226、作曲家Qの答え合わせ
――『即興劇・役柄/役者メモ』
未来から来た少女A:人類が滅びた地球に遺された人造人間。葉室王司。
未来から来た少女B:火星から来た研究者。高槻アリサ。
過去の青年:過去の時代の地球人。火臣恭彦。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
八町大気はスーパー35mmセンサーのカメラを構えて即興劇を見守っている。
八町の左隣には銅親水貴が座っていて、右隣に置いた椅子にはノートパソコンが置かれていた。画面は見えないけど、配信してないよな?
さすがに配信するときは言うよな。
いや、でも八町だしな。配信してそうだな。カメラに手を振っておこう。
「王司さん。集中してね」
「はい、八町先生」
八町は真面目モードだ。真面目にやろう。
「では、ここは俺の部屋ということでいかがでしょうか、お二人とも?」
火臣恭彦は微妙にリーダー風を吹かせて窓際の横長ベンチに座り、無表情にスマホを弄り出した。それ、キャラ演技?
「じゃあアリサちゃん、ドアから入ってこようか?」
「そうだね王司ちゃん」
私と高槻アリサちゃんは部屋に入り直した。
設定上では、私と高槻アリサちゃんのキャラは一緒に未来から過去の世界に来た仲間だ。
空気を読み合ったのち、アリサちゃんのセリフで私たちの芝居は始まった。
「火星にいるお父様、お母様。地球人です。遠い昔に分かたれた私たちの同胞、地球人が、目の前にいます」
いい声だ。明朗で利発な雰囲気がある。
この語りはモノローグだね。邪魔しないでずっと聞いていたくなる。
「お二人はきっと『地球人は滅びたのに?』とおっしゃるでしょうが……ああ、何から説明したらよいのでしょう? 人造人間。タイムマシン……滅亡した地球には、予想外の文明遺産があったのです」
黙っているとアリサちゃんの独壇場で終わってしまう。申し訳ないが出番をもらおう。
さて、私のキャラは火臣恭彦のキャラに作られた人造人間。
彼が生きている間は感情を持たなかったが、彼の死をきっかけに感情が芽生えた設定。
彼の研究を引き継いで形にして、今、過去に戻ってきたところ。
目の前に生きている彼がいる。
それってどんな気持ちになる? ――そりゃもう、とても嬉しいよね。
「お兄さん……!」
「……?」
お兄さんに駆け寄り、現実を確かめるように彼に手を伸ばす。
彼は不思議そうにこちらを見て、サッと立ち上がって私の手から逃げた。
距離を取り、眉を寄せて見下ろす表情は冷たい。
私は芝居の中でも兄に距離を取られてしまうキャラなんだなぁ。
「どうして、お兄さん? 私のことがわからないんですか? 私、あなたが作ってくれたお人形です」
イメージは、迷子になって親を見つけて駆け寄ったら冷たくされてショックを受けた子どもだ。
悲しいなぁ。なんでそんな顔をするの?
しょんぼりとして見せると、アリサちゃんが観察するように近寄ってくる。
「ここ、過去なのでしょう? 彼はまだあなたを作ってないのでは?」
まるでいつもと別人のようにひんやりした声。それに、大人っぽい。「見た目より老成してるキャラなんだな」って伝わってくる演技だ。
「……」
火臣恭彦は無言だった。存在に気づいているけど慌てることもなく、どちらかというと困惑気味に固まっている。
話すのはアリサちゃんだ。
「調書によれば、彼は滅亡した地球人の終末期世代。世代特徴は他者と距離を取る孤立生活、社会性の欠如。暴力性、生殖意欲、なし。主な行動は毛づくろい――毛づくろいってなに? ネズミの実験結果と混同してない?」
疑問に答えるように恭彦が櫛を取り出して姿鏡の前に移動し、自分の髪を梳かしてみせた。
毛づくろいしてるなー。
「ともあれ、彼はもし誰かに殴られてもじっと耐えるだけのヨワヨワ無害マンです。恐れることはありません」
ヨワヨワ無害マン? なんか変なニックネームつけたねアリサちゃん。
アリサちゃんはスクールバッグからノートとシャープペンを取り出し、研究者みたいな顔でヨワヨワ無害マンを観察した。
「ヨワヨワ無害マンは生まれながらのボッチ。受動的な個体。研究者が付けた名前は、『ビューティフル・ワン』……」
あ、ちょっと馬鹿にしてる言い方。
アリサちゃん、こんな芝居もできるんだ?
ヨワヨワ無害マン本人はまるで聞こえていないかのように無関心で、毛づくろいを終えてスマホを見ている。
代わりに私が怒りましょう。
「火星人さん、お兄さんを馬鹿にしないで。お兄さんはこれから時間遡行の研究をしたり人造人間を作るんだから。とってもすごいんだから」
その成果が今ここにいる私と火星人さんなんだから。
……なんで受動的なヨワヨワ無害マンがそんな偉業を成したんだろう?
私の疑問はアリサちゃんの疑問でもあるらしい。
アリサちゃんはカメラに向かって首をかしげてみせた。
「それが不思議です。なぜこのヨワヨワ無害マンがそんな有益な行動をするようになるのでしょう?」
「火星人さん、馬鹿にしないでってば~」
「この人、自分の部屋に見知らぬ女子が二人湧いたのにスマホしか見ない……」
「だからミナイって名前なんだよ」
私たちはギスギスしているが、ヨワヨワ無害マンの恭彦はその間、ずっと無表情に硬直している。まるで銅像にでもなったみたいだ。
アリサちゃんとは掛け合いの雰囲気が作れてきたけど、このお兄さんは受動的だな。
そういうキャラなのだけど、変化させたいものだ。
ドラマとは変化である。
つまり、変化するキャラと変化させるキャラは主役適正が高い。
八町大気の初期脚本では、アリサちゃんのキャラが「この手遅れ感のある最後の世代の人類、まともな人間にできないものでしょうか」と言ってあれこれ試すんだよな。
研究者風のキャラだもん。自然だよ。
でも、そこに私も混ぜてほしいんだな。
「お兄さん。ミナイお兄さん。私はチトセです。お兄さんが名前をつけてくれたんです。そのスマホに入ってるサポートAIですよね。お兄さんはAIに名前つけたんですよね」
スマホを覗き込むとお兄さんはAIとチャットをしていた。
サポートAI:なんでも質問してください
お兄さん:部屋にでかいカメムシが2匹湧きました
「誰がカメムシだ誰が」
サポートAI:でかいカメムシ2匹はなかなか強敵ですね! まずは落ち着いて、以下の方法で対処してみてください。
1、 捕獲作戦:ティッシュや紙コップを使ってそっと捕まえ、外に逃がす。直接触ると臭い攻撃を食らうので注意!
2、誘導:窓を開けて、ほうきや紙でやさしく外に誘導する。
3、予防:カメムシは光に集まるので、夜はカーテンを閉めたり、部屋の明かりを控えめに。
4、ハッカ油スプレー:ハッカ油を水で薄めたスプレーを部屋の入り口や窓枠にシュッとすると、カメムシが嫌がって寄り付きにくくなります。
もしまた湧いてくるようなら、部屋の隙間や網戸のチェックもおすすめ! 何か他に困ってる場合や、カメムシの種類が気になるなら教えてくださいね~。
「……」
お兄さんはそーっと窓を開け、部屋の中にあった箒を掴んだ。
「この人本気で私たちをカメムシ扱いしてる」
「窓から追い出そうとしないで。せめてドアにして」
私たちは一斉に抗議したが、カメムシの声は届かないようだった。
箒で女の子を掃くな。好感度下がるぞ。
「やめてー箒やめてー」
「きゃー、埃っぽい!」
……楽しいな。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【作曲家Q視点】
葉室王司が今日も可愛い。
作曲家Qは、株式会社ハッピーツイストの特別観覧室で推しを観ていた。
観覧用に設置された巨大モニターには即興劇をする若手役者が映っている。
観覧室には招待客が集まっているのだが、この場所以外の場所にもリモート配信で観ているゲストが多数いるらしい。
モニターの端には、テロップでのアナウンスが流れていた。
『ユニバース25はマウスを使った社会実験です。
十分な水と食料が完備された理想的な環境で繁殖したネズミたちは、社会崩壊の果てに絶滅しました。
メスは攻撃的になり子育てスキルを失い、子が親から虐待され……。
世代交代が進むと、排他的で暴力的な群れの過密部屋住まいのネズミと、部屋の外で孤立して無気力に生きるネズミに分かれました。さらに世代が進むと、群れは完全になくなり、孤立したネズミだけになりました。生殖意欲のない彼らは子どもを作らず、絶滅しました』
これはモチーフが『ユニバース25』という実験らしい。
『皆さまからの投げ銭額が最も多い役者が主役になります。また、一定額以上を投げ銭してくださったお客様は、映画のエンドロールにスポンサーとしてお名前を掲載させていただきます』
リアルの観覧室でもオークションよろしく投げ銭宣言がされていく。
「高槻アリサに100万円」
「火臣恭彦に100万円」
対抗するように投げ銭した二人がにらみ合う。
映画の資金集めをこのように行うとは、八町大気も変わったものだ。
作曲家Qはため息を押し殺し、立ち上がった。
「葉室王司に1億。……私は多忙なので、これで失礼いたします」
退室間際に見えたモニターでは、デビュー時から推している葉室王司が演技をしている。
「…………朝輝」
亡き親友の名を呟いて、作曲家Qは目を閉じた。
亡き親友、朝輝は、作曲家Qの妻に手を出していた。
裏切られたと思った。悔しくて悲しくて腹立たしくて、とうてい不義の子を愛すことなどできないと思った。
だから、作曲家Qは妻が産んだ子を施設に預けた。
預けた子は俳優となり、親友によく似た容姿と演技でスターロードを駆け上がった。
作曲家Qは――托卵児を拒絶した「浮気サレた父」の江良春海は、自分が捨てた江良九足から目が離せなくなった。
気付けばファンコミュニティの運営などを始めていて……推しの死というショッキングな事件に動揺したファンコミュニティは暴走して、所属メンバーが「私の体に憑依して江良さんが生き続けるといい」と願った……。
「願いは叶ったのだろうか?」と経過観察してデビューから今までを見守り続け、今では確信を持っている。
――葉室王司の正体は、江良九足だ。
親友と妻の不義の子は、未だに生き続け、演技を楽しんでいる。新しい家族を作り、嬉しそうにしている。
なんて可愛いのだろう。なんて愛しいのだろう。
あんなに楽しそうに芝居をして。こんなにあの子の心が理解できる。
主役がほしいんだ。そうだろう?
仲間と演技ができて楽しいんだ。そうだね?
「主題歌はno-nameに歌ってもらおうか。好きだろう。きっと喜ぶだろう」
八町大気はおいたわしいにもほどがある。
主役争奪戦をさせて、ファンの貢いだ金額で主役を決めようとするなんて……。
噂によれば脚本の出来も危うく、旧友の劇団長たちを頼ったりもしているらしい。
本当に大丈夫なのだろうか。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
「八町先生! 未成年者誘拐で通報しますからね!」
即興劇をしていたら、突然銅親絵紀がやってきた。
やっぱり八町が変な電話をしたから怒ってるじゃないか。でも、ちょっと嬉しそうにも見える。
「通報はまだしてないのかい、銅親君。まあ、座って即興劇を観ていきなよ。簡単な設定と脚本もあげる」
「はあっ?」
八町は死ぬほどマイペースだった。
銅親絵紀を息子の水貴の隣に座らせ、私に渡したのと同じ三冊の脚本を押し付けている。
何を考えているんだろう……。
「銅親君が脚本を読む間、休憩にしようか」
「はーい」
私たちは休憩だ。
恭彦は役に入ったままみたいだけど。
「恭彦お兄さん。カットでーす。箒しまってくださーい。演技終わりでーす」
「……はっ……俺、カメムシの言葉がわかるかも」
「女子をカメムシ呼ばわりするのやめましょうお兄さん。絶対に許さない」
銅親絵紀は必死に三冊の脚本を読み始めている。
なんか大変だな。でも嬉しそうだな。通報はしないの?
「やっぱりさ、共犯者は多い方がいいよね」
八町は「銅親水貴君はエキストラで出てもらって、銅親絵紀君は脚本監修として参加してもらおう。火臣家と合わせてダブル親子丼だ」などと呟いている。しかも。
「ご参考までに皆さん。ナイショの情報共有をするんだけど、ケストナー監督とジャーマン監督に構想を送り付けたところ、彼らは僕の脚本を元にして内容的に繋がりのある新作を作ってくれるようです」
しれっと嘘を言った。
「競うのではなく、3作合作みたいにできたらきっと最高に楽しいね」
優雅に紅茶を飲んでやがる。
私が代わりに通報してやろうかな?
しかしこのやらかし、度を過ぎていて普通に監督生命が終わるよな?
私が葛藤していると、八町は何かに気付いた顔で紅茶のカップを置いた。
「あ、配信切り忘れてた。まあいいか」
今の、配信してたのか。
全然「まあいいか」じゃないと思うのだが、八町はカメラに向かって実に清々しい笑顔で手を振った。
「ケストナー監督、ジャーマン監督。僕と合作できて嬉しいでしょう? 光栄に思ってください。では」
よくそんな言葉が吐けるものだ。
お前、訴えられたら負けるぞ絶対。どういうメンタルしてるんだ……?