240、関東地方のとある映画館で(エピローグ)
悪事に手を染めていた友人が死んだ。
友人に仕事をさせていた政治家も死んだ。
死んだと思った推しの先輩は……生きている。
関東地方のとある映画館で、女優、西園寺麗華は新作映画の完成試写会のステージに立っていた。
たくさんの観衆が拍手している。
顔見知りの人もいれば、見ず知らずの人もいる。
亡くなった親友モモを悪人としてSNSで執拗に罵っていた人もいれば、生前のモモと親交があったため、その死を悲しむ人もいる。
動機も経緯も後悔も、そして麗華への好意も、全てが親友の手記に遺されていた。
だから、麗華の中には「私はどんな顔をしたらいいのよ」という消化不良のもやもやがずっとある。
人生ってこんなことの連続だ。
得体の知れない他人という存在は、わかった気になっていても、わからない部分を見せてくる。
親しくなったと思ったら別れが来る。すっきりしない不条理や理不尽を抱えたまま、人生ゲームが進んで行く。
ああ、ステージの上にいるのだから切り替えなきゃ。
また高槻アリサに挑発されちゃう。
自分を慕ってくれる後輩の火臣恭彦にも、いいところを見せたい。
なにより、最高の推し、江良先輩――葉室王司が、一緒のステージに立っているのだから。
「今回、嬉しいことに八町先生の棺桶に入れてもらう役者の末席を獲得した西園寺麗華です」
誇らしく胸を張り、堂々とマイクで声を響かせる。
言葉に詰まることはない。
麗華の中には「思ったこと」「考えたこと」が詰まっている。どちらかというと、喋りすぎに気を付けないといけないくらいだ。
「映画の制作中、たくさんの出来事がありました。全ての出来事が監督や役者の心に影響を与えて、その結果として完成したのがこの作品です。私もぜひ、この作品を自分の棺桶に入れたいと考えています――」
みんなに言ってやりたい。
この映画の主演は、江良先輩なんですよ。
江良先輩が亡くなって悲しんでいる皆さん。先輩は失われていないんですよ。
でも、言わない。
きっと、良い結果に結びつかないだろうから。
――先輩も同じ考えで真実を秘匿しているに違いない。
「映画って、何年も経ってからもう一度観て、『ああ、あのときこんなことがあった』って懐かしくなれると思うんです。鑑賞するときのコンディションで感じ方も違うと思うので、自分の感性の変化を自覚することもできる。今の時代の空気を後世に遺すこともできる……」
映画作品は、人の心を現実から切り離し、非日常の中で遊ばせてくれる。癒してくれる。
他人の心や人生を追体験させてくれる。
他人の心は見えないが、実は他人にも心がある。
他人は自分と同じようにその人だけの人生を生きている。
思い悩んだり苦しんだりしている。
……そんな視点を植え付けてくれる。
「作中で過去の二人が見上げた、星の輝きみたいなものです。数えきれない星のひとつに自分がいる、同じ星に、自分以外もいっぱいいて、みんながひとつの星を構成している……そう思うと、寂しくない感じがします」
ああ、観客席にいる人々の顔がよく見える。
みんな晴れやかで、敵意を向けてくることがない。
テレビ局の炎上騒動のときみたいに石を投げつける人もいない。野次も飛ばない。マナーがいい。
リスペクトがあり、好意があり、ステージ上の全員への応援の意思を感じる。
「私、演技が好きです。女優の仕事ができて幸せです。八町先生がおっしゃったように、他人よりも優れているとか、目立つとか、勝つとか負けるとか……そういうのじゃないの。表現することが楽しい。みんなでひとつの作品を作って、みんなで語り合える。最高だと思います」
まるでデビューしたての小娘に戻ったみたいな言葉が、止まらない。
「デビューしたばかりの初心を思い出しました。私、GASにも年齢で弾かれてしまいましたけど、まだまだこれからって思ってます。……ありがとうございました!」
長くなってしまった。
反省しながら頭を下げると、八町大気先生が笑ってコメントしてくれた。
「僕自身、『僕もまだまだこれからだ』と思ってるところでした。仲間ですね。皆さんね、いつも思うのですが、あまり『おいたわしい』とか『オワコン』とおっしゃらないでください。僕たち、言葉の影響を受けやすいのでね、刷り込まれてそんな気になってしまいます、あはは」
明るい口調だが、かつて追い込まれて自殺を考えた経験を持つ人ならではの、心に響く真実味がある。
映画監督も、スタッフも、役者も、観客も、今日の後も人生は続く。
モモちゃん。私は、推しがいる世界でこれからも生きていくわ。
「以上を持ちまして、挨拶を終了させていただきます」
司会のアナウンスで全員がお辞儀をして、主題歌が会場に流れ出す。
「♪分かれ道で右を選んだ僕は 左に行けばよかったと後悔している」
伊香瀬ノコの歌が会場に響く。
歌声は、途中からSACHIの声になり、次世代を担うルーキー、三木カナミに引き継がれていく。
この曲は、江良を捨てた父親、作曲家Qが書いたのだ。彼は麗華と同じく、江良が王司として生きていることを知っている。
麗華と同じように口をつぐんで、推しを見守っている人だ。
♪君は星を見ないから
♪永遠に知らずに死ぬだろう
♪それが僕はいとしくて
♪得意な気持ちで君を見ている
江良先輩に救われた伊香瀬ノコは、真実を知らない。
そう思うと、ちょっとだけ優越感が湧く。
先輩。あなたが助けた彼女、全然あなたに気が付かないですね。
先輩。私はちゃんと気づいたんですよ。
先輩。私、あなたのことがずっと好きだったんですよ。
これからも……。
胸に秘めたこの想いは、墓まで持って行こう。
麗華は観客に手を振り、仲間と一緒にステージを降りた。
会場を出てスマホをチェックすると、SNSが騒がしい。
『火臣打犬、破談の危機⁉︎ 再婚報告直後、101人の浮気相手が出現!』
火臣打犬:なんでSNSで自称浮気相手が出たくらいでネット記事にするんだよ
火臣打犬:なんで裏付けもしていないネット記事を拡散するんだよ
火臣打犬:書かれてるからって鵜呑みにするなよ
火臣打犬:記事書いた記者、我が家の庭でバーベキューしてるんだが晒していいか?
火臣打犬:ああ、娘ちゃんにブロックされてる……息子も!?
「ブロックはだいぶ前からされてるわよ」
麗華は笑って「いいね」を押した。
――了。
もしかすると番外編を書くこともあるかもしれませんが、作品の本編はここまでで完結です。
読んでくださった皆さまのおかげで、最後まで書き続けることができました。感謝の気持ちでいっぱいです。
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最後まで読んでくださってありがとうございました!