194、ダーツの旅と真っ黒な書き初め
「王司。我が家の運命を決める一投よ」
「ママ。私はそろそろドラマの脚本読みと冬休みの宿題をしようと思って……」
「お正月くらい学業とお仕事を忘れて遊びなさい」
冬休みの宿題もしつつ、のんびりとしたお正月を過ごす我が家では、新春記念のダーツの旅が開催された。
丸い的に行き先が書いてあって、ダーツが当たった場所に突発旅行するんだって。行き先は国内外多岐に渡る。
和風メイドのミヨさんが猫のミーコを抱っこして見守っている。ミヨさんとミーコは仲良くお留守番なんだけど、ミヨさんは楽しそうにお勧めの旅行先を指さしてくれた。
「お嬢様! 暖かいところに当ててみてはいかがですか、モルディブなんてお勧めですよ!」
モルディブってどこだっけ。的の中では、緑色で塗られているけど、狙う?
「よーし。当たれー」
ひゅーん。とすっ。刺さった! 野沢温泉って書いてるよ。
「野沢温泉ね。すぐに旅館を予約するわ。王司はスキーが壊滅的にできないけど、お芝居でスキーをする役になるかもしれないし、練習したらどうかしら」
あ、王司ちゃんはスキーできないんだ?
じゃあ、突然滑れるようになっても変だし、滑れないふりをしようかな。
壊滅的ってどれくらい? 滑り出して3秒で転ぶとか?
私が演技プランを練っていると、ママはどこかに電話をかけた。
「もしもし火臣さん? 行き先が決まりましたの。そのセリフは言うノルマがなにかがございますの? お宅、今もどうせ配信中なのでしょう? ええ、ええ。ファミリー動画を撮りましょう。温泉旅館で会席料理ですわ。おほほほ」
どうして当たり前のように火臣家に電話してるんだ。
でも、温泉旅館でファミリー動画は悪くないな。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
火臣家は、配信をし続けていた。
大晦日の宴会、着替えて初詣、初詣が終わって帰宅してまた宴会。
親子が寝た後も記者や江良組のメンバーが騒ぎ、時にはカメラの前で寝て、起きて、また騒ぐ――そんな垂れ流し配信が、とにかくずっと続いている。
:この人たちまだ配信してる
:揺り籠から墓場まで配信しよう
:暇つぶしにちょうどいい
:お年玉企画のランダムプレゼント当選した
:俺は宝くじ当たった
:オレも
:私も
:みんな新年早々嘘つきだな
:一億当たったー!
配信コメントも混沌とした雑談場になっている。
モデレーターのパトラッシュ瀬川は、よほどのコメントじゃない限りは仕事をしない。「盛り上がってるっすねー」と笑いながら酒を飲んでいる。
業界人が訪ねてきて、挨拶して酒を飲み、配信に映って満足して帰ったり、そのまま居座って床やソファで寝ていたりする。
そんな新年の朝、火臣恭彦は書き初めをしていた。もちろん配信中だ。
「恭彦君の一文字目は『俺』っすか。ひっく」
パトラッシュ瀬川が実況するのを聞きながら、文字を追加していく。
俺、俺、俺、なんとなく俺って書いたけど何を書けばいいんだ?
書きたいことは思いつくんだ。
でもこれ配信だから、思いついたことをそのまま書くわけにもいかないよな。
俺、俺、俺、俺の次は?
うーん。うーん。
「正月といえば書き初めだ。年神様に雅やかな芸術を奉納し、感謝を伝える。一年の抱負を言語化して公表することで仕事クレクレアピールにもなる。自分自身の腹も決まる。墨の香りと書くという行為がメンタルに良い。あと、正月っぽい。これが一番大事だ」
父はそう言ってリスナーの相手をしている。
「それっぽい」が一番大事なんだ。中身なんてどうでもいい。
そう思うと、少し気が楽になった。
:恭彦君がひたすら俺って書いてる件
:闇を感じる
違うんだ、みんな。
俺は本当は「俺が一番になりたい」とか「俺は妹より優秀でありたい」とか「俺が主役をやりたい」という望みがあるんだ。
でも、「それを言語化して配信画面に載せて神様に奉納するのはどうなんだろう」ってブレーキがかかるんだ。
そんな万感を「俺」という文字に凝縮しているのが、この書き初めなんだ。
:GASに見られたらなんか言われるぞ
:えー現在俺という文字が12個になりました
:まだ書くつもりで草
:アートだな
:自己主張が強すぎて怖い
:配信用のネタ行動だよね
:そう思うだろ? 素なんだぜ
「はい、火臣です。ああ、潤羽さん? 君の方から電話してくれるなんて俺は幸せ者だな。愛してるよ! あはは、ノルマはないよ。配信はしてる。我が家は365日配信だ……温泉旅館でファミリー動画。いいね、ぜひ撮ろう。うん、うん」
父は配信中に堂々と電話に出て女を口説き始めた。
しかも、おそらく相手は葉室家の母だ。
:電話きたー
:プライベートを全てオープンにする男
:電話する方もわかってるだろ
:相手だれ?
:ウルハさんって言ったぞ
:葉室家?
:コラボする?
GAS対策が発端だったと記憶しているが、どうもこの親同士、どんどん親しくなっているような。
いいのだろうか。
いや、ダメと言ってもどうしようもないのだが。
親の人間関係に子が口出しするのもな。親には親の人生があるからな。
でも、巻き込まれたりもするからなあ。
「恭彦。旅行先が決まったぞ! 妹にスキーを教えてやりなさい」
電話を終えた父が予定を告げて、こちらに向かってくる。
そして、書き初めを見て変な顔をした。
:あっ
:気づいた
:書き初め(真っ黒)
:お前の息子、延々と俺って書いてた
:とても真っ黒です
:これが芸術だ!
:なるほど画伯の書道バージョン
:親の顔が見たい
:今映ってる
「これは……ウーム……。そうだな……芸術的な……? 書き初めだな、恭彦。……ウン。パパは、いいと思うぞ……?」
白い半紙を埋め尽くす『俺』の文字を見て、父はまったく心のこもっていない褒め言葉を口にしたのだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
数日後、旅行は決行された。
現地は一面の銀世界で、冷たく澄んだ空気だ。天気は良好。青空が眩しい。
宿でチェックインを済ませて予約した和室に荷物を置く。ちょうど旅行から帰ってすぐのタイミングで、新しいドラマの顔合わせがあるんだ。楽しみだなあ。
それに、冬休みの宿題もある。
溜めておくとどんどん自分が苦しくなるから、やるべきことは早めに終わらせてしまいたい。
スキー場へと移動すると、真っ白なゲレンデで火臣家と記者たちが待ち構えている。
この集団、旅館も同じなんだって。よく部屋が確保できたな。
今日は生配信ではなく、動画を撮って編集後に公開する予定らしい。
タイトルは『王司ちゃんがスキーを練習するよ』。
ヤラセっぽくならないように気をつけないといけないな。
「葉室王司です。スキー初心者です。今日は楽しもうと思います。終わってからは宿題します。あと、露天風呂とか会席料理も楽しみです!」
カメラに向かって手を振ると、カメラマンさんがにっこりした。
滑りながら撮るんだって。すごいね。




