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223、ひとつ屋根の下っていいね

 料亭でお祝いしてもらったあと、私たちは八町の車で『ひだまり荘』に帰宅した。

 運転しているのは、少し眠そうなセバスチャンだ。


「セバスチャン、居眠り運転に気を付けてね」

「ぐう」

「寝ないで」

 

 春を迎えて、GASの恋愛リアリティショーは2期がスタートしている。

 メンバーは少し減っている。特に海外組。


「2期はケストナー監督が引っ込んでてくれるし、僕もひだまり荘で暮らすよ。共同生活って楽しいよね。……楽しいかな?」


 八町はふわふわした風情で車の外へと視線を向けている。

 酔ってるな。

 こんなときは、別に返事を欲しがってるわけじゃないんだ。

 自分の世界に浸っているから。

  

「八町先生とお料理とかしてみたいです」


 ほら、アリサちゃんがいい感じのことを言ってくれてるのに聞いてない。

 

「アリサちゃん。八町先生ね、今、酔ってると思う」

「自分に?」


 無視されてアリサちゃんがしょんぼりしないように教えたら、意外と辛辣な言葉が返ってきた。


 ちなみに恭彦はすやすやと寝ている。よく寝るお兄さんだ。

 最近は忙しいようなので、疲れとかもあるんだろうな。 


 車窓の外に視線を向けると、街角の大型ビジョンに恭彦が映っている。CM?


 思えば年末年始あたり、私が事務所と相談して仕事量を減らしていた時期にもせっせと撮影予定を詰め込んでいたようなので、その成果が今出ている感じだろうか。

 ショートドラマに出まくってたのも効果があったんだろうな。人気が出てる。

 

「ミナサマ。ひだまり荘、ツキマシタ」


 セバスチャンがカタコトで言って車を停める。

 お礼を言って全員で外に出ると、セバスチャンはゆっくりとお辞儀をして私に言った。


「お嬢様。ソイエバ、デスガ」

「うん、うん? セバスチャンもひだまり荘に泊まる? 部屋ありそうだよ」

「ワタクシ」

「うん」

「キュウショクします」


 ……?

 キュウショク。給食? 求職?

 ……休職? 


「セバスチャン。熟語だけじゃちょっとどれのことかわかんないや。みんなと一緒にごはんを食べるって言った?」

「仕事、ヤスミマス」

「あ、そっち。そっか……大人の夏休みもあってもいいよね。ロングバケーション楽しんで」


 セバスチャンは夏休みか。今は春だけど、春の長期休暇もいいよね。

 

「住み込みだからあんまり休んだ感じしないかもしれないけど、のんびりしてね」

「カシコマリ」

  

 となると、学校の送り迎えをしてくれる運転手さんを一時的に雇ったりしないといけないのかな。

 ママに連絡入れておこう……セバスチャンを雇用しているボスはママだから、もう話が通っていて手配してくれているかな?


「台本を渡しておくね。そうだ、3人とも。夕飯後に予定が合う人がいたら、一緒に映画を観よう」


 八町は薄い台本を渡してくれて、夕飯後の映画鑑賞の誘いをくれた。

 あれ……なんか私の台本、3冊ある?

 他の2人は1冊だけみたいだけど?


「江良く……葉室王司さんにはお勉強用資料も付けておいたよ」

「おお……はい、八町先生」

「君は他の2人と比べると初心者なのに教えてくれる人に恵まれていない気がするんだな――もちろん、事務所が手配してくれてレッスンを受けているのは知ってるけどね。君の事務所は中学生だからと甘いところがある。才能に甘えず、学ぶ姿勢を大切にするといい……僕の映画に出てもらうからには、ね」


 八町はキリッとした顔でそれらしいことを言い繕いつつ、スマホに視線誘導した。

 ほう。LINE通知?

 ……なんだ、なんだ?


八町大気:江良君。その2冊、極秘扱いで頼む

八町大気:ケストナー監督とジャーマン監督の新作映画の台本なんだ

 

 ――んっ?


 なんだって?


 部屋に戻ってからスマホで返事を書くと、衝撃の真実が出てきた。


葉室王司:八町。ケストナー監督とジャーマン監督の新作映画の台本ってどゆこと?

八町大気:セバス君にハッキングしてもらって盗んだんだ


「……なにやってんだ八町大気」


 思わず呟いた私に、同室のアリサちゃんが「どうしたの?」と問いかけてくる。

 うん、アリサちゃん。

 すごく言いたいんだけど、全力で秘密にしないといけない事案ができてしまったんだよ……。


「……アリサちゃん。ごめんね。今、ちょっとびっくりすることがわかったんだけど」

「うん?」

「すごく情報シェアして語り合いたいんだけどね」

「うん、うん?」

「でも、言えないことみたいで……」

 

 こういうことは、よくあることなんだ。

 大人の世界は色々あるよね。アリサちゃん、わかるかな?

 アリサちゃんは複雑なお家の生まれだし、わかってくれそうだな。

 自分もいろいろな事情を隠したりしてるタイプだもんね。


 そわそわと顔色を窺っていると、アリサちゃんは「そっか」と頷いてくれた。

 

「そういうのあるよね、王司ちゃん。私、わかるよ」


 さすがアリサちゃんだ。

 アリサちゃんは瞳に深すぎる理解と共感の色を湛えて、天使みたいに清らかに微笑んでくれた。


「言いたいよね王司ちゃん。ひとりで持て余してもやもやしちゃうよね」

「そう。そうなんだよアリサちゃん」


 この2冊の台本、どうしたものか。

 八町は何を考えてるんだろう。盗んだ台本を「実は盗んだんだ」と私に渡してどんな反応を求めているんだろう。

 怒ってほしいとか?


葉室王司:八町。あんまり私も人のこと言えないけど、ハッキングは犯罪だよ

八町大気:本当だね


 八町からは短い返事が届いた。

 それきり、続きのメッセージはなしだ。


「王司ちゃん、八町先生との映画鑑賞、する?」

「あ、そうだねアリサちゃん。しよっか」


 夕飯後に映画鑑賞タイムをすると、八町は3つのモニターを並べて3倍速で3種類の映画を流し始めた。1本90分。

 

 どれを観たらいいのかわからない。

 音が混ざり合ってわけがわからない。


 私もアリサちゃんも恭彦も困惑気味に顔を見合わせたが、八町は無表情で3つのモニターを眺め、90分の映画が終わると105分の映画を流した。

 そして、105分の映画が終わると120分の映画を流した。

  

 知っている映画もあれば、知らない映画もある。

 3本の3倍速を同時に見続けるのは、正直つらかった。

 情報過多で脳がパンクしそうになる――夜という時間も相まって、思考が痺れて眠気がどんどん増してくる。

  

 気付けば私はソファに座ったままクッションを抱きしめて寝ていたようで、「今夜はこれくらいにしようか」という声で意識を覚醒させたところ、アリサちゃんと恭彦も同じように寝ていたようだった。


「みんな、お部屋に戻って自分のベッドでちゃんと休んでね。おやすみ」


 八町は感情が窺えない声でふわふわと言い、自分が宿泊する部屋へと引き上げていった。


「王司ちゃん。映画わかった?」

「うーん。アリサちゃん。私は、なんか脳トレされてる気分だったよ」

「あー。そういうトレーニングなのかな?」


 アリサちゃんと「疲れたね」と言いながら部屋に戻ってベッドに潜り込み、眠る間際にチラッとスマホを見る。

 八町からは「おやすみ」というセリフ付きのパンダキャラのスタンプが届いていた。


八町大気:おやすみ江良君

八町大気:ひとつ屋根の下っていいね

八町大気:明日の朝は「おはよう」と「いってらっしゃい」から一日が始まるね

八町大気:朝が楽しみに思える 

葉室王司:八町、ちゃんと寝てね

葉室王司:おやすみ


 八町はシェアハウスではしゃいでいたのかもしれないな。


 映画、全然頭に入ってこなかったけど――八町が楽しかったなら、よかったや。



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