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44、軍国少女

――【三木カナミ視点】

 

三木(みき)カナミ:アイドルに必要なのって、なんだろう?

 

 アイドル部のグループチャットに送信してみた。


:モテフェロモン

:可愛さ

:歌とダンス

:おしゃれ

:体力

:性格

:やっぱ愛でしょ

:パワーよパワー

:やる気がいちばん!

:元気ーーーーーー! 


「やっぱ体力っしょ! ランニング行ってくる~!」

  

 夕暮れ時。

 大喜利みたいにアイディアが垂れ流されるチャットにニヤリとして、三木カナミは家を出た。

 服装は、学校指定のジャージ姿。

 弟が玄関で「おねーちゃーん。アイス買ってきてー」とおねだりしてくる。

 

「忘れなかったら買ってあげる。いってきまーす」

「ぜったいだよー」

  

 走りながら長い髪をポニーテールにして、夜道で光るシュシュで結ぶ。

 これが光って悪目立ちする前に家に帰るつもり。


 走りながら聴くBGMは、アイドル部で共有しているランニング用プレイリストだ。


<ゼロ・プロジェクト>のオーディションでデビューした新人アイドルグループのアイドルソングが流れると、ワクワクする。

 

『カナミ。お父さんはしがない会社員だからコネとかはないけど、推し活ウチワ作って応援するよ』

『カナミ、可愛いアイドルとして人気が出たら、一生安泰な生活が送れるハイグレードの男を射止めるのよ』


 親が芸人だったり社長だったりするようなアイドル部のメンバーと比べると、カナミの両親は平凡だ。でも、親の力に関係なく、オーディションは勝負できる――合格できる。


 はふはふと息を乱しながら曲がり角を曲がると、同じジャージを着た高槻(たかつき)アリサがいた。

 胸ぐらいの長さの黒髪を二つに分けて結んでいて、カナミと同じくランニングをしているようだ。

 

 高槻アリサは、王司と仲がいい。いつも一緒にいる。

 容姿は清純派って感じで、浴衣が似合う子だ。


 歌はあまり上手くない、と思う。

 ダンスも、ちょっとイケてないというか、日本舞踊みたいな大人しかったり上品すぎる雰囲気がある。

 可愛いか可愛くないかで言うと、可愛い。


 妬ましい、と感じる時がある――王司の隣に立つのはあたしなんだから。


「あっ。カナミちゃんもランニング中? 一緒に走ろう~!」

 

 アリサは、人懐こくて、邪気がない。いい子だ。

 

 ――悪い子は、あたしだ。


 性格の良さで勝負するなら、完全に負けてる。

 でもあたし、王司に呼びタメ(呼び捨てとタメ口)OKって言ってもらったよ。


「アリサちゃん。あたし、王司に呼びタメOKしてもらったよ」

「うん。知ってるよ。よかったね」


 羨ましいとか、嫉妬してきたりとか、そんな気配が全然ない。

 

 ――マウントを取られたのに。

 あたしが言われた側なら、嫌な気持ちになるのに。

 

 そう考えてから、気づいた。

 

 ――今、あたしは「アリサに嫌な気持ちをさせてやろう、マウントを取ってやろう」と考えて実行したんだ?

 

 別に、こういうのは今回が初めてじゃない。

 これまでだって何回も、他の女子相手に「あたし、負けてないし」「あたし、すごいし」と張り合ったことがあった。その結果、王司にも「ごめんなさい」ってすることになったわけで。

 

――あたしって、本当に性格が悪い。 

 

 でもでも、でもさ。アリサは王司が好きじゃないの?

 嫉妬したりしないの?

 

「……アリサちゃんは王司を呼び捨てにしないの?」


 並んで走りながら質問すると、アリサは「うん」と頷いた。

 

「王司ちゃんは、ずっと男の子として振る舞ってきたでしょう? でも、たぶん、女の子だよって言いたかったんだと思うんだ」

「うん……?」

「それでね、お兄ちゃんとお話したら……きゃっ」

「えっ、あっ、ちょっとぉっ……!」


 何が言いたいんだろう、と考えながら走っていたら、アリサがしがみついてきた。

 足がもつれたらしい。

 転びそうになって縋られて、体重を支え切れずに二人一緒に転んでしまった。


「ごめーん、カナミちゃん」

「もう、びっくりした。気を付けてよね。……怪我してない? あたしはへーき」

 

 二人一緒に無事を確かめ合っていたら、「にゃあん」と猫が寄ってきた。

 

 茶色い縞模様の可愛い猫で、人懐こくてびっくりしていたら、アリサが「ミーコちゃんだー」と声をあげた。


「知ってる子?」

「王司ちゃんの猫だよ。あ、ほら。王司ちゃんだ」

「えっ」


 アリサが言う通り、顔を上げると遠くから王司が走ってくるのが見えた。


「猫が脱走しちゃったんだ。捕まえて~!」


「みぃ~!」


 猫は捕まりそうになったのを察してか、ダッシュで逃げて行った。

 

 3人はしばらく猫を追いかけて、光るシュシュが目立つ時間帯になってから猫を捕まえた。猫を抱っこしているところを通りすがりのカメラマンがフラッシュを焚いて、写真をゲットして、逃げていく。

 有名人は、大変だ。

 

 家に帰ると、弟が待っていた。

 

「おねーちゃん。おそーい。アイス~」


 両親は「遅いから心配したよ」と声をかけてくる。

 

「はい。アイス。ねえねえ、ランニング中に何があったと思う? 王司と……アイドル部のアリサと一緒になってね……」


 家族が集まる居間で流れるテレビの画面では、ちょうど葉室王司が登場していた。

 平和記念番組?


『軍国少女は、何も知らずに絵を描いていました。お国の飛行機が、敵の飛行機を落とす絵です。子供たちが学校で描いた応援の絵は、兵隊さんに贈られました……』 

  

 実年齢より少し幼い設定らしき登場人物は、背が低いせいか、演技力のおかげか、違和感がなかった。

 王司は弟たちと一緒にいて、一升瓶に玄米を入れ、弟たちと交代で木の棒で突いていた。

 食べているご飯は、「栄養が足りないのでは」と思ってしまうようなお粥だ。

 でも、これしか食べるものがない。

 

 弟たちが泣いている声がリアルだ。

 お姉ちゃんとして気丈に弟たちをあやす王司は、同じく弟を持つ身であるカナミの心を親近感と共感と憧れでいっぱいにした。

 

 ああ、辛いなあ。

 でも、これが当たり前で、こんな中で生きるしかない。

 生きようと頑張っても、どうしようもなく追い込まれていく。

 自分たちは何もしていないのに、戦いに巻き込まれて、ただむなしく死んでいく……。

 

 ……まるで、その現場に自分がいて、一緒にその辛い体験をしているみたいに辛くなる。

 

 さぞ反響があるだろうと思ってスマホで名前で検索すると、有名な演出家の人が語っていた。

 

『葉室王司さんって、演技を勉強し始めたのがデビュー直前なんですよね。それにもかかわらず、現場では特に苦労する様子もなく、まるで熟練の役者のように落ち着いていて、本番が始まるとスイッチが入ったように役に一瞬で入り込むらしいですよ。ちょっと実際のところどうなのか、見てみたいですね』 


 SNSでは、「辛くなった」とか「鬱になった」という素直な感想と、「悲惨な過去を風化させず、次の世代に伝えないといけないと思いました」という感想が投稿されていた。

 

 王司の動画配信チャンネルを見ると、日々のレッスンや自主トレーニングのショート動画がいっぱいある。 

 

 見ているうちに、妄想が湧く。

 

『王司、頑張ってるね。

 あたし、王司が頑張ってるのを見てモチベもらったんだ。

 頑張った成果が出て、オーディション受かっちゃった!』


 あたしがそう言うと、王司は「カナミ、やるじゃん」って言ってくれるんだ。

 それでね、高槻アリサが「負けちゃった」ってしょんぼりするでしょ。

 そしたら、あたしは「アリサも頑張ったよ!」って言って、握手するの。

 マウントを取ったりはしないよ。あたしは性格が悪いから、絶対とは言い切れないけど……。


 アイドル部のグループチャットでは、「今日がんばったこと!」という発表会がされている。

 王司は写真付きで「猫が逃げてアリサちゃんとカナミちゃんと一緒に捕まえたよ」と報告している。

 

 猫を抱っこした王司はすごく可愛くて、好きだと思った。

 

 

    ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 バラエティ番組内の1コーナーの形で、オーディションは幕を開けた。

 

 画面に星のエフェクトがキラキラと溢れて、企画タイトルが表示され、タイトルコールがされる。


『アルファ・プロジェクト』 

 

 タイトルコールの後は、司会によるコーナー説明だ。

 

「今回からの新企画! あっちがゼロ・プロジェクトならこっちはアルファ・プロジェクトです! 新時代は我々が切り拓く、青春バラエティ風・アイドルオーディションコーナー!」

  

 画面に映るスタジオには、審査員席が用意されていて、葉室王司が伊香瀬ノコと並んで座っていた。二人揃って両手をカメラに振る姿は、華やかだ。

 

 司会役はお笑い芸人が務めていて、企画の概要と応募者を聞き取りやすい声でわかりやすく紹介した。


「それでは、書類選考を通過した応募者たちのPR動画を見ていきましょう!」


 アイドルを志す女の子たちのPR動画とプロフィールが紹介されていく。

 10人もいる通過者の中に、アイドル部のメンバーは4人もいた。

 

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