30、へ、変態だーーーーーーー
「いやー、若者って怖いなぁ」
「全くだわ。何をしでかすかわからないんだもの。もうハラハラしちゃって」
その日、羽山修士51歳は、ホテルの一室で共演者の蒼井キヨミと酒を飲み交わしながら「若者について語る会」をしていた。ホットなネタは、二人が共演するドラマの新人だ。
「親のせいで可哀想、って思っていたのよ」
「わかるよ」
「気まずい関係よねーって」
「うん、うん」
「喧嘩しようとしているのか仲良くなろうとしているのかがわからないわ」
「わからないねえ……」
グラスを傾けながら二人が見ているのは、配信だった。
その配信は、突然始まった。
これまでショート動画を投稿するだけだった葉室王司、13歳の生配信だ。
「カメラは執事が持っている」と語る王司は、ボーイッシュなパーカーファッション。
ぱっちりとした眼はいたずらっぽく煌めいていて、可愛い。中性的で、フレッシュな魅力がある子だ。
両手をカメラに向けて振られると、笑顔で手を振り返してしまいそうになる。
配信画面には、彼女のファンが書いたコメントが流れていた。
:生配信だ!
:お嬢様だ~!
:可愛い
:かわいい
「皆さん、こんにちは。そろそろこんばんはの時間かもしれませんけど……今日は、先輩のお姉さんにやり方を教えていただいて、初めて配信をしてみます!」
可愛い、のコメントがバーッと流れる。人気がすごい。
葉室王司は愛想よくコメント対応してから、アンニュイな風情で伏目がちになった。
そして、「実は今日、こんなことを話しまして……」と言って、衆人環視の撮影現場で火臣恭彦に告げたのと同じことを朴訥とした声で語った。
:そういうの暴露して大丈夫?
:そういやこの子、オーディション生配信で性別カミングアウトするような性格だっけ
:王司ちゃんはブレーキが壊れてるタイプ
:マネージャーさーん
コメント欄が盛り上がる中、葉室王司は「それでは、許可もいただいているので乗り込もうと思います」と厳かに告げて、敵と言っても過言ではないはずの火臣家に乗り込んで行った。
「若い子って、怖い」
加地監督あたりは、今ごろ狂喜乱舞しながら配信に釘付けになっていそうだ。
羽山修士は「怖い、怖い」と頭を振って画面を閉じ、蒼井キヨミをベッドに誘った。
「配信が気になるわ」
「僕は君の方が気になるよ」
共演者が派手に注目を集めてくれるので、こちらはひっそりしっぽりと密会を楽しめる。
その点だけは、ありがたかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
火臣家は、レトロな洋館風の邸宅だった。
「先に公開したパペット劇場で白うさぎのお兄さん役もしていた、恭彦お兄さんです。お兄さん、今日は快くお家にお邪魔する許可をくださってありがとうございますー! あ、ドアそのまま開けててくださいっ。配送業者さんが通りまーす。運んでいただきまーす。いっぱいありまーす」
「えっ、あ、あ、あ、……っ」
西園寺麗華を真似したハイテンションで紹介して合図すると、配送業者が箱を持ってずらりと整列する。お仕事お疲れ様です。
「撮ってマース」
執事のセバスチャンは、カメラを向けつつタブレットを器用に掲げて配信画面も見せた。
:火臣打犬の息子だ
:イケメンだな
:ちゃらちゃらしてそう
:ダンス上手いよこの人
「配信、してるんですね……」
「いいですか?」
じーっと火臣恭彦を見ると、状況を理解してくれたようだ。
「……どうぞ。お待ちしてました、葉室さん」
呼び方が「王司さん」から「葉室さん」に変わった。距離を取られたな。これは嫌われたか。
目的のために好感度を犠牲にするのはよくあることだ。気にすまい。
「素敵なお家ですね、恭彦お兄さん!」
「ありがとうございます。ここ数日ごたごたしてて、掃除が行き届いてないところもありますが……」
「広くてお掃除するのが大変そうです」
配送業者がぞろぞろと箱を持ってついてくる。
「あ、荷物は入ってすぐの廊下にでも置いといてくださったら……」
恭彦が言う声に、声を被せた。
「荷物はお父様のお部屋に運ぶ約束でしたね! お部屋はどちらでしたっけ?」
「はいっ?」
そんな約束はしていない。
しかし、そこを約束したように思わせるのが腕の見せ所ではなかろうか。
ぴたりと動きを止めて、口元に手を当て、目を見開く。
「……え?」
不思議でたまらない。このお兄さんは、何を言っているのだろう。
約束は間違いなくしたのに、そんなに時間が経ってないのに、忘れてしまったの?
それとも、約束をしたのを覚えているのに「していないよ」と言い張ろうとしているのかな?
そんな感情を心の底から抱いて「今なんて?」と尋ねると、恭彦は金髪をくしゃりと手で乱して「あれ……? すみません。俺、約束したんだっけ……? したかな……?」と自信なさそうになっていく。
良心がチクリと痛むが、後でちゃんと「あれは嘘ですよ」って教えてあげるからね。
「勝手に部屋に入るのは無理なんで、部屋の外に置いてください」
「鍵がかかってたりします?」
「いや、鍵は内側からかかるタイプだから今はかかってないけど」
:これ、詫びっていうか嫌がらせ突撃なのでは?
:いいぞ暴走王司ちゃん
:不法侵入って言われない?
:息子が許可して家に入れてるし
:王司ちゃんパパの部屋荒らそうよ
:ダメ犬の部屋見たい
:打犬さんをダメ犬呼ばわりするな
:おやじのファンがいるじゃないか
コメントも盛り上がってるじゃないか。
「恭彦お兄さん。子供が親がいない時に親の部屋にこっそり入るのって、割とありそうに思うんですけど、実際のところ、どうですかっ? お父様のお部屋に入ったことありますか?」
「いえ、普通にないです」
さらっと言われたが、嘘だろう。演技ノートには、部屋にある神棚や賽銭箱について書いてあったから。
「皆さん。このお兄さん、見た目とのギャップがあって優等生っていうか、真面目で大人しい感じのいい人なんですよ」
:王司ちゃん強引だな
:お兄さん今どんな気持ち?
:絶対迷惑してる
:お兄さんが可哀想になってきたかもしれない
:白うさぎのお兄さんよかったよ
:パペット劇場観ました
:パペット可愛かった
:顔がいい
「パペット劇場を見てくださった方がいるみたいですね、お兄さん!」
「あ……ありがとう、ございます」
おお、恭彦がちょっと嬉しそう。
不特定多数からの他者承認の気持ちよさが得られるのが配信のいいところだよね。ディスられた時のダメージも大きいけど。
「さあ、さあ。遊び心、エンタメ心、子供心。殻を破っていきましょう」
ドアを開ける仕事は、息子である恭彦にさせた。
やはり同じ家で生活している実の子だからこそできることというのは、ある。
「では、おやじの部屋に潜入してみようと思います……これ、アーカイブとか残りますか? できれば内緒にしてほしい……」
「皆さん、内緒だそうです。アーカイブは残しません。切り抜き動画とかもご遠慮ください~。ちなみにうちのママは何かあるとすぐ訴えるって言う性格です」
:脅されてる!
:拡散したら訴えられてしまう?
:葉室ママこえー
:内緒にします
コメントを見て、恭彦はやる気を増してくれた。
「あの、念のため先に入って本当にやばいものがあったら隠したりしていいですか?」
「えっちな本とかパンツが映っちゃったら放送事故ですもんね。ぜひ隠してあげてください。あ、でも神棚はそのままで」
「……なぜ神棚にそんなに執着を……い、行ってきます」
彼の中で葉室王司の好感度は今どれだけ下がっているんだろう。いや、気にしないでいこう。
「どうぞ」
ガチャっとドアを開けて中に入ると、配送業者の人たちが「失礼しまーす」とビジネス感たっぷりに部屋に入って箱を積んで行った。本当にお疲れ様です。あとでチップをはずんでおこう。
「あ、あった」
部屋の中には、推しを祀る神棚があった。
スイッチを入れるとオーロラカラーで光るやつ。祀られているのは、江良の写真だ。
火臣打犬はイケおじとかクールで渋いとかダンディとか言われている40代だ。あの男が自分を崇めているのを想像すると、なかなか情緒を乱されるものがある。
:え?ナニコレ
:江良の写真が……
:火臣打犬の部屋に変なものがあったww
:なんで?なんで?なんで?
今、視聴者と心がひとつになってる感じがする。
みんなそう思うよな。
よかった、この現実がおかしいと思うのは自分だけじゃないんだね。
「なんということでしょう、我々は火臣打犬さんのお部屋で……」
言いかけた声がふと止まったのは、セバスチャンが本棚からひょいっとスクラップブックを取り出して見せてきたからだ。2冊。
「ん?」
どした? 今、神棚で盛り上がってたんだけど?
この神棚を無理なく配信中に破壊するのはさすがにハードルが高いので、どうしたものかと考えていたんだけど?
ぱらりとスクラップブックを開いてみると、1冊目は手作り感満載の江良のファンブックだった。
映画の記事と、手書き文字。
『心を揺さぶる圧巻の演技だった。江良の俳優魂が伝わってきた』
ドラマの名シーンの写真と、手書き文字。SNSのまとめ記事のスクリーンショット付き?
『全国民をこの台詞と眼差しで悶えさせた江良という男はもはや存在が性的コンテンツなのかもしれない』『SNSでも江良の話題で持ち切りだ』
写真集に掲載した上半身裸のワンカット。
『江良はセクシーな男だ。芸術的だと思う。俺はいつか江良と風呂に入ってみたい』
「くっ……?」
なんとなく、ぞわっと鳥肌が立った。
このスクラップブックはメンタルに悪い気がする。見るのをやめよう。
……もう1冊は?
おそるおそる開いてみると、小さな男の子が泣いているのを遠くから撮った様子の写真が1枚。
『俺がいなくなって泣いている。可愛いな。声も録音した』
「……?」
上から撮った様子の、映画館の椅子に座って濡れた短パンを押えて泣いている男の子の写真。
『トイレに行けなかったらしい。粗相をして恥ずかしがって泣いているのを見て不思議なほど興奮した』
ピアノの前で泣いている男の子の写真。
『音楽が異常に好きなので才能があるかと思って習わせたら、自分で弾くのはできないらしい。今のところ取り柄がないのだが、出来が悪い子がかわいいというのは間違ってはいないのかもしれない。息子の泣き顔はいいものだ。女の涙より酒が進む』
「…………」
ピアスをつけた黒髪の火臣恭彦の写真。
『ピアスを買って付けさせた。似合うと思う。髪を明るい色にさせてみたい。似合うと思う。ピアスの穴を開ける時に怖がっていた。ぞくぞくとキた』
「………………!!!!」
へ、変態だーーーーーーー!?
あの男、ただのクズじゃなかった!
クズ以上にド変態だったーーーーー!!
:これ、打犬が書いたの? やばない?
:溺愛で済まないおぞましい何かを見た気がする
:通報した方がいいのでは?
:変態では?
:火臣、男もイケて、しかも息子にハァハァしてる変態だった
:もうモンスターだよこれ
:放送事故だよ王司ちゃん!まずいですよ!
:待て、ドッキリかもしれない。騙されるな
:エロ本とかパンツとかいうレベルじゃないwwww
あーーーーーー!
配信に映ってるーーーーー!! SNSで拡散もされてるーーー!!
「では! 本日の配信は以上でーす、ありがとうございましたあ~~!」
「あっ……」
ぷちっと配信を切って、私はセバスチャンを引きずるようにして火臣家から逃げた。
SNSはその日から数日、火臣家の話題がトレンドを独占し、火臣打犬の家にはマスコミが殺到した。
ついには警察が動く事態にも発展しちゃったのだが、撮影は足を引っ張られることなく続くのだった。