213、同志ファンたちよ、会場へ向かいたまえ
――『とある現地の王司ファン』
私は通りすがりの王司ファン。
社畜系ジュエラーである。
私は今、演劇祭で購入した王司ちゃん人形を手に、ライブ会場にいる。
LOVEジュエル7の初ライブは、チケットが売れなければグループが即解散という悪趣味すぎる企画だ。
ジュエルちゃんたち、可哀想に。
悪徳プロデューサー佐久間め、許さないぞ。
同志たちよ。われわれファンに課せられた使命は、絶対に空席を作らないことだ。
推しの笑顔を護るため、同志ファンたちよ、会場へ迎いたまえ。
私の推しは、王司ちゃんだ。
最古参ファンを名乗る自信がある。なにせ<ゼロ・プロジェクト>に出る前、SNSで「こいつクズ」と言われていたころからのファンなのだ。
われながら見る目がある。
彼女が女子カミングアウトする前から、私は「この子、絶対にスターになる」と思っていた。ショタ萌えしていたのだ。ロリだとわかって情緒が乱れたが、愛は性別を超過した。
可愛ければ性別なんてどうでもいい。
可愛いは、正義だ。つまり王司ちゃんは正義なのである。
そんな私は、当然ながらチケットを入手した。
欠席イコール解散につながる責任重大な客席の一席を、私の尻が埋め担当することになったのだ。自分の尻が誇らしい。
気高き任務を遂行するために、私は己を律した。
暴飲暴食を避け、睡眠時間を確保し、冬の寒風を凌ぐためにカイロを背負い、ウイルスとの戦いに全神経を集中した。
ライブ三週間前から人混みを避け、手洗いうがいを徹底し、栄養バランスを考えた食事を摂取。
「お前、健康管理だけでアスリートみたいになってるぞ」と友人に言われたが、私は笑って答えた。
──「推しが輝くためなら、当然だろ?」
そして迎えた運命の日。
私は無事に風邪もひかず、チケットを握りしめ、会場へ向かった。
SNSでは「チケット取れなかった」「現地組うらやましすぎる」と嘆く声。
私は心の中で勝ち誇りながらSNSアカウントでイキり散らす。実に気分がいい。
だが、会場に到着した私は、ある異変に気付いた。
……人が、少ない。
早く来すぎた? これから増えるのか?
しかし、入場しても客の流れが鈍い。
「完売」と聞いていたのに、明らかに空席が目立つ。
何かがおかしい。
まさか、売れたはずのチケットが来場者ゼロになっているのか?
それに、私の右隣に座る着ぐるみ軍団は、なんだ?
トド、パンダ、シロウサギ、ピンクパンサー、マグロ?
コスプレ会場じゃないんだぞ、ふざけやがって。神聖なアイドルライブを何だと思っているんだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
モンハンに浸る週末が終わり、いよいよライブの日がやってきた。
しかし、開始前の私たちには重い空気が立ち込めていた。
――『LOVEジュエル7 グループチャット』
三木カナミ:やばいかも
三木カナミ:あたし聞いちゃったんだけど、チケットを悪意的に買った人がいるみたい
五十嵐ヒカリ:( ゜д゜)!
葉室王司:えっ、お客さん少なそうなの?
五十嵐ヒカリ:ネットで来場組が「チケット販売数間違えたんじゃ?」って話題にしてる( ゜д゜)
月野さあや:꒰( ˙ᵕ˙ )꒱チケット買うだけ買って来ない人がたくさんいるってこと?
三木カナミ:アンチの嫌がらせだったりして
高槻アリサ:インフルエンザとかコロナもあるから……
こよみ聖:残念だけど仕方ないね
五十嵐ヒカリ:仕方なくない( ゜д゜)
緑石芽衣:ネットで「石油王がチケットを買い占めた」って言われてる
葉室王司:石油王か~!
おじいさまが株の買い占めと同じノリで孫のためにチケットを買い占めてたりしないだろうな。まさかな。
スマホを仕舞い、会場の控え室のドアを開けると、メンバーの高槻アリサちゃんと三木カナミちゃんが先に到着していた。
「王司、おはよ」
「王司ちゃんおはよう~!」
「アリサちゃんカナミちゃんおはよう」
カナミちゃんが「あたしが聞いた話」を身振り手振り交えて教えてくれるのを聞きながら着替えをしているうちに、他のメンバーたちもやってきた。
五十嵐ヒカリ先輩と月野さあや先輩は運営にチケットについて確認を取りに行ってくれたようで、運営の説明を共有してくれた。
「購入時のIPアドレスが同じで、架空名義で大量購入されてるかも、だって。運営にどうするのか聞いてみたんだけど、当日券の宣伝をしてみましょう、だって」
「まあ、そうするしかないよね」
架空名義で大量購入?
買った後で転売するわけでもなく、チケット買い占めて腐らせてるの?
そんなことする人がいるんだな。終わってからセバスチャンに調べてもらおうか。
なにはともあれ、できることをするしかない。
私たちは当日券を売ることにした。
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【重要なお知らせ】
いつもLOVEジュエル7を応援いただき、誠にありがとうございます。
本日開催の「LOVEジュエル7 1st LIVE」について、事前にチケットは完売しておりましたが、一部のチケット購入者様のご来場がない可能性があることが判明いたしました。
そのため、急遽、当日券の販売を開始いたします!
「チケットが取れなかった」と嘆いていた皆様、今からでも間に合います!
LOVEジュエル7の大切なステージを、ぜひ会場で見届けてください!
また、SNSなどで情報を拡散いただけると大変助かります。
皆様と最高のライブを作れることを、メンバー・スタッフ一同、心より楽しみにしております!
#LOVEジュエル7 #1stLIVE #当日券あります
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:公式が動いたぞw
:やっぱチケット売れてないんじゃん
:売れたんだけど空売りだった系?
:石油王やっちまったな
:会社病欠してライブ行くか
:当日に言われても地方だから行けねえんだわ
:ライブ行ける奴行ってくれ
:今からはキツいな、俺は今スキー場だよ
:オレなんて彼女の実家に挨拶にお邪魔してる
SNSでファンがお知らせを拡散してくれる。
……大丈夫かな?
会場の控え室では、スタイリストさんが最終調整を行ってくれる。
「王司ちゃん、目閉じてねー」
優しい声に従い、そっと目を閉じる。
アイシャドウの筆が瞼をなぞるたびに、じわじわと「もうすぐ始まる」という実感が湧いてくる。
隣ではヒカリ先輩が衣装のリボンを直してもらっていた。
「やっぱりこの衣装、かわいいなぁ……」
さあや先輩が鏡を見ながら呟く。
「デザイン、好き」
芽衣ちゃんが袖をひらひらさせながら微笑む。
「うん……だからこそ、ちゃんと見てもらいたいよね」
カナミちゃんの小さな呟きに、みんなが一瞬静かになる。でも、アリサちゃんがすぐに笑って言った。
「大丈夫! 来てくれる人たちのために、最高のパフォーマンスをしよう~!」
その言葉に、みんなの顔が明るくなる。
準備が整った私たちは、お互いの衣装をチェックし合いながら、ステージ裏へと向かった。
すでにスタッフさんたちが準備を終えていて、ステージの向こうからはざわめきが聞こえてくる。
客席に目をやることはできないが、そこにどれだけの人がいるのかを考えると、胸がざわついた。
「……やっぱり、ちょっとヤな感じ。モヤモヤするよ、大量購入した人、酷いと思う」
カナミちゃんが小さく呟いた。綺麗にメイクを決めた顔が曇ってしまっている。元気出して。
「でもさ、カナミちゃん。来てくれる人たち、ちゃんといるんだよ。もし席がガラガラでも、私たちは来てくれた人たちのために歌おう」
「……うん。王司。がんばろうね」
二人で拳と拳をコツンとぶつけあっていると、アリサちゃんがパーの手で私たちの拳を包んだ。
「カナミちゃん、王司ちゃん。ファンの力ってすごいから、今からいっぱい来て、埋まるかもしれないよ」
そうだね、と頷いていると、ヒカリ先輩が明るく声をかけてきた。
「――そうよ。みんな、ポジティブにいきましょ!」
元気づけようとしてくれているのがわかる。
さあや先輩も聖先輩も「そうそう」「彼氏に分身の術使ってもらうわ」なんて言って笑っている。
相山先輩にはぜひ分身の術を使ってほしいものだ。
私は深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
「私たちはやるべきことをやるだけ。全力でいこう!」
メンバー全員がうなずき、ステージ直前の円陣を組んだ。
「いくよ、せーのっ!」
「LOVEジュエル7、がんばるぞー!!」
掛け声とともに拳を突き上げた私たちに、スタッフさんが合図を送ってきた。
「本番いきます! みんな、スタンバイして!」
いよいよだ。
心臓が高鳴る。
たとえ観客が少なくても、ひとりひとりに気持ちを届けられるよう、頑張ろう。それに――、
『江良君。その経験は得難いもので、君のこれからの演技の引き出しになるんだ』
結果がどうあれ、これもひとつの経験だ。
楽しいこともつらいことも全部、貴重な体験で、自分の糧になるんだ――そう意識するとと、この人生の全てが楽しめそうな気がした。
……八町はたまに良いことを言う。
いい親友だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『とある現地の王司ファン』
「……っくしゅ!」
「パンダがくしゃみした……」
客席の着ぐるみたちは、器用なことに、スマホを見ていた。そして、「おいこれ見ろよ」とお互いのスマホ画面を見せ合い――(おそらく、ライブに関してのお知らせを見たのだ)――何かを決意した様子で頷きを交わした。
「当日チケットを買ってきました」
「脱ぐぞ! みんな!」
「――ええっ……?」
突然、着ぐるみたちは着ぐるみを脱ぎ始めた。
頭を脱ぎ、空席に置いて素顔を晒した『着ぐるみの中の人たち』に、周囲がザワッとする。
女性客が「きゃー!」と黄色い悲鳴を上げて飛び跳ねた。
……は?
「え……、えっ……?」
着ぐるみたちは、全員が有名人だった。
それも、王司ファンでありジュエラーの脳内知識には「王司ちゃんの関係者」として刻まれている人たちだ。
トドは王司の父親であり、抱かれたい俳優ナンバーワン、つい最近海外映画賞の受賞を逃してアンチを喜ばせた火臣打犬。
パンダは王司を「僕のエース」と呼ぶのはいいが「江良君」とも呼ぶのが『おいたわしい』映画監督、八町大気。
シロウサギとピンクパンサーは2人に比べると王司との関係性が薄いが、東西を代表する劇団の代表者である丸野カタマリと猫屋敷だ。
そして、マグロは王司の兄で最近ショートドラマで存在感を高めている新人俳優、火臣恭彦……。
「頭だけじゃなくて胴体も脱ごう。頭で1席、胴体で1席。1人3席だ」
「応援を今呼んだから、江良組のメンバーも着ぐるみ持参で駆け付けるぞ」
そんな荒業で大丈夫か? 席数が埋まった扱いになるのか?
私は膝に乗せていた王司ちゃん人形を抱き、運営スタッフに聞いてみた。
本人たちに尋ねても正解はわからないが、スタッフが言うなら正しいと思ったので。
「あのう、あの人たちみたいに着ぐるみで席を埋めるのってありなんでしょうか? 人形とか座らせて『席埋まった』って言ってもOKですか?」
普通だめだろ。
そう思ったのだが、スタッフは血走った目で「ありです!」と答えた。
まじか。
驚いて「まじか」と呟く私に、スタッフはこそりと囁いた。
「実は私もジュエラーなんです。私は仕事があるので席を埋められませんが、その人形に魂をこめます」
私の王司ちゃん人形に勝手に魂を宿さないでほしい。
しかし、OKなのは喜ばしい。
私はいそいそと当日券を1枚買い、自分の左隣の席にスタッフの魂が混入された王司ちゃん人形を座らせて席埋めに貢献したのであった。