218、TV局は停波中です/人狼狩りの始まりだ!
中学校の広い敷地内には、見物人や海賊部男子が作ったバリケードとテントがある。
テントは銅親絵紀監督が「拠点」と呼んでいて、ケータリングコーナーもある。
今日の拠点には、ボロボロになったガンプラが入った段ボール箱が追加されていた。
銅親監督の息子、水貴は、「酷いんだよ」と事情を教えてくれた。
「父さんのガンプラ……一回母さんに捨てられたのを回収したんだけど、昨日の夜、世直し団の遊撃チームがベランダに登ってきてさ……」
「えっ! 監督、襲撃されちゃったの?」
「奴ら、動画撮りながらガンプラ壊して帰って行った……警察呼んだけどあちこちで事件起きてて来るまでが遅くてさ、逃げられちゃったんだよ」
「うわあ」
監督を襲わずにガンプラを襲うとは、中途半端な襲撃だな。
でも、監督に怪我がなかったのは不幸中の幸いだね。元気そう……というより、怒っている。
「皆さんこんにちは。銅親絵紀です。TV局は乗っ取られて停波中ですが、今日は解放区放送にお邪魔しています」
あれっ。海賊部がカメラ持って解放区放送撮ってる。生配信?
カメラ目線で語る銅親監督は、涙目で拳を握りしめていた。
「僕のガンプラが世直し団の遊撃チームに襲われて壊されました。あまりにもひどい。昨夜は一睡もできませんでした。僕は怒っています。テロには絶対に屈しません。屈するなとガンダムが言っている」
ガンダムが言ってるなら仕方ないね。
監督は感情を抑える様子もなく、早口に言いのけた。
「我々ドラマ撮影チームの編集メンバーも立てこもり事件で人質の憂き目に遭っています。これが編集メンバーから届いたLINEです!」
えっ、スタッフさん人質になってるの? 大変じゃないか。
LINEを見ると「ぼくは死にましぇん」と言っている。
なにふざけてんだ人質。もっと危機感持って。
「仲間は別の戦場で戦っている。ならば、僕たちは仲間を信じて撮影しましょう。彼が解放されたときに『はい、これ編集よろ』と未編集データを渡せるように!」
解放されたあと休ませてあげようよ。仕事させるの可哀想だよ!
さすがに物申すぞ。NOブラック職場! YESホワイト!
「銅親監督。あのう、発言いいですか?」
「おっと。今朝襲撃されて世間の同情を集めている悲劇のヒロイン葉室王司さんじゃないですか。どうぞどうぞ、ぜひ今のご心境を解放区放送で語ってください。世間の皆さんが聞きたがっているので」
なんかゲスいな。
気のせいかな?
「えっと、襲撃はとても怖かったです。人を集団で襲ったりするの、当たり前になっちゃうとだめだと思う。あと、編集のスタッフさんは可哀想だから、解放されたら休ませてあげてほしい……」
最後まで言い切る前に拍手が起こった。海賊部だ。
「いいぞ葉室! お前は倫理観がある!」
赤い法被を着た二俣夜輝が褒めてくれる。
隣では円城寺誉が頭に紙袋をかぶって立っていて、どっちも目立つ。
イロモノコンビだな~。
二俣はカメラの前に立ち、銅親監督のマイクを奪った。
そして、微妙に普段より低くて格好つけた声で演説した。
「こちら解放区。俺たちはドラマ撮影チームを応援している。今日は生配信で撮影の様子を全部映すから楽しんでほしい」
そんなことしていいの? 銅親監督?
銅親監督に視線を向けると、彼は悪びれない様子でサムズアップした。スマイルだ。
さっきまでの怒りと涙はどうした? どこいった?
「僕を怒る人たちは今、人質になっているので、問題ありません」
果たして本当に問題ないのだろうか。
疑問を抱きつつ、撮影は始まった。
宣言通り、海賊部は撮影の様子をカメラに映し続けている。
解放区の配信画面を見てみると、画面の右上に小さなワイプ映像があり、別の場所――世直し団を名乗る犯人グループが立てこもっているTV局の建物と、それを囲む警察と冷やかし見物人の人垣が映されていた。
あちらの現場は膠着状態?
警察は全く動く気配がない……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『人狼ゲームxサイコパス撮影実況』
「早乙女メイさんを占った。結果は、村人だったよ」
緑石芽衣が演じる人狼、早乙女メイは、「人狼っぽい発言ばかりしている」と疑われていた。
銅親水貴が演じる人狼、朝霧シンジは偽の占い師だ。
彼は、仲間を庇うために嘘を吐いた。
朝霧シンジは胸の中で「この嘘がばれませんように」と祈った。
しかし、嘘はバレてしまう。
「ごめんなさい。私、今まで潜伏していた占い師よ。私も早乙女メイさんを占った。結果は……黒だった」
カミングアウトせず隠れていた真の占い師が対抗してきたのだ。
それは、西園寺麗華が演じる教師、天城麗華だった。
村人たちは「じゃあ、早乙女メイさんを吊って、霊能者に白黒つけてもらおう」と結論付けた。
「そんな……私まだ……死にたくな……」
――投票結果が出て人狼が吊られる。
:芽衣ちゃんがんばってるな
:めーちゃん死んだぁ〜
:角度的にあんまり芽衣ちゃんがよく見えない
:しょうがないよ、テレビで放送されるのを楽しみにしよう
:放送されるのかな?
:演技がんばってるっぽい
:芽衣ちゃんの死に演技見たいなー
人狼ゲームの霊能者は、その日の死者が「白=村人陣営」だったか、「黒=人狼」だったかを調べることができる。
翌朝、霊能者は「黒だった」と報告した。
星牙演じる三神瑞希が語っている。
「人狼ゲームの村は社会の縮図だと思う。社会ってさ、正しいことが隠されていたり、間違ったことが真実みたいに伝えられたりするだろ。悪賢い奴が他人を騙して利用する。何が真実で誰を信じられるか、わからない。僕たちはそんな世の中を生きている――社会的なゲームなんだ、これ」
:長セリフだな
:カンペないんだ?
:よく覚えていられるなあ
:星牙かっこいい
:でもこの星牙、人狼のハニートラップにハマって護衛してるんだが?
:お前が騙されとんねん!
:人狼王司ちゃんは可愛いから仕方ない
:王司ちゃんは守るよねー
「事実をひとつひとつパズルのピースみたいに集めて、自分の頭で『これって、こういうことじゃないか?』と推理する。そうだったのか、ってなる。それが楽しいんだ。僕はそう思う」
:僕はそう思う(騙されながら)
:クラスメイトが引き気味なのおもろい
:星牙のキャラって変人だよな
:人狼ゲームって現実と似てるのわかるよ
:みんな嘘つきだもんなw
:思ったことまんま言ってたら人間関係うまくいかないでしょ
:思想が強い
:人狼ゲームは疑われたり喧嘩するのが無理(^^;)
:私も苦手。疑われると傷つくし、喧嘩っぽくなるのが嫌。
:現代人って鍛えないからどんどん弱くなるよね~考える能力も衰えるしストレス耐性も低くなる
:考えさせる方が悪い! ストレスはいらない!
:悩み事多いしストレス多いから疲れてるんだよ
:ゲームでまでストレス感じたくないよね(^^;)
:私は楽しく遊びたいし、他人に否定されたくない
:生まれてから死ぬまでずっと揺り籠の中いいたいでちゅ~
:煽るなよ
:逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ
:社会生活に向いてない→社会が悪い!
:荒れてるな~、ただのゲームだろ
コメントは荒れているが、演者たちは知るよしもない。
配信カメラに映される星牙――三神瑞希は堂々としていた。
「霊能者の対抗はいないか? いないなら、出ている霊能者が本物として考えるぞ。5秒数える……潜伏している奴がいたらカミングアウトしてくれ」
三神瑞希は「朝霧シンジが人狼かもしれない」という情報を握っている。
片思いをしている相手、兎堂舞花が教えてくれたのだ。
『私、偶然聞いたの。朝霧君っぽい声の人が誰かと話していて「ヘアピンがない? どんなの? まずいな、もし八島の部屋に落としてたら手がかりになるかも……」って。もっと情報を集めて、絶対にそうだってわかってから、とどめのひと押しみたいに使うべきだよね?』
情報を公開するタイミングは、今か?
もしも対抗して「自分こそが本物の霊能者」と名乗り出る人がいなければ、「早乙女メイは人狼だった」ということで確定する。
嘘の占いをした上、この秘匿している情報を出せば、朝霧シンジは人狼確定で満場一致となるだろう。
……だが、この情報を隠したままで揺さぶれば、潜伏している仲間が吊れるのでは?
早乙女メイを白だと主張する霊能者が出てくれば、それは――朝霧シンジを助けるために出てきた人狼陣営、人狼か狂人のどちらかの可能性が高い。
焦って敵を一匹だけ吊るし上げるより、網を張って二匹仕留めたい。
1秒、2秒、3秒。
思考しながら時間を数えていると、声が上がった。
「待って! わ、わたし、霊能者です! 早乙女メイさんは白でした……っ!」
来た。
――カミングアウトだ。
早乙女メイが白だと主張する占い師と霊能者、黒だと主張する占い師と霊能者――対抗するペア構図が出来上がる。
村人たちは人狼ゲームに詳しい者もいれば、初心者もいる。
なので、反応は綺麗に分かれた。
「そういえば、狂人もいるんだった……」
「どういうこと? 占い師と霊能者って、1人ずつでしょ? なんで2人いて、意見が分かれてるの?」
「嘘ついてる人がいるからだよ。人狼か狂人ってこと」
人狼にはわかる。
新たに出てきた霊能者は、ご主人様である人狼を助けるために出てきた狂人――「人間でありながら人狼の味方をする人狼陣営の仲間」だ。
:星牙、モノローグを生撮りするの大変そうだな
:別撮りする余裕ないんか(笑)
:このドラマって人狼ゲーム知らないと難しくない?
:王司ちゃんが可愛いだけで見ていられる
:王司ちゃん今「狂人」って呟いたけど人狼透けてない? 平気?
:??? 別に透けないと思うけど?
:プレイングミスしても周りが気付かなければ平気
:気づくフラグにしか思えないわw
「はい、カット。オーケー」
:お、シーン終わった
:OK出た
:OK出てもこの映像テレビで流せる?
:今のところ警察は動きがないね
:次のシーン撮影するらしい
:移動してるー
:本当に全部見せてくれるじゃーん
次のシーンは寮の浴場での撮影だ。
学園の至るところに監視カメラがあるが、カメラには死角もある。
それに気づいた生徒たちは、死角の一つを使って首輪が外せないか試すようになっていた。
:風呂回だwww
:女子は映してくれないんですかー?
:普通に考えてのぼせるでしょ風呂で会議したら
:役者くんたち大変だね
:星牙くんがリーダーっぽくなってて格好いい
:シュールなシーンだな
:女子が肌見せると怒られるから男子がお色気担当になるんや
生配信中の撮影現場を見ながら、リスナーが好き勝手コメントしている。
確かに湯船にみんなして浸かって首輪を弄ったりデスゲームで生き残る方法について会議してるのってシュールだな。
三神瑞希は落ち着いていた。
「みんな、『なんでデスゲーム運営が好き勝手できてるんだろう』って思わないか? 学校が丸ごと占拠されてるのに今日までパトカーもヘリのひとつも来ない……」
確かに、と仲間が頷く。
瑞希は低い声で言い放った。
「政治家が黒幕なんだ」
:現実とリンクさせてない?
:え、現実の騒動も政治家が黒幕だって?
:今来た。ほんとに撮影してるんだ?
:本編放送後のメイキングは見たことあるけどリアルタイムは初めてだわ
:これは5歳の娘に見せるか悩みますね、娘はドラマを現実の出来事だと思ってるんです
:デスゲームドラマがそもそも5歳の娘さんに見せて悪い影響出ないんだろか?
:星牙君って舞台演劇もっとやればいいのに。テレビドラマの枠に収まるのもったいないよね
:地方住みだから舞台は見に行くの大変
:舞台お金もかかるしずっと座ってるの辛い
:わかってないな全国波で推しが流れるの誇らしいだろ
:ゴメンわかんねーわ
:うぜええええええ
:コメントの民度終わってんな
:王司ちゃんこっち見てー
「父兄が外で何とかしようと動いてくれてると思う。だから、希望を捨てちゃだめだ。騎士のGJ――護衛成功を出して犠牲を最低限にしながら時間稼ぎをしたらどうだろう?」
風呂から上がった男子たちは、共有スペースで女子と相談することにした。
:着替えシーンカットしないんだ?
:みんなポロリに気を付けて
:配信に移ってるぞ!
夜の時間が迫っている。余裕はない。
「人狼、この中にいるだろ。協力してくれ。みんなで生き残ろう……!」
今夜の護衛予定を打ち明けて団結を呼びかける騎士、三神瑞希。
「カット――」
シーンはここで代わる。
次は部屋を移動して、人狼会議だ。
人狼用にあてがわれた部屋に集まったのは、二人。
「GJに協力しよう! もうこんなゲーム嫌だ。頭がどうにかなっちゃいそうだよ! 死にたくないし、誰にももう死んでほしくない……!」
ストレスでげえげえと吐く朝霧シンジは、精神的に限界を迎えていた。
「疑われてるんだ。た、た、助けて。しにたくなぁい……ここできょ、協力的にしたら、ゆりゅしてもらえるかも……」
:水貴君いい演技するじゃん!
:限界感出てる
:吐く演技はちょっと嘘っぽかったよ
:編集で誤魔化せ
:編集は人質ナウ
:無事に解放されてほしいね(汗)
兎堂舞花は、その夜の狩り道具を長い柄の大鎌に決めた。
少し重いが、死神っぽくて格好いい。
長い黒髪を揺らして大鎌を抱え、仲間を冷ややかに見つめる舞花は美しかった。
「私は狩る」
「なぜ!」
「なぜ? どうしてわからないの? 人狼は数が少ない。村人をどんどん減らさないとつらくなる一方。昨日まで一緒にいた仲間がやられた。かたき討ちをしたい……そう思わないの?」
驚いたような顔をして、「自分は正しく、あなたがおかしい」と言い連ねる。
「え……そ、そんな。かたき、討ち……」
「当然でしょう? 仲間への情はないの? 仲間を殺した村人への怒りは? あなたは人狼でしょう。村人は、人狼より弱い。楽しく狩って、美味しく食べる獲物。忘れてしまったの?」
「お、おかしい。それ、へんだよ」
「変じゃない。変なのは、あなた」
自信満々の舞花に、仲間は徐々に言いくるめられていく。
:せ、洗脳されていく
:王司ちゃんこええええ
:悪女がおるで
:GJ協力拒否w
:えー王司ちゃん、うきうきで狩りのお時間です
:死神の鎌が似合うんだ~~♪
:王司様サイコー!
:コメント欄にも狂人がおる
翌朝、GJは起きなかった。
村人は人狼に食い殺され、数を減らしていた。
「人狼は何を考えてるんだ!?」
「どうして協力しなかったんだよっ!」
人狼への非難が高まる中、騎士の三神瑞希は情報公開に踏み切った。
「そっちがそう出るなら、仕方ない……協力的なら、一緒に生きられたかもしれないのに」
瑞希は努めて残念そうな表情を作る。
――内心では、忙しく盤面を俯瞰して「この方向性でいい」と自分に言い聞かせながら。
GJでの時間稼ぎを提案はしたが、外で右往左往する一般人の大人がどれほど世の中を動かせるだろうか。
首輪を弄ってもみたが、高度なハッキング技術で何時間もかけてようやく無効化できるかどうか、という見たてだった。
――デスゲーム運営を排除したり脱出するよりも、人狼を全て殺し、村人陣営が勝利する方が簡単なのではないか。
自分の安全を考えると、村人陣営を手堅く勝利に導きつつ、首輪の無効化も目指す。
外の大人たちは頼りにならない気がするので、当てにするのはやめよう。
こちらは「みんなで生き残ろうとしている」という正義の陣営だ。
その提案を蹴った人狼陣営は、村人からすると同情の余地がなく、殺すことへの抵抗も軽くなっている。
「相手が好戦的なので、残念だが退場いただく」――この演説で村は団結できる――勝てる。
……人狼狩りの始まりだ!
:星牙君のモノローグ結構言うね
:世の中はそんな簡単に動かせねえんだわ!
:政治家はねえ
:このドラマ本当に地上波で放送できる?
:このドラマは監督のオリジナル脚本なんだよな
:謝罪してたけど銅親絵紀、やっぱ炎上作風じゃーん
「僕が入手した情報を公開する。……自称占い師の朝霧シンジ君。君、八島が殺された翌日に誰かと会話していただろう? 『八島の部屋にヘアピンを落とした』……証人は伏せるが、そんな会話を聞いた者がいるんだ」
:朝霧終了のお知らせ
:シンジー!
:銅親絵紀監督、息子にもっといい役をあげろよ
:いい役じゃないか
:仲間助けるために出てきた霊能者も黒確定だな
:おい、TV局の中継見ろ
:お?
:お
:あ
:あ
コメントはドラマ撮影映像ではなくワイプ映像に注目し始めた。
「カット……」
銅親絵紀監督は撮影を止め、オーケーを出さずに配信画面に視線を向けている。
配信画面のワイプ映像には、制止する警察を振り切ってTV局の建物にずんずんと近づく火臣恭彦とカメラマンが映っていた。