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38、Wish?/Don't wish

 八町(やまち)大気(たいき)との出会いは、江良が8歳の時だった。

 

 江良は、その時、本名で江良(えら)進一(しんいち)という子供だった。

 親に「産んだけど育てられません」と匿名で施設に託されて、赤ちゃんの時から施設で育った。


 8歳の冬。

 江良は、ブックサンタというボランティア活動に参加していた16歳の八町(やまち)大気(たいき)の見ている前で、本を選んだ。本はたくさん並べられていて、「子供にクリスマスプレゼントを」とどこかの誰かが買ってくれたのだ。

 ……当時の子供たちには「サンタさんがプレゼントを持ってきたんだ」と説明されていたけれど。

 

「一人一冊、好きなご本を選んでね。良い子へのサンタさんのプレゼントだよ」

  

 周りには、他のボランティア参加者と施設の子供たちがたくさんいて、早い者勝ちで本は取られていった。

 江良は、同じ一冊を選ぶなら、値段が高い本を選ぼうと思った。

 それに、ただ「面白い」とお話を楽しんで終わるものではなくて、知識が得られたり、ひとりで社会で生きていくために役に立ちそうな本がいいと思った。


 吟味している間に、本はどんどん減っていく。

 焦って取ったのが、『俳優の教科書』という一冊で、「この本は役に立つのだろうか」と悩んでいたら、サンタの衣装に身を包んだ八町が「それは僕が選んだんだよ。君、俳優に興味があるの?」と目を輝かせて話しかけてきたのだった。

 

 本は面白かった。

 そして、八町はちょっと変わった人物だった。

 

「江良君は、目がいいね。声もいい。あと、怒ってるのがすごくいい。そういうのって、大事なんだ。俺はここで生きてるぞバカーって叫んでるみたいで、魅力的だよ」

「なんだそれ。わかんねえ」 

   

 八町はボランティアが終わった後も施設を訪ねてきて、「この本もどうぞ」と本をくれたり、彼の学校の演劇部が演じる演劇のチケットをくれたり、映画館に連れて行ってくれたり、演技ワークショップに連れていってくれたり、自宅に招いてくれたりした。

 八町の家は大きくて、本や映画が大量にあった。


 江良は、八町に嫉妬した。

 世の中は不公平だと思った。

 自分はひとりぼっちで、親に愛されることなく、何も持っていないのに。


 八町は「今、江良君が僕に嫉妬して、自分が可哀想だって思ってるのがわかるよ。あれだよね。生まれガチャってやつ。ガチャに失敗したって思ったりしてる?」と見抜いて、神経を逆なでした。


「でも、江良君。もし生まれで不利だなと思ってもさ、君には僕という不利を覆す強カードをゲットしたんだよ。僕は自分で言うのもなんだけど、天才さ。これから神様みたいに上に駆けあがっていく予定さ。その僕が手を引いてあげるから、君だってその辺でぬくぬくしている一般人たちを全員置き去りにして、高みに上がっていけるとも」


 全く、変な奴だった。

 8歳も歳が離れているのに、江良を「友達」と呼び、返せるものが何もないのに世話を焼いて「友達は見返りを求めたりしないんだよ、江良君」なんて言って笑う。

 

 「体験は宝だよ」と言ってキャンプしたり、無人島で一週間過ごしたり。海外でヒッチハイクの旅をしたり、雪祭りで雪像を作ったり、推しの馬を決めて馬券を買ったり。

 自分で自分を天才と言っていたくせに、起業に二度失敗して、文学賞やシナリオ賞も落選続きで、けれどクラウドファンディングで三度目の挑戦をして映画を製作した。江良が主役を演じた。

 映画で賞を取り、名が世の中に知られると、そこから文学賞やシナリオ賞を受賞するようになる。


 成功者とか天才とか呼ばれるようになった八町は、「江良君は芸名のセンス以外は完璧だ! 今の僕がいるのは、君のおかげだよ!」と江良を愛してくれた。

 「それはこっちのセリフだ。今の俺がいるのは、八町のおかげだよ」――江良はそう思ったが、照れくさくて言えなかった。言えないまま、死んでしまった。

 

 

「…………八町!」

 

 

 お前、まさか、俺の墓の前で後追い自殺なんて企てていないだろうな。


 脈を確認して、呼吸を確かめる。


 ――八町の心臓は動いていなかった。呼吸もしていない。

 


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 

 


 八町。八町。八町。

 死んではいけない――お前、何やってるんだよ。


 ばか。ばか。ばかな奴。

 俺はここにいるんだよ。お前にファンレターだって書いたんだぞ。

 

「セバスチャン! 救急車だ……!」


 心臓マッサージをしようとした時、セバスチャンがスマホを取り上げた。

 PINコードを知っている彼は迷わず王司のスマホを操作し、画面を見せた。


「なに? まさか番号がわからないと言う? 救急は119だよ……――」

  

 目の前に出された画面を見て、言葉が引っ込む。

 スマホの待ち受け画面には、赤いリンゴのロゴアイコンがあった。

 

「え……」


 このアプリは――葬式で、警察にチェックされそうになった時に消えたアプリだ。


  

「Is there anything you wish me to do, my lady?」



 セバスチャンは無感情に言って、指先でアプリをタップした。


 アプリが起動すると、二頭身のポップなデフォルメキャラの赤毛の悪魔執事が表示されていて、吹き出しで「Wish?」と言っている。画面下部には文字を入力するフォームがあり、フォームの上には「Apple Point」というポイントが表示されていた。


「…………え?」

  

 それを見た時、思い出したのは王司の部屋にある丸い鏡だった。

 

 鏡のフレームにアライグマの付箋がついていて、「Don't wish.」と書いてあったんだ。



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