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198/241

198、Reenactment【アプリ使って】【アプリ使って】【アプリ使って】

――『即興劇(エチュード):Reenactment(再現)』


====

 

 タイトル:Reenactment

 

 設定:あなたの大切な人が病気で余命宣告されました。

 あなたは奇跡を欲していて、テントウムシに助けを求めたいと思い、ここに来ました。

 そんなあなたのスマホに、赤リンゴアプリが現れました』

 この設定で、演技をしてください。

 

====

 

『お願い:アーカイブは残しません。この配信のことは、他言しないでください』


 リスナーのコメントが流れていく。

 本気で信じたり心配してくれてる人が何人もいるけど、最後にネタバラシすれば大丈夫かな?


「恭彦お兄さん……死なないでぇ……」

「すみません、死にます。では、俺はいったん画面外にいきますので」


 なんだ、その没入感の削がれるお返事は。棒演技じゃないか。

 思わず涙が引っ込みそうになるが、ここは堪えよう。生配信中だ。


:兄貴、消える

:今のでわかったが芝居だコレ 

:ドッキリだな

:ガチじゃなさそう

:よかった

:王司ちゃんの演技が真に迫ってて信じそうになったよ

:お兄ちゃんが下手で助かる

:そういうこと言うと恭彦君が泣くよ


 リスナーが演技を見抜いてる。

 よかったような悪かったような――とりあえず泣き演技を続けよう。

 

 涙もろさには男女差がある、と聞いたことがある。プロラクチンというホルモンが女性の体の方が多いのだとか。

 そのせいかはわからないが、泣き演技が以前より得意になった気がするんだよね。

 

「ひっく……ぐすっ……」


 それにしても、 青薔薇のアーチとテントウムシが描かれたスケッチブックのページが見えているのに、コメント欄に、「少年とテントウムシだ」という反応はないみたいだ。

 10年以上前の問題作だもんな。

 『少年とテントウムシ』の認知度の低さがネックだ。説明しないといけないじゃないか。


:王司ちゃんはガチっぽいけど

:泣かないで

:かわいい

:今来たけどなんで王司ちゃんが泣いてるの?

:演技だと思う

:泣き演技がうますぎる 


 演技だと言われてる中で説明的なセリフを言いたくないけど、仕方ない。

 葉室王司、説明します。

 

「こ、このアーチが……ぐすっ、『少年とテントウムシ』に出てきた、都市伝説のアーチ。ひっく……そして、これが当時撮影で使われたスケッチブック……」

  

 だいぶ苦しいぞ。

 リスナーの誰かが説明してくれないかな? 

 チラッ? チラチラッ?


:少年とテントウムシ懐かしいな

:これ、王司ちゃんの一人芝居?

:王司ちゃんの泣き顔を堪能する配信?

:火臣打犬の動画チャンネルも配信中だったけどパパ寝ちゃった 

:王司ちゃん可愛い 

:少年とテントウムシってなに?

:検索しろ 

 

 おお、いい感じに話題になってる。

 知らないリスナーさんは、ぜひネット検索してほしい。

 私は演技に集中するよ。

 みんな、見てー。テントウムシにお願いするいたいけな少女だよ。

 

「テントウムシさん、聞いてください。ぐすっ……大切な人が病気で……余命宣告されてしまったんです……っ」

 

:テントウムシの絵に言ってもな

:王司ちゃん可愛い 

:ドラマだと絵が動いてくれるんよ

:本当に誰かが死ぬ気がしてきた

:これ芝居じゃないんじゃない?

:ドッキリ?


 絵はただの絵なので、当然、何も起きない。

 やっぱりだめか、と目に涙を溜めて俯き、スマホに気付く流れでいこう。


「あっ、えっ……、どうして? あ、赤リンゴアプリがある……?」


:え?

:都市伝説のやつ?

:あれって一斉に消えたって言われてるよね

:待って、今自分のスマホ見たら赤リンゴアプリあった

:王司ちゃん可愛い 

:アプリ持ちおるやん

:アプリは危険だぞ

:死んだ奴いる、ガチで  


「このアプリにお願いしたら、助けられるかな? わ、私……代償を払ってでも、助けたい……っ、ような……でも、怖い」 


:だめだよ

:ストップ王司ちゃん

:NONONO

:待って!

:俺のスマホにもアプリあるんだがwww

:ホラーじゃん

   

 アプリを見つめる眼差しには、迷いを籠めてみた。

 

 すると――カメラのフレーム外にいた恭彦が芝居に参加してきた。

 恭彦は「ですが」と懸念する気配を見せた。


「ですが、葉室さん。叶えるのが大変な願いは、代償も大きくなるのだそうです。葉室さんのお願いを叶える代償は、とても大きなものになるのではないでしょうか? それこそ、人ひとりが死んでも賄えるかわからないぐらいの……」

「わ、私、死んでも……よ……よく、ない」


:????

:死んでもよくないって言った?

:本音っぽい笑

:王司ちゃんはそういう子なんだ

:そこがいい

:いいよー命大切にしてー 

  

「死ぬのは……やだ! やだぁー! なんでぇー、死ななきゃいけないのぉー!」


 見ろ、兄よ。

 これが進化した妹の泣き駄々っ子演技だ。

 

 シャウトしてぐずると、恭彦は目に見えて狼狽えた。演技か本気かは知らないが。

 今さらながらにハンカチを渡してくれる。ピカチュウ柄のハンカチは可愛いが、悲壮感が削がれてならない。負けてなるものか。


「ふえええ……っ、ひっく……ひっくっ……」

「は……葉室さん。ええと、安心してください。あなたはアプリを使わなくていいんで……」

「わ、私っ、自分が死ぬのもやだし、誰かが死ぬのもやだぁ……!」

 

:ハンカチ可愛い

:赤リンゴアプリは使わない方がええで

:危ないよ

:王司ちゃんはわがまま可愛い 

:これってお芝居なんだよね?

:それがよくわからん

:本当によくわからない

:オレたちは何を見てるんだろう 

 

 リスナーさん、赤リンゴアプリは私も危ないと思う。

 ってか、あのアプリ、セバスチャンは「もうやめた」って言ってなかったっけ?

 なんで出現してるんだよ。セバスチャーン?

 

 私が困惑していると、恭彦はカメラに向かってあやしい演説を始めた。

 

「みなさん、安心してください。アプリは……俺が使います。俺は、死んでもいいんで……」

「んっ?」


 設定上の恭彦は余命三か月だよね? 

 「自分の命を助けるために命を投げ打ってアプリを使います。死んでもいい!」? 

 なんかシュールだな? 

 

「代償についてですが――みなさん。俺は、この問題の解決策を知っています。噂を聞いたことがありませんか? どこかのクラスターが集団で死んだ人を蘇らせようとしたって……」


 ……な、なんだって?

 

:自称生き残りがSNSで告白して逃げたやつだ

:デマ投稿したの学校教師って噂 

:デマでしょ? 

:王司ちゃん可愛い 

:承認欲求拗らせマンの作り話が拡散されただけだよ

:なになに? 教えて

:恭彦君、浴衣似合う

:やば。あたしもアプリあるんですけど~笑


「今、ここにリスナーが998人います。俺からのお願いです。アプリを偶然お持ちの皆さん、ご覧ください。このアプリ……バージョンアップされてます」


 あ、ほんとだ。 

『バージョンアップ情報:新年を記念して、アプリを限定再配布しています。ぜひお楽しみください』

 何やってんだ、セバスチャン。

 日本のソシャゲ文化に染まりすぎだろ。

 

 呆れていると、恭彦はアプリを私から遠ざけ、リスナーを扇動した。

 

「ご自分のアプリに『自分の払う代償を命や生活に支障がないものに抑えつつ、火臣恭彦が払う代償を軽減してほしい』と願ってみてください」

 

:??

:???

:なんて?

:参加型企画始まってる

:え?

:みんなでアプリを使いまショー?

:いやいやいや

:恭彦のキョウは狂気のキョウ

:やばw 

   

 あのー、なんか劇が変な方向に展開してない?

 リスナーにアプリを使わせるの?


:俺たちにアプリ使えって?

:それはないわ

:恭彦君のためなら、あたし、いいよ♡

:おいおい

:恭彦いっぱいショートドラマ出てるから脳が過激ドラマに染まったのでは 

:このアプリは結局なんなの

:通報してもいい?

:そんなに出てるの? 

:これ下手したらヤバイ事件になるやつ~

:自殺教唆とか言われない? 

:命や生活に支障がないものに抑えつつだからセーフでは

:気味が悪いよ

:過激系配信者になっちゃったね恭彦君

:恭彦は最初期から過激だが? 

 

 ほら、コメントが荒れてる。

 どうすんだこれー。どうすんだー?

 私がコメント欄を見てはらはらしていると、恭彦はいつものチワワな気配を纏った。


「俺、非常識なことを言っている自覚があります。……普通じゃないですよね」

 

 あー、スイッチ入った。心が痛むオーラが出てる。

 雨に濡れて打ちひしがれ、震えながら救いを求めるいたいけなチワワだ。

 落ち込むなチワワー、死ぬなー! 

 

「お、お兄さぁん……!」

「止めないでください、葉室さん。一人じゃ命を投げ打っても叶わないかもしれない。でも、ここにこれだけの人数がいる。大それたことも、これだけの人数が協力したらイケるかもって思うんです……」


 乱れた前髪が額にかかり、切なげな瞳が縋るようにカメラを見つめる。

 覚悟完了してる顔だ。これは何が何でもやる感じだ。

 

「みなさん! 俺に力を貸してください!」

  

 あ……視聴者数が減っていく。たまに盛り返す。いや、でも減ってる。

 996、950、962、956、960、948……これ、大丈夫? 


:なんか怖い

:あのう、これって劇なんだよね?

:アプリが本当にあるのがホラーすぎて無理

:俺はここまでにしときます、おつかれ

:今来た三行

:問題配信やってるって拡散します


 ほら、みんな怖がってるよ。

 この配信はなんかやばい方向に行きつつある。

 ここは妹として、私が止めるべきか……。

 

「即興劇、ここまでにしましょう」と言おうと口を開いた、そのとき。

 

「通報も拡散もするな。俺は許さない」


 刃のような声が響いて、ギクリとした。

 

 声を放ったのは、恭彦だ。

 

 ……なんだ、この剣呑な顔。

 この殺意めいたものを溢れさせた目。

 

 普段とは全然違う。

 全身から圧倒的な権力を握った暴君みたいな威圧感が放たれている。

 さっきまでの弱々しさが微塵もない。

 

 ……別人のようだ。

 ――怖い。

 

 心臓が凍るような思いで固まっていると、恭彦はふっと仄暗く微笑んだ。

 ひえっ。

 得体の知れない微笑は、顔の造詣が整っているだけに、背筋をゾッとさせる凄みがあった。


「人が死ぬんです。俺は助けたい。あなたが手伝ってくれたら、できる。だから手伝ってほしい。手伝ってくれる人数が多いほど、成功率も上がるし代償も軽くなる。そんな話です」

 

 畳みかけるような言葉に何も言えなくなっていると、恭彦は私の背後に回って両手を掴んだ。

 お、おやあ? ホールドアップさせられてますけどぉ?

 

「みなさんが……みんなが助けてくれないなら……妹を殺して俺も死ぬっ……!」


 おやあああ!?

 なんでそうなった……!?

 

「妹は死にたくないと泣いているが、俺は道連れにする。可哀想だが、しゃあない。俺みたいな兄貴を持ったことをあの世で後悔するんやな。こんなに可愛くて、才能があって、死を恐れてるのに……」


:あれえええ

:なんか変なことになってる

:どうした? ほんとにどうした…?

:心中ですか?

:無理心中だ

:脅されてる

:こええええ

:なんだろうこれなんだろうこれ

:悪夢みたいな配信になっとるやん 

 

「え……あれえ、お兄さん? お、お、おか、おかし……い……よ?」


 筋書きが混乱していないか?

 ここまでの流れを整理してみないか?

 

 兄が余命三か月。

 妹、「お兄さん死なないでぇ」……代償を払ってアプリを使うか迷う。

 でもやっぱり死にたくなぁい。

 兄「自分が命を賭してアプリを使う」と宣言。リスナーに協力要請。

 妹を人質に取る……「妹を殺して自分も死ぬ」?


「お兄さん? おかしいよ? なんか、すっごく、おかしいよ……っ?」

「みんなが、頼りなんだ……俺と妹の命を、みんなに託す……!」

「あれえええ?」


 なんか本当に「命、かかってます!」って必死さで訴えてる~~!

 

:死んではいけない

:落ち着いて落ち着いて

:あたし手伝うよ

:なんかキモい

:怖い

:みんなで祈れ


 ……コメントが雰囲気を変えていく。

 

:カルト宗教みたいなノリやめろ

:俺はやるぜ

:ワイもちょっとなら

:面白そうなことやってんな、オレも混ぜてくれよ 

:これほんとになんなの、馬鹿なの?

:ドッキリです

:いや、なんか本気に思える

:狂気兄妹

:妹ちゃんは巻き込まれただけじゃない?

:王司ちゃん可哀想 

  

「では、俺はアプリを使います」

  

 恭彦の手が私の手から離れて、アプリに何かを入力した。

 

 え、まじで? 

 今、本当にそのアプリ使った? 

 フリじゃなくて?


「こ……この人、本当にアプリ使った!?」


:アプリ使ってて草なんだ

:待って待って待って

:え、本当に?

:草枯れる 

:代償軽減

:代償軽減ってアプリに書けみんな 

:恭彦君がリアルタイムで死ぬ配信?

:王司ちゃん逃げて 

:は?

:実際死んだ配信者いるからシャレにならんのだが

:もう入力してしまった

:は? 


「えっ、逃げ……いや……アプリ……? し、死んじゃう? お兄さん死んじゃう?」

  

 今のところ襲ってくる気配はないけど、道連れにされる? 

 逃げる? 人を呼ぶ?


「どこへ行くんですか、葉室さん」 

「ギャッ」

  

 駆けだそうとして、腕を掴まれる。ひゃあああ。


「3分です。アプリを使ってくれないと、俺は妹を絞め殺します」

「ええええええ」


 また私を拘束するじゃないか。人質みたいになってるよ。

 なんで?

 本気っぽくて生命の危機を感じるんだが?


「た、たすけ……っ? なにこれぇ……?」

   

:王司ちゃん本当に困ってる顔だコレ 

:王司ちゃんを助けなきゃ

:俺も使う

:私もう使った

:祈ったよ

:まだの人、使って

:ほんとに「なにこれ」だよ

:理解が追い付かないんだが

:警察に電話したらイケボで「警察は配信が終わるまでお休みでございますよ」ってアナウンス流れるんだけどw

:こえーよこえーよ

:俺の家ネット遮断されてるのにこの配信だけ観れてて最高にホラー

:煽ってる奴いるな 


 コメント欄には「使う」「祈る」「助ける」の言葉が現れ、ログが高速で流れていく。

 あ、悪夢だ。みんながアプリ使ってる。


:アプリ使います!

:使った

:絶対助ける

:どうすればいいの?

:【アプリ使って】 【アプリ使って】 【アプリ使って】 

:恭彦くん自首しよ

:【アプリ使って】 【アプリ使って】 【アプリ使って】 

:恭彦はなんでアプリ使ったんだっけ?

:もうわけわかんないw

:めちゃめちゃだー!

:【アプリ使って】 【アプリ使って】 【アプリ使って】  

 

 心臓の音がバクバクと聞こえる。

 異常な配信だ。なんでこうなったんだろう。

 恭彦は――、


「ありがとうございます」


 たっぷり時間が経過してから、穏やかになった恭彦の声が響く。

 どこか音楽的に響くその声は、天から降ってくるような超然とした雰囲気があった。

 

「ぁ……自由になった……?」

  

 私の体が解放される。

 

 振り返ると――彼は、とても嬉しそうに笑っていた。


「おかげで、俺は生きたまま望みを叶えられそうです」

  

 うわあーー


 安堵。喜び。希望。

 救われた。よかった。もう大丈夫なんだ。

 そんな歓喜の波が押し寄せてくる。部屋がパッと明るくなったみたい。視界がキラキラしてる。

 

「や……やったぁ……っ?」

「ええ、ええ。葉室さん。葉室さんのおかげです」

 

 恭彦は満面の笑みを浮かべて、「嬉しくて仕方ない」というように私を抱き上げた。

  

 あれえええ。

 私を抱っこしてくるくる回らないでえええ。

 目が回る!

 

「心中エンドにならなくてよかったですね、葉室さん」 

「わ……わぁーい……?」

「それでは、即興劇(エチュード)を終わります」

「あ、は……い……」

  

 即興劇は終わりらしい。すごく嬉しそう。

 よ、よかったね……?

 

:うまくいったっぽい

:え、よくわかんないけどなんか嬉しい

:即興劇って言ったぞ

:みんな祈ったおかげなの?

:恭彦君が喜んでる…よかった

:劇? 

:みんなの力で人の命が救えたの?

:よくわかりませんが皆さんが無事ならよかったです

:みんなおつかれ

:劇だったの?

:アプリ使ったんだけど 

:???? 

:やばいよね笑

:恭彦教を信じろ

:何が起きたんです?

:あ、アプリ消えた

:こわ

:うちのも消えてる~!

:本当に怖い 

:この現実、理解できない 

  

 あ、私のアプリも消えてる。

 うわあ……鳥肌立っちゃった。

 怖っ。普通に怖っ。


「ひええ……」  

「葉室さん」

「はう?」

 

 顔を上げると、兄が満足そうな顔をしていた。

 

 天の高みから一筋のスポットライトが差して、その姿をサアッと浮き上がらせているような錯覚を覚える。

 ま、眩しい――これは、役者に大事な『華』だ。カリスマ性だ。

 

 我が兄は役者適性高きマグロ(てんさい)の者なり――ところで、ずっと抱っこされてるけど降ろしてもらっていい?


「お兄さん。お、降ろしてくだしゃい」

「ああ、すみません。はしゃぎすぎましたね。ありがとうございました」

「……はい」

「では、リスナーの皆さんも、俺たちの即興劇にエキストラ出演してくださってありがとうございました。最後にもう一度、重ねてのお願いで恐縮ですが……くれぐれもこの配信のことは、SNSなどで噂にしないようお願いします。これにて配信を終わります」

 

 恭彦は満足そうな顔をして配信に幕を引いた。


「おつかれさまでした、葉室さん。お部屋まで送ります」

「えっと……おつかれさまでした、お兄さん」 

  

 おやすみの挨拶をして、お辞儀をして、二人で展示室から出て、部屋の前まで送ってもらう。

 なんだかずっと夢の中にいるみたいだ。


 ……現実だよね?


 スマホを見ると、配信のアーカイブは消えている。

 SNSを検索しても、今のところ誰も話題にしていない。

 

 あれだけ人数がいて?

 途中で離脱した人がいるのに?

 ありえないだろ。あれえ?


「葉室さん」

「ひえっ?」


 兄の声にビクッとすると、苦笑の気配が返ってきた。

 ちょっと怖くて顔が見れないなー。


「そんなに怖がらないでください。俺が悪かったです。お部屋の前ですよ」

「あ……」


 気付けば、もう自分の宿泊する部屋の前だった。


「俺、今日は本当に助かりました。感謝しています。心から。いつかこの御恩は必ず返します。おやすみなさい」

「は、はあ……、おやすみなさい……」

 

 よくわからないが、恭彦に貸しができたらしい。

 

 私には兄がアプリに本当に何かを願ったように見えたのだが……何を願ったんだろうか……。

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