台本です~!」
あはは、とスタッフの笑い声が入る。
ここまで全て、放送作家が台本に書いた通りの流れだ。
放送作家の人は、江良が松竹大谷図書館でよく遭遇していたお姉さんだ。
プライベートではふわくる姫って名前でカラー漫画を描いてるんだよね。
絵が可愛くて、眺めているだけで癒されるんだ。
「王司ちゃん、同じくらいの歳の子がやりやすいかな? でも、年上のお姉さんも……いいよね?」
「いいともー」
「王司ちゃん、それは別の番組!」
スタッフの笑い声が挟まる。アットホームで笑いの絶えない職場だよ。
「では準備できたようなので10人に入場していただきましょうー!」
司会の声で、10人が一緒に登場する。
学校のアイドル部の子がいる。カナミちゃんとか、アリサちゃんとか。
アリサちゃんのお父さんは贔屓してほしそうだけど、オーディション中は客観的に見て公平な態度でいるように気を付けないとね。
制服姿だったり、スーツだったり、服装も雰囲気も年齢もバラバラな彼女たちは、一様に目を希望で輝かせている。
「自分は何者かになってやるぞ!」「人生これから!」って感じ。
若者を愛する大人っているよね。
若さはそれだけで武器なんだ。
そしてこの番組は、そんな若さをショーにしてお金を稼ぐ大人たちによる制作でお届けしています。
さて、次の説明セリフは私が読む。
『このオーディションコーナーは、毎週スタジオに応募者が来て歌やダンスの課題を披露したり、王司と絡んだりしてコンビとしての相性を見る企画です。毎回お菓子を食べながら何かして審査員投票をして、その回の1位から3位までが発表されます。がんばってね。企画の最後に次回のお題発表と抽選で当たるプレゼントの発表もあるよ』
長い説明セリフだ。
台本には、「初めてのお仕事感、読み方はたどたどしくていいです。国語の授業で指名されて教科書をつっかえながら読む感じで」なんて指定されている。
フレッシュな応募者たちに負けないように棒読みで初々しくいこう。
お手本はドラマ撮影序盤の恭彦だな。
「フォノオーディションコーナーワ、マイシュウスタジオニ、オーボシャガキテウタヤダンスノカダイヲヒロウシタリ、オウジトカランダリシテコンビトシテノアイショウウォミルキカクデス……」
放送されるときには説明テロップが表示されていることだろう。
この説明、毎回あるらしい。読み方が上達していったら視聴者が喜びそうだな。たぶん、放送作家もそれを欲しがっている。趣味は把握済だ。
司会のお笑い芸人が「棒読みやなー!?」と言って、テンポを取り戻すようにアナウンスを引き継いでくれる。これも、台本通り。
「初回スペシャルは、カラオケ大会です。歌謡曲が流れるので、『これ歌える』と言う子がマイクを争奪して歌います! 1度もマイクをゲットできなかった子は脱落になってしまいます!」
厳しい! と悲鳴が上がる。
これも台本。
「芸能界は弱肉強食! 与えられるのを待つのではなく、自分で出番をもぎ取っていきましょうっ。ただし、自分ばかり目立とうとガツガツいきすぎて嫌われちゃうのはNG! これはノコちゃんや王司ちゃんにも、みーんなに言えることです」
「はーい」
スクールの先生と生徒みたいな雰囲気になりつつ、カラオケ大会が始まった。
みんな歌が上手い。たまに古い歌が流れて困惑しているのも、可愛い。応募者のみんなが歌えない歌は私が歌おう。
ところで、カナミちゃんって歌上手いんだな。目立ってる。
アリサちゃんもマイクを取って歌えたし、ちょっと音を外したのも可愛かった。
「次の曲はお姉さんと一緒に歌おう、王司ちゃん」
曲が変わり、ノコさんがマイクを向けてくる。
「王司ちゃん、この歌も知ってるん?」
司会の人が茶々を入れたのは、15年前のヒット曲だからだ。
「わかります」
好きな歌だ。
にっこり笑んで迷いなく歌うと、アイドル気分になってきた。
女性アイドルってこんな気分か。気持ちいい。
「王司ちゃんって古い歌好きなんやな。10年20年前のばっか嬉しそうに飛びついて歌うやん! え、年齢いくつ?」
司会の人の声に笑って誘うようにマイクを向けると、ワンフレーズ歌ってくれた。
「♪楽しい夜は ここから始まる」
気持ちよく歌い上げる視界に、まだマイクを握れていない子が焦った顔でいるのが見える。
……運も実力のうち、という言葉がある。
思うに、気分よく歌っているマイク保持者の目に留まって、気まぐれを起こさせるのも、実力のうちだよね。
「カラオケ大会は、楽しいのが一番! ……笑って!」
駆け寄ってマイクを向けると、その子は一瞬、「ありえない出来事が起きた」って感じで目を見開いて、左右を見た。
左右にいた子たちが「歌いなよ!」「いいなー!」と声をかけると、勇気を出した様子で震える手でマイクを握った。
「♪いちばん とうとい夢を語るなら」
緊張が伝わる声だ。
がんばって。
声に出さずに唇を動かして伝えると、その子は「スゥッ」と息を大きく吸った。
「♪とっておきの笑顔で 語ろうよ……!」
声が大きくなる。
一生懸命な歌は、とても可愛かった。
その後、数曲がマイク争奪で歌われて、カラオケ大会は終わりを迎えた。
「終了~!」
審査員の投票は、カナミちゃんに入れておいた。単純に歌が上手かったから。
「2回目は課題曲を表現してもらいまーす!」
全員でワンパートずつ歌うんだって。
なんか、そのまま全員でデビューできそうなことしてる。
10人グループとか、あるからなぁ……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【三木カナミ視点】
積極的に自分をアピールする。出番を勝ち取る。
でも、他人を押しのけすぎたり、失礼だったり、嫌な子って思われる態度はダメ。
ほどほどに、いい感じに。一生懸命だな、いい子だな、ってなるように。
そんな風に自分に言い聞かせながらカラオケを頑張った三木カナミは、初回の結果が3位だった。
すごい。マウント取り放題だ。でも、我慢。
「お父さん? あたし、最初の審査、通ったよー! あのね、3位だったの。すごくない?」
収録が終わり、応募者たちは全員、着替えをしたり家に電話をかけたりしている。
「カナミー! お歌、歌ったのか? テレビに歌ってるカナミが映るのかい? 3位、すごいじゃないかっ! 週末はお祝いに回転寿司行こう!」
お父さんは興奮気味だ。
娘がテレビで歌うんだもん。嬉しいよね。
「えへへ。上手に歌えたよ! 可愛くポーズも決めて、司会の人に『可愛い』って言ってもらえたよ。それに、王司があたしを『歌が上手い』って褒めてくれたんだ!」
出演した子たちはみんな顔を真っ赤にして、興奮気味に「合格したー!」とか「歌を歌ったよ!」とお家の人に話している。迎えが来て、ニコニコしながら「またねー!」って帰っていく子もいる。
芸能事務所に所属済のお姉さんとかもいて、そういうお姉さんはマネージャーさんと帰っていく。
「カナミ、お迎えなしで平気? お父さん、早退できなくてさ。お母さんも……」
「うん。ぜんぜん平気。アリサもお迎えないから、一緒に帰る約束してる」
「気を付けて帰るんだよー。落ちた子に逆恨みされて襲われたりしないよね?」
「あはっ。ないない~! あのね、王司が優しいんだ。みんな歌えたんだよ。誰も落ちてないの。いいのかな?」
電話を終えてアリサを振り返ると、知らないおじさんと揉めていた。
「そういうのはいらない!」
「アリサ……」
「お友だちと帰るから、じゃあね」
アリサって、声を荒げたりするんだ。
ぽかんとしていると、アリサはカナミの手をぎゅっと掴んだ。
「帰ろう、カナミちゃん」
「いいの?」
「うん」
よくわからないが、おじさんはほっといていいらしい。
「じゃあ、……お先にでーす」
ぺこりと頭を下げて二人で外に出ると、外は蒸し暑くて、エアコンが利いた室内とのギャップがすごい。
「そうだ。カナミちゃん、3位おめでと! すごいね」
嫉妬する様子もなく、素直に「おめでと」と「すごい」を言うアリサは、いい子だ。
「アリサ。あたし、マウント取るの我慢してるけど、今すっごい気持ちいい! アリサも脱落しなくてよかったよ。次も一緒にがんばろうね」
「ふふっ、アイドル部のグループチャットに報告しよー!」
空は抜けるような青さで、真っ白な雲が悠々と風に流されていく。
お寿司も食べられるし、王司に認めてもらえたし、今日はとびっきり最高の日だ。
「アリサ。あたしはこの夏をオーディションに捧げようと思う」
夏、もう終わるけど。
流行の小説のセリフを真似て言うと、アリサはネタをわかってくれた。
「デパートに行ったりコントしたりする?」
「しちゃう?」
二人でつないだ手をぶんぶんと揺らして駆けだすと、マウントなんてどうでもよくなった。




