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203/241

203、ドラマを作るな!/すっごく、イイ!

 ――【葉室王司視点】


 風が強くて肌寒い早朝、車に乗り撮影現場に向かう私がスマホをチェックすると、八町(やまち)からメッセージが届いていた。

 

八町大気:江良(えら)君。ドラマの仕事はキャンセルした方がいいよ

八町大気:加治(かじ)桐生介(きりゅうのすけ)の子飼いの放送作家が裏で騒動のシナリオを描いていて

八町大気:『このチャンネルのYouTuber』がドラマ制作反対を唱えてる

八町大気:しばらく火に油を注がれ続けると思う……自分の身を護るべきだよ


 送信してくれた『このチャンネル』を見ると、見覚えのある名前が放送作家としてクレジットされていた。

 西園寺麗華の放送作家も務めている『モモ』さんだ。


 モモさんは、オフィス街にいれば埋もれてしまうような『The・普通』って感じの女性なんだけど……政治家の子飼いなの?

 わざと炎上騒動を起こしてる? しばらく燃え続ける予定?


 ……いや、ちょっと待って。

 そういえば焼肉事件のとき……。


『なんかね、モモちゃんからタレコミがあったんだけど、スタッフとスポンサーの一部が来ているみたい。役者たちが焼肉するって聞いて便乗することにしたんですって。挨拶しちゃうー?』 

 

 思い返すと、モモさんって、円城寺(えんじょうじ)善一(ぜんいち)とコネクションがあったな。

 そして、円城寺の父親は「加治(かじ)桐生介(きりゅうのすけ)と仲が悪くていつも喧嘩してる」とネタにされているライバル政治家だったっけ。

 

 ……えっ。

 もしかして加治(かじ)桐生介(きりゅうのすけ)、ライバル排除のために息子の善一を利用したりした?

 いやいや、まさか、まさか――でも、あり得そうに思えて、ゾッとする。

 実は裏で糸を引いてたりした……? 

  

「怖すぎるだろ」

「いかがなさいましたか、お嬢様」


 現代社会の闇にぶるっと震えて腕をさすっていると、運転席の執事が声をかけてきた。

 そういえば、私の目の前には現代社会の闇もびっくりの悪魔がいたな。

 

「セバスチャン、八町が教えてくれたんだけど、最近の炎上騒動って政治家が絡んでるんだって。しかも、その政治家って円城寺(えんじょうじ)善一(ぜんいち)(ほまれ)のお父さんのライバルで、政治家子飼いの作家が円城寺善一と繋がりがあって……」


 かくかくしかじか――身振り手振りを交えて話すと、セバスチャンは共感してくれた。


「お嬢様……人間、オソロシア」

「変なネタ覚えてきたね、セバスチャン」

「それはさておき、撮影場所に着きました」

「……ありがと」

 

 もし本当に裏で世の中を動かしてるなら、恐ろしいと同時に、不快だな。

 好き勝手しやがって。


「あ、加地監督からメッセージが来てる」

 

かじかじ:今日はドラマ撮影するんだって? おじさんは自分の番組制作がストップになってしまったよ(涙)

 

 そういえば、この人、加治(かじ)桐生介(きりゅうのすけ)の息子じゃなかったっけ?

 八町が知ってるくらいだから、当然この人も事態の裏を把握してるよね?

 試しにカマをかけてみようか?

 

葉室王司:お父さん、息子の仕事の後ろ盾になってくれてると思ったけど、邪魔したりするんですね

 

 ちょっとドキドキしながら送信してみると、ぴろんっと返事が返ってきた。

 

かじかじ:そんなもんよ


「……」


 肯定だ。

 これ、ガチなのでは? 

 息を呑んでいると、メッセージが追加された。

 

かじかじ:おじさん、カメラ持って遊びに行くよ

 

「そんな冷やかしに来られても……」 


 スマホを閉じて車から降りると、外の空気がひんやりと心地いい。

 灰色がかった雲がふんわりと空を覆っていて、太陽が恋しくなるような空模様だ。

 

 時刻は、午前10時。

 私は『人狼ゲームxサイコパス』の撮影現場に到着した。

  

 撮影場所は、私が通っている中学校だ。

 元々は違う学校で撮影する予定だったけど、テレビ局の不祥事で嫌がられてしまったらしい。

 二俣理事長がドラマ制作に好意的なおかげで助かった。


「皆さん。おはようございます! 爽やかな朝ですね」


 銅親(どうおや)絵紀(えのり)監督は、今日は白いジャケット姿だ。


「では本日も宣誓! 僕は、誰に見られてもクリーンな撮影現場を目指しています!」

 

 姿勢を正して張り切って宣言する姿から、監督の息子の水貴(みずき)が恥ずかしそうに眼を逸らしている。目が合うと、水貴(みずき)はボソッと小声で教えてくれた。


「……父さん、ずっとベランダ生活してたけど昨日は家の中に入れてもらえてベッドで眠れたから元気なんだ」


 あっ、そうなんだ。

 ……というか、私に話しかけてくれるんだ?

 

「えっと、水貴君……、撮影は体力も消耗するし、こういう情勢だと精神的に削られる部分もあるだろうから、自宅ではゆっくり心身を休められるといいよね……」


 相槌を打つと、水貴(みずき)は「うん」と頷いた。

 おお、コミュニケーションが成立したぞ。

 

 前に話したときは気まずい感じで逃げて行ったから心配したけど、割と普通に話せるじゃないか。よかった。ところで、スタッフさんが慌てた様子で走り回っているのが気になる。


 撮影チームは少人数体制だ。

 炎上ストレスで心身の調子を崩したり、逃げて行ったスタッフがいて、人手不足なんだって。

 土壇場で人数が減ったってことは、残った人の負担が爆上がりするし、撮り方も変えていくことになるだろう。

 時間の余裕もないし、大変だな。


 ところで、そろそろ開始時間だけど……?

 

 様子を見ていると、星牙が窓際で手招きした。うん?

 

「おぉい、お前ら~。なんか外がやべえ、やべえ。べえべえべえ」


 ……べえべえ?

 

 駆け寄って外を見ると、門の向こうに異様な光景が広がっていた。

 ざわざわと波打つ人の群れ。先頭に立つ長身の男性が腕を振り上げ、拡声器を使って何かを叫んでいる。あ~、八町が教えてくれたYouTuberだ。


「日本国民は、悪徳テレビ業界を許さない! オールドメディアはもう終わりだ!」


 その言葉が引き金となったように、取り巻きが一斉に口々に叫び始めた。


「支援をやめないスポンサーも共犯とみなすぞ! さっさとスポンサー降りろ!」

「役者たちも加担者だ! モラルを持て! 役を降りろ!」

「降・り・ろ! 降・り・ろ!」


 距離があるのに、低い怒号が地鳴りのように響いて、肌にじわりと圧力が伝わってくる。カメラがあるし、撮ってるんだろうなあ。配信してるかな?

 

「うわあ……」


 スマホでチェックしてみると、ばっちり配信中だった。

 しかも「今から現場いく」ってコメントがいっぱい流れてるよ。


:祭り会場把握

:中学校荒らすなよ迷惑だな 

:問題テレビ局に協力してるんだから同罪でしょ 

:俺も現場行くわ

:女優映して

:やめろやめろ

:冷やかしにいこっと

:通報しました

:お前ら捕まるぞ

:葉室王司ちゃんは中にいるのかな?

:リョウスケもいるー?

 

 お、お祭り現場にされている……。

 

「な、水貴君。やべえべえべえだろ。これ撮影できるんか?」

「うん、星牙君。これはやべえのべえべえだ」 


 男子二人は「べえべえ」と鳴く生き物になってしまった。

 なんだそのノリ。緊張感が削がれるんだが。


「謝罪しろ! 監督出てこい!」

「出てこい!」

「出てこい!」

 

 YouTuberが叫び、取り巻きが「出てこい」コールを始める。怖い。

 それをウォッチングする教室内の男子たちは「うおお、べえべえ」「べえべえ」と鳴いている。


「出て行ったら危ないと思います。警察呼びましょう、警察」


 スタッフさんが頷いて電話をかけてくれる。

 怖いなー。乗り込んで来たらどうなっちゃうんだろう。物を壊したりするのかな? 窓ガラス割ったり?

 

 あっ……銅親監督がよたよたと前に出て行った。白いジャケットが目立っていて、なんだかすごく心配だ。

 大丈夫? 出て行かない方がいいんじゃない?


 現実の窓の外と配信とを見比べていると、銅親(どうおや)監督は、何か言おうとして、何もないところで転んだ。わあ、派手な転び方!


銅親(どうおや)絵紀(えのり)が転んだw

:コントみたいな転び方したな

:おっさんより女子を出せー!

:女優が見たい

:姉ヶ崎いずみを映してくれ 

  

 泥を頬と鼻の頭につけた監督は、その場に正座をした。

 配信画面には、ちょっとボロボロになった監督がアップで上から映されている。


「僕が責任者の銅親(どうおや)絵紀(えのり)です。皆さま、本当に申し訳ございません。業界全体の古い慣習などが問題視されている状態で……業界の者として、僕も残念に思っています」

「なんか派手に転ぶからビビったが、あんたが銅親(どうおや)絵紀(えのり)監督だな。過激な発言でイキリ散らしてた奴だろ」

「はっ。僕が犯人です!」


 その言い方はダメだろ、監督。

  

:お前のテレビ局も不祥事が暴かれてるだろ

:でもあれデマって言われてるよ

:暴かれたのがデマでも似たようなことしてるのは明らか

:おっさんより女優さんにしゃべらせてよ

:リョウスケくんはいないの?

:ごめんリョウスケって誰

:コメントの民度が低すぎる

 

「会社の不祥事でも世間をお騒がせしてしまい……個人的にもイキリ散らしてしまい、妻にも大変怒られまして……僕が謝罪しますので……本当に申し訳ございませんでした……」

「監督。謝罪して許されると思うなよ。50年100年分、世の中で当たり前とされてきた古い文化が悪いんだ。そん中で甘い汁を吸って来たからには、まず仕事を辞めて会社を潰せよ。社員は全員、財産を詫び金として国民に配布して責任取れ」

「それはちょっと……」

「はあ~? 言い返すなよ。クレーム対応の基本も知らねえのか? 言い返さずに共感と謝罪をしろよ」 


:カスハラじみてきたぞもっとやれ

:おっさんいじめである  

銅親(どうおや)絵紀(えのり)は会社の罪を認めたな

:銅親「黒ですごめんなさい」

:奥さんに怒られたんか笑 

:喋らない方がよくない? このおじさんめっちゃ自爆するじゃん

:銅親、カツ丼食え

:うちの会社にもあるんだよねー接待とか古い時代のノリ

:あるある、どこの業界にもある 

:銅親、甘い汁を吸ってきた模様

:【速報】銅親(どうおや)、会社に不祥事があったと自供する

:この監督クビにしよう

:なんか怖い 

:この人炎上商法上等ってイキってたよね

:これも炎上商法か

:末端の社員は何も関わってないだろ、巻き込まれて可哀想

:んなわきゃない

:上級国民の社員が職を失って絶望するの胸が空く

:そいつらが不幸になってもお前が幸せになるわけじゃねーぞ 

 

 ああ~、コメントが盛り上がってる。

 だめだ、監督。下手にしゃべるとシャレにならない事態になるぞ、これ。

 黙って警察に任せた方がいいんじゃないかな。

 

「私、止めに行くよ」

「おっ。僕も行こ」

 

 もう遅いかもしれないけど。

 教室を出て走り出すと、スタッフさんが「危ないよ!」と止めてくる。思うに、その「危ないよ」の制止は最初に銅親(どうおや)監督にかけるべきだったな……あの人はなんで一人で出て行っちゃったんだ。


 校舎の外に出ると、風がびゅうびゅうと強く吹きすさんでいた。

 

「もう、あの、弊社は上層部の退陣が発表されていまして、組織体制の見直しと再発防止策の検討がされ……うっ……」

「長い!」


 あっ。監督がDVDを投げつけられている。こめかみにクリーンヒットして、痛そう。

 地面に落ちたDVDは――『フローズン・ドクター』だ。


「もう嫌なイメージがチラついて観れなくなったよ。買わなきゃよかった、こんなの」 

 

 ……ヘイトが過去に撮った作品にも向けられているのか。

 それ、江良の遺作なのに。


「言葉じゃなくて行動で示せよ! ドラマを作るな! 会社を畳め!」

「テレビ局なんて、上級国民のコネ採用ばかりなんだ。なくなったほうがみんなのためになる!」


 スタッフが急いで駆け寄り、「警察を呼びましたから」と監督に囁く。私たちも監督のジャケットを引っ張り、立ち上がらせた。

 

 しかし、事態はさらに悪化する。


 スローモーションのように、YouTuberの取り巻きの一人が地面に手を伸ばした。指先に握られたのは――石だ。


 やめろ!


 心の中で叫ぶも虚しく、男の右腕が高く振り上げられた。そして、石は放たれた。

 投げられた石は空を切り、監督のすぐ足元に乾いた音を立てて落ちた。

 ポテン、と。


「……」

 

 一瞬の静寂ののち、YouTuberが大声を上げた。

 

「今誰か、石投げたのか? 暴力はいけねえよ。やっちゃいけないラインってもんがあるだろ。誰が投げたんだ? 俺、見てなかったけど……もしかしてドラマ撮影班が怒って投げたりした?」


 ――してないよ!


 でも、事実がどうかなんて、きっと、もう関係ない。

 配信の画面にどう映っているのか、みんなが「何が起きたと思ったか」が大事なんだ。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――【放送作家視点】

 

 放送作家の見つめる画面で、配信コメントが「ドラマ撮影班が一般人に石を投げた」という見解で染まっていく。

 

「はいはいっ、台本通り。ミッションクリア~、イージーゲームでーす」

 

 坂道の上から、下に向けてリンゴを転がす。

 リンゴはコロコロと転がっていく。

 それを上から見ているのが、私だ――放送作家である『モモ』は、現場近くの安全な車の中で手ごたえを感じていた。

 

 全部が全部、思い通りになるわけじゃない。

 大好きな親友、西園寺麗華がドラマを降りなかったのは、残念だ。

 けれど、自分の言うことを聞かずに痛い目を見れば、麗華は反省するだろう――モモは万能感を胸に微笑んだ。

 

 麗華さんが謝ってきたら、幼子を相手にするみたいに優しく慰めてあげよう。

 「だから言ったじゃないですか」と呆れた顔で笑って、「ブランドイメージが落ちてしまったけど、大丈夫、私が挽回策を考えます、次からは私の言うことを聞くんですよ」といい子いい子してあげる。


「ふふっ、麗華さん。気にしなくていいですよ。私、気に入った女の子に尽くすタイプなんですから。優しくしてあげます……♪」

 

 ここにはいない妄想上の麗華をよしよししていると、現実の配信画面から想定外の声が聞こえた。


『えっ……、そ、そこの、おじさん……』

 

 ん?


 配信の画面に、恐怖におののく少女がアップで映される。

 カメラを持っている配信者が、「なんだ?」と驚いて少女を映している。

 少女――『国民の妹』――葉室王司を。

 

 ……何が起きたの?

 

 モモは、少女の顔を見て息を呑んだ。


 陽光を受けて艶を放ちながら、さらりと揺れる黒い髪が美しい。

 透明感のある白い肌は、青ざめていた。震えている?

 簡単に折れてしまいそうな細い手足が目に見えて震えているのが痛々しくて、モモは母性のようなものを掻き立てられる気がした。

 

「わ、わ、私っ……み、見たんです!」


 葉室王司は、過呼吸気味に必死な様子で言葉を紡いだ。

 

 どうしたの。何を見たの。落ち着いて。

 お姉さんがついているわ。

 モモは、あまり話したことがない少女のお母さんみたいな気分になった。

 

 今すぐ外に出て、あの子に駆け寄ってあげて、華奢な肩を抱いてあげたい。

 私が味方よ、何も怖くないわよ、と言ってあげたい。


 なぜか、無性にそんな気になる。

 これは何? こんなの、初めて。


「あ、あっ、あのっ、あのおじさんがっ、石を私に! 私に投げたのっ……!」


 黒い睫毛に縁どられた瞳から、透明な涙が溢れる。

 とても怖かった。

 そんな感情が決壊して、あどけない頬を伝って流れるさまがアップで映されて――ああ……! 

 いけない……私の台本の邪魔になる流れを作られている!

 

 危機感を覚えつつ、モモは葉室王司の綺麗な涙に見惚れてしまった。

 ――こんな風にこの女の子を泣かせてしまう現代社会は、なんて酷いのだろう――そう思えてならない。つらい。とても、悲しい。苦しい……。


「えっ、えっ、江良さんの、遺作なのにっ……、い、いろんな人の、想いが詰まった……努力の成果の、大切なDVDを……こんな風にっ」

 

 葉室王司が悲しそうに泣いている。

 落ちているDVDを拾って、ひび割れている部分が痛ましくて堪らないという様子で撫でて、ピュアな涙を流している。涙に濡れた瞳に、ほんの一瞬、怒りが覗いた。


 あっ。

 この感情、知っている。


 モモの脳裏に、何かが閃いた。


 ――フローズン・ドクターの江良九足の演技。38歳の男性医師が、ひそかに認めていた同僚医師との別れで見せた怒りに似ている。同僚医師は、冤罪で職を追われる身の上だった。

 江良が演じる医師は、映画の話を例えに出して――モモの解釈だと、その心には愚かな大衆への怒りがあった。


 モモはゾクゾクと全身を震わせた。

 

 思い出す。思い出す。


 西園寺麗華が片思いしていて、モモが嫌いなイケメン俳優を。

 彼が演じた、モモが一番嫌いなタイプのすかした医師を。

 

 あの皮肉げな表情。

 あの悲しみを燃やして怒りに変換しているような、目。

 人類をゴミクズ以下の醜悪で愚かな群れだとみなしている医師の絶望と失望と――底に少しだけある、切なくて報われることのなかった、純粋な愛を。


 モモは、あのドラマで忌々しいことに、医師のキャラに胸を熱くしてしまった。

 男なんて嫌いなのに、嫌いなタイプのど真ん中だったはずなのに、あの生きざまに、あのルックスに、声に、セリフの数々に、表情に……「格好いい」「切ない」「好きだ」と思ってしまったのだ。


「……」

 

 配信コメントは葉室王司の言い分を信じて、「おじさん」を糾弾し始めている。

 モモの台本は、アドリブ演者の乱入で展開を変えられてしまった。でも、そんなことが今は、どうでもいいとさえ思える。


 懐かしい医師の名場面名シーンが無限にモモの心の中で展開されて、泣けてくる。

 江良九足が死んでしまったから、『フローズン・ドクター』は続編が絶望的だ。あの医師には、もう会えないのだ。

 そんなどうしようもない切なさが心に吹雪を起こす中、サイレンの音が近づいて来る。警察か。


 ――この場を離れた方がいいかもしれない。


 車の外をチラリと確認するモモの耳に、聞き覚えのある二人組の声が届いた。

 

「撮ろう佐久間君、あれ撮ろう。撮らないなら俺が撮るぜ」

「やだな。僕はもう撮ってますよ」

 

 ドラマ『人狼ゲームxサイコパス』を制作中のテレビ局とは別のテレビ局に所属している二人の監督は、火事場好きだ。

 加地監督のテレビ局は、すでに燃えている。黒幕政治家の息子である加地監督は、「こちらの都合で燃やす。ほどほどで鎮火するから安心しろ」くらいには言い含められているだろう。

 佐久間監督のテレビ局は、まだ燃えていないし、燃える予定もない。


 彼らとは、偶然にも『太陽と鳥』のコンペでもライバルとして戦っている最中だ。プライベートでも、同業者のよしみで飲みに行ったり、同じネットコミュニティでチャットをしたりする仲間でもある。


「いいわ、勝負しましょう――私はコンペもリアルも、あなたたちの上を行く!」

 

 『太陽と鳥』のコンペを勝ち取ったら、葉室王司に主演をさせてあげるのもいいかもしれない。


 モモは、ずっと江良九足という俳優を残念に思っていた。

 演技が卓越していて、カリスマ性がある俳優には、ただひとつ、性別が男性という欠点があったからだ。モモは、男相手に「男嫌いって言ってるけど、あなただけは例外♡」と色仕掛けをすることがあるが――男嫌いはガチなのである。

 例外があるとすれば、ドラマの中の人物である『フローズン・ドクター』の主人公だけだ。


 江良によく似た感情を見せてくれる女の子の天才俳優がいて、『フローズン・ドクター』で感じたときめきを感じさせてくれる、というのは、実に嬉しい発見であった。

 

 ――葉室王司ちゃん、すっごく、イイ!

 

「麗華さん。私の言うことを聞かないなら、あなたなんてもう捨ててしまってもいいかもしれない。もっと若くて優秀な女の子に乗り換えちゃおうかな? ……なんて。ふふっ。それは、冗談だけど」


 王司ちゃんも、麗華さんも、二人まとめて囲ってしまえ。

 私の「天才女優・百合ハーレム」を作っちゃうぞ!

 二人一緒に、仲良く私にお世話されてくださいね♡

 

 モモは明るい将来を脳裏に思い描き、にんまりとした。

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