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229、僕の棺桶に入ってください


 修学旅行直前の放課後、私たちは顔合わせ説明会に参加した。

 役者もスタッフも勢ぞろい。

 ピンクパンサーとシロウサギの着ぐるみが八町の両脇を固めて立っているのが不思議でならない。なにやってんだ。

 

「葉室さんとアリサさんは来週、修学旅行でしたね。楽しんできてくださいね」


 八町(やまち)大気(たいき)は炎上しても全く気にしていなかった。

 しかし、他の人は気にしている様子だ。最初に挨拶するのは、二俣(にまた)総帥だった。

 

「プロデューサーの二俣(にまた)栄一(えいいち)です。監督は喉を傷めているのでお話しできません。おいたわしいです」


 二俣総帥は八町に発言させない作戦だな。

 でも八町はわざとらしく「こほん、こほん」と咳払いをしてる……あ、ピンクパンサーとシロウサギに黙らされた。なるほど、着ぐるみたちは八町ストッパーか。


「あれが八町大気の成れの果てかぁ……」


 今ぼそっと呟いたスタッフは誰だ? と思ったら、パトラッシュ瀬川が田中カメラマンに小突かれていた。

 パトラッシュ、お前だったか。


 二俣総帥はじろりとパトラッシュ瀬川を一瞥してから、助監督に説明役を託した。


「おいたわしいですが、今はご不調なだけ。これから不死鳥のごとく蘇る八町大気を見せてくれると期待しています。それでは作品説明を助監督にしていただきましょう」

 

 助監督は銅親(どうおや)絵紀(えのり)だった。

 目が赤い。寝不足かな?

 

「助監督と脚本監修を担当します……と、昨日言われたばかりの銅親(どうおや)絵紀(えのり)です。少し喉を傷めてまして、お聞き苦しくて恐縮ですが、作品解説をさせていただきます」


 隣に座っている八町が「僕、説明しようか?」と手を上げて着ぐるみたちに黙らされている。

 あの着ぐるみたち、胸に「監修」って名札付けてるんだよな……。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――『銅親(どうおや)絵紀(えのり)による作品説明』


 どうして昨日拝命したばかりの僕が訳知り顔で説明してるのか?

 それは僕が一番思っていることなのですが、考えてもどうしようもないことが世の中にはあるのです。

 もうね、そこにリソースを割くのはやめます。


 さて、この作品ですが、ご存じの通り……賞レースを意識した2監督の作品をパク……盗用……やらかした問題作です。こほんっ、しかし、両監督は事後承諾をしてくださり、罪に問われることはありませんので、ご安心ください。

 

 よく許してくれたなって思いますよね。

 これも八町先生だからこそです。

 他の人だったら重大な倫理違反で人生おしまいです。

 

 八町先生のブランド力とカリスマ性、天才としての評価が背景にあるから、潰してはいけないという考えが働いたようです。

 僕、『やらかした罪は罪、どんな事情があって誰がやらかした犯人でもアウトなものはアウト』って考え方なのでクソだなと思ってしまうのですが、そんな僕も通報するときに躊躇しました。

 みなさんも、この気持ちがわかるのではないでしょうか。

 例えば自分の子や熱愛中の恋人がやらかしたとしたら、子を愛する親や恋人は庇ったり、なんとかして示談を成立させよう、無実を勝ち取ろうと努力するでしょう?

 

 今回の関係者はみなさん八町先生を愛していらっしゃる……。

 有力なプロデューサーが事態の収束を後押ししてくれて、被害者監督お二人も八町大気に好意的だったから許されたのです。

 

 僕は個人的に、この件が気に入らないと思っています。

 八町先生が許せません。許す人、甘やかす人に腹が立つ。悲しいです。悪がのうのうと許されて、もやもやしますよ。今この場で八町先生を殴りたいくらいです。


 そんな僕が仕事をお受けしたのは、これだけ周りに甘やかされて期待されて、彼が笑っているからです。

 

 「許さないぞ、反省しろ、許して支えてくれる人たちに感謝しろ」と一番近くで言い続けてやろうと思っています。 

 

 反省して、感謝して、周りの期待を受け止めて、世間が納得する最高の作品を作ることは、もはや八町先生の義務と言えるでしょう。


 僕は助監督兼脚本監修として、八町先生をサボらせません。


 以上! 


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――【葉室王司視点】

 

 「以上!」で終わっちゃったよ。

 作品説明はそれでいいのか?


 ああ、言うだけ言って出て行っちゃった……。

 

 室内になんともいえない困惑ムードが漂う中、ラインプロデューサーの高橋さんが着ぐるみの二人に「続きをお願いできますか」と依頼した。

 

 着ぐるみのピンクパンサーとシロウサギが両手を相手に差し出し、「どうぞどうぞ」「そちらこそどうぞ」というように譲り合う。

 

「じゃあ、僕がしよう」

  

 譲り合いの隙を突いて立ち上がり、マイクを取ったのは八町大気だった。

 

「皆さん、このたびは作品説明会にお集まりいただき、ありがとうございます。銅親君の言う通り、いよいよ終わりの八町です。たくさんの方のご厚意と僕自身がこれまで築いてきた過去の功績により、最後の作品を作ることが許されています」


 八町は悪びれた様子もなく、弾けるような笑顔を振りまいた。


「僕はこう見えて、この命で償おうと思うほどに反省し、感謝し、作品制作に重責を感じています。全力で自分の棺桶に入れる作品を作るつもりです。皆さん僕の棺桶に入ってください!」

 

 やらかした本人が溌剌としていて聞いている側がお通夜みたいな顔になっている。

 まるで悪夢だ。


「まず、三作の概要を説明しますね! お手元の資料をご覧ください!」


 お前、元気だな。

 配布された資料には、三作の概要があった。


「まず、ジャーマン監督が制作するのは、環境崩壊による地球の終焉です。近未来、急激な気候変動により地球の居住可能エリアはわずか数パーセントに縮小。生存人類は『自然のまま滅亡を受け入れる派』と「宇宙へ脱出し多惑星種を目指す派』に分裂。物語は、両派の対立と脱出派のリーダーの娘ジョディが地球を脱出するまでの壮絶な旅路を中心に展開する。テーマの深さや社会的議論の喚起で賞レースで戦うコンセプトとなっています」


 八町はまるで最初から打ち合わせして最初のエピソードをジャーマン監督が制作するみたいな口ぶりだ。

 あまりに堂々とした態度なので、聞いているうちに「本当に彼が何か悪いことをしたのだろうか? 実は最初から三作を連動させる壮大な企画だったのではないか?」と、つい錯覚してしまうほど……。


「ケストナー監督は、テラフォーミングされた火星のドーム都市国家を描きます。資源配分や限られた居住地を巡り、『ドーム居住者エリート』と『外縁労働者(下層民)』の階級社会が発生。主人公はドーム居住者、それも火星政府代表者の令息エーリッヒです。彼は指名手配されている下層犯罪者の少女が死にかけているのを偶然発見して助けるのですが、そこを父の政敵に付け込まれて犯罪者の仲間として指名手配されてしまう。テーマの普遍性や視覚的革新性で勝負するつもりでしょう」


 話を聞いていると、両作品は別々の作品としても成立するし、「繋がっているよ」と言われればそう思える。

 繋がる予定がなかった点と点に線を引くような仕草をして、八町は自作の紹介に移った。


「僕の作品は、二人の監督の世界のその後です。火星政府の安定統治時代、火星人は懐かしの故郷星、地球に意識を向ける。先祖を追い出した地球人はもう滅びていて、いない。テラフォーミングして再び居住しよう――と、地球に移民してきたところで、彼らは地球人の遺産を発見する。人造人間と時間遡行の研究データです」


 ようやく私たちの作品の話に進んだようだ。

 人造人間は、私のキャラだね。


「主人公が決まったので、それに合わせて色々と変更する部分が出てくると思います。監修の三人と相談して進める予定ですが、葉室王司さんの可愛らしさをたっぷりと見せていきたいですね……僕は今まで男性を主役にした作品を作ってきたので、新鮮な気がします」


 確かに。

 私も女子として映画の主演を務めるのは初めてだから新鮮だよ。

 うんうんと頷いていると、八町と目が合った。


 なんだか生き生きしていてやる気満々って感じだ。

 問題はすごくあるんだけど、やる気がある点だけは良いことだな。


「では、王司さんから順に自己紹介していただきましょうか!」

「はいっ」

 

 じゃあ、私も主演として元気よく挨拶しようか。


葉室(はむろ)王司(おうじ)です。役は千歳(ちとせ)という名前で、火臣さんが演じる水居(みない)飛鳥(あすか)さんに作られました。彼の死をきっかけに感情が芽生えたという設定がエモいなーって思ってます。地球の人類は滅びちゃったんですけど、水居の研究が時間遡行だったんです。それで、『研究を完成させたら過去に戻って水居に会えるかも』って頑張ってたという……健気ですよね!」


 千歳ちゃんはちょっと切なくて健気な人造人間ちゃんだ。


 不安要素はあるけど、映画制作ができるのは嬉しい。

 いい作品を作ろう、八町。作品で償うんだ。手伝うよ。


 ――その前に、修学旅行があるけどね!


 

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