33、アイドル育成企画?
――【伊香瀬ノコ視点】
ドッキリの仕掛け人チームの一員として現場に来た伊香瀬ノコは、チーム用の控室で定点設置カメラを見ていた。
背が低くて、華奢で、汚れなき女の子……葉室王司が部屋に入っていくのを見て、円城寺善一がいそいそと後に続こうとしている。
あの子を狙っているのだ。
はっきりとそう感じて、ノコは席を立った。
「私、行ってきまーす」
「お、ノコちゃん。意欲的だね!」
「いってらっしゃい!」
あの女の子は、彼のような男の毒牙にかかっていい子じゃない。
私のようにさせてはいけない。
……私が守る。
「円城寺さん。こんなところで奇遇ですね!」
スタッフの変装姿で声をかけると、王司に向かっていた彼が意表を突かれた顔で振り返る。
耳に付けたインカムからは、仕掛け人チームメンバーからの「何やってんだ」と言う声が聞こえてくるが、気にしない。
善一の腕を引っ張って現場から離し、「ドッキリの最中なんです。ナイショにしてくださいね」と毒花のように笑むと、彼は状況を理解したようだった。
きっと、「隠しカメラで撮られているから、ヤバイことをすると面倒なことになりますよ」と警告してくれたと解釈しているだろう。
「教えてくれてありがとう、ノコちゃん」
「私と善一さんの仲ですから」
媚びるようにウインクすると、インカムから「どういう関係!?」「うわ~、なんか見せつけられた」という声が聞こえてくる。
私はすでに汚れ切っているから、どんなゴシップも怖くない。
そうだ……、こんな私だからこそ、できることがきっとある。
「今後とも仲良くしてくださいね、善一さん」
抱き着いてカメラに映るように唇を奪うと、彼は狼狽えた。
……私は、この人を破滅させてあげたい。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ドラマ『鈴木家のお父さんは死にました!』の撮影現場で、加地はぽかんと口を開いて現実を疑った。
鈴木翔太が目の前にいる。
「美咲! 待てよ!」
イヤホンを耳につけた翔太は、彼との会話を打ち切って逃げようとする妹を焦った様子で引き留めた。
棒読みでもなく、人物像が伝わる演技だ。自然に聞こえるセリフは、演じている感や作り物感がない。
セリフだけじゃない。
立ち姿も、妹の腕をつかむ動作も違和感がない。
表情はハッと目を奪われる感情があり、その心情がわかる。
翔太が実在する人物のように、血と肉の通った表情と感情豊かな人間なのだと感じさせてくれる。
……今までと、全然違う。
居並ぶスタッフたちも驚いた顔で、何人かは「これは奇跡的にたった一回上手くできているのでは。
もう一度同じ演技ができるかわからないのでは」と思ったようで、「他の演者がミスって、せっかくの貴重すぎるこの演技が使えなくならないように」と祈る者も出てきている。
異様な緊迫感に包まれた空間で、2人の兄妹を見守る鈴木家のお父さん、鈴木太郎はコミカルな動作で右往左往していた。
動きに華がある。見ているだけで緊張がほぐれて、笑ってしまいそうになる表情だ。
声も、愛嬌たっぷり。
「美咲~、お、お父さんは、ここにいるよぉ。お、おいっ、翔太! お前は見えてるんだろうっ? 知ってるんだからな!」
翔太には霊感があり、このシーンの前で父親が見えて反応していたのだ。
しかし、翔太は父親をうざそうに「ちっ」と舌打ちし、妹に向き合った。
加地は手に汗を握った。
――今の『間』、絶妙だ。ぜひ使いたい。
鈴木美咲は、父親が見えていない。
彼女は兄だけが見えていて、兄が自分に舌打ちしたと勘違いして「……!」とうつむいた。
ショックを受けたのだとわかる哀しみに歪んだ表情。
絞り出すような声は可憐で、胸が鷲掴みされるように苦しくなる。
「お兄ちゃんも、私のことをバカだと思ってるんだ。わかってるよ。宇宙と交信なんて、中二病~って思ってるんでしょ……」
美咲は自分がそれまでフワッフワの夢の世界を生きていたのだと気付いてしまった後で、自分に対する羞恥がある。
「隠れてしまいたい」という心情が感じられる恥じらいの表情は、幼さと同時に不思議な色香を漂わせていた。
――魅力的だ。
「思ってねえよ」
そんな妹に、兄は触り心地のいい極上の絹のような声で言った。
「でも……心配は、してた」
王司ちゃんが上手いのは当然として――……これは、恭彦くんなのか?
どういうことなんだ?
気づけば、加地は両手をぎゅっと握っていた。渾身の力をこめて胸を押さえる。
気分が高揚して、雄叫びをあげてしまいそうだった。
「妹をバカにする兄がいるか。家族ってのは、なあ」
言いかけて「くそ」と顔をしかめ、照れた様子で視線を逸らす姿に、加地はガッツポーズをした。
……できるじゃないか。
君、演技が上手いじゃないか!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
数シーン撮影して安定性を確認したらしき加地監督は、ぴょんぴょん飛び跳ねて張り切った。
「まだ間に合うから、撮り直しできるシーンを撮り直そう! 絶対、それがいい! 前評判でヘタだと思って見てみたら上手かった――これだ! 君はどうして今まで下手に演じてたんだ? それとも急に覚醒しちゃったのか? びっくりしたよ、恭彦君!」
大興奮の監督に、恭彦はイヤホンを外して頭を下げた。
種明かしとしては、あのイヤホンでシーンの雰囲気や鈴木翔太のイメージに合う音楽を聴きながら演技させていたのだ。
「今までご迷惑をおかけしてすみませんでした。わざとではなくて……葉室さんがアドバイスしてくれたんです……そのおかげで、コツが掴めました」
こちらに視線を向けて「ありがとうございました」と頭を下げてくる礼儀正しさや、「自分がすごいんです」と言わない性根はとてもいいと思う。
「私は大したことはしていません。お兄さんの実力です。えへへ」
これでいい作品になるぞ~、とわくわくしていると、後ろからコソリと囁き声がした。
「王司ちゃんは、過激な遊びが好きなのかな? 楽しい遊びを教えてあげようか?」
「……!」
――……円城寺善一じゃないか。いたのか。
演技に夢中で気づかなかった。
今、なんて? 怖いお誘いを言われた気がするぞ?
背筋をぞくりとさせて困惑していると、「ちょっと待ったーー!」と大声がした。
女性の声。もっと言うなら、すごくよく通る綺麗な高い声で、聞き覚えがあって、特別な感じのする……、
「……えっ?」
伊香瀬ノコだ。
スタッフの一人が、両手をあげて伊香瀬ノコの声で叫ぶ。
「気付かないから、ネタばらししちゃいましょー! せーの、……ドッキリでした……!!」
何人かのスタッフが顔を見せて、「実は変装していました!」と正体を明かす。みんな、ドッキリ番組の仕掛け人だ。
それも、別のTV局。ドラマと同じ時間帯に放送される番組で……。
「葉室王司さんは、以前オファーを送ったことがありましたね!」
「……あ!」
あれかー!
「実は、オファーを取り下げた際に大人たちはコッソリと今回の企画をしていまして、今日まで何度もいろんなところで撮っていました!」
ここは素直に、全力で驚いてみせよう。割と本気でドッキリした。
「えーーーーーーっ!」
「いい反応です、王司ちゃん。可愛いっ」
伊香瀬ノコが「やーん、可愛い~」と叫んで抱き着いてくる。
「わ、わ、わぁ」
いい匂いがする。あったかい。
「王司ちゃん、私、あなたが私の歌を歌ってくれた配信を観たんですよ~! 嬉しかった~! 好きって言ってくれて涙出ちゃいましたもん! 可愛かった~! 実物も可愛いっ」
これは彼女のいつものTV用の空元気かな?
判断ができないが、少なくとも前より健康そうに見える気がする。
心配していたから、ホッとする。
「ノ……ノコさんが、笑ってくれて、うれしいです」
推しを目の前にしたファンはこんな気持ちになるのかもしれない。
そんなドギマギした気分でいると、ドッキリスタッフは大きな看板を出してきた。
「ここで発表! 番組の新企画、アイドル育成企画!」
何? あいどる?
「葉室王司ちゃんと、これから募集するオーディションでの選抜者1名との女の子2人組のデュオアイドルを番組がプロデュース! 番組の新テーマソングを歌ってもらいます! 1曲で終わる可能性もありますが、視聴者の反響しだいで企画継続もあり!」
――今なんて?
「あの……そんな話、聞いてないんですが……?」
「ドッキリですから、ご本人にも今初めてお伝えしました!」
……どうやら葉室王司は、一曲限定(?)アイドルになるらしい。