205、抜刀! 第二話撮影日
『人狼ゲームxサイコパス』2話の撮影日は、雹混じりの雨が降っていた。
撮影現場の校舎の外には、見物人のカラフルな傘の群れが目立っている。
学校の生徒も来ていて、海賊部のメンバーが『解放区』の旗を立てたりベニヤ板や段ボールを集めたりしていた――何をやってるんだろう?
教室の窓から見ていると、校庭にいた円城寺誉が手を振ってくれた。
チェック柄の傘が異様に似合っていて、ドラマに出たら人気が出そうな美少年スマイルだ。ふむ?
「銅親監督。思ったんですけど、あのギャラリーにエキストラ出演を交渉してみたら、どうでしょうか?」
思い付きを提案してみると、銅親監督は「いいですね」と頷いてくれた。
「いいアイディアです、葉室さん。現地に来て好意的に応援してくださる方々をどんどん巻き込んでいきましょう。どうも、あの学生たちの中には逃げて行ったスポンサーのご令息もいるようですし」
「監督? 逃げて行ったスポンサーのご令息は巻き込まない方がいいんじゃないでしょうか?」
今日の監督は、まるで新撰組のコスプレみたいな水色と白のだんだら模様の羽織を着ている。
背中には「僕が犯人です」と書かれた紙が貼ってあって、額には冷えピタが貼られていた。
「もちろんですよ葉室さん。僕は『炎上しないこと』を目標に掲げているクリアクリーンな監督ですから、アンチスポンサーのご令息を人質に取ったりなんてしませんとも」
「えっと……か、監督は、すでに炎上しちゃってます」
スマホを見せてあげようか?
SNSでCMがバズっているんだ。
テレビのCM枠で流れまくってるドラマ宣伝CMだよ。
『監督は脳内で朽木ルキアと結婚しています』
もっと他に流すべき映像があるんじゃないか?
よりによってなぜブリーチトーク映像にしたんだ?
問いたいことはいっぱいあるよ。
「ふふ、葉室さん。監督は昨夜から『銅親絵紀のベランダ生活』という夜間配信をスタートしました。そちらもぜひご覧ください」
「あれっ、なんか宣伝されてる……?」
息子の銅親水貴は、台本で顔を隠しながらコソコソと教えてくれた。
「父さん、CMが原因でまたベランダに締め出されて寝ることになったんだ」
「そっか……冷えピタ貼ってるけど、風邪引いちゃったのかな」
「いや。冷えピタは新撰組の鉢金代わりって言ってた。配信で」
風邪じゃなくてよかった。というか、あれ、やっぱり新撰組のコスプレなんだな。
水貴が紹介してくれたので、一応、配信チャンネルをフォローしておくか。
なんか『謝罪』という2文字のサムネイルが並んでる。
「父さん、寝る前に謝罪するのを日課にするんだって」
「そ、そう」
銅親監督、『フローズン・ドクター』のときはもっとまとも……大人しかった気がするけどな。
人は追い詰められると変わるのか……私たちが噂していると、銅親監督はメガホンを「抜刀!」と言って振り上げた。
「皆さんっ、僕らの1話は間に合いました。視聴率は高く、評判は最悪です! しかし、間に合ったことを誇りましょう。それに、次の放送まで6日の猶予があります。今回は余裕がありますよ! 勝ったな! 風呂に入ってくる!」
ハイテンションだなー。
星牙が「あはははは」と笑いながら監督の演説を撮ってる。
「皆さんも心の抜刀をお願いします。端から順に名乗りと抜刀いきましょう!」
男子たちには、監督の心が伝わったようだ。
みんな格好付けたり勇ましい顔を作って、なんか肩幅に足を開いて、見えない刀をシュバッと抜いていく。星牙もスマホカメラを置いて仮面ライダーの変身シーンみたいなノリで叫んでいる。
「星牙! 抜刀!」
「リョウスケ抜刀!」
「水貴……抜刀……!」
みんな付き合いがいいな。
しかも、教室の外にいる見学中の海賊部が真似してるんだけど。
「よっくん、ああいうの大好きだよね。僕知ってる」
「うむ。誉はわかっているな。みんな、俺達もやるぞ。抜刀!」
「二俣様が抜刀なさったぞ! 続け!」
カメラが海賊部を映すと、抜刀した海賊部たちはハイテンションに歓声を上げて手を振った。
みんな元気だなー。
男子たちを見ていると、クイクイと袖が引かれる。
視線を移すと、芽衣ちゃんが私を見ていた。
「王司先輩。あれ……やりますか?」
「芽衣ちゃん。一緒にやろっか? せーの」
抜刀~。
二人で一緒に抜刀ポーズをすると、海賊部が「おー!」「可愛い」と拍手してくれた。
銅親監督は、満面の笑みを浮かべて床に正座し、美しい所作で土下座した。
「素晴らしい。ありがとうございます。ふう……皆さんのおかげで、いい番宣が撮れました」
今のがお茶の間に流れるのか。
「公共の電波を使ってふざけるとはけしからん」とか怒られそうだ。
でも、銅親監督は満足そうに汗をぬぐい、立ち上がって笑顔で進行した。
「それでは、本日のキャッチフレーズに続いてタイトルコールを全員でしましょう。本日の現場キャッチフレーズは、『アットホームにストイック』です! ドラマが終わったら全員で長崎スタジアムシティに遊びに行きましょう。リピートアフターミー!」
あ~、ハイテンション。
みんなも釣られてハイテンションだ。
「「アットホームにストイック!」」
いいキャッチフレーズだけど、『アットホームにストイック』はジャパネットのテーマじゃないかな、監督?
スポンサーでもないのに炎上中の身で勝手にコールしたら「こらー! うちのイメージが悪くなるだろがー!」って怒られないかな?
私の心配を他所に、監督はカメラを指さした。
「はいっ。それでは全員で。『人狼ゲームxサバイバル』、炎上中ッ!」
「「『人狼ゲームxサバイバル』、炎上中ッ!」
この監督、実は炎上を楽しんでないかな?
だんだんそんな気になってきたぞ。
あと、タイトルコールでタイトル間違えてるのってどうなの。
サバイバルじゃなくてサイコパスなんだけど……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『人狼ゲームxサイコパス 第二話/撮影』
学校が丸ごとデスゲーム運営の手に落ちて、クラス単位で人狼ゲームが始まった。
……楽しい。
初日の夕方、兎堂舞花は自分のクラスの投票結果に満足していた。
人狼である自分が、無事、処刑を免れたから。
「投票結果が出ました」
「ば、ば、ばかっ、お前ら! 俺は違うッ! なんでわかんねえんだ!? 俺は人狼じゃないッ……!」
理不尽な現実に憤り、誰からも見捨てられた少年が絶望と苦しみの果てに死んでいく。
――人間が壊れて動かなくなる。
兎堂舞花は、高揚する胸を押さえ、微笑みそうになる顔をこっそりと伏せた。
「……はぁっ……」
吐息は、さりげなく甘やかに。
――多数決で死が決められて、本当は味方なのに敵だと疑われて殺される。
なんて刺激的なゲームなの。
心の中で呟いて、胸に当てていた手を口元へ移動させる。
歪んだ口元を隠すため。
しかし、兎堂舞花に片思いしているクラスメイトの三神瑞希――星牙が演じる主役は「舞花はクラスメイトの処刑で気分を悪くしたんだ」と勘違いをして、背中を優しく支えてくれるのだ。
「兎堂、平気か? 見ない方がいい……」
「……」
気安く私に触るな。
そんな本音に蓋をして、人狼は敵に演技を打つ。
「ありがとう、三神君」
……弱々しく死体から目を背けながら、心の中では「三神はなぜ死体を見ても冷静なのか」と分析する。他のクラスメイトは悲鳴を上げ、パニック状態で床に座り込んだり、吐いたり、漏らしたりしているのに。
「下手な演技をすると自分の出番がなくなるかも」という意識の表れか、役者たちは必死の芝居を見せていた。
この処刑シーンは、生徒たちが手を汚す過激なシーンになる予定だった。
けれど、「過激すぎて非難されそう」という判断とスケジュールの余裕の無さから、首輪に仕込まれた毒針で死ぬ処刑方法に修正されている。
それでも阿鼻叫喚の生徒たちが撮れているので、「刺激的すぎる」「公共の電波で流すには不適切にもほどがある!」系のクレームが来るかもしれないが。
「みなさーん。初日の投票、お疲れ様でした。この後は、学生寮にお帰り下さい。スマホに指示を送りますからね」
デスゲーム運営サイドの役者は、パニック状態の現場でも落ち着いている。
ベテランならではの存在感があって、頼もしい。
「ひっく……ぐすっ……ひっくっ……」
「ス、スマホ……ネットが繋がってない……ずっと……」
処刑後、カットの声はかからない。
カメラに囲まれながら生徒たちは教室を出て、彼らが夜を過ごす場所――学生寮に向かう。
ゲーム開始前に見せしめで殺された男子と、投票結果で処刑された男子、二人も犠牲者が出た初日だった。
ショックで、生徒たちは憔悴した顔だ。
でも、私が演じる兎堂舞花は、恍惚としている。この子の感性は、普通ではないから。
表情に気を付けながら寮の自室へ向かう途中で、スマホの通知音が鳴った。
メッセージは、デスゲーム運営からだ。
『C組人狼:兎堂舞花、早乙女メイ、朝霧シンジ』
メッセージの送信先は、名前を書かれた3人となっていた。
どうやら、デスゲーム運営が人狼が活動する夜の時間を前に「皆さんは仲間ですよ」と人狼のメンバーを教えてくれたらしい。
「……」
人狼のスマホ画面を撮ってから、長回し中のカメラは悪役である兎堂舞花から離れていく。
複数のカメラが追っていくのは、主役である星牙が演じる三神瑞希だ。
他のメンバーは、このシーンのお芝居終わり。
離れていくカメラを見送り、人狼仲間の俳優である緑石芽衣ちゃんと銅親水貴がしょんぼりとしている。
「セリフ、ない」
「うん。2話もセリフなし」
初期の撮影プランだと、『人狼ゲームxサイコパス』は、主役である星牙の三神瑞希をメインに撮りつつ、占い師(西園寺麗華)の視点や人狼の視点を多めに撮る予定だった。
また、デスゲーム運営側の視点はあまり入れない予定でもあった。
でも、制作スケジュールの都合で変更した撮影プランでは、主役である星牙をドキュメンタリ風にカメラが追いかけつつ、演技力に定評のある占い師(西園寺麗華)やデスゲーム運営側のシーンを増やしている。新人俳優三人衆が務める人狼陣営の出番は、ガリガリ削られちゃってるんだ。
「芽衣ちゃん。水貴君。私も出番削られちゃって残念だよ」
「王司先輩」
「王司」
2人に話しかけると、「セリフ覚えたのに」「練習いっぱいしてたのに」と中学生の愚痴大会が始まった。
2人ともお芝居やる気満々で練習してきたんだ~。
そうか、そうか。悔しいか~、気持ちわかるよ。
「スマホでお芝居撮ってネットに『没シーン』ってアップしたらだめでしょうか、王司先輩」
「芽衣ちゃんはネットにお気持ちするのが好きだよね……」
「可燃物なので」
2人は削られたシーンに未練があるようだ。
そうか、そうか。気持ちわかるよ(2回目)。
星牙たちの演技を見守ろうかと思ってたけど、2人にこんなにやる気があるなら、3人でお芝居の練習をするのも楽しいかもしれない。
私が「一緒に練習しよう!」と提案しようとしたとき。
「王司ちゃん。よかったっすよー」
「ん?」
見物人の中から、聞き覚えのある声がした。
あっ。パトラッシュ瀬川じゃないか。
「瀬川さん、こんにちは。見物にいらしたんですね。いらっしゃいませ~」
「ネットで話題でしたから、恭彦君が心配してたんすよ。自分が行けない代わりに様子を見てきてほしいと頼まれちゃって」
「えっ。あの恭彦お兄さんがそんな依頼を?」
パトラッシュ瀬川って、春になったら八町の会社の社員になる予定で、今はまだ学生の身分だったっけ。
いい人材だ。こういうのを千載一遇のチャンスと言うんだ。
「瀬川さん、もしよかったら、私たちがこれからするお芝居を撮ってくれませんか? 本当はやるつもりだったけど、スケジュールの都合でなくなったシーンなんです。せっかくセリフを覚えてきたから、みんなでやりたい~って思って」
みんなでいい感じのシーンを撮ろう。
そして、監督に映像を見せるんだ。
『このシーン、こんなにいい感じに撮れちゃいました。使ってください。監督~~、おねが~~い!』
……ってね。
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――『おまけ:現時点の配役メモ』
江良星牙……【主役・ゲーム役職は現時点不明】三神瑞希
葉室王司……【人狼】兎堂舞花
緑石芽衣……【人狼】早乙女メイ
銅親水貴……【人狼】朝霧シンジ
姉ヶ崎いずみ……【デスゲーム運営スタッフ】白峰いずみ
西園寺麗華……【教師・占い師】天城麗華