189、聖夜。変な家・突入作戦
――クリスマスの夜。
『駄犬パパの変態的子煩悩クズライフ、クリスマス特別編、その3――聖夜のサンタさん作戦ッ!』
火臣恭彦は、GASのクリスマスパーティが終わった後、父親に拉致されて謎のロケバスに乗っていた。
ロケバスには、パトラッシュではないプロのカメラマンがいる。
八町映画のスタッフロールによく名前が出てる人だ。
パトラッシュはサポート役なのか、カメラに映らない位置でタブレットを掲げていて、配信中の画面とコメント欄を見せてくれるようだった。
「恭彦。アクションシーンを撮ってみたくないか?」
「撮りたい」
即答である。
八町映画の主演のために経験と知名度を獲得したい恭彦にとって、父の言葉は魅力的だった。
姉ヶ崎いずみとの甘酸っぱい恋愛リアリティショーに失敗したあとなので、なおさらだ。
父は、モチベの高い息子に満足そうに鼻息を鳴らした。
渡されたのは本日二度目のサンタ衣装だった。しかも父親とお揃い。
「我々はこれから聖夜のサンタさん作戦を決行するッ」
「おう。……おう?」
:なんか始まった
:メリクリー
:クリスマス親子配信いいね
:聖夜のサンタさん作戦か、プレゼントを配るとかかな?
:楽しそう手伝いたい
:我が家も5歳の娘の枕元にプレゼントを置きました
配信のコメントは賑やかだ。
常連さんの名前があって、嬉しくなる。5歳の娘さんもハッピークリスマス。
ところで、車が停まって降ろされたのだが、ここは葉室家では?
高い塀の葉室家は、塀の周りを物々しい警備員が囲んでいて『厳戒態勢』という雰囲気だ。
葉室家の塀の内側には、なぜか救護テントがある。
黄色い『立ち入り禁止』のバリケードテープが貼られていて、撮影現場っぽい……。
「行くぞ恭彦。パパはリカちゃん人形。お前はプリキュアを持て」
「お、親父。圧倒的に説明が足りてない」
「まずは赤外線センサーをかいくぐれ!」
:なんか思ってたのと違うな
:これ違うな
:お前らは駄犬理解度が足りない
:許可は取っているらしいです
:困惑しかない
赤外線センサーの先に進む父親は、何かを踏んだ。
カチッ。
嫌な音がした。
父親がハッとした様子で恭彦を突き飛ばす。
「――しまったッ! 避けろ恭彦!」
次の瞬間、地面が爆ぜた。
ドオオオン!
「お、親父ーっ!?」
そんな馬鹿な。なんだこれは。
:爆発しただと!?
:えええええ
父親は自らの演技力を存分に発揮し、あたかも爆風に吹き飛ばされたかのように豪快に飛び跳ねた。
足をバタつかせ、空中で一回転するという無駄に華麗なアクションだ。そして、煙が立ち込める中を地面に倒れ伏した。
「お、親父っ」
煙が晴れたとき、父親はぼろぼろになって地面に倒れていた。
雑に血糊を頬につけている。
ハートマークにすんな。ふざけやがって。
:お前、死ぬのか
:なんだこれ
:火臣がやられた!
:ハートが似合う男
:なんだこれ
:シュールな絵が撮れているな
「お、親父! 怪我は!」
父親の呼吸が荒い。苦しそうだ。深手を負ったらしい――演技は迫真だ。だが、血糊がハートマークでむかつく。
「俺のリカちゃんをお前に託す……はぁっ、はぁっ……頼んだぞ!」
父親はリカちゃんを託し、ガクッと力尽きた。
手の甲に血糊で『LOVE』って書いてやがる。
ふざけやがって。ふざけやがって。
「親父! これなんの撮影だよ。親父ー!」
:死んだ
:打犬さんーーー!!
:息子くんの悲鳴が美味しいです
:いきなりクライマックス
:近所迷惑じゃないですか?
:なんで家の庭に地雷が設置されてるの?
:スローモーションで見たい
:どういうことなの
:考えるな、感じろ
教えてくれプリキュア。リカちゃん託されたんだけど。
俺は今なにを撮らされているんだ? 本気でわからん。
なんか親父、死んでるんだけど。
いや、ここで能力を示すんだ。自己アピールしろ、俺。
GASの講義を思い出せ。ストーリー展開を読むんだ。
この戯曲を理解しろ。
きっと自分のすべき芝居が見えてくる。
「俺はできる。俺はできる。俺はできる……親父が死んだらどうなるんだ? 息子は親が死んだらなにすればいいんだ? 警察? 葬式? 遺産相続? 役くださいって言ったら八町先生、俺に親父の役を演らせてくれないかな?」
:なんか自己暗示してる
:お前覚醒するんか?
:いや、この様子だとあんまり覚醒しそうにないな
:親父の役が欲しいんか恭彦くん?
:警察呼ぶか
:通報しときます
:マジレスするとプレゼントを届けてほしいんだと思うよ
:リカちゃん人形とプリキュアを妹に届けろ
:恭彦君は主役になりたいんだ
:イイゾ主役になれ
「俺、行くよ。親父のプレゼントを……届けるために?」
:兄貴よ、なぜ疑問形になるんだぜ?
:討ち入りじゃ!
:もっと自信持って
:サンタになれ
:親父が後ろで両手あげてハートマーク作ってるで
:死体が動くな
動く死体をスルーして玄関までの道をまっすぐに駆けると、両側をカメラマンが付いて来る。
右側がプロの人。左側がパトラッシュ。
二人とも「覚悟完了!」って顔だ。
撮ってくれるのはいいが、気を付けろ二人とも。
足元にX印が――それ、明らかに罠じゃね?
カチッ、カチッ、カチッ。
ドーン、ドーン、ドーン。
「ぐあああっ」
「ひゃあああ!」
「カ、カメラマンさん! パトラッシュ――!」
:カメラマンがやられた!
:もうだめだ
:盛大に地雷踏んだな
:ここは戦場だ、気を抜くな
:現代日本の一般家庭の庭なんだが
:葉室家は一般家庭じゃない
「も、申し訳……っ、ここまでのようです……」
「恭彦君、あとは……まか、せ……」
カメラマン2人が目を閉じて沈黙して、ぷつっ、とタブレット画面が暗くなる。
壊れてしまったようだ。電源が入らない。
「み……みんな……」
カメラを拾うと、レンズにひびが入っていた。高そうなのに。
配信は続いているのか? わかんねえ。
確かなのは、俺だけが無事ってことだ。なんて事態だ。放送事故すぎる。
というか、この罠みたいなの、なに?
危ないだろ。おかしいだろ。
「……それでも、行くしかない……」
ため息をつき、ゆっくりと視線を葉室家の豪邸に向ける。
カメラと、プリキュアと、リカちゃんと。
物言わぬ3点アイテムを携えて、俺は行こう。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
玄関のドアは、開いていた。
中は、生暖かい空気が満ちている。
ドアの鍵がかかっていないことに対しては、「不用心だな」と思うより、罠を警戒してしまう。
だって、この変な家。庭に地雷仕掛けてんだぜ。
自分の呼吸音と、心臓の音だけが聞こえる静寂の中を、そろりそろりと入っていく。
一応、身に付いた習慣として、挨拶をして靴を脱いでお邪魔しよう。
「……お、お邪魔します」
真っ暗で視界が悪い。
照明を付けるか?
いや、俺は侵入者だぞ。
赤外線センサーだってくぐったんだ。照明付けるのは変じゃね?
そーっと足を進ませると、つま先になにかが触れた。
「……ウッ」
暗闇に目を凝らし、気づく。
「ぺ、ペットボトル……?」
コロコロと転がるそれは、一つ二つではなかった。
理由はわからないが、大量のペットボトルが床に転がっている。
ふうっと息を吐いてかがみこみ、ペットボトルをかきわけて道を作る。
危ないからペットボトルは壁際に立てて行こう。
気づけば、じっとりと手に汗をかいていた。
大切なプリキュアとリカちゃんを、しっかりと握り直す。
そろりそろりと進んでいくと、やがてペットボトル地帯を抜けたようだった。
「なんか……いい匂いする」
フローラルな匂いだ。まるで、柔軟剤の匂いみたいな。
ぺた、ぺたと床に触れ、安全確認ができたので立ち上がる。すると、頭が柔らかい何かに包まれた。
サワッとした感触。
予想外の感触に、全身がビクッとする。
「な……っ?」
恭彦は膝を折り、『何か』から頭を逃すように前転した。
「……」
『何か』は、追撃をしてこない。
息を殺して周囲を確認すると、どうやら上の方に揺らめくものがある――布だ。
「ふ……服……?」
服が大量に吊るされている。
わけがわからない。なんだ、この変な家。
カサカサカサ……。
「はっ……!」
静寂の中に音がする。なんだ?
前方だ。
ぼんやりとした小さな設置型ライトに照らされる階段と、階段脇に積まれたダンボール箱のあたり。
そこから、なにかを引っ掻くような音がする。
カシャカシャカシャ……カリカリカリ……。
なにかが、いる。
シャッシャッシャ、ガリガリ。
意思を持つなにかが、動いている。
壁を引っ搔いている?
怪異だ――背筋がぞくりとする。
数歩進めば、確認できる。
行くか? 見るか?
危なくないか? 逃げるか?
いや――この家には、妹と妹の母親が住んでいる。
危険があるのに、2人を置いて逃げるなんて、ダメだ。
リカちゃん。プリキュア。俺に勇気をくれ。
俺は――サンタのお兄ちゃんなんだ。
恭彦は勇気を振り絞り、階段に接近した。すると、暗闇から『怪異』が飛び出した。双眸が闇の中、光っている。
「フシャーッ!」
威嚇の声をあげて、段ボールの影から飛び出して逃げたのは、思っていたよりも小さい。
これは、これは……?
「猫さんでしたか……爪とぎ中だったんですね。お邪魔してすみません」
猫に謝罪した瞬間、階段の上から何かが転がってきた。
大きい。勢いはあまりない。
のっそり、のっそりと転がってきたものをじーっと見ていると、勢いが足りなかったのか、途中で止まった。
「これは……布団、か」
ぽふぽふと布団を押して確認するように言うと、階段の上から「正解よ!」という声が聞こえる。
聞き覚えがある。
この家の主である、親世代の『お嬢様』。妹の母親である、葉室潤羽だ。
「勇者ヨシヒコよ、よく魔王城にたどり着きましたわね!」
「お邪魔しています、夜分にすみません。お騒がせしまして……俺はユーシャヨシヒコじゃなくて、火臣恭彦です」
「よく魔王城にたどり着きましたわね!」
「あっ、はい。たどり着きました」
ここは魔王城だったらしい。
設定を頭に入れていると、魔王様はのたまった。
「火臣恭彦くん。娘の枕元にプレゼントを届けることを許しましょう」
「あ、はい」
そういえば、そんなことをしに来たのだった。
プレゼントは親父からなんだが。
葉室潤羽は「カメラマンをしてあげるわ」と言い、カメラを手に付いてきた。衣装は、コスプレみたいな黒いローブ姿だ。この母親にしてあの娘あり――個性的な妹を思い浮かべ、恭彦は妙に納得した。
「配信は切れていませんわ。リスナーたちは、みんな、ずっと見守ってくれていますの。おほほほ!」
「そうだったんですか。なんか……俺……恥ずかしくなってきました。穴を掘って隠れてしまいたい……」
「あらあら。構いませんわよ。穴を掘った請求書はお父様に送りますわね。スコップはお持ちですの?」
「ないです」
葉室王司の部屋に入ると、妹は外の騒動なんて全く知らない様子ですやすやと眠っている。耳には耳栓があるが、これだけ騒いで起きないのはヤバくね?
俺の妹、危なくね?
……カジキマグロのペンダント、つけたまま寝てるんだ。
枕元にリカちゃんとプリキュアを置くと、妹のあどけなさが引き立てられる。
絵になる。
俺の妹、可愛いな。さすが国民の妹と呼ばれるだけある。
カジキマグロもよく似合っている。
「……ハッ」
しみじみと寝顔に見惚れている自分に気付いて、慌てて目を逸らす。
なんだか謎の背徳感がぶわぶわと湧いてくる。
中学生の妹が寝ている部屋に忍び込んで寝顔を鑑賞するなんて、あかんやつすぎる。
「任務は完了しました。配信は、終わりで……いいのかな……俺、帰ろうと思います……」
親父。
プレゼント、届けたぞ。
達成感を胸に、恭彦は変な家に爪痕を残し、撤収した。
メリークリスマス葉室さん。
いい夢を見てください。
あと、たぶんこの配信、アーカイブが残るけど、できれば配信は見ないでほしい。
サンタさんからのお願いです。よしなに……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
朝起きると、枕元にはプレゼントがあった。
寝ている間にママがくれたのだろう。なんか、数が多いけど。
リカちゃん人形にプリキュアの人形か。可愛いなあ。
「あれっ」
窓の外を見ると、お庭にブルーシートが敷かれていた。
「王司。あのお庭はね、リフォームするの。バスケットコートを作ろうかと思うのよ」
「へえ……ママ、バスケするんだ?」
「未経験よ。念のため言っておくけど、近寄らないでね。穴に落ちるわ」
「穴があるんだ……?」
「結構、深いの」
結局、あのX印は工事予定マークだったらしい。
ところで、バスケットコートを作るためにそんなに深い穴、掘る必要あるの?
「ママ、プレゼントありがとう」
「サンタさんにおっしゃい。おほほ」
「サンタさんありがとう!」
「可愛いわ王司! 動画に撮るわよ」
ママはスマホを構えて動画を撮り、リカちゃんとプリキュアを抱えて「サンタさんありがとう」と微笑む娘の姿をSNSに投稿した。すると、すぐにネット記事が書かれた。
『葉室王司ちゃん14歳、サンタさんを信じている可能性あり』
「待って、このネット記事のタイトル酷いよ。子供が見たらサンタさんがいないって察しちゃうじゃん」
子供の夢を守らねば。
葉室王司:良い子のみんな、大人の記事に騙されないで
葉室王司:サンタさんはいるよ
葉室王司:うちに来たもん!
:王司ちゃん⁉︎
:本気だコレ
:現代にこんなピュアな中学生いたんだ
:そうだね、サンタさんはいるね
:みんな、夢を守ろう
記事がネットを賑わすころ、冬の日差しが庭のブルーシートを照らし出し、真実は静かに幕を下ろしていた。
――Merry Christmas!Hope you are happy and smiling.
(メリークリスマス! あなたが幸せで、笑顔でいられますように)
メリークリスマス!
読んでくださってありがとうございました。
次回は12月27日、12時更新です。




