209、今日は帰りに猫缶買って帰るっピ
――【緑石芽衣視点】
自分の出番が削られた。
そう告げると、母は残念そうな顔をした。
仕方ない、と芽衣はわかっている。
緑石芽衣は芝居が下手だ。
演劇祭は途中で降りたし、GASにも選ばれなかった。
番組制作スケジュールには余裕がなくて、炎上もしている。
下手くそな芽衣のために何度も撮り直しする時間はないし、下手な演技を使われたら、ただでさえ燃えているドラマはさらに炎上を大きくしてしまうだろう。
葉室王司先輩は、出番がカットされた芽衣と水貴の気持ちを察して、芝居をする機会をくれた。
外部のカメラマンに撮ってもらっての撮影ごっこだ。
台本を読んでこっそり練習していたから、仲間と芝居できて嬉しかった。
――ドラマが始まる。
横目で見ると、母は、芽衣が画面の端に映らないか目を凝らしていた。そんな風に探しても全然映らないのに。映らないって言ったのに。親って。
スマホに視線を落とすと、ドラマは相変わらず注目されていて、批判的な声が多かった。
でも、自分自身の羞恥心と向き合うよりも、ドラマが燃えているのを眺めている方が心は穏やかな気がした。
「……アッ」
突然、母が奇声を上げた。
どうしたの。
顔を上げると、テレビ画面に自分が大きく映っていた。
――えっ。
CMの時間で人狼陣営の映像を流してくれてるの?
そんなこと、できるんだ?
びっくりして画面を見ていると、母がスマホカメラをテレビに向けて動画撮影を始めた。
怯えているつもりだった演技は、引きで使うには表現力不足だったのだろう。それか、わざとらしかったのかも。
でも、カメラマンは顔のアップが使えると判断して、芽衣を撮ってくれた。
角度がいい。なんだか自然な光と影がエモい。
――綺麗に撮ってくれている。
私、ちゃんと怯えているように見える。悲劇のヒロインみたい。
そわそわとスマホを見ると、SNSは盛り上がっていた。
CMの時間に人狼陣営の話を流したことへの驚きと、葉室王司の悪役演技についてと――芽衣についても書いてある。
:めーちゃん映った
:5歳の子が「お姉ちゃん生き残れる?」って心配してます
キッズチャンネル時代からのファンが観てくれている。
それに、5歳の子が観てるの?
ドラマのキャラを心配してくれてるんだ……。
「すごいわね、芽衣。これ、全国に放送されているのよ。ネットをしない人も観てるのよ。地上波よ。もう立派な女優さんね」
母が「すごい、すごい」と繰り返す声が嬉しそう。
ネットも、人狼陣営三人組とリョウスケの退場劇で盛り上がっている。
芽衣は誇らしい気分になった。
:【悲報】リョウスケ、死ぬ
:リョウスケーーー
:王司ちゃんがやばい
:【悲報】リョウスケ、失禁
:銅親絵紀監督はアイドルになんて演技させるの? 絶対に許さない!
:リョウスケ可哀想!
:監督をクビにしろ
:めーちゃん可愛かった
:名前知らないけどこの男の子イケメンじゃない?
:ミズキくんっていうんだよ
――お芝居を活かしてもらえて、よかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
「人狼陣営サイドがウケています」
ドラマ撮影の現場で、銅親絵紀監督が反響を伝えた。
ちなみに監督、今日は目の上に絆創膏を貼っている。監督の息子の水貴は台本を広げてコッソリと教えてくれた。
「父さん、ベランダに侵入してきた野良猫と一晩中縄張り争いして、明け方に和解してた」
「そっか……夜はゆっくり休んで欲しいな……」
野良猫と喧嘩している監督を想像していると、監督が「聞こえています」と反応した。
「今日は帰りに猫缶買って帰るっピ。それでは皆さん、撮影ファイティン!」
監督は壊れ気味だ。大丈夫だろうか。
「本日は初期の台本通りの進行で、三神瑞希視点と人狼陣営視点を交互に撮影しようと思います。CM枠の人狼陣営、継続しましょう」
やった。人狼陣営の出番が削られずに済むぞ。
控え室代わりの教室に入り窓際席を自分の場所に決めたところで、芽衣ちゃんと水貴が寄ってきた。
人狼陣営大集合か。3人お揃いのジャージ姿(衣装)なのもあって、チーム感が高まるね。
「王司。役作りの相談してもいい?」
「私も……」
「もちろん!」
2人ともやる気があるな。
仲間のモチベが高いのは嬉しい。がんばろう!
「では2人とも! これより人狼会議を始めます!」
台本の流れを確認しよう。
まず、人狼陣営は偽の占い師を出すことにするんだ。
「偽の占い師っ……?」
芽衣ちゃんの演じる早乙女メイは、たぶん芽衣ちゃんで当て書きだと思う。素の芽衣ちゃんと近いキャラだから演じやすいんじゃないかな?
「責任重大で、危険な役目だ。ぼ……僕が占い師になろうか?」
水貴は、朝霧シンジ役を演じてみせた。
なかなか自然な演技に見える……どこかで見た覚えがあるような気も。
『少年とテントウムシ』の主人公がこんな演技をしていたかな? 真似かな?
「早乙女さん。朝霧君に任せましょう。それと、これからのお昼の時間はあまり仲間っぽく思われないように気を付けて。繋がりがあると、ひとりが黒だとわかったときに仲間も吊られる。だから、仲間じゃないと思われるように意識するの」
「う、うん……で、でも……」
台本通りに言葉に詰まる芽衣ちゃんに、顔を寄せる。
「早乙女さんは優しいね。仲間は1人も死なせたくないと思ってくれてる。もちろん、私も同じ気持ちだよ。難しそうだけど、朝霧君が吊られなくて済むように、さりげなく助けてあげられたらいいよね」
ちなみに兎堂舞花は、仲間2人を切り捨てるつもりだ。
本当の占い師に味方して、「朝霧君が人狼だと思う」と疑う姿勢を見せる。
もし早乙女メイがボロを出せば、もちろん「早乙女さん、おかしい」と指摘するつもり。
――2人とも可哀想に。
舞花という悪女は頼りにならないどころか足を引っ張りそうな仲間たちを守らないんだ。
自分が村人としての信用を得るためのスケープゴートにしちゃう怖い子だよ。
「ここ、一拍、間を置きたいよね。印象深くなると思うんだ」
「確かに」
「顔アップが映えるし、表情の演技をがんばりたいかも」
議長を担当してキャラ解釈語りや演技プラン相談会をしていると、お姉さんたちも寄って来た。
西園寺麗華と姉ヶ崎いずみだ。
「麗華お姉さんも仲間に入れてちょうだい。わからないことがあったら教えるわよ!」
「私は自分が上手く演じたいから王司さんに相談したくてきました。麗華さんは他人に教わることがなにもなくて自分が教える側って驕っているみたいですね」
「あ?」
アッ、二人とも! 喧嘩しないで!
そういえば、この二人、「最近はあんまり仲が良くない」って聞いたことがあるかも?
「いずみさん? 今なんて?」
「うふふ。失礼。お姉さんと呼ぶべきでした、年上ですものね」
「……!」
「私、ネットニュースで知ったんです。教えてくれなくてショックでした」
年齢ネタはやめてあげて。
二人とも、年下の後輩たちが怯えてるよ。睨み合わないで仲良くして。
「王司ちゃん~! いずみさんって感じが悪いと思わなぁい?」
「えっ?」
「王司さん。麗華さんにパワハラされたりしてませんか? ママになんでも相談してくださいね」
「マ、ママ?」
ぽかんとしていると、姉ヶ崎いずみはスマホを見せてきた。
「私、火臣打犬さんを狙ってるんです。火臣さんっぽいAIモデルとLINEトーク練習中です。これで火臣さんの心を掴むトークを研究して本体を攻略する予定なんですよ。将来ママになっちゃうかも」
「えっ? なんですかそれ……。私、もうママがいるし。間に合ってますけど……」
ちょっと意味わかんない。
「ですから~、火臣さんっぽいAIモデルとLINEトーク練習中なんですよ!」
うん、それがちょっと意味不明なんだぁ……。
LINE画面を見ると、AIによる火臣打犬似の3Dアバターが「いずみさん。息子の話聞く?」と発言していた。
うわーなんだこれ、うわー。
びっくりしてると、西園寺麗華がスマホに手を伸ばした。
「ぎゃっ、なにこれ。いずみさんアナタどうかしてるわよ。このスピーカーマークもしかしてボイス出る? 押していい?」
赤いネイルに彩られた指がスピーカーマークをタップすると、AI火臣打犬はボイスを発した。
『いずみさん。息子の話聞く?』
「きゃーー!」
「うわあ……」
低音のAIボイスはなかなか流暢で、機械っぽさが薄い。声の低さとイントネーションがまあまあ似てる……。
『今日は息子に内緒で娘の話もしちゃおうかな?』
3Dアバターがゆらゆらと動き、チャットに息子と娘を垂れ流し始める。
なんだこれ。いや、本当になんだこれ。
「うわあ」
「やだ……」
姉ヶ崎いずみは自慢げだ。
「すごいでしょ、これ。AI火臣打犬、流行ってるんですよ。ファンが日夜『打犬さんはそんなこと言わない』ってみんなでAI調教してるんです」
「いろいろな意味ですごいと思う……」
姉ヶ崎いずみ以外の全員がドン引きしていると、彼女のスマホに通知が届いた。
「あっ。タイムリーに江良組が動画をアップしたみたい! 運命を感じるわ……」
姉ヶ崎いずみはマイペースだった。
全員の視線を気にすることなく江良組の動画チャンネルにアクセスし、新着動画を再生した。
「……あれっ? 『人狼ゲームx江良組版』?」
再生された動画は、『人狼ゲームxサイコパス』と同じ学園内に偶然いた用務員さんやOBや本編に登場しない教師という設定で、江良組の俳優たちが人狼ゲームをさせられるショートドラマだった。しかも『第一話』だって。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『一方その頃的なおまけ』
「ぶふぇっくしょん」
火臣打犬が派手にくしゃみをすると、息子の恭彦が心配そうに毛布を掛け直してくれた。
「親父、リンゴ食う? 俺が皮剥くよ」
「なっ。なんだと。パパにリンゴをあーんしてくれるのか?」
「うん。いいよ。あーん♡」
な、なんだと。息子が語尾に♡を付けただと。
これは――デレ!
出た! 出た! 出たぞ!
ツンツンツンの後に唐突に現れてパパのハートをキュン死させるデレが出た!
「今日はデレ日か。この日のために俺は生きてきたのかもしれないな……」
「親父♡ 鼻血出てる♡」
ハンカチを取り出す息子がスローモーションで見える。
ま、まさかっ。パパの鼻血を拭いてくれるのか。
今日はおでこにチュウしてもいいのか?
最近ショートドラマで人気が高まっている息子は、なかなかに美青年オーラがある。
病室が眩しく見える。息子ばんざい。ばんざ――――「ぱぱ~♡」……この可愛い声はっ?
「来ちゃった♡」
「お、王司ちゃん! 王司ちゃんじゃないか!」
なんと娘が現れたではないか。
セーラー服に黒髪おさげでオプション眼鏡か。くっ、スカート丈はもっと長くしなさい。パパは心配だよ。
「ぱぱ、王司はほっぺにチュウしたいの。だめ?」
「お、王司ちゃん……っ!? ももももちろん、パパは全力でウェルカムだよ。おっけー牧場が全世界を統一する勢いで鼻血出しちゃうよ」
目を閉じると、娘が近づいてくるのがわかる。
俺はなんて幸せ者なんだ。
ありがとう宇宙。ありがとう地球。
ありがとう人類。ありがとうTOKYO。
窓際のカーテンをちょっとずつよじ登っているカメムシも、いつもありがとう。
「火臣さん?」はっ。
目を覚ますと、八町大気が顔を覗き込んでいた。
「おはようございます。お休みのところ恐縮ですが、今は撮影中でした……」
本当だ。夢オチではないか。
おかしいと思ったんだ。うちの息子は語尾に♡なんて付けない。
あの子は真面目で奥ゆかしく、大人しいんだ。もちろん、娘も自分から寄ってきたりしない。ほっぺにチュウなんてありえないではないか。
「あ。息子さんから僕にLINEが来てました。ふふっ……、ご覧になりますか?」
火臣恭彦:八町先生
火臣恭彦:遅れましたが、誕生日プレゼントを贈ってくださり、ありがとうございました
火臣恭彦:(スタンプ送信)
な、なんだと。
息子が白ネコがハートを飛ばしているゆるくてカワイイスタンプを送信しているではないか。
パパにはこういうのを送ってきたことがないのに。
「きょ、恭彦……! お前、こんな可愛いスタンプを使うのか……!?」
鼻血と涙を滂沱と流し、火臣打犬は撮影をしばらく停滞させたのだった。