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45、その言葉は江良が君に言いたかった言葉だよ

――【葉室王司視点】


 アルファ・プロジェクトというバラエティ番組の1コーナーの収録日。

 楽屋に行くと、伊香瀬(いかせ)ノコがいた。


 長い黒髪はアップスタイルにしていて、肩の出るコールドショルダーシャツがセクシーだ。都会的なお姉さんって感じ。

 顔色がいいので安心した。

 

「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」

「おはよう! 早いのね」

「早く来てノコさんを待っているつもりだったんですけど、先を越されちゃいました」

「ふふふ。私の勝ちね」

「お仕事いっぱいなさってますけど、疲れたりしてないですか?」

「王司ちゃんもたくさんお仕事するようになってない? 学校もあるし、無理しないでね」

 

 江良の時と違って、ほんわかとした雰囲気で会話ができている。

 嬉しい。酒の匂いもしないし、代わりに『彼女に付けてほしい香水ナンバーワン』にノミネートしてた人気の香水のいい匂いがする。


「その香水、好きです」

「これ流行ってるの。付けてみる?」

「お揃いの香水、付けていいなら付けたいです。お金は払います」


 プシュッと香水をかけてもらうと、自分が可愛い生き物になった気がした。


「いい匂い……」 


 女の子は可愛いものを身に付けて可愛くなるんだな。この香水、買おうかな。


 気分を高揚させていると、ドアがノックされた。


「失礼します」 

「はーい」

 

 挨拶に来たのは、有名人だ。

 梨園ではそれほど高い序列じゃないけど、それを補うようにテレビ仕事をたくさんしてる歌舞伎役者――アリサちゃんの父親だ。

 目元がアリサちゃんに似てる。血筋って不思議だな。


「うちの娘、アリサが出演させていただくので、ご挨拶回りをしています。葉室王司さんは、以前からお友だちとして仲よくしていただいているようですね。アリサと仲良くしてくださってありがとうございます」


 挨拶は、営業マンっぽい雰囲気だった。

 

「ご丁寧にどうもありがとうございます。アリサちゃんには、仲良しのお友達としてお世話になってます。夏休みにもたくさん遊んでいただきました」

「アリサは小さい頃、歌舞伎役者になりたいと言ってたのに女の子なので諦めてしまったんです。不憫に思っていたところでした。アイドルに興味があるとは知らなかったのですが、親としては新しくやりたいことが見つかったなら、やらせてあげたいと思ってるんですよ」 


 うん、うん……話しながら見つめてくる目力がすごい。

 アリサちゃんのお父さんはひとしきり熱弁を奮い、ケータリングコーナーの端にお土産のお菓子を置き、退室した。


「マネージャーが呼んでるから行ってくるね」

「お構いなく……私はノートを書きますので」


 ノコさんが楽屋を出ていくので、ぺこんとお辞儀をして、ノートを開く。


 ノートに書く内容は江良が演じることができなかったドラマ『鳥と太陽』の化鞍(かぐら)タカラについて。

 『鳥と太陽』は原作とドラマ版の差が大きくて話題を呼んだ作品で、江良は毎回録画して猫のミーコを抱っこしながら観ていた。

 原作ファンの中には「認めない」とか「原作レイプ」と怒っている人たちもいたけど、ドラマはドラマで面白かった。

 例えるなら、エビ天そばが醤油ラーメンになったみたいな。

 

 ……未練を昇華するようにノートを書いて、すっきりしよう。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  


――【八町(やまち)大気(たいき)視点】

 

「死にたかったんだ」

 

 自殺というのは、し損ねた時が辛い。

 後遺症で体が不自由になったり、苦痛を抱えたまま生かされる。生き地獄だ。

 

 だから、都内の病院で目を覚ました八町(やまち)大気(たいき)は、失敗したことへの絶望感に打ちひしがれた。

 

「どうして助けてしまったんだ。死にたかったのに。死にたい時に死ぬ権利を主張したいよ、僕は」


「お気持ちはわかります」


 相槌を打つ男は、八町を発見して救命してくれた人のひとり、火臣(ひおみ)打犬(だけん)だ。

 余計なことを、と失礼な態度を取る八町に対して機嫌を悪くすることなく、礼儀正しく寄り添った態度を貫いている。

 

 火臣打犬は、八町の喪失感と悲嘆を解像度高く把握していた。

 そして、「我々は同じ気持ちですね」と涙を流し、彼が知る江良の思い出話をしてくれた。

  

「エキストラで参加した映画の撮影現場に、江良がいたんです。主演でした。『Hero or Die』ですよ。集団で遭難して山を彷徨っていたシーンです。存在感が凄くて……先輩が俺に『お前の演技は小さすぎて悪目立ちするな』と言ってきたのですが――まあ、いびられてたんですね。そこに江良が来て……先輩の特徴をそっくりそのまま真似て『お前の演技は大袈裟すぎるから悪目立ちするな』と先輩に言いまして……注目が集まって、先輩は顔を真っ赤にして謝ってくれましてね」

  

 彼の話を聞きながら、八町は過去を思い出した。

 

「観劇の帰りだったかな。雑踏の中に江良君がいて……あの時はまだ中学生だったかな。物陰に隠れるようにして、近くで電話してる中年の会社員を凝視してて。おいおい、江良君、スリとか働くんじゃないだろうな、ってハラハラして……」


 流されてるな、と思う。

 真剣に、熱意たっぷりに相槌を打つ相手の狙いは、八町の自殺願望を薄くさせることだろう。


 辛い想いをひとりで抱えず、誰かと共有する。

 吐き出して、傷を舐めてもらう。

 そして、衝動が誤魔化されていく。

 ……弱くされていく。


 相手の思うままだな、と心の中で考えながらも、思い出話をし始めると止まらなかった。

 

「……そしたら、江良君、生徒手帳をスマホに見立てて、それまで見ていた会社員そっくりの仕草と表情で電話している風に話し出したんだ。人間模写して遊んでいたんだって。なんだかすごいことなのでは、と思って。別な人も真似できるかい、上手くできたらスマホを買ってあげるよって言ったら喜んでたな……」


 衝動のままに思い出を語って、舌休めに水を飲むと、水が美味しく感じられた。

 ほどよく冷えた水が喉を通るのが心地よくて、「自分はとても乾いていたんだ」と気づかされた。


「そういえば、八町さん。この子があなたを最初に見つけたのですが、もうどなたかから聞いていますか?」

  

 写真を見ると、瑞々しい少女が猫を抱っこしていた。

 

「……ミーコ」


「いえ、葉室王司ちゃんですよ」


「ミーコです、この子」


 写真を見せた相手は「八町さんがミーコと呼ぶなら否定しないでおくか」という気遣い満載の顔になった。

 そして、ノートパソコンをサイドテーブルに置いた。


「これから王司ちゃん……じゃなくてミーコちゃん……の出演する番組が始まるんですよ」


 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 ――【葉室王司視点】


 ノートを書く手を一度止めて、目薬を差す。 

 右目が見えないから左目の負担がちょっと大きい。

 視力低下に気を付けた方がいいかもしれない。

 

「うー……」


 目の周りを指で軽くマッサージしていると、ノコさんが電話してる声が聞こえた。

  

「円城寺さん。おはようございます。今ですか? 楽屋です」


「……!」


 円城寺だって。

 楽屋の外、ドアのそばで話しているみたいだ。

 思わず聞き耳を立ててしまう。


「ご飯行きましょう! 週末はいかがですか? え、ドラマの焼肉パーティ? ……混ぜてくださいよ!」


 割と声が大きい。

 「通りかかる人に聞かれても構わない」って感じだ。


 それなら別に楽屋の中で話してくれていいのに……気を使わせたのかな?


 ところで、ドラマの焼肉パーティって心当たりがありすぎる。

 来るの? 

 ノコさんはともかく、円城寺善一はお断りしたいが。

 

 電話が終わったノコさんがドアを開けて戻ってくる。

 

 ……恋人と話せたら、もっと嬉しそうにするんじゃないかな?


「ノコさん。すごくプライベートな質問をしてしまいますけど、……円城寺さんのこと、好きなんですか?」


 ダメ元で質問してみると、ノコさんは「気になる?」とミステリアスな笑みを浮かべた。

 

「王司ちゃん。大人はね、好き以外でも仲よくするの」


 その言い方だと、「好きじゃない」ってことだよね?

  

「えっと……セフレですか?」


 ズバリ言うと、ノコさんは「そんな下品な言葉、言わない方がいいよ。王司ちゃんが言うとイメージ崩れちゃうよ」と優しいお姉さんの顔をして窘めてくれた。

 その言葉は江良が君に言いたかった言葉だよ。

 自分は「いい子ねペニス!」とか言ってたのに、年下の女の子には優しいんだな。

 まあ、気持ちはわかるけど。

 

「あのう、私、……そのお言葉を、ノコさんにもお返ししたいです。ノコさんも、たまにお酒に酔ったりしてテレビで過激なことを仰ってるから……」

「……私は、そういう芸風になってるとこもあるから。大人だしね」

「さっきの電話の人も、もし体だけの関係とかなら、あんまり付き合わないでほしいです。ノコさんには、ご自分を大事にしてほしいです」


 ありったけの本心を籠めて祈るように両手を合わせて上目遣いすると、ノコさんは見たことのない表情を見せた。


 切ないような。でも、(したた)かでもあるような。

 慈愛とか母性も滲んでるかもしれない。


 初めて見る表情に目を奪われていると、ノコさんの手が左頬に触れた。

 そして、ノコさんは私の右頬に小鳥がついばむようなキスをした。


「あなたは本当にいい子ね。天使みたい」

 

 間近な距離でささやくノコさんは、女神のようだった。

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