214、【拡散希望】ライブ誰か頼む #空席事件
――『放送作家モモの札束風呂ならぬチケット風呂タイム』
映画やドラマであるじゃない?
バスタブに大量のお札を入れて裸で札束風呂に入るやつ。
あれって1枚1万円札で換算するとなんと1億5千万円分らしいのよ。
今日はそこまではいかないけど、空のバスタブに紙のチケットを溜めてみました!
うふふふ。
いっぱいあるでしょ~、まあ、実は量が足りないから底の方は別の紙束なんだけど、はい。
わっしょーい!
両手でチケットを掴んで投げて、掴んで投げて。
ああ、楽しい!
さて、そろそろ準備して行こう。
ガラッガラに空席が目立ってアイドルちゃんたちが涙目の楽しいライブへと。
そして私は、貴重なお客さんとして一生懸命応援してあげて、終わった後は楽屋に行って王司ちゃんを慰めてあ・げ・る……♡
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【重要なお知らせ】
いつもLOVEジュエル7を応援いただき、誠にありがとうございます。
本日開催の「LOVEジュエル7 1st LIVE」について、事前にチケットは完売しておりましたが、一部のチケット購入者様のご来場がない可能性があることが判明いたしました。
そのため、急遽、当日券の販売を開始いたします!
「チケットが取れなかった」と嘆いていた皆様、今からでも間に合います!
LOVEジュエル7の大切なステージを、ぜひ会場で見届けてください!
また、SNSなどで情報を拡散いただけると大変助かります。
皆様と最高のライブを作れることを、メンバー・スタッフ一同、心より楽しみにしております!
#LOVEジュエル7 #1stLIVE #当日券あります
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:【緊急事態発生】空席大量
:【拡散希望】ライブ誰か頼む
ファンの間にメッセージが飛び交う。
お知らせを受けたファン(ファンネーム:ジュエラー)たちは、席を埋めるために動き出した。
――ある者は、彼女の実家で。
「お父さんを僕にください!」
「なっ!? なんだって!?」
「間違えました! お父さんの時間を僕にください! 人手が足りないんです!」
――ある者は、会社で。
「高橋部長……すみません、体調が……あ、はい、頭痛が……いや、熱も……すみません推しが大ピンチでして」
会社の上司に謝りながら、彼はすでにコートを羽織っていた。
「ライブか? ライブに行くのか山田?」
「ははっ、まさか。とにかく、病院に行ってきます!」
「待て、山田!」
全力で駅へと走る後ろを、上司が追ってくる。
「山田~~!」
「待てません! 命がかかってるんで! 止めないでください!」
「違う! 間違ってるぞ山田!」
「間違ってて何が悪いんですか部長! 正しさだけで世の中は回らないと思うんですよ!」
改札を走り抜け、運動不足でメタボな上司を引き離すようにエスカレーターを駆け上がり、発車時刻ギリギリの電車に滑り込む。
――すると。
ガッと黒い革の鞄が閉まる扉に挟まれ、上司が扉をこじ開けるようにして強引に乗車してきた。バックレさせてくれよ、なんでそんなに許してくれないんだ。
「高橋部長! マナー違反です!」
「山田。はぁっ、はぁっ、俺も行くと言ってるんだ」
「えっ……」
顔を真っ赤にしてぜえぜえと呼吸を荒げる部長の目は、怖いくらい本気だった。
「俺は……カナミちゃん推しだ……!」
「部長。私は……王司ちゃん推しです……」
推しは違ったが、心はひとつ。
「俺たちで2座席だ。SNSに参戦表明をするぞ。カナミちゃんの嬉し泣き笑顔のために!」
「はい、部長。……王司ちゃんの笑顔のために」
部長はネクタイを頭に巻いた。上司が戦闘モードになったからには部下も変身せねばなるまい。
「部長。私も、ネクタイ巻かせていただきます」
「よし、山田。巻いていけ!」
少し離れた座席からは、親子連れの微笑ましい会話が聞こえていた。
「ままー、あのおじさんたち、へん」
「しっ、目を合わせちゃダメ」
――ある者は、学校で。
:【緊急事態発生】空席事件
:【拡散希望】ライブ誰か頼む #空席事件
:金欠の同志諸君!
:チケットを現地で買ってやる
:全ての日常を放棄して現地へ集合されたし
授業中に見たファンコミュニティの檄文に、学生ジュエラーの佐藤は胸を熱くした。
つまんねー授業なんて受けてる場合じゃない。
聖戦だ。一生に一度あるかどうかの、推しの人生を賭けたファンの戦いが始まるのだ。
なお、バトル相手はいやらしい企画を考えた『佐久間』とかいうプロデューサーだか監督だかよくわからないおっさんだ。
「先生、すみません……オレ、トイレっす!」
「待っ……佐藤。トイレに鞄とコート持って行く必要あるか?」
「撤回。先生、オレ学校リタイヤっす! 学生人生ここで途中下車します! 代わりに王司ちゃんと銀河鉄道行きます! オレ、カンパネルラになります!」
「ま、待てーーッ! 佐藤ーーッ!」
教室のドアを勢いよく開け、学生ジュエラーはそのまま校舎の外へダッシュした。
「間に合え……! 王司ちゃんの笑顔を守るんだ……!!」
そして、気づいた。
荷物をまとめて学校からおさらばしようとしているのは、自分だけではない。
隣のクラスのバスケ部エースの高木に、サッカー部の伊藤。
美術部顧問の木村先生に、学園一の美少女・森田ちゃんに――生徒会長の松本先輩まで。
みんなが帰り支度をして「お前もか」「他に行く奴いるか?」と集団を形成している。
「あ……の……」
「おっ、佐藤! お前もか。よし、全員で行くぞ! 木村先生ッ、席埋め要員が増えました!」
「でかした! 全員で行くぞ! 車が出るまで全員具合悪そうに演技しとけよ」
学生たちは群れを成し、課外授業のようなノリで現地へと向かったのだった。
「私、お弁当に当たったかも」
「俺も俺も」
「僕は間違ってうっかり絵具を食べちゃったんですよね。なので腹が痛い設定です」
「なんでそんな間違いを……あと腹が痛いのに頭を押さえてるんだよな」
――ある者は、おばあちゃんと。
「おばあちゃん、ライブ行かない?」
「じゃがいもはいいねえ」
「すっごくいい歌が聞けるんだ!」
「あら、演歌は聞けるわよ。うふふ」
「演歌みたいに心に響くアイドルソングだから!」
「そうそう。紅白歌合戦はずっとね、毎年みてるのよ」
「みんな可愛いんだよ」
こうして、おばあちゃんは孫に連れられてライブ会場へ。行く途中でみかんを買いました。
――またある者は我が子とサッカーをする約束だったが、泣く子に負けじと「パパの推しの今後がかかってる。サッカーじゃなくてライブに行こう? な? な?」と泣き落とし。
「パパが可哀想だから……いいよ」
「ありがとうありがとう。ママには内緒にしてくれ」
「パ、パパ……」
当日券の販売所では、「人形で席埋めOK! チケット2枚買って人形置くのありよ!」と叫ぶ怪しい男もいた。
男の隣には、手作りのジュエルちゃん人形を「これ使って!」と無料配布しているおじさんもいる……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「なによこれ」
チケットが売れたのに席がガラガラ!
そんな最悪のトラブルを作った元凶である放送作家のモモがウキウキと現地に到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。
謎の人形売りが人形を売り歩き、当日チケットの売り場に行列ができている。
人形は推しアピールに使うのだろうか。
「あら。王司ちゃん人形が……」
しかも、最後の一体。
王司ちゃん人形に手を伸ばしたとき、声がかけられた。
「あっ、モモちゃーん! よく来てくれたわねモモちゃん!」
「麗華さん、こんにちは」
親友、西園寺麗華だ。
救世主に出会ったように喜んでくれている。
まあ、気持ちはわかる。麗華は後輩想いだし、個人的にライブを楽しみにしていたから。
空席を埋めるための貴重な戦力として、現地入りしたモモは歓迎される存在だ。
緩みそうになる表情筋を心配そうにキープしつつ、モモはコメントした。
「公式のお知らせを見ましたが、残念ですよね。せっかくの1stライブなのに、ジュエルちゃんたち可哀想……、あ……ああっ……」
しまった。
話している隙に、買おうと思っていた王司ちゃん人形が誰かに攫われた。
ほしかったのに。推しアピールしようと思ったのに。
「どしたの、モモちゃん?」
「いえ。なんでもありません……」
く、悔しくなんか、ないんだから。
平静を装い、モモはライブ会場に向かった。
そして、本日二度目となる呟きを零した。
「なによこれ」
ガラガラに空いていると予想していた会場は、配信者グループや芸能人といった有名人のグループとその取り巻きによりお祭り会場的な盛り上がりを見せていた。
「恭彦君! パパと二人でポーズ撮ってください!」
「いつも配信見てますー!」
超ご機嫌の火臣打犬が息子恭彦の肩を抱き、写真撮影会をしている。
「楽しいなあ恭彦!」とはしゃぐ声が腹立たしい。
なにを浮かれているのだ、あの俳優は。しかも他人のライブ前に。
呆然としていると、会場の一部が声を上げた。
「来たぞ。解放区のメンバーだ」
「本物だ……」
解放区――それは、一般人の中学生集団のことだ。
全員が葉室王司のファンという噂もある。
「あー、いつも彼女募集してる子もいる」
「タクヤだっけ」
「タツヤじゃなかったっけ?」
「彼女募集中のタスキかけてるからわかりやすいや」
視線を巡らせると、ひときわ目を引く青い法被に鉢巻姿の中学生集団が大きな海賊旗を掲げている。親が有力者揃いで下手に手を出すと大火傷する――モモは心の中で「金持ちのオスガキどもめ」と悪態をついた。
「この賑わい……大成功ね! モモちゃん、やったわね!」
「え……成功、なんですか……? 空いてる席ありますよ」
「ないわよ。人形置くもん」
「は?」
そんな馬鹿な。人形を置いたからなによ。
そんなのあり? ないでしょ……?
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
……ライブが始まる。
「わあああああっ!」
大歓声。
特別な時間の始まりを告げるイントロ。
パッと照らされるステージ。
目の前には無数の光の海——サイリウムがカラフルに揺れている。
綺麗だ。熱気を感じる。興奮する。
こんな環境で笑顔になれないパフォーマーはいない。
どんなに落ち込んでいても気分がアゲアゲになるに決まってる――ノコさんの笑顔を思い出しながら、歌い出す。
「♪ねえねえショーが始まるよ、王司が旗を振りますね、これオムライスに立てる予定!」
沸き立つ会場。揺れるサイリウム。
リズムに乗って、笑顔でターン。今日の私は、アイドルだ。
「♪みんなのジュエル きらきら光る」
ステージからは、観客がよく見える。
チェキ会でお話ししたお兄さんや、学校の友だち。
後輩想いの麗華お姉さんや、父親に肩を抱かれて義務感たっぷりにサイリウムを振る恭彦もいる。お兄さんはもっと楽しそうにして。可愛いアイドルのライブだよ。
なんか着ぐるみの頭を抱えてるおっさん集団もいるけど、そっちはスルーしとこう。
八町、前から思ってたけど友だち選べ。特に火臣打犬。
爆音と光の熱狂の中でみんなが笑顔だ――不思議な一体感がある。
「♪それぞれ違う色だけど ひとつになって 輝くの!」
スパンコールが煌めくミニスカートを翻し、ステップを踏んでヒカリ先輩にマイクをバトンリレー。
スキップするように一度下がって、アリサちゃんとカナミちゃんと手を繋いで3人でバンザイ。
上まで手を上げてからパッと離して、一斉にターン。
一秒静止の可愛いポーズ、あざとい顔。
ぬるりと動いてダンスを再開――軽快に。
「♪ここにいる全員 ジュエラーだね!」
サッカーボール持ってる小学生とか、みかんを持ってるおばあちゃんとかもいるんだなあ。
ネクタイを頭に巻いたスーツ姿のおじさんたちや、制服姿の学生たちもいる。
なぜかスキー板を担いでるスキーウェアの人もいるけど、暑くないんだろうか。
潤羽ママがママ友グループと一緒にニコニコしているし、保護者同伴のエーリッヒとジョディもいるや。
片手にサイリウム、片手に人形スタイルのファンが目立っている。
みんなで練習でもしてきたみたいに左右にステップする独特のダンスをしている――反復横跳びにちょっと似てる。体力消費激しそう。
「♪宝石箱から星を見て、夢見るわたし。飛び出しちゃった、これ秘密! 最初で最後の今日だから、君と一緒に遊びたい!」
――もしかして、空席を誤魔化してくれてるとか?
ぜんぜん誤魔化せてないけど、みんなすごく一生懸命だ。
顔を真っ赤にして汗を流して、オタ芸にしても泥臭い反復横跳びみたいな動きをひたすら繰り返して空席を誤魔化している。
――推しを守ろうとしてるんだ。
そんな好意がビンビンと伝わる。
嬉しい。ばかだなぁ。
なんか泣いちゃいそうなバカ必死さだ。
好きだ。
「♪この瞬間が宝石みたいで 輝く気持ち止まらない!」
『葉室、そこはいちばーんじゃなくてピストルを撃つ。
全員を代表して客を仕留めろ。全員殺せ。生きて帰すな』
振り付けの稽古のときのSACHI先生の教えが胸に蘇る。
このファンたちのハートを最高のピストルで仕留めるのが、私にできる最大限の感謝の表明だ。
すっと腕を伸ばしてピストルのポーズを取ると、ファンは嬉しそうに反応した。
海賊部の海賊旗が翻り、練習してきたらしき合唱が聞こえてくる。
『♪ざぁこ ♪ざぁこ』
『♪しんじゃえ〜!』
そんな歌詞ないよ、過激だな。
誰の趣味だよ。笑っちゃう。PTAに怒られろ。
「♪教えてあげる、最初で最後ー!『君の一番になりたいの!』」
バキューンと撃つと、会場のみんなが胸を押さえてくれた。
すごい、動作がピッタリ揃ってる。練習したの?
統率が取れすぎ。びっくりだよ。
カナミちゃんがケタケタ笑って喜んでいる。
「えーなにこれ! まじキモいんだけどー! みんなで練習したの? ウケる」
「カナミ! お客さんにキモい言うな」
「あはは! ごめん!」
ヒカリ先輩が怒り、ファンが笑って拍手している。
いい雰囲気――楽しいライブだ。
アリサちゃんと視線を交わして、私はカナミちゃんサイドに立った。
「褒めてるんだよねカナミちゃん。わかる! いい意味でキモかった!」
にっこり笑って言うところで、二曲目の準備が整った。
二曲目はCDカップリング曲の『ほんとに最後!』。
その後は伊香瀬ノコの『Path of Light』と『人狼ゲームxサイコパス』のドラマ主題歌『先行き不透明な僕ら』を歌うんだ。
『先行き不透明な僕ら』の演出プランは佐久間監督が「本番のお楽しみ」と言っていて、演者である私たちは教えられていない。
アイドルって、プロデューサーの趣味に振り回されて大変だね――楽しいけど!