20、話題になるのは確定しています
――【王司視点】
「王司。今までごめんなさい」
「こっちこそごめんなさい、ママ。セバスチャンのことも怒らないであげてね」
騒動の後、潤羽ママは謝ってくれた。
SNSでは、火臣打犬のCMが弄られている。
『二俣グループは一途です! ←CMに採用してる人、ぜんぜん一途じゃないじゃん』
二俣グループは当分、ネットのおもちゃだ。
ブランドイメージに傷がついてしまった。
……二俣には悪いことをしたかもしれない。
ごめんね。
でも、おかげでママの名誉は回復できた。
世間的には、葉室家は被害者の立ち位置に転じている。
アリサちゃんはLINEで「私も浮気の子だよ」と教えてくれた。
いつも明るく笑ってるアリサちゃんがそんな境遇だったとは……。
「教えてくれてありがとう」とチャットを返すと、スタンプが送信された。
「よぉーーー」という文字付きで歌舞伎役者が見得を切っているスタンプだ。お兄ちゃんのポエムに毎度ついてくる「ヨッ」ってこれの派生なんだろうか。
気になることは聞いてみよう。
葉室王司:アリサちゃん。いつもお兄ちゃんがポエムに書いてる「ヨッ」って、歌舞伎の掛け声?
すると、アリサちゃんは「ヨッ」という文字付きのゆるキャラが見得を切るポーズをしているスタンプを見せてくれた。
高槻アリサ:このスタンプ、お兄ちゃんが小学生の時に作ったんだよ
アリサちゃんのお兄ちゃんはクリエイティブだ。
お兄ちゃんの手作りスタンプは50円だった。
購入すると「お兄ちゃんが『お買い上げありがとうございます』って言ってる」とチャットが送られてきた。
お返事代わりに「ヨッ」のスタンプを送信すると、アリサちゃんも「ヨッ」を返してくれた。
スタンプのリストから「おやすみ」を選ぶと、アリサちゃんも「おやすみ」を返してくれる。
スマホの画面を消してベッドに入り込むと、ぐっすりと眠ることができた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【伊香瀬ノコ視点】
「伊香瀬さん。体調が良さそうで安心しました。食事もちゃんと摂っていらっしゃるんですね。お医者様がご本人に改善の意思が出ているのがとても良いことだと仰ってましたよ」
「……ご迷惑をおかけしています」
「いえ……!」
女性のマネージャーが土下座しそうな勢いで頭を下げている。
「伊香瀬さん。ぜひ健康になってください」
「……はい」
こくりと頷くと、マネージャーは嬉しそうに笑ってくれた。
この人に、酷いことを言った記憶がある。
今まで迷惑をかけてきたし、これからも迷惑をかけ続けてしまう。
「申し訳ありませんでした……」
「あの、過ぎてしまったことは仕方ないですから! これからのことを考えましょう、伊香瀬さん」
「こんな風に謝らないといけない人、たくさんいると思います。でも……」
死んでしまった江良さんには、もう謝罪できない。
取り返しのつかない現実が悲しくて、辛い。
……死んだ人は「辛い」と思うことすらできない……。
「事務所は味方です。大丈夫です。お仕事はできそうですか? 上の方が受けると返事をしてしまっているようなのですが、あの、無理だったらしなくてもいいんです。いいんですよ」
「お仕事はします。無理じゃないです」
事務所が味方してくれる。
罪を隠してくれる。
守ってくれる。
代わりに話をつけてくれる。
助かるけど、悪いことを隠して世間をだまそうとするのは、正しいことなのかな?
とはいえ、周り中に迷惑をかけて助けてもらっている自分の立場で「こういうのはいけないと思います」とも言いにくい。
入院費、薬代、家賃、食費、光熱費、税金、車のローン、保険料、その他の支出――何もしないで寝ているだけでも、次々とお金が出ていく。稼がなければならない。
この業界、仕事をしたくても機会を得られない人はたくさんいる。
私、恵まれてる――
――ああ、思考がぐるぐるする。
いつからだろう。
物を考えると、頭がすぐに疲れてしまう。
ぼんやりして、思考がまとまらない。
頭が真っ白になって、眠くなる。
ちゃんと医者の指示に従って療養すれば、私の頭は治ってくれるのだろうか。
「伊香瀬さん、この前ご紹介した動画の子、覚えてますか? あの……葉室王司さんです。このターゲットに彼女がいまして」
「あ……あの子」
「ええ、ええ。あの子、伊香瀬さんにナマで会えたらすっごく喜ぶと思いますよ」
ノコは渡された仕事の概要書に目を通した。
文章を読むのは大丈夫だ。
ノコの頭は、文章を読んで「わかった」と飲みこむようなインプットはできる。
ドッキリ企画概要:『禁断のドッキリ! 業界の常識を覆しちゃえスペシャル~今夜爆誕・見守りおじさん、新企画発表もあるよ(仮題)』
他局にて放送予定のドラマと連動。ドラマ出演者数名にドッキリを仕掛ける。
場所と日時を変えて数回撮る。最初は日常から。
例:
「仕事でついてきている執事が誰よりもお祭りを楽しんでいたらお嬢様は注意する? しない?」
「あやしいおじさんの尾行に気付く? 気付かない?」
徐々にバレそうな内容やスリルのある潜入にしていく。ネタバラシは最後までしません。
最終的には他局へ潜入・ドラマ撮影現場に行く。
放送時は2時間スペシャル、ネタバラシで新企画も発表……。
「……あ」
ノコは目を見開いた。
他局ドラマのスポンサーに覚えがある。
その企業の息子はノコの元セフレだ。殺人犯でもある。
怖い。
最初にそう思った。
そして、次に思ったのは「心配だ」ということだった。
私みたいに、あの女の子が酷い目に遭ったりしないだろうか?
あの汚れなきピュアな子が。
私を好きだと言ってくれた、ぴかぴかと光っていた、ファンの子が。
……危ないんじゃ……?
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【王司視点】
ドラマの顔合わせはTV局で行われた。
近年ではテレビ番組全体の視聴率が下がっているが、録画や配信での視聴は増えている。
特に、見逃し配信の視聴数は右肩上がりだ。
SNSのクチコミでバズれば、ネット中心の生活を送る視聴者層は、放送枠や時間帯にとらわれずに番組を観てくれる。
自局系列の動画配信サービスに誘導したり、映画化につなげたりなどの収益化も可能だ。
TV局は広告指標である視聴率を担う枠と話題性やネットの反響を担う枠を用意しており、今回出演するドラマは後者――話題性やネットの反響を担う枠。
この局の木曜日の枠は社会派ドラマやミステリー・ヒューマンドラマなどを扱う作品が多いのが特徴で、今回はコメディカラーを濃くしている。
話題性のある役者を集めていて――役者陣の中には火臣打犬の息子がいるのである。
『浮気された妻の子と、浮気相手の子』。
2人の配役は、兄妹。
炎上狙いだろう。
趣味が悪いキャスティングだ。
「話題になるのは確定しています。あとは、いい作品を作って勝負しましょう!」
白シャツの加地監督は、目をギラギラさせている。
直前に火臣が炎上したことを喜んでいるのだ。
この監督は、有能ではあるのだけど、過激なエンタメが大好きだ。
『江良君、人はさ、喧嘩騒ぎとか、やっちゃいけませんって騒がれるショーがダイスキだよね。赤信号を走って渡ると喜ぶんだ』
ちなみに、父親が政治家でたびたび話題になる人でもある。
コネとか、でも実力あるとか、過激とか、でも父親の権力でお咎めなしとか、いろいろ。
「皆で楽しくぶつかったり喧嘩したり揉めたり青春したりしながら頑張りましょうねえ! ねっ!」
わー、『トラブル大好き! 揉めて楽しませてくれ!』って本音がみえみえだよ。
私は義理の兄をチラリと見た。
初対面の義理の兄は、今作がデビュー作。
共演する義理の妹もデビュー作……その意味でも話題性抜群で、本当に監督はいい趣味だ。