42、アイドル部が生まれた日
――【葉室王司視点】
中学校は、週刊誌を持ってきてもいいらしい。
「葉室王司ちゃん。これあげる」
昼休みの学校の食堂……女子グループが二俣の神経を逆なでした現場での出来事だ。
「二俣が怒鳴り込んでくるのでは」と警戒していたのに、ニコイチコンビの受け攻めトークをしていた女子グループに向かってきたのはチョコレート色の髪の美少年、円城寺誉だった。
相変わらず少女と言っても通用しそうな容姿である。
彼は一冊の週刊誌をテーブルに置いた。
わざわざページを開いた状態だ。
おや、この金髪イケメンは我が心の弟子にして腹違いの兄、恭彦では?
書いてあるのは、悪い冗談みたいなセンシティブな記事だった。
『兄妹仲がいいって声もありますが、お兄さんは妹をライバル視してるみたいですよ』
『火臣父子、白昼堂々、禁断のラブリング交換』
『そして二人は家の中へと姿を消した』
「……は?」
お互いの指に指輪を填め合う黒髪の父と金髪の息子の写真が掲載されている。
恭彦? 何やってるんだ? 恭彦?
なんで指輪交換した?
「きゃー!」
「結婚してるーー!」
あっ、女子グループから黄色い悲鳴が上がった。
待て、結婚はしていないだろ。
狙いがわかったぞ。
話題逸らしに別の燃料を投下したんだ。
ほら、円城寺誉が燃料置くだけ置いて二俣の隣に戻ろうとする。
仕事終わったって顔だ。
「円城寺さん。週刊誌はお返しします。そういえばハンカチも持ってきたんでした」
私は去り行く円城寺の背を追いかけた。
夏休みに円城寺にもらったグレーのハンカチを週刊誌の上に置いて差し出すと、彼は「返さなくていいのに」と微笑しながら受け取った。
「そうだ。葉室王司ちゃんのドラマ観たよ。スポンサー名にお父さんが名だけの役員してる会社の名前が出てた」
「それはありがとうございます。お兄さんがよく現場にいらしてます」
反応を窺うと、円城寺は無言で笑みを深めた。
体感温度が3度ほど下がったような錯覚を覚える笑みだが、ここは引き下がらないぞ。
「円城寺さんはお兄さんと仲良しなんですか?」
君のお兄さん、江良を殺したんだけど知ってる?
流石に知らないよね?
「葉室王司ちゃんが僕に興味を持ってくれたのは嬉しいんだけど、家の話はあまりしたくないんだ。ごめんね」
「いえいえ」
恭彦といい円城寺といい、私的な話のガードが堅い。
しかし、横から口を挟んで来た二俣はゆるゆるだ。
「誉は兄貴と仲が悪いんだ」
「あ、そうなんですね」
二俣は週刊誌を取り上げて、パラパラとページをめくり始めた。円城寺は流石に不満を覚えたらしい。眉を寄せてクレームを物申してる。
「よっくん、人が隠したいって言ってる個人的な事情をばらさないでほしいんだけど?」
「は? 自分が知っていることを独り言で呟くのは俺の権利だ」
おい、ニコイチコンビが喧嘩するな。
「教えてもらった立場ですけど、二俣さんが悪いと思います」
「なんだと、葉室」
でも、二俣ってそういう奴だよな。
「俺様、一番偉い」「俺は思った通りに行動する」「誰にも文句は言わせない」みたいな。
そう考えると、そんな二俣に秘密を知られた円城寺のミスとも言えるだろうか。
恭彦なんて「葉室さんに教えるとネットで広められそう」と言って教えてくれないからな。
墓参りの後、インスタで「ホテルにいるんですか? 実家に戻ってないですよね? お父さんと距離を取った方がいいと思うんですよ……?」とメッセージを送っても「お話できることはありません」だったからな。
「……よっくんに知られた僕が悪いってことで、反省しておくよ。もう、よっくんとは口を利かない。絶交だ」
「なんだと、誉」
「今から返事しない」
「生意気だぞ、誉」
絶交とか言ってる。大丈夫だろうか?
でも、ちょっと子供っぽくて安心する気もするぞ。
二人を見比べていると、円城寺はこっちを見て会話を続けた。
「葉室王司ちゃんにもお兄さんがいるよね。僕、知ってる」
「週刊誌をわざわざ見せてくれるくらいですし、知ってるでしょうとも……」
「お兄さん、演技が下手だったんでしょう? それを葉室王司ちゃんがコーチして上手にしちゃったって聞いたよ。敵に塩を送らなくてもいいのに」
ドラマの撮影現場の話は、お兄さんから聞いたのかな?
それとも、SNSで大量に流れている嘘と作り話とほんの僅かな真実がごちゃ混ぜの兄妹エピソード集の中のひとつかな? 色々な話が流れているからなぁ。
「円城寺さん。恭彦お兄さんは敵じゃないですよ」
「そう? でも、あっちは敵だと思ってるよ」
「それは週刊誌のデマですよ。私と恭彦お兄さんは、同じドラマの仲間で、崇高なる登山仲間……役者仲間として仲良くしてますから」
「ふーん……登山……?」
二俣は、親の仇を見るような眼で自分の激辛カレーを睨んでガツガツと食べている。機嫌が悪そうだ。触らぬ神に祟りなしと言うし、触らないでおこう。
「では、席に戻ります。海賊部の皆さん、ごゆっくり」
二俣はむすっとしているが、取り巻きたちは愛想がいい。
ニコニコしながら手を振ってくれる。特に男子。
お辞儀して女子グループの席に戻ると「あの週刊誌って本屋さんに行ったらあるかな?」「帰りに寄ってく?」と話していた。
週刊誌はこのようにして売れるのだな……。
「葉室様、おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ!」
自分の激辛カレーを食べていると、カナミちゃんがしきりに話しかけてくる。
「あのね、王司……ちゃん」
「うん?」
「辛いのが好きなの? これ、激辛チョリソー。食べる?」
差し出してくれるお皿には、ぷるんとしたチョリソーが載っているではないか。
「カナミちゃん! ありがとう……」
「え、えへへ……ねえ、王司って呼んでもいい?」
「なんでもいいよ。好きにして」
チョリソーは薄い皮の中にはち切れんばかりに肉が詰まっていて、歯でプツッと噛んだ瞬間にじゅわっと肉汁が溢れるのがたまらない。
噛みしめた時に鋭く舌を刺激するスパイスが最高だ。
「あのね、あたしもアリサちゃんと一緒にバラエティ番組のアイドルオーディション受けるんだぁ」
「二人で受けるの? いいね。青春って感じ」
なんと、カナミちゃんはアリサちゃんと一緒にアイドルオーディションに参加するらしい。
「二人とも応援するね! がんばって!」
ニコニコしながら言うと、二人は「がんばろー!」「おー!」と顔を見合わせてハイタッチをしていた。
なんかすごく仲良し感がある。ちょっと羨ましいじゃないか。
「えー、じゃあ私も応募するー」
「あたしも~」
オーディションの話をしていると、女子グループの中に、ちらほらと便乗応募者が出てきた。
「みんなで応募用のメイクして写真撮ろうよ」
「自己PR動画撮りあいっこしよー!」
「そのままTikTokにも投稿したら?」
女子たちは盛り上がり、この日、中学校に『アイドル部』という部活が爆誕したのだった。