24、WoW WoW Hey Hey Foo!
「アリサちゃん、海賊部ってわかる?」
「そんな部活ないよね」
ということは、非公式の集まりか。
船上だし、海賊ごっこでもしてるのかな?
水に浸かったりボートに登ったりしながらプールを流されていると、潮風に乗ってしゃぼん玉が飛んでくる。カラオケも聞こえてきた。
「あっちのビアガーデン会場にカラオケがあるのかな」
「そうかも」
「行ってみる?」
「喉も乾いたし、何か買おうか~」
フロート・ボートを支えながら空気のような存在感に徹していた執事のセバスチャンがサングラスをずらし、もの言いたげな目をしている。
「どした? 話きくよ?」
「最近ハジメタ……」
「うん、うん」
「ソシャゲのAPが」
「うん」
「アフレソウデス」
あー! ゲームね!
時間で回復するアレね! もったいないね!
いや、うん。わかるけどさ。
「セバスチャンさん、休憩時間ないもんね。ごめんね」
「アリサちゃんは優しいなぁ。よし、休憩しよう」
「うん。ジュース飲もう~!」
セバスチャンは「ありがとうございます、セッシャ、カタジケナイ」と言って嬉しそうにしていた。
アリサちゃんが優しくてよかったな。
あとセバスチャン、古風な日本語覚えたな。時代劇が好きなのかな?
潮風と陽射しが心地いい。
プールとビアガーデン会場がすぐ近くなので、水着のままでラッシュガードを羽織って屋台で料理を買い、飲食できるのも最高だ。一日中ここで過ごせそう。
船首方向には、カラオケセットもある。
たまに誰かが歌っていて、気持ちよさそうだ。
あと、海賊旗みたいなのが立っていて、知ってる顔が集まって座っている。なんだあれ。
「♪WoW WoW Hey Hey Foo!」
「Foooo!」
ハイテンションなカラオケに合わせて、片手をあげて掛け声をあげたり、リズムに合わせて体を揺らしたりしてる人たちがいる。
クラブみたいなノリだけど、真夏の海で非日常空間となれば、どんな人も陽気になるよね。お酒もあるし。
それに比べてうちの執事は椅子に座って背中を丸めてスマホゲーに夢中なんだ。こやつめハハハ。
「AP溢れてた?」
「セーフデス」
「よかったね」
屋台で売っていたドリンクは、普通のドリンクと2色を選ぶツートンドリンクとかセパレートドリンクと呼ばれるドリンクがあった。
小さな飾りの旗を立てたり、カットフルーツをグラスの縁に挟んだりもできる。
味を楽しむというより、見た目とか気分をageるためのドリンクかな。
「コーラでお願いします」
「王司ちゃん。コーラに1色足そうよ」
「んー……こういうの、よくわかんないな。色の相性とか」
「適当でいいよ王司ちゃん。好きなの選んで」
アリサちゃんが言うのでコーラの上にオレンジを混ぜると、夕焼け空みたいなグラデーションドリンクができた。きれいかもしれん。
「王司ちゃん、きれいだね。私はメロンソーダとレモンスカッシュを混ぜたよ」
お揃いの旗を立てると、飲むときにはちょっと邪魔だけど夏をエンジョイしている気分になった。
ところで、海賊部についてわかった気がする。
さっきから視界の端で「こっち来たぞ」「ジュース買った。報告してこい!」「こっちは俺に任せろ、見ておく!」とかスパイごっこみたいな動きをしている男子がいるからだ。
他にも「あの子たち、有名人よね」とヒソヒソしている奥様ズがいたりするけど。
そうか、アリサちゃんも顔が知られているんだ……?
ちょっと無防備にはしゃぎすぎかな? でも、会場のセキュリティはちゃんとしてるよね。
「可哀想ね。除け者にされて」
「一緒にいる子も、ほら」
「ああ、二人揃って親が……仲間なのね」
噂されてる。同情されてる。
アリサちゃんは大丈夫かな? と気にしていると、アリサちゃんはグラスを揺らして陽射しにかざした。
「楽しいね、王司ちゃん!」
大きな声は、たぶん周りに聞こえるようにわざとなんだ。
「うん。楽しいね」
にっこりと笑って言うと、アリサちゃんは「席、あっち行こう」とカラオケの近くを指した。
「セバスチャン、席を移るよ」
「かしこまりました、お嬢様」
お前、ちゃっかりビール買ってるじゃないか。まあ、いいけど。
「王司ちゃん、学校の子たちがいるね」
それな。言おうかと思ってたんだ。
「いるね……アリサちゃん、あれ多分『海賊部』なんじゃないかな」
「あー」
海賊旗に似た旗が立つ集団の席があって、そこに中学校の連中がいる。
なぜかお祭り用の赤いはっぴを着て頭にねじり鉢巻きをつけた二俣夜輝。
白いセーラー服仕様のラッシュガードを羽織り、優雅に紅茶をすする円城寺誉。
取り巻きの少年たちは青いはっぴを着ている。お揃いなの?
近くに行くと、二俣は取り巻きを連れて近づいてきた。円城寺は座ったままチョコレートケーキをつっついてるけど。
「来たな葉室。お前たちが俺に近付いてくることは知っていた。夏休みに入ったから俺に会えなくて寂しかったんだろう。俺たちが遊ぶ予定を把握して急遽同じ船の予約を取るとは、行動力があるな。一歩間違えばストーカーだが、俺は寛大だから許してやる。席も用意してあるぞ。座れ。宣言しよう、俺たちはこれからバーベキューをする! ヨーホーでハイホーだ。俺についてこい葉室」
すごい。ひと息で言ったぞこいつ。
肺活量があるんだな。
「偶然です。この船、うちのおじいさまの船なので」
アリサちゃんと一緒に海賊部の拠点と離れた席に座ると、二俣がついてくる。
「葉室。駆け引きか? いいからバーベキューに加われ葉室。網焼きだぞ葉室。激辛ピーマンもあるぞ葉室」
「激辛ピーマンってなんですか?」
「中に超辛いスパイスが詰まってるんだ葉室」
「へえ。そんなのあるんだ」
「激辛チョリソーとカレーライスもあるぞ葉室」
ちょっと興味がある。
チラッと視線を向けると、トウキビやホタテや串に刺さった肉が網焼きの上で焼かれていた。
生徒たちが「焼けたぞ」「おい、これ焦げてる!」とか騒いでるのが楽しそうだ。
アリサちゃんに視線で問いかけると、耳元に唇を寄せて「楽しそうだね」と囁いて来る。
うん。悪くないよね。青春って感じ。
しかし、喜んでホイホイ付いていくと絶対、よろしくない。
ただでさえ噂になっているんだ。
そうです、その通りです、と従っていてはズルズル流されてしまうだろう。
外堀を埋めさせてはいかんぜよ。
ここは断固とした態度でいこう。
こっちは(精神的に)年上だぞ。臆するな。
「二俣さん」
「なっ、なんだ」
「まず、私たちが船にいるのは偶然です。いいですね」
「お、おう……」
「私は二俣さんのことが好きではありません。いいですね」
「なっ……」
キリッと睨んで「本気だぞ、本当の本当だぞ」とすごんでみせると、二俣はコクリと頷いた。
いいぞ、怖くないぞ。浮かれた格好も相まってガキっぽいぞ二俣。可愛げすら感じる。
「ふっ……カラオケ歌ってくれたらバーベキューに混ざってあげてもいいです」
「なにっ」
こうして私は曲を指定し、二俣と円城寺に青春アミーゴを歌わせることに成功した。
歌えたんだ……。
「王司ちゃん、あの2人ってどっちが攻めだと思う……?」
「ん? アリサちゃん?」
アリサちゃんは不思議なことを聞いてきた。
アリサちゃん?
それは女子に稀によくあると噂のホモォ ┌(┌ ^o^)┐……?
「攻めの反対は?」ときかれて「守り」と答えるか「受け」と答えるかで識別できると話題になった質問だよね?
今、私は同級生をそういう目で見ろと言われているの?
そういうトークを求められている?
どうしよう。さすがに未経験だ。
全くわからない。
世の乙女たちはこの質問にどう返すんだ? 難題すぎるだろ。
動揺していると、「私は二俣様は右だと思うわ!」という声が割り込んで来た。
声の正体は、カナミちゃんだった。
カナミちゃんは言うだけ言って、「あっ。つい。ごめん」と言って逃げて行った……。
えっと、右って何?
よくわからなかったが、アリサちゃんは満足した様子で「確かに~~」と言って、その後はその話題には触れないでくれたのでよかった。サンキュー、カナミちゃん。WoW WoW Hey Hey Foo!