222、西園寺麗華の答え合わせ
――【西園寺麗華視点】
西園寺麗華は、「『人狼ゲームxサイコパス』というドラマは成功した」と思っている。
「撮影をやめろ!」と攻撃され、完走すら危ぶまれていたドラマだ。
最終回を迎えることができただけでも大成功では?
「人狼ゲームx他のクラス動画」や「主題歌歌ってみた」で社会現象的な盛り上がりを見せたのもよかった。
あれにより、一方的に与えられるだけのドラマではなく「みんなが関わって盛り上げたみんなの作品」になったのだ。
「父兄も喜んでくれてるんですよ」
「学校の父兄の方々が? それは喜ばしいですね」
打ち上げパーティは、中学校の撮影拠点で行われた。
中学生や、ママ友会。
ずっと撮影を見物して途中からエキストラにもなった人たちも集まっていて、賑やかだ。
ママ友会のメンバーは、お手製の料理を持ってきた。
後輩の葉室王司ちゃんが「このおにぎりは私が手伝ったんです」とおにぎりを勧めてくる。可愛い。
でも、ちょっと悔しさもある。
また負けちゃった――そう思うから。
「西園寺さん、そのおにぎり、辛いですよ」
王司ちゃんの教師をしている田中勝利は、江良九足のファンコミュニティで知り合った同志だ。
麗華は知っている。
ある人は匿名で。ある人は芸名で。またある人は本名で。
パソコンで。スマホで。ありとあらゆるネットにつながる場所からアクセスし、食事時間や休息時間、通勤通学の合間などにチャットをしていたコミュニティの空気を。
思い出というには、まだ失って日が浅いコミュニティだ。
大勢が日常の一部にしていた憩いの場は、全員が「江良九足のファン」という共通要素がある。
「彼の良さを語る」「彼の情報を共有する」「彼を推す」という共通の目的があって、楽しい。
とても居心地がよかった。
……推しが死ぬまでは。
麗華:江良さんが死んだなんて、信じない
田中:そんな、突然すぎる……!
キュー:すみません、ショックでしばらく留守にします
leaf:ええ……?
――その日、コミュニティは荒れた。
辛い気持ち、荒ぶる感情を文字や声で吐き出すメンバー。
コミュニティを見るのも辛くなって無言で脱退するメンバー。
脱退はせずとも、落ち着くまで見るのをやめることにして距離を取ったメンバーもいた。
麗華は距離を取ったメンバーだ。
推しへの情が重ければ重いほどダメージは大きい。
麗華のショックは大きかった。
……恋愛対象として、江良を慕っていたから。
けれど、麗華には仕事があった。
スケジュールは空きがなく、どれも責任重大で、休むわけにはいかない。
立場上、SNSもある。
SNSは厄介だ。
有事の際に黙っていると「何か思うことはないのか」「冷たい」と、心ない見方をする人が湧いてくる。
「ショックすぎてネットをする気分ではない。辛すぎる心情を言語化できない」という心情を理解してくれる人もいるが、そうでない人も多いのだ。
芸能人であり、江良の後輩である麗華は、みんなが「そうそう、そんなことを言って欲しかった」と満足する言葉を発信しないといけない。
表情ひとつ、声色ひとつ、言葉ひとつ、隙を見せてはいけない。
――こうなってくると、まるで芝居ね。
芸能人は、そんな仕事だ。
大衆の期待に応え、偶像を崩さないように表舞台で踊り続けないといけない。
これは芝居だ。現実は舞台だ。私は女優だ。
悲しい出来事は……「作り話だと思えばいい」「現実だけど、現実じゃない」「私は悲しい台本を演じてるだけ」……。
それはある意味、心を守る機能をもたらしてくれた。
麗華は、仕事をがんばることで自分を守ることにした。
表舞台での仕事をこなしていくうちに、コミュニティを思い出す。
そろそろ落ち着いているだろうか?
表舞台で立派にベテラン女優をするのも好きだが、ふと、ネットコミュニティ特有の身内感が恋しくなった。
いそいそとディスコードを開き――、
「え?」
麗華は驚いた。
コミュニティは、削除されていた。
江良先輩が亡くなったから、解散してしまったの?
悲しい気持ちで情報収集してみると、ネットには驚くべき情報が流れていた。
コミュニティのメンバーたちがオカルトに傾倒し、集団でとんでもないことをやらかしたというのだ。「集団自殺」という文字が見えた。
「そんな。まさか」
麗華は多忙な日々の合間に情報を集めた。
リアルでの連絡先を交換しているメンバー。
フレンド交換していたり、他のSNSのアカウントを知っているメンバー。
生き残ったメンバーを一人一人見つけては「何があったか知ってる?」「私が知らないメンバーの連絡先、わかる?」と訊いた。
そして、やっと真相を知っている人物と出会えた。
それが、田中勝利だ。
彼は教えてくれた。
コミュニティのメンバーは、現実を嘆き、呪い、拒絶した。
そして、誰かが言った。
『スマホに赤リンゴアプリがある』
赤リンゴアプリは、選ばれた者のスマホにだけ現れる。
代償を払うと、願いを叶えてくれるらしい。
実際に試して死んでしまった配信者がいる「実在する都市伝説」だ。
『全員で同じ願い事をしたら江良さんが生き返るんじゃないか』
反対したメンバーもいた。
しかし、賛同したメンバーは結束してアプリを使った。
結果。
江良は生き返らなかった。
そして、その日のうちにコミュニティは消えた。
管理人はアプリ使用に反対していたので、彼が怒ってコミュニティを潰したのかもしれない。
田中勝利は、メンバーのうち、素性がわかっている者の消息を調べた。
そして、彼らが事故や自殺で死んだことを知った。
「アプリ使用メンバーは全員死んでしまったに違いないと思って、思わずSNSで呟いたところ、拡散されてしまいました。投稿は慌てて消したんですが、手遅れでしたね」
遠い目をして炎上を語る。
麗華はその時の彼の心境を思い、「大変でしたね」と無難なコメントを返した。
「西園寺さん、ご存じでした? 葉室王司さんはコミュニティの『leaf』さんですよ」
「え……?」
麗華は驚いた。
leafさんは、あまり自己開示しないタイプのメンバーだ。
ボイスチャットで会話したことがなくて、声も知らなかった。
まさか王司ちゃんが同じコミュニティの仲間だったとは。
「彼女、アプリ使用メンバーなんですよ。『私の体を江良さんに差し出すから憑依して代わりに生きて』なんて痛いこと言ってました」
王司ちゃんが、そんなことを。
「彼女の代償は記憶障害なのかな。食べ物の好みも変わったみたいです。まあ、……死んだりしなくてよかった……死んでしまった子もいるので……」
麗華の脳に、猫の鳴き声が思い出された。
『にゃー!』
『ミーコも怒ってくれてるよ。よしよし』
同じ事務所の麗華は、王司が江良の飼い猫を引き取ったのを知っていた。
けれど、配信を観ていた麗華はあの時「ん?」と引っかかるものを感じていて……。
それがどういう「引っかかり」なのか、そのときはわからなかった。
でも、どうしてだろう。
今になって思う。
『みゃーん』
『おっと。うちの猫が構ってほしいみたいだよ。感想語って満足したし、配信ここで終わりにするね。みんな聞いてくれてありがとう』
errorだ。
猫と戯れる配信の気配が、江良九足に似ているVtuberのerrorそのものだったのだ。
……待って。
私は今、なにを考えているの?
蘇るのは、自分が見てきた葉室王司の天才的な演技の数々。
その演技は、「江良九足に似ている」と火臣打犬のお墨付きだ。
彼女はカレーを好み、伊香瀬ノコを推していて……、
『江良君』
江良の親友だった八町大気は、彼女のことを当たり前のように自然に「江良」と呼び、周り中に「おいたわしい」と言われている。
……江良先輩?
ぞくりと全身が震えて、麗華は首を振った。
なんだかすごく「ありえない」ことを思いついちゃった。
まさか、本当に葉室王司の願いが叶って江良先輩が彼女に憑依した、なんて――ないわよね?
「麗華さん、顔色が優れませんね。風邪です?」
「あ、ううん。モモちゃん、平気よ。変なこと思いついちゃって、やばってなってただけ。私、きっと疲れてるんだわ……」
「話、聞きますよ」
「ありがとう」
こんな思いつき、どうして思いついちゃったんだろう。
……ばかばかしいわよね?
親友に話そうか。やめておこうか。
麗華は悩んだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
窓の外に、桜が見える。
薄ピンク色の花弁がふわふわしていて、ワタアメみたいで可愛らしい。
今日はいい天気だ。
あれからたくさんのニュースが出ては話題になり、出ては話題になり。
ドラマ最終話が放送される頃には、みんなが食傷気味になっていた。
おじいさまと二俣総帥は物申す系の番組によく出演して存在感を増している。
とりあえず街の治安は回復しているし、テレビ業界も体質改善をして立て直しムードだ。
学年が上がり、私は中学三年生になった。
新学期が始まったばかりの週末。
私は八町大気が主催する会合に参加していた。
会合場所は、昭和の雰囲気が漂う店だ。
貸し切り状態の店には、役者や記者が呼ばれている。
私が座る席は、4人用。
高槻アリサちゃんと私が並んで座り、対面には八町大気と火臣恭彦がいる。
「江良君。ドラマお疲れ様。それに、お誕生日おめでとう。進級もしたんだよね。新しいクラスはどう? 高槻さんとまた同じクラスなんだってね。お祝いごとがいっぱいだね」
「ありがとうございます、八町先生~」
記者も呼ばれていて、みんなが「八町先生、彼女は江良さんじゃないのに相変わらずおいたわしい」と囁きを交わしている。
また「八町先生、おいたわしい」系の記事が書かれるんじゃないかなあ。
記事といえば、火臣打犬が余命宣告されていたらしい。
しかも公表しようかと思っていたら、奇跡的に治ったとか。
なんだそりゃって思ったけど、あの温泉旅館の兄の奇行をすぐに思い出した。
あれは父親の病気を治したかったんじゃないか。
普通に教えてくれたら手伝ったのに。
ずっと「あれはなんだったんだろう。わからないままですっきりしない。気持ち悪いなあ」って思ってたんだよ。
兄と目が合うと、ビールを持ち上げてキラキラとした笑顔で飲酒された。
おい、マウント取るな。
私がむすっとしながら牛肉のシチューをつついていると、八町は記者たちに記事のネタを提供し始めた。
「本日は江良君のお誕生日のお祝い以外に、制作発表も兼ねているのです。そう、僕の新作映画――2作目です」
おお、と記者たちがどよめく。
うんうん。八町はおいたわしいだけじゃないんだよ。ちゃんとクリエイターなんだ。
「ふう……」
八町はのほほんとひと息ついてから、2作目の展望を語った。
曰く――「GASにちょっかいを出してきた海外監督、グレイ・ジャーマン監督とフレイミール・ケストナー監督が二人揃ってSF制作宣言をしたでしょう? 僕も、SFを作ります。それも、二人の監督が絶対に驚く作品を」
手に持った酒杯が高く掲げられ、乾杯の音頭が取られる。
「それでは、乾杯っ。なお、主役候補は3人いて、決めないまま撮影を開始します。誰が主役になるか、本番演技で争奪戦してもらおうと思いまして……江良く……葉室王司さん。高槻アリサさん。火臣恭彦さん。この三人が、僕のテントウムシを悪魔にも天使にもしてくれる天才たちなのです」
八町は『少年とテントウムシ』を黒歴史だと思っている奴なので、今までインタビューでもあまり自分から話題にしたことがなかった。
それだけに、『僕のテントウムシ』の一言は、記者たちに気に入ってもらえたらしい。
翌日、先を競うように「八町大気がテントウムシと言った」というニュース記事が出されて、SNSは発言の意図を考察する投稿でいっぱいになった。