216、対よろ、対あり
ライブが終わったあと、控え室でひと息ついていると、スタッフが扉をノックして声をかけてきた。
「ご家族の方がお見えですが……」
おお。保護者会か。
花束や差し入れを抱えた保護者たちが続々と入ってきて、記念写真を撮ったりする時間が始まった。
「お疲れ様!」
「お疲れ様ですー!」
アリサちゃんのママとお兄ちゃんの高槻大吾が大きな花束を持ってきてくれた。ハイブランドスーツに薔薇の花束がよく似合うな。
「王司さん。僕が見栄を切ってたの気づいてくださいましたか?」
「ぜんっぜん気づかなかったですごめんなさい」
高槻一家の後ろで聖先輩が相山先輩とツーショット写真を撮っていて、親同士が満面の笑みで握手している。親はNTR勢をどう思ってるんだか……。
「いつもうちのカナミがすみません」
「サインくださーい」
カナミちゃんのご両親はぺこぺこと頭を下げていて、弟くんが色紙を差し出してくる。可愛いな。
「カナミちゃんにはいつもお世話になってます!」
うちのママは芽衣ちゃんのママとケーキの差し入れを披露している。メンバーの集合写真ケーキだ。
猫屋敷座長がケーキを切り分けてくれるみたいだけど、カットするの気を使いそう。
下手な切り方できないもんね。
「あっ、猫屋敷座長が王司ちゃんを半分に切った」
「あっ……」
気にしてない。大丈夫。ぜんぜん気にしてないよ。
そんな申し訳なさそうに頭下げなくていいよ。
「ぜんぜん大丈夫です。半分になりたい気分だったし」
「王司ちゃん、それどういう気分?」
アリサちゃんがクスクス笑ってくれる。芽衣ちゃんも何か言って。ほら、お父さんだし。
芽衣ちゃんの背中をぽんっと押すと、芽衣ちゃんはちょっとびっくりした目で私を見てから、何かを決意したような顔で頷いた。そして、まっすぐに猫屋敷座長を見上げた。
「パパに会いたかった。会えてよかった」
猫屋敷座長が嬉しそうに微笑む。
「パパも嬉しかったよ」
芽衣ちゃんのママは口を挟むことなく娘と元夫を見ていた。いい雰囲気だ。
微笑ましく見守っていると、ヒカリ先輩のお父さんがやってきた。
「どうもー、こんにちは。お邪魔します。ヒカリの父です。いつも娘が皆さんの話を楽しそうにしてくれるんですよ」
ヒカリ先輩のお母さんは入院中なんだって。早く元気になってほしいな。
さあや先輩は確かオーディションのインタビューで「交通事故で両親が同時に亡くなった」と言ってたから、こういうとき心配になる。
でも、気を使いすぎてもだめなんだろうな。
本人は楽しそうに笑ってるし、普通に接するのがいいよね。
ところで、壁際で賑やかしマスコットみたいになっているパンダとトドとシロウサギ……はいいとして、新キャラ着ぐるみのマグロは誰?
マグロ好きの心当たりがあるだけに中身が気になって仕方ないよ。
おっ、マグロがなんか大きな紙袋を渡してくる。目に生気がないんだよな、このマグロ。不気味。
「……」
「くださるんですか?」
「……」
マグロはしゃべらないキャラだった。千と千尋の神隠しに出てくるカオナシみたいだな。
袋の中は? どれどれ?
花びらの形をした入浴剤、貝殻モチーフのクッション、キャンディーブーケ……どれも可愛いな。
「ありがとうございます、きょ……マグロのお兄さん」
マグロはカクカクと頭を振って帰って行った。なんだあれ。
私が見送っていると、アリサちゃんがアイシングクッキーを持ってきてくれた。水色のクマさんクッキーだ。
「王司ちゃん、これお兄ちゃんの手作り。あーん」
「あーん」
ぱくり。うん、美味しい。
元々美味しかったけど腕を上げたね。
「王司ちゃん、マグロさんの動画アップされてるよ」
「うん?」
アリサちゃんは動画を見せてくれた。
これは火臣家の動画チャンネルだね、アリサちゃん?
新作動画がアップされてるね。
再生すると、見慣れた金髪のイケメンがショッピングモールを歩いている。火臣恭彦だ。
「あー、これはマグロさんだねアリサちゃん」
「ね。マグロさんだよね、王司ちゃん」
カメラは後ろから尾行しているようだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『タイトル:恭彦君が妹にホワイトデーのプレゼントを選ぶっす』
ちわーす、パトラッシュっす。
今日はなんと~、火臣打犬さんと一緒に恭彦君のストーカー中っすよ~。
本日はなんと! もうすぐ妹ちゃんのライブな恭彦君がプレゼントを選ぶ企画っす!
ホワイトデーも近いから、ホワイトデーのプレゼントでもあるんすよね。
カメラは離れて尾行中っす。
本人の許可取ってるかって? と、当然っすよ。
一般のお客さんも微笑ましく見守ってるっすね。恭彦君のファンは見守り属性なんすよ。
恭彦君が呼ぶまで基本的に知らんぷりしてくれるんす。
おっ、お店の商品説明を熟読してるっす。真面目っすね。
『バウムクーヘン「幸せがずっと続くように」、マドレーヌは「あなたともっと仲良くなりたい」、クッキーは友達でいよう」……どれも微妙のような……』
恭彦君の心には響かなかったみたいっすね。
お菓子コーナーから離れてマグロの木彫りを見てるっす。
まさか木彫りを贈るつもりっすか~? しかもマグロの着ぐるみを見つけて嬉しそうにしてるっす。
恭彦君のセンスが終わってるっす……。
『息子はマグロが好きなんだ』
火臣さんは息子バカっすね。何食べてるっすか?
おでんコロッケ? おすそ分け? あーん。もぐもぐ。美味いっす。
恭彦君も店員さんにワタアメもらって食ってるっすね。
美味そうっす。
……結局マグロ、買ったっす……?
――♪
『♪不意に届いた メッセージが 静寂の中 響いて消えた』
『♪「君の役割は?」 そっと覗いた』
『先行き不透明な僕ら』が流れてるっすね。これいい曲っすよね。
恭彦君もお気に入り……あっ、どこ行くっすか恭彦君。なんか走り出したっす。
『息子は作曲家Qの曲を譜面コレクションするぐらい好きなんだが、街中で突然流れ始めると逃げてしまうんだ。一人でコソコソと聴くのが好きらしい』
火臣さん、解説ありがとうっす。
あんまり理解できない……面倒な性分っすね。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【放送作家モモ視点】
放送作家モモは自宅に帰り、イライラとデスクの前に座った。
現実がモモの計算通りに動いてくれなかった。
それが、面白くない。
ファンが異様に団結していた。
アイドルグループを解散させられなかった。
しかも、佐久間監督が「モモが黒幕だろ? わかってるぞ」と圧をかけてきた!
途中の「人狼見つけた」、あのときにモモの姿を巨大モニターに映したのは、絶対にそういうことだ。
あれでどれくらいの人が気付いただろう?
麗華さんが目立ってくれたから、セーフ?
麗華さんは本当に最高の親友だ。あのタイミングで生き生きと悪役演技をして……ああ、どうして浮気心を起こしたんだろう。
若い子に目移りしてごめんなさい、麗華さん。
あなたが一番ですよ。
SNSのトレンドを見ると、「LOVEジュエル7」「空席事件」「円盤」「ゼロプロP」「ハッカー」と続いている。
……ゼロプロP?
嫌な予感がしてチェックすると、チケットの買い占め犯が<ゼロ・プロジェクト>のプロデューサーだとバレたようだった。
「はあ……」
ため息が出る。
不確かな情報だが、ネットでは「ハッカーの情報提供」とか言われている。
「なによそれ」
ハッカーというのが、また微妙に怖い。
モモが知る限り、昨年から何度もハッカーが芸能関係のネタを積極的に掘り起こして世間に晒している。
「その情報はどうやって取得したの?」と背筋が凍るような映像まで入手する技は、およそ人間離れしていて、油断ならない。
安全だと信じている一切の対策が脆く感じられてならない――明日は我が身だ。
怖い怖い、ハッカーに睨まれたくない。
彼らは気分屋だ。モモを探りたい、破滅させたいと思わせてはいけない。
潜伏だ――人狼ゲームではないが、派手なネタを燃やして注意を逸らし、自分は巻き添えにあわないよう保身を図らなくては。
それに、来場者に無料配布していたライブ記念・未公開映像収録特別DVDが気になる。
佐久間監督のことだから、過激な映像なのでは?
例えば……モモが大炎上したり罪に問われるような証拠映像とか?
「もしそうなら、ゲームオーバーかもしれない……」
胸の内で心臓の鼓動が騒ぐ。
脇がじっとりと汗で濡れている。
DVDを再生すると、中学校が映し出された。
顔にモザイクがかけられた一般人がたくさん集まっている。モモはこの光景を覚えていた。
『謝罪しろ! 監督出てこい!』
『出てこい!』
『出てこい!』
ドラマ撮影が始まった直後の騒動だ。
そういえば佐久間監督と加地監督がいた気がする。
『もう、あの、弊社は上層部の退陣が発表されていまして、組織体制の見直しと再発防止策の検討がされ……うっ……』
『長い!』
『もう嫌なイメージがチラついて観れなくなったよ。買わなきゃよかった、こんなの』
江良の遺作DVDが投げられた瞬間が、はっきりと映されている。撮ったのは佐久間監督か、加地監督か。どちらかわからないが、撮影者の腕がいい。
『言葉じゃなくて行動で示せよ! ドラマを作るな! 会社を畳め!』
『テレビ局なんて、上級国民のコネ採用ばかりなんだ。なくなったほうがみんなのためになる!』
そうそう、思い出してきた。
石が投げられたときのことを。
『今誰か、石投げたのか? 暴力はいけねえよ。やっちゃいけないラインってもんがあるだろ。誰が投げたんだ? 俺、見てなかったけど……もしかしてドラマ撮影班が怒って投げたりした?』
『えっ……、そ、そこの、おじさん……』
葉室王司が怯えた表情を浮かべる姿が拘りまくったアングルで映される。
YouTuberの男のガタイの良さと葉室王司の華奢さのギャップが際立つ映し方だ。
よく咄嗟にこんな性癖を感じさせる映し方をしたものだ。
『わ、わ、私っ……み、見たんです! あ、あっ、あのっ、あのおじさんがっ、石を私に! 私に投げたのっ……!』
ネットの情報を漁ると、YouTuberは炎上していた。
『えっ、えっ、江良さんの、遺作なのにっ……、い、いろんな人の、想いが詰まった……努力の成果の、大切なDVDを……こんな風にっ』
葉室王司ファンだけではなく、江良ファンからも非難されている。
そして、ドラマ制作を応援する声や、正義感での集団の暴走・暴力を問題視する声が高まっていた。
「この内容なら、まだゲームオーバーではない……ふう……」
――モモの破滅に繋がる映像じゃなくてよかった。
けれど、この世の中の流れはどうだろう――、
モモが描いたシナリオは、ドラマ制作チームとTV局が世間の悪者になるはずだった。
しかし、佐久間監督と加地監督のシナリオは、それを覆そうとしている……。
しかも、二人からモモにチャットメッセージも届いているではないか。
さくまん:対よろ
かじかじ:対あり
――対戦よろしく、対戦ありがとう?
……ゲームだ。
モモが愉悦に浸るように、彼ら二人もモモとの対戦を楽しんでいるのだ。
む、か、つ、く!
対戦ゲームね。オーケーオーケー、2対1ね。
メッセージを睨んでいると、スマホの通知が増えた。
今度は誰?
――ゴシップ記者からのメッセージだ。
三ノ浦:モモさんとゼロプロPとの関係ネタにしちゃおうっかなー♪
三ノ浦:他に美味しいネタがなければだけど♪
懇意にしている記者だ。
「ネタにされたくなければお前のネタより美味しい情報を寄こせ」と揺すってきている。
「……いいでしょう。もっと楽してPVが稼げる美味しいネタを作ってあげる……!」
モモは慌てて知人に連絡を取り、ネタとなる事件を起こしてあげた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『ニュース記事』
『過激派グループがTV局を襲撃、放送が停止!? 社屋は占拠中、社長宅も襲撃か』
本日未明、都内の大手テレビ局で異例の事件が発生した。正義感を掲げる若手社員グループが、過激派YouTuber集団を社屋に招き入れ、結果的に局の一部が占拠される事態となった。さらに、同時刻に局の社長宅も何者かによって襲撃を受けたことが確認されている。
警察関係者によると、局内ではYouTuberグループが生配信を試みる動きがあったとみられるが、通報を受けた警察が出動。事態の収束を図っている。一方、社長宅の被害状況については詳細が明らかになっておらず、社長一家の安否は不明。関係者が慎重に確認を進めているという。
この影響により、該当のテレビ局の放送は突如として停止し、現在に至るまで復旧していない。予定されていた番組はすべて中止となり、公式の発表も途絶えたままだ。SNSでは事件に関する情報が錯綜しており、「内部犯行か?」「テレビ局に何が起きたのか」といった憶測が飛び交っている。
警視庁は、今回の事件の背景について、若手社員グループとYouTuber集団の関係性、襲撃の動機、さらには局の運営方針との対立など、さまざまな角度から捜査を進めている。
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『元政治家・円城寺壮一、問題提起も響かず……政界復帰への道は遠い?』
元議員の円城寺壮一氏が、裏側を暴露する発言を行った。円城寺氏は「大物政治家・加治桐生介が海外の要人と秘密会食」をしたと指摘し、「世間は芸能ネタばかり追いかけているが、日本人にとって不利な外交取引が進んでいるという噂がある。政治家の動向にもっと注目すべきだ」と警鐘を鳴らした。
しかし、この発信はほとんど話題にならず、配信の視聴者数も低迷。SNSでは「誰も興味ない」「陰謀論っぽい」「政治家に戻りたいのが見え見え」と冷ややかな声が相次いだ。円城寺氏は過去に有力議員として名を馳せたものの、息子・善一氏の不祥事によって選挙に落選。以降、政界への復帰を目指して精力的に活動しているが、有権者の反応は厳しい。
最近では街頭での挨拶活動やSNSでの情報発信を続けているものの、国民の政治不信も影響し、「過去の人」と見なされがちだ。今後、円城寺氏がどのようにして支持を取り戻すのか、彼の告発が本当に意味を持つのか、注目されるところだ。
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『映画界に新たな火花! ジャーマン&ケストナー両監督がライバル宣言!』
世界的な映画監督であるグレイ・ジャーマンとフレイミール・ケストナーが、それぞれSF新作を発表。両者は「自分こそが次の時代を象徴する映画作品を作る」と意気込みを語り、ライバル関係であることを公言した。
両者ともに世界中の映画ファンから注目されているが、一言日本ファンを煽らずにいられないのがケストナー監督。わざわざ日本語で「日本には確か八町空気がいるんだっけ? ライバルとしては視野に入れていないね」とコメント。「大気」という名前を「空気」という単語で言い換える日本語の上達ぶりと彼の後ろで『王司♡LOVE』のお手製プラカードを掲げる愛息エーリッヒが話題になっている。ケストナー親子は日本のアイドルライブにも遊びに行ったらしいが、エーリッヒは控室に行こうとして関係者以外お断りと言われ、号泣したらしい。
ジャーマン監督は、彼らが関わる日米の共同プロジェクトGAS(Global Actor Support)の若手天才俳優たちの中から、日本人俳優にも映画オファーを出すと語っている。具体的な俳優名は明かされていないが、今後の続報に期待が高まる。
二大監督の新作が映画界にどのような影響を与えるのか、そして日本の若手俳優たちがどのような形で世界に飛び出すのか、エーリッヒ少年の推し活の行方は――今後の展開を見守りたい。