43、彼は憑依型の役者で
学校のアイドル部の顧問は、田中勝利先生と、アシスタントイングリッシュティーチャーのアニー先生が受けてくれた。
アニー先生はノリノリでダンスを一緒に踊っている。
田中先生は「先生はアイドルとかわからないから、放任主義です。何かあったら言ってください」と挨拶して職員室に逃げて行った。
女子たちが歌っている歌は、最近公開された映画の主題歌だ。
そういえば、この体になってから映画を観ていない。今度観に行きたいな。
「♪悪霊退散 ♪悪霊退散」
サビを合唱し、踊りやすい振付でダンスする女子たちは楽しそうだ。
「あなたのまちの~♪」
代表してカナミちゃんがソロパートをワンコーラス歌い、再び合唱。
「♪悪霊退散 ♪悪霊退散」
その後のソロパートは、アリサちゃんが歌った。
「お祓いするわよ♪」
もうこのグループでデビューしたらいいんじゃない?
そういえば、うちの悪魔だかなんだかの執事セバスチャンもお祓いできるんだろうか。
知った当日に動揺して熱を出して、そのままタイミングを逃していたけど、あの執事は野放しでいいものなのか。
悩みを抱えながら送迎車に乗ると、セバスチャンがいつもは「おかえりなさいませ」と言って迎えてくれるのに「♪お祓いするワヨ」と歌ったので、ちょっと怖かった。
「ひぃ……」
恐怖を感じつつ後部座席に収まると、セバスチャンはクスッと笑って車を出した。
今私はからかわれたのだろうか?
ドキドキしていると、流暢な日本語で話しかけてきた。
「お嬢様。八町大気がお嬢様にお礼を言いたいと希望しています。近いうちに面会に行けるかもしれませんね」
「八町、元気になってたんだ。よかった」
「お嬢様、推しの歌姫様の方は、もうよろしいのですか?」
「ん? 歌姫って……伊香瀬ノコ?」
ノコさんは、気になる存在だ。
この前会った時は元気そうだったけど、かなり弾けた言動もしていた。
相変わらず江良を刺したセフレと付き合っているようだし、世間に公表もしていたし……。
「うーん。よろしくない、とは思うけど……今度、オーディション企画の収録現場で会うから、お話してみようかな」
「グッドラック」
こうして話していると、セバスチャンは「味方~」って感じなんだけどな。味方なのかな?
情が湧いたって言ってたもんね。愚鈍とも言ってたけど。
「セバスチャンって、味方? あのアプリってなんなの?」
「執事はお嬢様の味方なのですよ、当然ではありませんか」
「あのアプリはなんなの?」
「先日説明したではありませんか」
面倒そうに言うなよ……。
その後は、何を尋ねても歌を歌って誤魔化された。
とりあえず、味方ではあるらしいので少し安心した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『鈴木家のお父さんは死にました!』の現場では、加地監督から「皆さんのおかげで、ドラマ視聴率は高い数字をキープしています!」という喜びのシェアがされた。
「皆さんもご存じかと思いますが、我々は新たな話題性を獲得しました。数字は伸びています! 話題になった効果、というのがスポンサー様の価値観です。そこで、今回はスポンサー様から『炎上敢闘賞』を賜りました」
何だその賞、暑苦しいな。
「焼肉食べ放題券です。暑い日が続いていますし、皆さん英気を養ってくださぁい」
焼肉食べ放題券を配りながら、監督は新たな話題性もシェアしてくれた。
一つ目、西園寺麗華の実年齢バレ。
二つ目、お父さん役の羽山修士とお母さん役の蒼井キヨミの熱愛報道。
三つ目、火臣父子の指輪交換。
「いやー、素晴らしい。本当に素晴らしい」
監督は褒めているが、役者陣は気まずい空気だった。
西園寺麗華も、彼女らしくなく、落ち込んでいる。
なんだかんだ言って麗華は真面目な職業女優だからな。
優等生なんだ。
年齢のサバを読みたくなる気持ちだって、共感できるよ。
男性でも気にするんだ。女性なら特に気になるよな。
SNSで傷付くことを言われてないかな、心配になっちゃうな。
ちょっとした一言が刺さっちゃうんだよな。
「お姉さん、元気出してください。焼肉食べにいきましょう」
「ありがとう、王司ちゃん」
熱愛報道の二人は大人だし、かける言葉が思いつかないが……「お幸せに」と言うのもなんか違うか?
正直、それより気になるのは火臣父子の指輪交換だよ。
何がどうなってそこに至ったのか、全くわからない。
ストックホルム症候群だっけ。
被害者が加害者と長い時間を共にすることにより、加害者に好意的な感情を抱く現象。
恭彦にはそんな症状でもあるのだろうか?
「恭彦お兄さんも、食べにいきましょう……もう、いっそ全員で焼肉パーティとか、どうですか?」
提案すると、羽山修士と蒼井キヨミは「いいね」と言ってくれたが、恭彦は首を横に振る。
「俺は遠慮します、すみません。……嫌とかではなく、少々、することがたくさんあって余裕がないので……」
恭彦は忙しいらしい。
演技が好評で、新しく仕事が増えたのかな。
プライベートの話はしてくれないけど、大学生でもあるんだっけ?
「することがないより、忙しい方が喜ばしいですよね。私、応援してます」
「ありがとうございます、葉室さん」
ちなみに、私も新しくショートドラマの仕事が増えたんだった。短時間で終わるやつ。
とはいえ、「私も仕事が来ましたよ」と仕事自慢をすると嫌われそうな予感がするので彼の話を聞くことに徹したい。
「恭彦お兄さん。指輪はどうして交換したんですか?」
「ごほっ……王司ちゃん、大胆ね……」
ストレートに質問すると、麗華がお茶にむせた。
でも、気にならない?
じーっと見ていると、恭彦は困り顔になった。
「恐れ入りますが、お話できることはありません。ただ、仕事には影響がないので、その点はご安心ください。ご心配をおかけした点と、お騒がせしている点についてお詫び申し上げます」
目を伏せて、テンプレみたいなお断り文句が返される。
目を合わせてくれないんだ。
この距離感、まさにビジネス兄妹だよ。
なんだか寂しいな。
こっちは君のためを想っているのに。仲良く演技の山道を登ろうぜ。
恭彦を釣るには何が効くだろう。
彼の好きなものといえば……音楽。ダンス。……演技ノート?
見るたびにノート増えてるもんな。
「恭彦お兄さん……江良さんの演技ノートって、ご興味あります……?」
思いついて言ってみると、恭彦はパッと顔を上げた。
「江良九足さんですか? ……あるんですか、演技ノート……? 彼は憑依型の役者で、ノートとかがないって聞いています……」
おお、釣れた。
うんうん。憑依型うんぬんは周囲が張ったレッテルだと思うが、ノートはないよ。
「焼肉パーティに来たら、演技ノートを1冊あげますよ。葉室家の、ほら、私の産みの母のみやびさん……俳優が好きな方でしたから、コネで持ってるんですよ」
もちろん嘘だ。
江良の演技ノートは現存しないが、これから作ればいい。
なんと言っても、江良は私なのだから。