200、芸能界には枕営業があるってみんな言ってる
旅行が終わり、数日経った。
SNSをチェックしているけど、赤リンゴアプリを使った配信の話題は全くない。
そして、『火臣恭彦』で検索すると、ショートドラマの話題ばかり出てくる。
『令嬢の恥ずかしい話』『港区女子の反撃』『君は上納アイドル』『恋の仕方がわからない』……いつの間にかそんなに出演してたんだ。ショートドラマって1話3分とかだけど、それにしたって短期間で何作も出すぎでは?
SNSのフォロワーもかなり増えてるじゃないか。
……売れ始めてたりする……?
「お嬢様。まずは配信のお仕事でゴザイマスネ」
「あっ、うん、うん。最初はね」
セバスチャンが運転する車は、仕事の現場に向かっている。まずは、バラエティ番組の収録現場へ。LOVEジュエル7のメンバーで、カナミちゃんを応援するんだ。公式動画チャンネルの配信だよ。
「今、カナミちゃんはもう控室にいる時間かなー。がんばってーってひとこと電話しようかな? 集中してるところを邪魔しちゃうかなー? セバスチャン、どう思う……」
赤毛のセバスチャンは、ふんふんと鼻歌を歌いながらハンドルを握っていた。セーラームーンか。
っていうか、セバスチャンに事情聴取すればいいんだよな。この悪魔がアプリ作ったんだし。
「セバスチャン。この前、スキー旅行のときに赤リンゴアプリを再配布してたよね?」
「お年玉デス」
物騒なお年玉だな!
「……なんか火臣恭彦がアプリを使ってたんだけど、何を願ったかわかる?」
「守秘義務デス」
こ、こいつ……しらを切りやがって。
「ぐぬぬ……」
もういいや。移動時間で学校の勉強をしよう。
教科書持ってきたんだよ。
「1598年の豊臣秀吉の病死以降、関東を領地としていた徳川家康が勢力をのばしました。1600年、秀吉の子、豊臣秀頼の政権を守ろうとした石田三成は、毛利輝元などの大名に呼びかけ、家康に対して兵を挙げました。家康も三成に反発する大名を味方に付け、全国の大名はそれぞれ三成と家康を中心とする西軍と東軍とに分かれて戦いました。これが関ケ原の戦いのことで、別名、天下分け目の大合戦とも言われています……ふああっ?」
音読していると、セバスチャンが急ブレーキを踏んで、車が急停止する。
どした? 事故らないで?
そっと顔色を窺うと、セバスチャンは両手で自分の頭を抱えて不満を訴えてきた。
「今のは『もういいよ秀吉』のネタバレデス、お嬢様。豊臣秀吉が病死するナンテ!」
『もういいよ秀吉』は豊臣秀吉を主役にした大河ドラマだ。
アリサちゃんが数話だけ出てるんだよね――なるほどなあ。ネタバレという発想はなかったや。
「セバスチャン、時代劇って、昔の歴史を劇にしてて……秀吉って実在した日本の歴史上の人物で、もうずっと前に死んでるんだ。人気がある時代の有名な人だから、割と日本人はみんな知ってる……と思う。学校でも基礎教養として習うんだ。というか、今まさに私が習わされている。ほら、これが教科書だよ。なんなら一緒に勉強するのはどう?」
「ワカリマシタ」
わかり合えてなによりだ。じゃあ、続きを読むか。
「この戦いに勝利した家康は全国支配の実権をにぎりました。1603年、家康は朝廷から征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開きました。江戸幕府は、260年余りも続く戦乱のない平和な時代を作り上げました。この時代を江戸時代といいます」
おや、また車が停まった。
「お嬢様はネタバレ厨デス。本当にヒドイ」
「さっきの『ワカリマシタ』はなんだったの」
「ところで、お嬢様。そろそろ三木カナミに電話なさっては?」
あ、そうだった。カナミちゃんに電話してみよう……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【三木カナミ視点】
今日はカラオケバトルの決勝戦だ。
控室の鏡に映る自分を睨んで、三木カナミは奥歯を噛みしめた。
……トイレに行きたいっ!
さっき、トイレに行ったら入った瞬間、手を洗いながら泣いている人がいて、「えっ、なに? やば」と咄嗟に踵を返して逃げてきてしまったのだ。
ほんの一瞬だったが、ライバル歌手だったかも。決勝のプレッシャーで泣いていたのかも。
スルーして個室に入るのも気まずいし、知らない年上のライバルが泣いているところにずかずか踏み込んでいって「どしたん、話聞くよ」と話しかけるムーブも「いやいや、ないでしょ!」と思って、逃げちゃった。
溢れる思いをスマホにぶつけてもいい?
ぶつけるわ。
三木カナミ:トイレいきたい!!!!
はー……言っても解決しねえんだわ。
ため息をついたとき、控室の扉がノックもなく開いた。
入ってきたのは、THE・お金持ちって感じのおじさんだ。
「カナミちゃん、調子はどうかな?」
確か偉い人だ。名前、なんだっけ。
「はいっ、これから本番です。頑張ります!」
できるだけ明るく答えると、おじさんは手を握ってきた。
しかも、耳元に顔を寄せて囁いてくる。
「おじさん、カナミちゃんが個人的に好きなんだ。本当は別の子が有力なんだけど、こっそり土壇場で働きかけてカナミちゃんを優勝させてあげてもいいよ。今日、終わってから時間ある? 美味しいディナーを食べさせてあげるよ。ホテル予約してるんだ」
「は?」
ドッキリ? ガチ? やばいやつ?
不正? 枕営業? あたし未成年だけど? 趣味の悪い佐久間監督の仕業じゃない?
トイレ行きたいんだけど?
「佐久間監督が仕掛けたドッキリですか? めちゃくちゃ微妙だと思う……だって最近、SNSとかで話題に出てるじゃないですか。パワハラとかセクハラとか、性接待とか。ドッキリにしても過激すぎ。監督、危機感持った方がいいって」
まくし立てると、男は「へ?」と間抜け顔をした。そんな顔されても、こっちはトイレ行きたいんだけど。
可哀想、この人。監督に言われて仕方なくやってんだろうな。ああ、まじでトイレ行きたい。
「あたし思うんですけどー、こういう企画が通っちゃうのがやばいっていうか……おじさんは悪くないと思うんですけどね。お仕事でしょうし、会社員さんって上に逆らったりできないんでしょう? 大変すぎ。可哀想。あと、そろそろ離れてほしいでーす」
両手で胸板を押すと、おじさんはへろへろと後ろに下がった。なんか間抜けだ。「まあ、会社員は大変だよ」と頷く声は、困惑気味? あたし、もしかして今「風俗説教おじさん」の女版みたいになってる?
不意にスマホの着信音が鳴った。画面には「葉室王司」の名前が出ていた。
「もしもし? 王司? トイレ行きたいんだけど。ドッキリ仕掛け人してたりする?」
スピーカーにして応じると、よく通る可愛い声が響いた。大好きな王司だ。
『カナミちゃん! こっち、みんなで応援しながら生配信するよ! がんばってねー!』
王司の元気な声が控室に響き渡る。
あー、生配信だったのか。佐久間監督って最低じゃね?
じろりとおじさんを見上げると、男は慌てて控室を出て行った。
「じゃあ、おじさんはもう失礼するよ。本番がんばってね、カナミちゃん」
『カナミちゃん。SNSにも投稿してたけど、トイレ行けないの?』
「あ、ううん。行ってくるわ。応援ありがとね、王司」
『えへへ。みんなでペンライト振るよー!』
「おー! あたしトイレ実況して炎上配信にしてやろうか」
『それはだめだよ』
「あははは!」
電話を終えてトイレに行くと、さっき泣いていた人がまだいた。
「どうしよう。今がチャンスだと思うけど……どうしよう」
推定・ライバルのお姉さんは、深刻な表情だ。
プレッシャーと戦ってるんだな。
「えっと、失礼します。トイレ使いたくて」
「あっ、すみません、なんか。さっきも来てましたよね。なんか本当にすみません」
そーっと後ろを通って頭を下げると、お姉さんは「どうぞどうぞ」と言ってくれた。だめって言われても使うけど、トイレ。お姉さんの専用トイレじゃねーし。
「使いまーす。えと、お互いがんばりましょう。あたしもがんばります」
「……! そうですよね。がんばらなきゃ、ですよね」
お姉さんは「迷っていたところを背中を押してもらった」って感じの顔になって、拳を握ってトイレから出て行った。がんばれ、お姉さん。あたしも負けないぞ。
――あたしのコンディションはいい。
思う存分、歌えると思う。
すっきりと用を足し、手を洗って、控室に戻ると――そのあとの時間はあっという間に感じられた。
「出来レースって噂あるよ。誰が優勝するか、接待させて決めてるって」
「あー、やっぱ、この番組もそういう不正、あるんだぁ……あるよねー……」
直前に聞こえた囁き声は、終わるまで聞きたくない種類の噂話だった。
チラッと思ったのは、「さっきのって本当にドッキリだったのかな?」ってことだ。
不正があって、あのおじさんは不正を知っていて、「カナミちゃんに優勝者を変えてあげるよ」って取引みたいなのを持ちかけてた?
落ち着け。真偽不明だ。考えても意味がない。
それより本番だ。モチベを落とすな。集中しろ。深呼吸。
「三木カナミさん、出番です」
「あ、はい。……気持ち切り替えていこ。さあ、本番だ」
生放送は、歌の良し悪しが誰にでもわかる。誤魔化せない。
――実力で出来レースをひっくり返したら、かっこいいぞ、あたし。
ステージのライトが眩しく照らしてくる。
こんな風に光を浴びて、自分が地上波に歌声を響かせることができるのは、すごいことだ。特別だ。
マイクを握りしめながら、カナミは歌い始めた。
オーディション番組で高槻アリサが言った言葉が脳裏に過る。
『アイドルは、スターは、輝いてる。みんなが憧れて、大好きってなる。可愛くて、かっこいい。強い。お日様みたい。あったかいといい。優しいといい。お友だちと手をつないで、一緒にがんばろうって言える子がいい。不正があったら、嫌だなって言えるといい』
あたし――三木カナミは、過去のやらかしで、イメージが悪い。
三木カナミは、『いい子』じゃない。
みんながそう思ってるし、あたしもそう思う――誰よりも自分が、自分の醜さやクズさをわかってる。
でもあたし、不正があったら「嫌だな」って言うよ。
どんなに結果がほしくても、ズルだけはしねえよ。
輝く自分になりたいよ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
「電話できてよかったですね、お嬢様」
「うん、うん。カナミちゃん、ちょっと緊張してるっぽかった。笑ってくれてよかったや」
生配信スタジオの入り口に到着して車を降りると、スタジオの前でスタッフさんが待っていた。
挨拶をして建物の中へ。私たちの控室はすでにアイドルグループ『LOVEジュエル7』のメンバーでいっぱいだった。
「王司、遅い!」
真っ先に声をかけてきたのは五十嵐ヒカリ先輩。今日は黒髪をお団子ヘアにしている。
腕を組んで、ちょっと不機嫌そうな顔。
「ごめんごめん、さっきセバスチャンが日本史のネタバレで大騒ぎしてさ」
「日本史のネタバレって何?」
スポンサー彼氏持ちのこよみ聖先輩がチョコをくれた。
「これ、相山君がくれたの。ドバイチョコよ」
「へえー」
こよみ聖先輩は隙あれば彼氏自慢だ。
ドバイチョコは、板チョコレートの中に色々サンドされてるっぽい。美味しい。
あ、緑石芽衣ちゃんがドラマの台本を読んでる。芽衣ちゃん、お芝居やる気あるんだな。よかった。嬉しいや。
目が合うと、萌え袖がちの小さな手をフリフリと振って話しかけてくれた。
「王司先輩。この配信のあとはドラマの顔合わせですね」
「うん、うん。芽衣ちゃんとまたお芝居できて嬉しいな。一緒にがんばろうね」
今日は全員でカナミちゃんを応援するための生配信だ。
カメラは定点に設置されていて、コメント閲覧用と番組表示用のモニター画面が並んでいる。
パステルカラーの可愛いソファにみんなで座って、準備を整える。
私の両隣は、芽衣ちゃんとアリサちゃんだ。
私たちの後ろでは、司令コスチュームの佐久間監督が黒幕っぽいポーズを決めている。
監督は喋らず、後ろで格好よく座ってるだけなんだって。なんだそれ。
タイトルコールは、全員で。
「LOVEジュエル7生配信 - カラオケバトル応援編! ファンネーム・ジュエラーのみんなー! 生配信へようこそー!」
カメラに向けて両手を振ると、コメントがどんどん増えてくる。
:始まったー!
:なんか監督がいる
:みんな可愛い
:監督は可愛くない
:王司ちゃんスキー可愛かったよー!
:王司ちゃんの転び方ブームになりそう
「これから、カナミちゃんがカラオケバトル決勝に挑戦するよー! みんなで応援しよー!」
:カナミちゃんがんばれー
:優勝優勝優勝!
:正直あの子好かん
:アンチは黙ってろ
:可愛いは正義だよ
:実はこの番組、もう結果決まってるって言ったらどうする?
:カナミー見てるぞー
:王司ちゃん今日はサイドテールなんだ可愛い
:カナミWIN!
:カナミLOSE
:アンチしつこいな
:わいはカナミちゃんが泣いてるところが見たいねん
:落ち込んで帰って来て王司ちゃんに慰められるところが見たい
:マニアックな趣味のファンが混ざってるぞ
一部、様子のおかしいファンもいるようだが、モデレーターが対応するほどではないだろう。
スタッフさんが持ってきてくれたグレープジュースで乾杯していると、カナミちゃんが歌う番がやってきた。
「次の出場者は、LOVEジュエル7の三木カナミさん!」
軽くウェーブした金髪をなびかせたカナミちゃんは、トレーニングウェア姿だ。
足元もスニーカーで、アイドルというかアスリートみたい。可愛いけど。
:カナミ、覚悟完了してるな
:目が据わってるw
:これからカチコミにいきますって感じ
:いいぞ、フリフリ衣装よりカナミらしいぞ
:実はこの番組、もう結果決まってるって言ったらどうする?
:カナミちゃんらしさとは一体
五十嵐ヒカリ先輩がおせんべいをバリッと砕いて口を尖らせた。
「ああいう格好するならハチマキに寄せ書きしたのに」
「あー。いいね、寄せ書き」
月野さあや先輩が「今から寄せ書き作る?」と呟く――うん? 待って。
この先輩、配信しながらskebの依頼絵描いてる……。
「相山くーん。観てるー?」
こよみ聖先輩は一切合切を気にすることなく、マイペースに彼氏と電話し始めちゃったよ。
:初見ですが最近のアイドルってこんな感じなんですか?
:可愛いだろ
:彼氏との電話はだめでしょ
:実はこの番組、もう結果決まってるって言ったらどうする?
:この子たちはいつもこんなノリだけど
:NTR欲がそそられる新時代アイドルだぞ
:なお1曲出して終わりと宣言されている模様
モニターに映るカナミちゃんは、少し緊張しているように見えた。
でも、目はしっかりと前を向いている。
曲が始まると、その歌声がスタジオにも響いてきた。
あ……曲、SACHI先生の若い頃の曲を選んだんだ?
『風を掴むから』――『少年とテントウムシ』の挿入歌だ。
この歌、『太陽と鳥』の原作者が「好きな歌だ」ってインタビューで語っていたこともあるんだよね。
カナミちゃんの金髪が揺れて、ハイトーンが伸びやかに響く。
『♪君が気付かなくても ボクは君の味方だよ』
ふわりと柔らかな風が吹いた気がした――心地のいい。
『♪ボクは君のために風を掴むから』
脳裏に広がる光景は――なぜかはわからないけど――江良がいた児童養護施設の風景だった。
家屋が正面や隣に並ぶ中、非常口の案内みたいな緑の人のマークの看板が出ている。
壁には、子どもが手や足をかけて遊べるカラフルな突起が並んでいて、中に入ると木材の暖かみを感じさせる内装で、受付の横の木の階段を登って、上に行く。
番号が付けられている寮棟があって、6寮に向かうんだ。
ここは、居心地のいい子どもの町だ。
窓から見える空は曇っているけど、雲の隙間から光が零れている。
それがなんだか神秘的で、厳かで……江良は、地面に視線に落とすのがもったいなく思えた。
顔を上げて、視線を高い空の果てに向けて、眩しい光をいつまでも眺めていたい気分になった。
『♪この背に乗って ボクを信じて』
カナミちゃんはスタジオでキラキラとスポットライトを浴びて歌っている。
『♪一緒にいこう、高いところへ』
ゆったりと左右に体を揺らして、長い金髪をキラキラさせて、一生懸命、語り掛けてくる。
『♪上を見て ボクを見なくてもいいから』
そのとき、私は深海に沈む人魚姫を幻視した。
人魚姫が真珠みたいな泡になって消えていく――泡が浮上していく先には、海面がある。
地上から降り注ぐ陽光が揺らめく海中風景は、美しかった。
『♪ああ 君といられてよかった ボクが思うのは、それだけさ』
光輝くような歌声が、心の中に染みていく。
暖かい。同時に、切なくなる――八町が生み出したテントウムシのドラマだ。
『――♪』
歌声が小さくなっていく。
マイクを口元から離すカナミちゃんがアップで映る。
金髪をかきあげて強気に微笑むカナミちゃんは、格好よかった。
「……すごい」
歌い終わった瞬間、大きな拍手が湧き上がる。
気付けば、頬が濡れていた。
:王司ちゃんが泣いてる
:実はこの番組、もう結果決まってるって言ったらどうする?
:うおおおカナミィィィ
:ぶっちゃけ舐めてた、上手くてびびった
:カナミって歌上手いんだな
:努力してんだよ
:歌うたびに上手くなっていく
:推すわ
ジュエルたちが歓声を上げている。
「最高だったね……!?」
「もしもし、相山君~? 泣いてるの? もしかして心の浮気してる?」
「王司ちゃん、ハンカチどうぞ」
「ありがと、アリサちゃん」
みんなで興奮気味で余韻に浸っていると、審査が始まった。
そして――。
『優勝は、LOVEジュエル7の三木カナミさんです!』
その瞬間、私たちは全員立ち上がって拍手しながらぴょんぴょん跳ねた。
:おおおおおお
:優勝だああ
:オレは心の浮気が気になる
:88888
:おめでとうおめでとう
:NTR! NTR!
:カナミWIN!
:ジュエルちゃんはよくジャンプする
:みんな可愛い
:仲間の優勝を喜べる子たちだから好きなんだ
「みんなー、カナミちゃんにプレゼントするお祝いの寄せ書き作ろうぜい!」
月野さあや先輩が提案すると、スタッフさんはサッと色紙を持ってきてくれた。
スタッフさんがペンを渡してくれたので、私が最初の一筆を失礼しよう。
「よーし、書きまーす!」
「おー!」
――『寄せ書き』
葉室王司『カナミちゃんおめでとう!』
五十嵐ヒカリ『カナミおめでとう、あたしも負けてられないわね!』
月野さあや『カナミちゃんのファンアートSNSにアップしといたよ꒰( ˙ᵕ˙ )꒱』
こよみ聖『相山君が「炎上しなくてよかった」って言ってた』
緑石芽衣『歌が上手ですごい』
高槻アリサ『カナミちゃんおめでとう!』
:まるで卒業するみたい
:王司ちゃんの字、好きだよ
:カナミが出世して嬉しいよ
:卒業しても、ずっ友だよ!
:すぐ卒業に持っていくのやめろ
:歌がガチでよかった
:佐久間監督こっそり後ろで泣いてるぞ
:卒業するとしたら全員一斉にしそうな子達
:アリサちゃん〜! 大河観るからね!
:こういうグループって売れる子と売れない子が出てきてつらい
:みんな幸せになってくれ
:喧嘩しないでね
しばらくしてから配信は終わり、私はみんなに別れを告げて車に乗り込んだ。
次はテレビ局で、新しいドラマの顔合わせだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【伊香瀬ノコ/西園寺麗華】
『LOVEジュエル7生配信 - カラオケバトル応援編!』と題された配信を、別々の場所で二人の女が見ていた。
自宅でココアを飲みながらニコニコと見守る伊香瀬ノコ。
そして、バラエティ番組の収録を終えて次の仕事場に向かう車内で見ている西園寺麗華だ。
画面の中で、アイドル『LOVEジュエル7』の6人が仲間への寄せ書きをしている。
「ふふっ、寄せ書きするの? ジュエルちゃんたちって、ほんとに仲良しね。癒される……」
:王司ちゃんの字、好きだよ
プライベートアカウントでコメントを送信してから、ノコは江良の名前で書かれた手紙を懐かしく広げた。
以前、王司がファンレターに紛れ込ませた『江良を装う』手紙だ。
「ふふ、王司ちゃんの字、やっぱり見れば見るほどこの手紙と同じ。筆跡変えるとか思いつかないのかな、……可愛いんだから」
一方、西園寺麗華はきゅっと眉を寄せ、画面をガン見していた。
「江良先輩の字に似てる……って思っちゃった……」
やだ、なんだか変なことを思いついてしまいそう。
あまり見ない方がいいかも――麗華はコメント欄に視線を逃した。
そして、コメント欄に書かれた悪意的な書き込みに眉を寄せた。
:三木カナミの優勝は最初から決まってたよ、枕営業って言うんだ、こういうの
『耳が腐ってんのかしら。今の歌を聞いていたら実力で勝ったってわかるでしょ』
配信メンバーの五十嵐ヒカリが見咎めて怒り、親友の月野さあやが宥めている。
『ヒカリ、荒らしに反応しちゃだめだよ』
反応されたことで、コメントを書いた視聴者が「図星だから怒ったんだよ」「芸能界には枕営業があるってみんな言ってる」「やーい枕~~!」と連投している。あらら。
「小学生とか? 意味わかってるのかしら……――あ。親が出てきた……」
:このアカウントの親です。うちの子がすみません。
:芸能界以外にも枕なんてフツーにあるぜ
:ごもっとも
:枕なんてないよ! キヨラカなワールドだよ!
:教育に悪い配信だな
:カナミの優勝にケチつけやがって
:キッズだからって許されると思うな
:カナミちゃんにもファンがいるんだなって
:そりゃいるよ
麗華は複雑な気分になりつつ、「おつかれワンカップ!」と書き込んで嫌なログを流してあげた。
西園寺麗華:おつかれワンカップ!
西園寺麗華:このあとは王司ちゃん芽衣ちゃんと私、一緒にお仕事ね!
西園寺麗華:楽しみだわー!
西園寺麗華:一緒にがんばりましょうね!
「麗華お姉さんだー!」
王司が嬉しそうに笑顔で手を振ってくれる。
嫌なことを全部忘れさせてくれる可愛い笑顔に、麗華はホッと安心した。