21、鈴木家の娘を演じる
ドラマのタイトルは『鈴木家のお父さんは死にました!』。全9話だ。
おおまかなストーリー構成は、以下の通り。
1、2話……メインとなるのは「鈴木家」という一家。
妻や子供とうまくコミュニケーションが取れず、家に居場所がないお父さん(主人公)が、製薬会社の新薬『仮死状態になって生き返る薬』の被験者となる。
「みんなにパパが死んだドッキリを仕掛けてやる。悲しんでくれるかな?」とワクテカしていたら、実験が失敗。本当に死んでしまう。
死後のお父さんは幽霊となり、幽霊仲間と交流しながら家族に付きまとう。
家族の様子を見ていると、みんな知らない一面があったり問題を抱えていたりする。
3~7話……お父さんは自分の家族や幽霊仲間の抱える問題に向き合い、順番に解決していく。
生きている人たちは、死者に気付いてくれたり気付いてくれなかったりする。
8~9話……そんな中、お父さんは製薬会社の暴走にも気づく。
この会社の暴走を野放しにしていると大変なことになる――そこに至るまでに関係性を築いた家族や幽霊、全員が団結して企業の暴走を止める。
家族は人間的に成長したり未来に向けて歩き始めて、幽霊たちは成仏していく……。
「と、こんな作品です。皆でいい作品を作りましょう!」
この日は、顔合わせ、作品や役に対する認識の擦り合わせと、雰囲気を掴む軽い読み合わせが同時に行われた。
番組プロデューサー、脚本家、監督を始めとしたスタッフやオールキャストが一堂に会して自己紹介し、番組の狙いや意気込みを伝える。
その後に続き、ひとりずつ立ち上がって挨拶する役者たちは「この役を演じます。役の解釈はこうです」と話した。
最初は、お父さん役の羽山修士から。
「鈴木家のお父さん、鈴木太郎、45歳を演じる羽山修士です。太郎はちょっと価値観の古いオヤジですよね。俺も身につまされる部分が多いです。昨日も娘に『パパ、そんなんじゃ時代についていけないよ!』って言われましてね」
羽山修士は、実年齢が51歳。
身長が低め、小太り体形で、愛嬌のある顔立ちのおじさんだ。
江良の時も何度か共演している。
続いて、お母さん役の蒼井キヨミ。
「鈴木家の妻、鈴木美里、42歳役の蒼井キヨミです。太郎さんとは余所余所しい夫婦仲になってしまっていましたが、愛情がなかったわけじゃないんですよね。夫が死んで辛いのですが、子供たちのために明るく強く振る舞おうと頑張ってます。親友が詐欺師とグルで、金を巻き上げられるピンチです。台本読んでいて胸が痛くなっちゃいました。幸せになってほしいですね~」
蒼井キヨミは、実年齢が46歳。
羽山修士より身長が高い。
気が強そうな凛々しい眉と目力の持ち主だ。江良の時も何度か共演している。
次はお兄ちゃん役の火臣恭彦。
「鈴木家の長男、鈴木翔太、17歳を演じる火臣恭彦です。翔太は……高校生で、家族に隠れてバンド活動しているキャラです」
火臣恭彦は、王司の義理の兄にあたる。
火臣打犬の妻が別の男と作った子を火臣の子だと騙して育てさせた。托卵だ。
托卵に気づいた打犬は別の女性と自分の子を作った……最悪の家庭じゃないか。
役は17歳、本人は現在19歳。
金髪長身イケメンで、指にも耳にもアクセサリーが大量についている。「ビジュアル系」「パリピ」「ホスト」という単語が脳裏をよぎった。なんか派手。遊んでそう。
完全に初対面で、ここまで一度も目が合ってない。
普通に考えて嫌われてそう。
父親が直前に大炎上して、さぞ迷惑しているだろうな。
次は私の番だ。
立ち上がってぺこりとお辞儀すると、年長組の蒼井キヨミが顔をしかめていた。
不倫で産まれた炎上キッズとして嫌われてたりする?
嫌わないで? せめて表向きは友好的にして?
私はスマイルを浮かべ、明るい声で挨拶をしてみた。
「鈴木家の長女、鈴木美咲、13歳です。SNSに匿名で宇宙と交信を試みる動画を投稿するのが趣味というふしぎな感じの子ですが、宇宙と心を通じたと言う癖に幽霊パパには気づいていません。パパ、ごめんなさいっ!」
スタッフさんが笑ってくれているが、蒼井キヨミは拳を握って俯き、ぶつぶつと何か言ってる。
「なんて健気……明るく振る舞って……大人たちの金稼ぎの道具にされちゃってるのに……頑張ろうとしてる……くっ……」
あっ、ハンカチで目元を押さえてる。
「蒼井さん、大丈夫ですか?」
「少々取り乱しました。失礼……ふぅ」
どうやら嫌われてはいないみたいだ。気にしないでおこう。
ところで、共演者の中に西園寺麗華がいる。
「翔太君の家庭教師のお姉さん、20歳、井上絵里役の西園寺麗華です。教え子の翔太君がバンドをやってるのを見てヤンデレストーカーファンになっちゃいます! 全力でヤバイ女を演じようと思います!」
麗華は目が合うと小さく手を振ってくれた。
「葉室王司ちゃんとは同じ事務所で、姉妹と言ってもいいと思ってます。仲良しです! よろしくお願いします!」
姉妹だって。嬉しいな。
その後は幽霊役の人たちの挨拶が続き、スタッフの人たちが一部退室してから台本の読み合わせがされた。
「これだ……これで家族にドッキリを仕掛けてやろう」
「そこのセリフは、もう少し小物っぽく。コミカルに」
「これだぁっ。これで家族にドッキリを仕掛けてやろう!」
「カシヤクの実験は失敗だ! 被験者が生き返らない!」
「仮死薬のイントネーションが違います」
「仮死薬の実験は失敗だ! 被験者が生き返らない!」
「なんでこんなことに……」
「悲しそうに、と書いているのに、それだと悲しんでいるように見えません」
「なんでっ……、こんなことに……っ」
ひと通り読み終わったところで総評がされ、加地監督が手を挙げて演技を褒めてくれた。
「美咲はもう完璧だね! 君は本当に天才だな、うまくてビビるよ。その調子を本番までキープしてね。逆に翔太が下手すぎてビビッてたけど、引き立て役として優秀と考えればアリだな。撮り直しに付き合う時間ももったいない。翔太は開き直って下手で行こう」
「はっ――?」
おい。人をageる時に別の人をsageるな。
これ、翔太の演技をこき下ろすのが本命でこっちはダシに使われてるだろ。
おそるおそる火臣恭彦の様子を窺うと、彼は無表情だった。
……いや、よく見ると頬が引きつっている。
嫌そうな表情をしないように努力しているのではないだろうか?
加地監督は言葉を続けた。
「炎上中の役者の息子が下手だとアンチは大喜びするだろうなぁ。ありえないほど下手だと話題になったら、君の下手さを楽しむために皆が視聴してくれるよ。君の役割はソレかな!」
胸を抉ることを言う監督に、スタッフの何人かが「そこまで言わなくても」と止めに入った。
火臣恭彦は耳を赤くして唇を引き結び、俯いていた。両手をグッと握っていて、気持ちを殺そうとしているのがわかる。
悔しいよな。グサグサ来るよな。
こういうの自分にも経験がある。わかるよ、その気持ち。
加地監督は、中途半端なところで言葉を止めたりしない。
「ひとりだけ下手クソで恥ずかしい思いをするのが嫌なら、台本読んで役作りしてきたらどうかな。メモを取ったりしてみるのもいいかもしれないね。みんなの台本と自分の台本を見比べてごらん。地力はすぐに身に付かないから仕方ないにしても、今の自分にできる最大の演技をしようって気持ちで演じたら、視聴者にその姿勢が伝わるかもしれない」
止めようとしていた人たちが無言になって顔を見合わせている。
火臣恭彦の台本は今日初めてページを開いた様子の折り目ひとつない状態で、彼は台本を初めて読むみたいにたどたどしくて、何か言われてもメモを取ったりしていなかったからだ。
加地監督は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、火臣恭彦の肩をぽんと叩いた。
「面白いとか続けたいと思えたら、今後はレッスンもサボらずに受けるといいね。君のパパがよく嘆いていたよ、息子のやる気がないってさ。今回の作品では下手クソと言われて黒歴史を残すかもしれないが、続けていけば『この頃はこんなに下手でした。でも上手くなりました』って言えるようになる。努力と成長が皆に認められたら、楽しいだろうな」
こうして顔合わせと読み合わせは終わったのだが、火臣恭彦は解散まで何もしゃべらなかった――――いや。控室に移動すると、彼は口を開いた。
「……うぜー」
うざかったらしい。