211、騎士様、本当にありがとう
SNSはここしばらく芸能界の炎上ネタでいっぱいだったが、今日は受験の話題もトレンドに上がっていた。
中学校でも、先輩が高校に合格したとか、来年が怖いとか、進路の話で盛り上がっている。ちなみに、私は3月から中学3年になる。
高校については、芸能コースがある学校に進もうかなとフワッと考え始めたところだ。江良が一時期、通っていた学校とかどうかな。
アリサちゃんやカナミちゃんも誘って一緒の学校に通いたいなあ。
:合格したからerrorさん祝って
:だめだった俺に配慮しろよクソが
:落ち着いて落ち着いて
Vtuberのerrorとして配信する画面には、合格報告したリスナーとそれに気分を害した不合格リスナーという気まずすぎる空気ができていた。
「みんな、受験お疲れ様。めでたい人はおめでとう」
アバターをゆらゆらさせながら思い出すのは、江良が受験したときの春だ。
江良は、進学するつもりがなかった。
それを知った八町は、面白がるようなテンションで言ったものだった。
『受けるだけ受けて落ちた体験をしなよ、江良君。その経験は得難いもので、君のこれからの演技の引き出しになるんだ』
あのころ、八町は施設で一緒に暮らしているわけでもなく、職員でもない他人なのに、いつの間にか他の誰よりも近い存在になっていた気がする。
あしなが育英会や児童養護施設出身者向けの奨学金といった受験のための支援制度を調べてくれたり、学校の動画を一緒に見て「こことかどう?」とまるで自分が受験するみたいに選んでくれた。
そして、受験の朝は途中まで付いてきて「江良君が『ぜんぜんわかんねえ、もうやだ』って泣いて帰ってこないかちょっと期待している」などと真顔で言いやがった。
さらに、合格発表の日も付いてきて、「江良君がしょんぼりする顔を写真に撮る」なんて言って買ったばかりの高そうなカメラを構えやがった。
「……残念な結果だった人も、本当にお疲れ様。頑張った時間は無駄にならないし、ここで終わりでもない」
具体的な名前は言わず、思い出話をしてみようか。
「俺も落ちたことあるし……」
:エ、エラーさん!
:あっ……
:もしかして地雷だったのでは
「あはは、地雷じゃないよ」
SNSで常日頃から繊細お気持ちポストを見ているからか、配信を見に来るリスナーは「これ言ったら気分を害す人がいる」というのをよくわかっている。
それに気付いて気遣ってくれるリスナーは、優しいと思う。
「親友というか、結構年上の先輩みたいな人がいろいろ面倒見てくれてたんだけど、落ちた顔をパシャパシャ撮って『いい顔してる』とか『君は今日、すごく貴重な体験ができたぞ』とか言ってさ。殺してやろうかと思ったよ。こっそりがんばってたから」
:ひでーなそいつ
:デリカシーがなさすぎて無理
「そうそう、そいつ酷いんだ。でも、いい奴なんだ」
言葉を一度切って、LINEをチェックする。
八町は配信を観ていない。errorの存在も知らないと思う。
「今日はハードな撮影だったから寝るよ」というメッセージを送ってきているので、たぶんもう寝ているんじゃないかな。
「時間ってさ。なんか、気づいたら5年10年くらい経ってて、今が過去になってるんだ。振り返ると懐かしいんだ。嫌な思い出とかは、思い出すのも嫌だなと思うこともあるし、実際思い出したときに苦しくなったりもするんだけど……」
例えば、例えば。
自分の父親や母親と思われる人たちの事情が書かれたゴシップ記事を読んだときとか。
それを忘れたころにドラマの設定で使われていたり。
「過去ってのはどうしても、覆せないものだから。後ろを振り返って気にしていても、つらいだけで得をしないんだなって思う。今って、いつも未来に向けて歩いている道のりの中の通過点なんだ。通過した後は、前を見て歩いていくしかないっていうか……」
:errorが真面目
:いい人じゃん
:過去語り助かる
:ゲームしてほしい
:話長くね?
:タイパ文化を拗らせてる奴がおるな
「悔しい気持ちもあると思うけど、それは次に進むための力になるよ。結果がどうであれ、ここまで努力した自分を誇ってほしい。ほら、例えばVtuberとかもさ、学歴関係ないじゃん。今ってそういう時代だよ。むしろ、いい体験ができて一歩リード、くらいの気持ちでいこうぜ」
――『解放区』
――陽射しのあたたかな朝。
「新しい看板ができました!」
「よし、みんなで設置するぞ」
「ういー!」
解放区の少年たちが中学校の門に『解放区』と書かれた看板を設置すると、門の内外に集まっていた一般見物人たちが拍手した。
「解放区だ」
「いいねえ」
「おじさんも手伝ってもいいかい?」
「いいよ……あ、授業始まる。また後で」
校舎から鐘の音が響くと、少年たちは作業を中断して駆け戻っていく。
おじさんは少年たちに置いていかれて、少し寂しそうだ。
そこへ、声が上がる。
「あ、ドラマ制作チームが集まってるぞ」
「俺はこの前エキストラに使ってもらったんだ。父兄の役でさ」
「いいな、私もドラマ出たい」
ドラマ制作チームは、学校の敷地内に拠点を作っていた。
そして、生徒や見物人にエキストラ出演を頼んだり、短時間の撮影のため協力要請し、教室や寮を借りたりしながら撮影している。
そのほとんど全ての活動が、現地に訪れた見物人の目に晒されていた。
「見物の皆さん、エキストラ出演で協力してくださる方はいますか?」
「おっ。来たぞ。はーい」
「出たいです! はい、はーいっ」
彼らが任されたのは、ほんの一瞬映るエキストラ。
閉鎖され立ち入り禁止になった学校の外にやってきて「警察は何やってんだ!」「政治家が黒幕にいるんだ」と騒ぐ親たちの役だ。
銅親絵紀監督は、その一瞬のカットをドローンを使って上から撮った。
「こういう空からの群衆ワンカットが撮れると印象が変わるんですよ。助かります」
銅親監督は野良猫に引っ掛かれたという傷だらけの顔で頭を下げ、「中に入ろうとした一人が撃たれて倒れ、パニックに陥る」シーンを撮った。
撃たれる役を勝ち取ったおじさんは迫真の演技で「ゆうた~!」と叫んで死んだ。
「このドラマのデスゲーム運営は国家が黒幕なのか、やばいな」
「放送されるまではSNSへの投稿はお控えください。こちら、スポンサーからいただいた差し入れのお弁当です」
人数分配られたお弁当は、お赤飯だった。
「スポンサーのご令息が高校受験に合格したのだそうです」
「おお。おめでたいね」
「おめでとうー!」
「その子ってアイドルのこよみ聖ちゃんの彼氏の子?」
「ああー、いつも相山君って言ってるよね」
休み時間になると、再び少年たちの姿が校庭にあふれる。
海賊部の少年たちは、見物人と共に昼食を楽しもうと、勢いよく駆けてきた。
弁当箱のふたが開かれ、レジ袋から軽食が取り出されて、食堂から持ってきたカレーライスが湯気を立てる。
さまざまな食べ物の香りが入り混じり、賑やかな笑い声とともに、活気あふれる昼の空間を彩っていた。
「おっちゃんエキストラ出たの? やるじゃん」
「食ったら解放区の手伝いもするぞ。段ボールはどこに運べばいいんだい」
「用務員室」
わいわいと話していると、新たな少年たちがやってきた。片方は黒鋼のように艶のある黒髪で、もう片方はチョコレート色の髪をしている。
どちらも身のこなしが洗練されている美少年で、自信に裏付けされている類の余裕を感じる、解放区のリーダーたちだ。
海賊部の少年たちは「二俣様だ」「円城寺様だ」と名を呼び、恭しく頭を下げている。
「三年のメンバーの合格祝いだ。ケーキを食うぞ!」
「おおー!」
「相山がケーキ持ってきたぞ!」
三日自動車の御曹司である相山良介は、自身も高校に合格したのだと言う。
数人がかりで大きなケーキを運び、カットして分ける少年たちを見て、拍手が起きる。
「合格おめでとう!」
「おめでとうー!」
ランチタイムが終わると、少年たちはまた校舎へと駆けていく。
「放課後はバーベキューでもしようか」
「お、いいねえ」
「解放区放送はしないのかね」
見物客は解放区の看板にスマホを向けて写真を撮りながら、ドラマ撮影の続きを見守った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
晴れた青空に、赤い風船がふわふわ飛んでいる。
風は穏やかで、午後の陽射しが心地いい。
今日は学校の授業を受けてから撮影参加だ。
教室からそのまま撮影現場入りできるので、楽で助かる。
学校は、日ごとに賑やかさを増していく。
雰囲気は最初と比べると段々とよくなってきた気がする。「撮影をやめろ」という怒号もないし、気づいたらみんなで海賊部と慣れ合ったり、ご飯を食べていたりする。
役者たちも今回のイレギュラーな撮影に馴染んできた様子で、自然と集まっては演技プランについて話し合うようになっていた。
「お疲れ様です、おはようございますー」
控えスペースになっている教室に入ると、入り口で芽衣ちゃんが倒れていた。
「おはようございます、王司先輩」
「どうしたの芽衣ちゃん」
体調でも悪いのか?
しゃがみこんで顔を覗くと、芽衣ちゃんは「死ぬ演技の練習です」と教えてくれた。
そっか、練習しててえらいな……。
「王司先輩。私の死に顔、どうですか」
芽衣ちゃんの死に顔は、なんか一生懸命だ。
普段は無表情がちな顔をくしゃくしゃに歪めていて、頑張ってる微笑ましさがある。可愛い。
「可愛いと思う」
「綺麗で心に響くような死に方をしたいんです。涙を流して死に顔の頬を伝う感じにできたらいいんですけど、涙が出ません」
「いいね。その言葉が今、私の心に響いたよ。あと、無理に泣かなくてもいいと思うよ」
芽衣ちゃんの隣で演技を観察していると、姉ヶ崎いずみと銅親水貴の会話が聞こえてきた。
「水貴君のお芝居、昔のドラマキャラに寄せすぎている気が……」
「父さんは指摘してくれないんです、そういうの。姉ヶ崎先輩。オレ、上手くなりたいから、遠慮しないで教えてください」
み、水貴ー!
お前、向上心があるなあ!
役者魂に心を打たれていると、芽衣ちゃんがクイクイと私の袖を引いた。
「王司先輩。目薬使ってみました。どうですか」
「あ、うん。泣けてる……無理に泣かなくてもいいと思うけど」
「片目だけ泣くのと両目泣くの、どっちがいいでしょうか?」
「片目からポロッと流したらいいんじゃないかな」
芽衣ちゃんの頬にハンカチを当てている間も、姉ヶ崎と水貴の会話は途切れない。
「水貴君。それ、わかる。私は、ネットのアンチが教えてくれた。エゴサしてたら見ちゃったの。『姉ヶ崎いずみの演技は全部誰かの真似で、中身がないコピー演技だ』……って」
教室のドアが開いて、西園寺麗華がひょっこりと顔を覗かせる。
絶妙なタイミングで挨拶直前にシリアスな空気を察したらしき彼女は、口に手を当てて私の隣にしゃがみこんだ。
「スランプになったタイミングで親友でライバルの麗華さんの演技で評価されて……私、聞いてみたの。『麗華ちゃん、私の演技、どうやったらよくなると思う?』って。でも、麗華ちゃんは『わからない』って言うだけだった」
あ、麗華がしょんぼりしてる。
「そんなとき、ドラマで一緒になった江良九足さんが『君を俺が引き出すよ』と言って演技で引っ張ってくれて、私の演技を引き出してくれた。物真似をやめる手伝いをしてくれたの」
懐かしいことを……。
しみじみしていると、視界の端で西園寺麗華がそーっと教室から出て行こうとするのが見えた。
おーい、おねえさーん。どこ行くのー。
がしっと腕を掴むと、麗華はとても驚いた顔で動きを止めた。
「まずはね、水貴君。一緒に即興劇をしてみない? 私は江良さんほど引っ張る力がないと思うけど、リードするからリアクションを返してくれれば……」
「はい、姉ヶ崎先輩」
水貴と姉ヶ崎は即興劇をするみたいだ。えー、私もやりたい。みんなでやろうよ。だめかな?
「麗華お姉さん、芽衣ちゃん、混ざりにいきましょう」
「はい」
「えっ」
誰かと一緒にする即興劇は楽しい。
向上心のある仲間となら、なおさらだ。
「姉ヶ崎先輩! 水貴君! 私たちも即興劇に混ぜてください!」
それに、せっかく二人とも生きてるんだもん。
元親友同士のぎこちなくなった関係、元に戻るといいよね――っていうのは、お節介かな……?
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『人狼ゲームxサイコパス』
放課後、寮内にある三神瑞希の部屋を訪ねると、彼は少し迷ってから中に入れてくれた。
勉強机には、たくさんのメモがある。
メモには、クラスメイトの名前や矢印が書かれている。
兎堂舞花を信用して、一緒に考察しないかと誘ってきたのだ。
メモを見る限り、「潜伏中の騎士が誰か」の考察がない。
三神瑞希は騎士の可能性があるのでは――兎堂舞花は盤面を整理して一手を指した。
「三神君」
二人きりなのに周囲を気にするように身を寄せて、でっちあげた理由を耳打ちする。
「私、占い師の朝霧シンジ君が偽者だと思う」
長期間にわたるデスゲーム人狼は、話し合い以外の日常生活中のボロも出やすい。
首輪の助けがあっても狩り対象が暴れて怪我をしたり、自分の持ち物をうっかり対象の部屋に落としてしまうこともある。
「私、偶然聞いたの。朝霧君っぽい声の人が誰かと話していて『ヘアピンがない? どんなの? まずいな、もし八島の部屋に落としてたら手がかりになるかも……』って」
嘘だ。
そんな事実はない。
でも、朝霧シンジは反証ができない。
「そんな会話が……」
「絶対に朝霧君だって確証はないの。話し合いで言わない方がいいよね……? もっと情報を集めて、絶対にそうだってわかってから、とどめのひと押しみたいに使うべきだよね?」
深刻な悩みを一人で持て余し、頼りになる三神瑞希を頼った。
信頼している。
他の誰よりも。
そんな気配を瞳から溢れさせて見つめると、彼は真剣な顔で「うん」と頷いた。
「重要な情報を共有してくれてありがとう、……舞花」
舞花は「信じてくれてよかった」と表情を柔らかにして、三神瑞希の手に自分の手を重ねた。
「三神君に話せてよかった。これで、私が殺されても、考察のための大切な情報が村人サイドに残る」
「舞花は吊らせない。人狼からも守る……」
頼もしい彼。
そんな彼の秘密を暴くなら、今だ。
呼吸ひとつ分の間を置いて、そっと問いかける。
「騎士だから?」
「……ああ。そうだよ。だから、安心してほしい」
――騎士を見つけた。
「これからも、私を守ってくれる……?」
「もちろんさ」
舞花はふわりと微笑んだ。
「……教えてくれてありがとう。嬉しい。安心する……夜がいつも怖くて……三神君が騎士でよかった。私、『勝てる』って思えた……!」
騎士様、本当にありがとう。
あなたのおかげで、私はきっと村を滅ぼせるよ。