206、人狼陣営の初めての殺人
臨時カメラマンをゲットした私たち人狼陣営は、学生寮に向かった。
「そういえば王司ちゃん。今日、火臣家で恭彦君のお誕生日会をするんすよ。撮影終わってから一緒に行きませんか?」
「おおっ。パトラッシュ瀬川さん! お誘いありがとうございます!」
寮の外に集まっている見物人に小道具さんがチョコを配っている。
そういえばバレンタインか。
そういえば、ケータリングコーナーにチョコが多いと思ってたんだよね。
「みなさーん、こちらのチョコは葉室王司ちゃんからです~」
「王司ちゃんありがとう!」
「ありがとうー!」
あ、マネージャーの佐藤さんが私名義のチョコを配っている。
買った覚えのないチョコで感謝されるとは……佐藤さんありがとう。あと、AXEL7のリョウスケがいる。
『芸名:リョウスケ』は「永遠の18歳」と公表している21歳の男性アイドルだ。
イケメンで、八重歯があるのが特徴的。
声が高めでテンションが高く、やんちゃな感じ。
今は学校指定のジャージの衣装を着ていて、髪はハイトーンのシルバーに染められている。
演じるキャラの『八島ゲンキ』が、「ドラマ1話が始まる前日にイメチェンしてきてクラス中を驚かせた」という設定だからだ。
「やべぇ。ロリのチョコじゃん。トーヤにあげたら喜ぶかな? すんませーん、メンバーにあげたいんで、あと6個もらっていいすか?」
リョウスケは、初日の夜に人狼に狩られる犠牲者だ。
でも、出番を削られている。
監督が練り直したプランでは、星牙視点で「誰が襲撃されるんだ?」「朝になったらリョウスケがやられていた!」と演出するつもりなのだろう。
人狼陣営の撮影に誘ってみようかな?
相手は先輩だよね。先輩って呼んだ方がいいよね。
「リョウスケ先輩、お疲れ様です」
「げっ。ロリ」
ロリ?
「いや、なんでもねえっす」
……なんでちょっと怯え気味なんだろう?
話すの初めてだよね? 私、なんかした?
まあ、いい。時間もないし、本題だ。
「リョウスケ先輩。今日、死ぬ役でしたよね」
「やっべーロリと話しちゃった自慢しようコレ。そうそうオレの出番終わり。おつかれ~! ばいばーい、ばいばーいっ」
このお兄さん、声大きい。
あと、出番が減ったのを全然気にしてないんじゃないかな。そんな気がする。
「リョウスケ先輩……死ぬシーンって練習しました? 自分の役の最期のシーン、演じたいとか思います……?」
「ぐああ。や、ら、れ、たー! ぱたっ! 今、演じた!」
「おう……」
あんまり演技に熱心じゃないタイプっぽいかな?
「ちーっす、遊びにきましたー」ってノリで現場に来て、出番が減っても「お、仕事減ったかー、でもギャラは同じ? じゃオッケー、うぇーい!」とか言いそう。
「出番が減って残念ですよね、リョウスケ先輩?」
「そりゃもう、悲しくてつらいよ。号泣よ。この悲しみで映画作れるレベルよ。やべえ全米が泣く!」
「リョウスケ先輩。ご自分のキャラについて、どう思ってますか?」
「えっと……八島ゲンキは、めちゃ天才っす。サイキョー! オレ一番!」
だめだ!
君は八島ゲンキのことがわかってないな!
八島ゲンキは、たぶん八町大気がモチーフだ。
高名な芸術家一族のお坊ちゃんで、成績優秀、スポーツもできる。
もちろん芸術面での才もあり、自他共に認める天才。
友人も多く、面倒見がいいリーダータイプ。
しかし、実は彼は「ゲンキなら余裕だよね」「1位以外は家の恥だぞ」と言われて挑んだコンクールに落ちてしまった。
発表はまだ先だが、家族の元にいち早く知らせが入り、親から「お前は我が家の恥だ!」と言われてしまい、傷心の身……。
そんな彼の死ぬシーンは、唯一の見せ場だ。
「リョウスケ先輩っ! 私が八島ゲンキのキャラを教えてあげますよ!」
「え……え……? 王司ちゃんが……?」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『人狼ゲームxサイコパス/人狼陣営』
「皆さーん。撮るっすよー、さん、にー、いち」
パトラッシュ瀬川の合図で、シーンが始まる。
作中の生徒たちは、寮生活だ。
毎朝、目を覚ますと身支度をして食堂に行き、朝食を摂ってから歯を磨いたり着替えたりして校舎へ行く。
授業を受けて、部活がある生徒は部活をして、放課後になると寮に戻る。
夕食や風呂などを済ませて、各部屋で自由に過ごし、就寝。
そんな日常が、変わる。
村人たちは生徒も教師も、1人ずつトイレ付きの個室を与えられた。
21時までは自由に出入りして共有スペースで交流できるが、それ以降はそれぞれの個室に鍵がかかり、朝まで外に出られなくなる。もしも時間までに自室に入りそびれたら、首輪が発動して殺される。
21時以降は、占い師と狩人が「誰を占うか」「誰を護衛するか」をスマホで送信する。
それを受けて、デスゲーム運営は占い師に占い結果を返信。
人狼は部屋の外で落ち合い、人狼専用の武器置き場で凶器を見繕い、壁に設置されたパネルでターゲットの部屋番号を選んで、狩りに向かう。
人狼が選んだ村人の部屋は鍵が開き、首輪が人狼有利にしてくれる中、殺人が遂行される。
このとき、狩人が護衛していれば、鍵は開かず、中の村人は殺されずに済む。
そんな過激なゲームに巻き込まれた人狼陣営は、男子1名女子2名。
兎堂舞花が昨日まで「話す価値なし」と認定していたクラスメイトだ。
「私たち、死んでしまうの?」
「あり得ないよ、こんなの」
予想通り、仲間の2人は「普通」の反応をしている。
理不尽な現実を拒絶し、慄くばかり。
「話す価値なし」――兎堂舞花の評価は変わらない。
けれど、この駒を操り、私は人狼陣営を勝利させよう。
「……2人とも。私も、あなたたちと同じ気持ちだよ。ひどいと思う。あり得ないと思う。あんまりだよ。どうして私たちが、こんな事件に巻き込まれないといけないんだろう」
兎堂舞花は、2人に共感を示した。私は仲間だよ、私たちは被害者だよ――ここから人狼の正義が始まる。
「痛かったり苦しかったりするの、やだ。怖い。死にたくないよね」
死にたくない。
2人は頷いてくれた。
「どうしたら、いいんだろう……?」
兎堂舞花は、仲間を巻き込む。自分の生存率を上げるためだ。
仲間のストレス耐性を見極めて、一歩ずつ階段を作っていく。
「2人とも、聞いて。ひとまず、今は運営の指示に従わないと殺されてしまう」
従わないと、死ぬ。
「私たち、何も悪いことしてない。ただ、運が悪くて巻き込まれただけ」
良心を撫でてあげて、「仕方ない」と囁く。
「殺す」という事実は刺激が強すぎるから、「選択する」「退場させる」というゲーム的な表現で心理的なハードルを下げていく。
「今夜、生きるためにしないといけないことは、1人『私たちが生きるために邪魔になるプレイヤー』を選択すること。そして、そのプレイヤーを退場させること……私は、八島ゲンキが危険だと思う」
八島ゲンキは、クラスの委員長でもあり、文武両道でみんなに一目置かれている。
初期の台本では、「人狼ゲーム詳しい」という発言もする。ただし、そのキャラが伝わるエピソードがカットされているので、セリフで補完しないといけない。
「彼は人狼ゲームに精通していて、偏差値が高くて発言力もある。初日は混乱してるけど、冷静になって彼が人狼ゲームを主導し始めたら、私たちの生存率が大きく下がってしまう」
危険性を説くと、2人はわかってくれた。
それでは、とパネルで「八島ゲンキ」を選び、武器を選ぶ……のだけど、カットされたシーンなのでこの部屋に武器はない。悲しいなあ。
「……武器……ない……」
おずおずと芽衣ちゃん(早乙女メイ)が呟く。
台本にないセリフだ。
芽衣ちゃんは結構、役になりながら台本にないセリフを言える――アドリブ力があるんだな。
本来は武器を使うシーンで武器がない芝居をしないといけなくなることは、よくある。
武器を持つの忘れたとか、トラブルで使えないとか。だから、大丈夫。対応方法に二択だ。
「あると言い張る」か「ないことを認める」か。今回は「ない」で行こう。
「デスゲーム運営は、趣味が悪いね。『初日は武器なしでなんとかしろ』って私のスマホにメールが来たよ」
セリフを言いながら並行して考える。どうやって殺そう。
絞めるか? 首輪の隙間の露出部分をギュッと?
スマホ画面を見せずに言って、両手を見つめる。
3人がかりで絞める? 2人ともやってくれるかな?
「絞める?」
「えっ」
「ええっ」
手でやる? 紐とかある? 手はきついよね、精神的にも?
初めての『狩り』が3人がかりの絞殺ってどうなんだろう?
迷ってる時間がない。
「やるしかないの」
「う……」
「うん」
2人とも、わかってくれ。
だって刃物、ないじゃん。
「首輪が狩りを手伝ってくれるから、私は『みんなで生きるためにがんばる』……」
「私は殺す」と言わないのがポイントだ。
あくまでも「みんなで生きるためにがんばる」。
これが盾。
人狼陣営が「自分たちは正しいんだ!」と思いこむための大切な思い込みになる。
「2人とも、つらいよね。しんどいよね。私、2人のためにがんばるから、無理しなくていいよ。部屋に戻って寝てていい。ひとりでも、私、戦える。大丈夫、私に任せて」
「私、ゲームを楽しんでます。殺したいので殺します」という本音では付いてきてくれないが、健気で勇敢な正義の味方風に言えば、仲間は付いてきてくれる。
「僕も戦う。兎堂さんをひとりで行かせられないよ」
「舞花ちゃん……私も、行く」
棒読み風の演技がいい感じに「本当は怖いけど」という雰囲気を出している。
さあ、3人で殺すぞ、八町大気……じゃなくて八島ゲンキ。
兎堂舞花は血に飢えた人狼なんだ。
心の中では初めての殺人への高揚で涎を垂らしているよ。
ハァハァ……殺していいんだろ……早くやらせてくれ。
八島くーん、君に決めた~!
人狼が来たよ~、君の人生は終わりだよ~!
おっ。部屋があった。
開けるぞ。もう待てない。
全く躊躇うことなく八島ゲンキの部屋のドアを開けると、ターゲットは床に倒れていた。
首輪が緩めに締まっている演技をするよう打ち合わせしたんだ。
まな板の上の鯉を連想させるイキのいいターゲットは、目が合うと恐怖の表情を浮かべてくれた。
「う、うわっ……!? ロ、ロリ……」
リョウスケー! 演技できるじゃーん!
まるで本当に怖がってるみたいだよ。でも「ロリ」って言葉はいらないと思う。さっきから意味不明だよ。口癖なの?
「く、くるなっ、ロリ……」
両隣の部屋に聞こえるかもしれないから、人狼は喋らない。
無言で部屋に押し入り、床の上のターゲットの上に乗る。
見てくれリョウスケ~! これ、人狼3人で考えた凶器の紐だよ。
カーディガンを脱いでねじっただけなんだけど。素手で絞められるよりいいよね?
仲間に目配せをして3人がかりでカーディガンを首に巻き、絞めようとする。
ここで八島ゲンキのセリフだけど、言えるかな?
「し、し、死んでも、いいと、思ってる……こ、殺せ」
おおっ。言った!
ちょっと裏返っているのが真に迫ってる雰囲気で、いい。
――「死にたくない」って言うと思ってた。意外。
八島ゲンキの言葉は、兎堂舞花にとって予想外だった。
だから、殺そうとしていた手を止める。
良心の呵責とか、殺人の恐怖からではなく、知的探求心から手を止めるのが、兎堂舞花だ。
「なぜ」
空気を微かに震わせる程度の発声。問いかけ。
知りたい。話せ。教えなさい。疑問を解消しろ。
ぎらぎらとした渇望を湛える目で訴えると、八島ゲンキはたどたどしくセリフを吐いた。
長いセリフだ。
「ぼ、ぼくは、完璧だと思ってきた。天才だと信じてきた」
声が途切れて沈黙が続いた。
目が泳いでいる――セリフ忘れた?
アシストしよう。
「でも、違ったんだ?」
小声で言うと、セリフの続きにつながった。
「違った。失敗するなんて、僕が理想としていた僕ではない。僕は……」
また止まった。
「理想ではなかった?」
合いの手を入れると、リョウスケが「それ」と呟いた。おい、ちょっと嬉しそうにするな。
「僕やみんなが思い込んできた理想の僕ではなかった、僕は、全然すごくないのにすごいと思われている、恥ずべき存在だ。今はまだ家族しか知らない。でも、もうすぐ、家族以外にも知られてしまう」
リョウスケは丸暗記してきた世界史の年号を唱えるみたいな顔で棒読みした。
たぶんこれ、言ってる本人「何言ってるんだろうな、意味わかんねえな」って思ってるんだろうな。
「天才だと思われて、死にたい。もっと言うなら」
「……」
大事なところだよ。がんばって。
小声で、優しく嘲る微笑みを浮かべて引っぱってあげる。
「……ほんとうは、自分が天才だと思えているうちに、死にたかったんだ?」
「……!」
次は自分で言えるかな?
じっと見守っていると、リョウスケは必死な感じで目を閉じた。ほう。
「うっせえ、女。生意気だ。人権損害だ。尊厳の破壊だ。もう殺せ、こっちにもプライドってもんがあるんだ。ロリめ」
出たなロリ。
ラストは感情が籠っていてよかった。もしかしたら本当に「葉室王司、うぜえ」と思われたのかもしれない。
「ごめんね。では、殺します」
兎堂舞花は、囁いた。
本当は、人狼仲間のメンタルを考えると「殺します」という言葉は使うべきではない。
舞花のプレイングミスだ。でも、舞花も未成熟な少女プレイヤーだから、うっかり高揚して失言することもある。
すっきりした。知りたかった謎がわかった。よかった。
絶望と悲嘆の吐息を、こんなに近くで感じられる。
首輪とカーディガンの隙間に手をつっこんで彼の肌に触れると、熱かった。
血管がどくどくと脈打っていて、ぶるぶると震えているのがそそる。
ぐっと力を籠めると、首輪が一緒に締まりを強めてくれる。
この便利な首輪サポートのおかげで、力の弱い女子でも男子を殺せる。
つまり、今一緒に締めている仲間の2人がいなくなって1人になっても、殺人に支障はない。
「……」
悶え苦しんでいた体が、限界を迎えてふつりと脱力する。
見苦しく、虚しく、哀れな死だ。
あまり美しくないようでいて、綺麗なようにも思える――そんな最期だった。
胸の真ん中がぐつぐつと感情を煮詰めていて、熱い。
背筋がざわざわとする。今、すごい現実の中に、自分がいる。立ち会ってしまった。ううん、その現実を、自分自身が作ったのだ。
「……ふっ……」
興奮する。高揚する。
彼は、死んだ。
私が殺した――これが、人を殺すという取り返しのつかない感覚なんだ。
凄絶な感情を弾けさせる笑顔を、一瞬だけカメラのフレームの中で咲かせよう。
大丈夫、仲間たちは後ろで死体から目を背けて震えている。私の顔なんて、見ていない。
人間を傷つけて、心も体も壊していい。尊厳を踏みにじっていい。
私がこの手で犠牲者を選び、ひとりひとり人生に幕を引く。
こんな最高のゲームに、自分はプレイヤーとして選ばれたのだ。なんて幸せなんだろう!
「――カットっす――いい感じで撮れたっすよー!」
パトラッシュ瀬川がOKサインを出している。
わーい、撮れたんだ。どれどれ、どんな感じ?
……おや?
鼻をつんと刺激する匂いがして、ふと気づく。
遺体の股間が濡れている――、
「すんません。なんかビビッてガチで漏れました」
「お、おう……!?」
リョウスケは、本当に漏らしていた。
2月14日はバレンタイン回を公開しようと思います。