188、恋愛リアリティーショー、お気に召すまま
GAS主催のクリスマスパーティは、都内ホテルの高層階で開催された。
座る席は決まっていて、入り口で番号札が渡される。席の番号を見ると、私はアリサちゃんと同じテーブルだ。
「チェキ会ぶりだね、王司ちゃん」
「アリサちゃん、イルミネーションをバックにして写真撮ろうよ」
「いいねー!」
夜景はイルミネーションが綺麗に見える。
会場中央には巨大なクリスマスツリー、テーブルにはキャンドルが並び、クリスマスカードが置かれていた。
「これね、お兄ちゃんが王司ちゃんにって。お兄ちゃん、お仕事で来れないの」
「ありがとう、アリサちゃんのお兄ちゃんは忙しいねー」
アリサちゃんはクリスマスカードに対抗するようにポエムカードをくれた。
高槻大吾のクリスマスポエムだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
葉室王司様へ
僕の頭に角が生えたら
ソリを引いてあなたのもとに駆けていくのに
そんな切なさを胸に性夜を過ごしています
ヨッ。
高槻大吾より
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「……あれ?」
誤字ってるぞ。
『聖夜』が『性夜』になってしまっている。
いや、もしかしてこれ、手書きだし、誤字ではなくて「僕は大人の女性と性的な夜を過ごしています」という意味をこめた造語? 若者言葉?
深いな……?
「どうしたの、王司ちゃん?」
「アリサちゃん。ポエムって深いね。誤字か造語かわかんないよ」
「あー。これ、誤字だね。お兄ちゃんエッチなこと考えてたんだと思う」
「あ、そう……」
アリサちゃんは赤ペンを取り出し、『性夜』にバツをつけて『聖夜』と書き直してくれた。
料理は豪華なブッフェスタイルだ。
パリパリに焼かれたチキン、サクサクのミートパイ、伝統的なブッシュドノエルやシュトーレンなんかは、クリスマスムードを感じる。
しかし、私がいただくのはシェフ特製のカレープレートだ。
「アリサちゃん見て。運命を感じたよ。私の恋愛リアリティショー、始まった」
「カレーの王子様と出会っちゃったね、王司ちゃん。スイーツも食べようね?」
「うん、うん」
ドリンクはラズベリーの赤とパイナップルの黄色が鮮やかなカクテルジュースや、華やかなシャンメリーだ。
THE・クリスマスって感じだね。大人のドリンクコーナーも充実してるなあ。
視線を向けていると、それを遮るように割り込む人物がいた。兄だ。
「葉室さん。あちらは大人向けコーナーですよ」
「恭彦お兄さん、いつもお疲れ様です……」
「葉室さん。こちらに麻辣湯がありますよ」
「それはいただきますけど、なんか『お酒から気を逸らそう』って感じがするなあ」
兄はアルコール絶対飲ませないマンだ。
別に眺めていただけで、飲むつもりはなかったんだけどな。
ステージがあって、クリスマスパーティは生配信されている。
司会の人があれこれ語るのを聞きながら、カレーと麻辣湯をいただこう。うーん。美味しい。クリスマスは最高だな。
「メリークリスマス! 本日はシェアハウス生活で知り合った仲間の中で一番話したい人を指名してのトークタイムも設けています」
名前が呼ばれてステージに登ると司会の人が期待の眼差しで私を見つめてくる。
たぶん「気になる異性を指名してトークタイムをしてほしいな~」という恋愛リアリティショー的な期待が寄せられているのだろう。
しかし、私は「事務所的にそういう演出はしなくてもいい」と言われているので、ここは兄を指名させてもらおうではないか。カジキマグロのお礼を用意してきたんだよ。
「私、火臣恭彦お兄さんを指名します」
コメントの様子は見えないが、司会の人は「え、お兄さん指名なの?」って感じの残念そうな目をした。ごめんね。
「……かしこまりました! それではこの後、指名された男子が指名に応じるかどうかの時々待機タイムに突入します。別の部屋にてお待ちください」
案内された部屋は、おしゃれな雰囲気だ。
これは、「呼び出したけど彼、来てくれるかな? どきどき」みたいな演技をするべきだろうか?
いや、いらないよな。兄だしな。
カメラの数を数えていると、ガチャリとドアが開く音がした。
恭彦だ。呼び出しに応じてくれたらしい。なんか警戒するように部屋をおそるおそる覗き込んでるけど。
「お……お邪魔します」
「いらっしゃいませ! ようこそ、ようこそ」
怖くないよ。
席に座るよう促すと、恭彦は大人しく従ってくれた。
よし、用件を具体的に伝えて安心させてあげようではないか。
「私はただ、お兄さんにサンタさんのプレゼントのお礼を言おうと思ったんですよ」
「はい?」
取り出して見せるのは、チェキ会で護衛のサンタロースがくれたカジキマグロのペンダントだ。
これくれたの、君だろう。
目の前でペンダントを揺らすと、恭彦は驚いた様子で目を瞬かせた。
「葉室さん。サンタが俺だとわかったんですか?」
どうしてバレないと思うんだよ。わかるよ。
「ふっふーん。それは、妹だからです!」
「はあ……」
兄の反応は微妙だ。あまり感銘を受けている様子がない。
「私がサンタに変装してても、お兄さんはわからないといけません!」
「ええ……?」
おっと、本題を忘れそうになってるや。そろそろ切り出そう。
「お兄さん。ペンダントをつけてくれたら、妹はお兄さんにクリスマスのプレゼントをあげようと思いまーす」
ペンダントを恭彦に渡し、それとなくカメラの位置を教える。
兄は心得た様子で見栄えのいい角度に移動し、私の首にペンダントをつけてくれた。
この兄のいいところは、役者としての露出欲があるところと、他人の期待を察知して相手を喜ばせる立ち回りができるところだ。
「ありがとうございますお兄さん。それではいい子のお兄さんにとっても貴重な例のノートの2冊目をあげましょう」
兄にはこの言い方で伝わるはずだ。
「江良九足さんの演技ノートですか? 2冊目……?」
さすがにちょっと怪しまれている感じはするが、まあいいか。
「お兄さん、このノート、役に立つことが書いてあるんですよ」
「役に立つこと?」
「ほら。このページを見てください」
「ん……」
カメラに映らない角度でページをめくって見せると、兄は目を丸くした。
そこにはシェアハウスに参加しているホーリーキネマズのメンバーの性格面での特徴や好み、「これをやったら嫌われてしまう」という地雷要素が思いつく限り書いてある。
女子を恋愛的に攻略するにせよ、男子と友達として仲良くするにせよ、きっと役に立つ情報だ。
「葉室さん。これは演技ノートではありませんね。なんだろう……人間観察ノート……?」
「ふふ。人間観察は大事です。作戦会議をしましょう。お兄さんは確か姉ヶ崎いずみさんと仲良くしたいんですよね」
たぶん、自己プロデュースとか演出の目的で?
目で問いかけると、兄は頷いた。
いいチョイスだと思う。
彼女も恋愛リアリティショーでビジネス恋愛ごっこをしたがっている……と、思うから。
「うふふ……お兄さん……恋愛しないって言ったのに……」
「お、俺、そんなこと言ってません……」
「サンタさんに免じて、許してあげます」
「恋愛って妹の許可がないとしちゃだめなんですか?」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『江良九足の姉ヶ崎いずみメモ』
姉ヶ崎いずみは相手にリードされる方が好き。
「告白は相手からしてほしい、そろそろ恋人が欲しい」と言っていた。
「江良さんに告白されたら付き合っちゃうかも」みたいなことも何回か独り言で言っていた。
モテるはずなのに意外と告白されないみたいだ。不思議だよな。
彼女は、その場の雰囲気に流されたり相手に合わせて演技をするタイプの女優だ。
こういう恋愛リアリティショーについても好意的な感想を言っていて、「江良さんと一緒に出てみたい、告白されてみたい。本気じゃなくて番組の盛り上げのための演出でいいので1回挑戦してみたい」と言ってきたことがあった。
でも、本気じゃない。彼女が『恋愛』を企むのは、あくまでも話題性やブランディングのためだ。
なので、特別なステージの上でファンの期待をあおり、ドラマチックに告白すれば乗ってくる可能性は高いかもしれない。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『配信のコメント』
:兄妹で何やってるんだ
:イチャイチャしている
:これが恋愛リアリティショーです
:ここはカップル成立しちゃっていいのかい
:駄目だと思う
:待ってなんか相談始めた
:兄の恋愛を成就させるために作戦会議してるぞ
:どういうこと
:妹ヤンデレ化すんな
:姉ヶ崎いずみさんが攻略されてしまう?
:トークタイムで他の女落とす作戦会議すんなし
:それな
:この2人に常識は通用しないんだぞ。知らなかったのか?
:あのな変態兄妹このトークタイム普通はカップルでイチャイチャするんだよ
:お兄さんが戻っていく
:告白するのか
:がんばれ
:応援するよ
:王司ちゃん高みの見物モードになる
:妹いいポジションだな
:兄は行動する係、妹は見物する係
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
兄とのトークタイムを終えてのんびりとトイレに寄ってから会場に戻ると、アリサちゃんがスマホでコメントを見せてくれた。
「盛り上がってるよー!」
スマホのコメントは確かにいい感じに盛り上がっているな。
ステージを見ると、兄が姉ヶ崎いずみに振られていた。展開が早いぞ。
「恭彦くん、ごめんね。私、君のお父さんが好きなの」
えっ、今なんて?
:そっちだったか
:えこれはガチなの?
:結構ショックなんだけど
:いずみさん事務所に怒られたりしない?
:突然のカミングアウト
:ママになりたかったのか
:その言い方なんか業が深いな
:いずみちゃんは年上が好きなんだ
:いずみさん? 江良様ファンだと思ってたけど乗り換えたの?
兄はさすがにショックを受けた様子でよろめき、こっちを見た。
なんだか高いところまで持ち上げられた後で「落とすよ」と言われた時の哀れなチワワみたいな目をしている。
私がコメント欄の「業が深い」という文字に共感を高めていると、会場に「ちょっと待った!」という青年の声が響いた。
「おっとー!? 告白タイムに乱入かー?」
司会の人が大喜びだ。
何事かと思って見てみると、柚木はるとがめちゃめちゃ勇気を出したという顔をしてステージに駆け上がっていくではないか。
はるとは、右手を恭彦に差し出した。
「火臣恭彦君。僕と友達になってください」
:あ、そっち?
:はると~!?
:ホリキネの俳優たち暴走してないかw
:ちょっと待ったああ!
:男にいったーー
:友達!?
:謎の矢印
:人間関係が錯綜しているな
:待ってちょっと頭が混乱してきた
:整理しよう誰か情報まとめて
:まとめ1、妹が兄を呼ぶ
:まとめ2、兄はいずみに告白して振られる
:まとめ3、いずみはパパ狙い
:まとめ4、はると乱入
:たまげたなあ
二人の男子が友情の握手を交わし、会場には拍手が湧いた。
:8888
:拍手
:おめでとう
:カップル成立した
:カップルではない笑
:トークタイム楽しんで
:そうか、トークタイムあるんだ
カップルが成立したりしなかったりしつつ、クリスマスパーティの時間は過ぎていく。
そして、新しいイベントが始まった。演劇ショーだ。
「ケストナー監督率いる海外の俳優たちによる演劇、シェイクスピアの『お気に召すまま』特別バージョンです」
GAS内での力関係はよくわからないが、これには日本の俳優メンバーたちが不満そうな顔をした。
エーリッヒやジョディが「自分たちは日本人メンバーより格上だぞ」みたいな顔でステージ上で挨拶している。日本人メンバーは「クリスマスパーティの演劇出たい人~!」とか誘われていないので――特にエリート意識の高いホーリーキネマズの関係者などは、「日本人差別だ!」とか呟いているようだった。
「差別だがなにか? 下等民族はお手本を見て英語の勉強でもするがいい」
あっ。ケストナー監督が悪びれることなくジャパンアンチ発言してる。
クリスマスパーティでギスギスの種をまかないで。平和にいこうよ。
それにしても、シェイクスピアの『お気に召すまま』か。
シェアハウスでも戯曲理解の講義があった有名な劇だ。
あらすじとしては、追放ものだ。
あと、男装ものでもある。最後は全員ハッピーエンド。
特別バージョンということもあり、かなりテンポよく話が進む。
監督の息子エーリッヒの演技は初めて見るが、彼は生き生きとオーランドーを演じていた。瑞々しいオーラみたいなのがあって、観客の目が惹き付けられる。監督の愛息子だけあって、上手いや。
オーランドーは貴族令息だ。
兄に虐げられて暮らしていた彼は、格闘大会でロザリンドと出会う。そして、恋に落ちる……。
おや、オーランドー(エーリッヒ)がステージから降りてこっちに来るぞ。
私の前で優雅に礼をして、誘うようにセリフを言うではないか。
「I attend them with all respect and duty」
(日本語:心より慎んでお姫様の御前に参りました)
ほう……、私に「ロザリンドをしろ」と誘ってくれている?
挑戦的な笑顔は憎めない。
乗ってやろうか。
「Young man, have you challenged Charles the wrestler?」
(日本語:あなたが闘士のチャールズに試合をお申し込みになったのですか?)
ワンシーンが終わるとエーリッヒはセリフ1つで満足した様子でステージに戻って行った。
海外美少女のロザリンド役の少女は、こっちを見て対抗するような目をして演技に熱を込めていく。役を取ったりしないよ。今のはエーリッヒがけしかけたんだよ。
「王司ちゃん、英語のセリフが咄嗟に出てくるのすごいなー」
「ありがとうアリサちゃん。たまたま覚えてたんだよ。有名な作品だし」
「私、日本語バージョンのセリフしか知らないよー」
アリサちゃんはスマホを見せてきた。配信のコメントだ。
:英語ばっかでつまんない
:ケストナー監督って日本アンチしといてなんで日本にちょっかい出してくんの?
:この前も日本人は英語がわからないとか馬鹿にしてたよな
:日本でのショーなんだから日本語でやっても良くない?
:日本人の役者は蚊帳の外ですか
ちらほらと不満が出ているみたい……大丈夫かな?
心配になってきた頃、ステージ上に変化が起きた。
「哀れな鹿よ。お前の残す遺産は世間の俗物どもと同じだ」
海外俳優のジェイクス役が英語でセリフを言ったあと、別の人物による日本語のセリフが響いたのだ。
音楽的に響く、耳障りのいいバリトンボイス――、
「……うえっ」
火臣打犬じゃないか。
黒いスーツ姿の火臣打犬はジェイクス役の外国人のすぐ隣に立ち、まるで影のようにジェイクスの日本語版演技を始めた。どことなく、演劇祭の『銀河鉄道の夜』で2人ジョバンニをしたときを思い出す。
しかも、ステージの下に八町大気が現れ、優雅に一礼してみせた。
八町は指揮杖を携えている。
振るのか、その指揮杖?
お前、それお気に入りだもんな。
ハラハラと見守っていると――思った通り八町はドヤ顔で指揮杖を振り始めた。
そうだよな、振りたいから持ってきたんだよな。
そうじゃないかと思った。
……嬉しそうに振ってるなぁ……。
「彼らときたら、有り余るほど持っている者には、なおも与え、落ちぶれれば交わりを断つ。それが当世のご流儀。――哀れな破産者に目をかければならぬいわれがどこにある……」
観客の注目を独り占めするように火臣打犬がポーズを取ると、外国人のジェイクスが悔しそうに場所を譲る。
ステージの下ではケストナー監督が射殺すような視線を八町に投げ、八町が勝ち誇った顔で指揮杖を振る。
なにやってんだ大人ども。
照明が一度落ち、数秒で照明が戻る。
明るくなったステージの上には、日本語を喋るジェイクスは、もういなかった。
コメントをちらっと見ると、リスナーはこの乱入を喜んでいた。
:演技バトルきたこれ
:バトルというか
:舞台ジャック?
:やりやがった
:また乱入してもいいのよ
:日本アンチ監督追い出したい
:次はいつ割り込むんだ
:全裸待機
リスナーたちは「もしかしたらまた何か起こるかもしれない」というワクワク感をスパイスにして見守った。結局、その後は乱入はなかったが。
演劇が終わり、会場を拍手が包み込む中、八町は「次は僕の出し物ですよ」と言い、こちらを見て手招きをした。なにかやらされるのだろう。
八町に気に入られると、こうなるんだ。
しょうがないな。しょうがないな。
「王司さん」
名前を呼ばれて近くに行くと紙を渡される。
朗読してほしいと文字が書き添えてあった。ふむ。読むか。
「夜8時過ぎ。少し眠って手持ち弁当を待っておりましたところ、ワインが来ました。それなのにあなたからのお手紙はない。ところがあの美しい女性からの一通がある。……あなたが妬いてくださればいいなと思います」
これは有名な詩人のゲーテが7歳年上のシュタイン夫人宛に送った手紙だね。
2人はプラトニックな間柄ではめちゃくちゃ情熱的に手紙や詩を送り届けるのだが、シュタイン夫人側は冷静でプラトニックな間柄をキープしているんだ。
この手紙は、「夫人はお手紙くれなかったけど、ぼくちんモテるんだ。別の美女から手紙もらっちゃったよ。嫉妬して? チラッ、チラッ」という意味なんだな。
わあ、クリスマスにぴったり……どこがだよ。
おい八町。
クリスマスパーティで14歳の女優になにを読ませているんだ。そんなんだから「おいたわしい」って言われちゃうんだぞ。
親友の顔を見上げると、親友はクリスマスカードを持たせてくれた。
クリスマスカードには手書きでメッセージが書いてある。
====
僕たちが書いたセリフを君たちが読むと、
文字に生き生きと命が吹き込まれ、心がありありと表現されて、
たくさんの人に伝わるんだね。
君は僕に奇跡を見せてくれる魔法使いのような存在で、
僕は君のことが大好きで、
君ともっと遊びたい。
たくさんの夢を形にしてほしい。
そんな風に思っていた。
メリークリスマス。
僕たちはずっと高い山を上ばかり見て
====
メッセージが中途半端なところで終わっている。
しかし、言いたいことはなんとなく伝わった。
「気付いたら結構、高いところに来ちゃったね」みたいなことを言いたいのだろう。
「メリークリスマス、八町先生」
女子中学生の声で言って屈むようにと合図をすると、親友は少し迷う素振りを見せてから従ってくれた。
何を警戒しているんだ、何を。
近づいた顔に唇を寄せ、耳元で小さく囁く。
「メリークリスマス。俺たちは高いところに登ってきたつもりでいるけれど、まだまだ登山道は続いていて、これからもたくさん一緒に遊べそうだよな」
あと田中君の件があるんだった。
「八町。明日撮影あるんだっけ? 撮影現場に遊びに行くよ。拒否権はないから入れてくれよな。そうそう、友達も連れて行くからよろしく」
八町は小さく頷き、マイクのスイッチを入れて声を響かせた。
「来年、僕は彼女を主演に……するかどうかは未定ですが、GASの若手俳優を国籍問わず採用して新しい映画を撮ります。そして、その映画で、海外俳優だけで固めたケストナー監督に『今まで八町くんを馬鹿にしてごめんなさい』と言わせてみせましょう!」
八町、気取って言うわりには言い方がちょっと子供っぽいぞ。
『ごめんなさい』してほしいんだ……?
あと、すごく気になるんだけど「主演に……するかどうかは未定」ってなんだよ。
:おおお
:おいたわしい
:ジャパン、ばんざい!
:ごめんなさいと言わせたいのか
:幼稚……
:いいじゃないか。ケストナー監督だってアンチぶりが目に余るよ
:まあケストナー監督はツンデレなんだけどね
:は? 八町監督もツンデレだが?
:変な張り合い方するのやめよう?
:ケストナー監督はデレなしのツンだし八町監督はおいたわしいだけだし
:ツンデレってなに?
会場の日本人たちは八町を応援するような心配するような変な空気になっていた。
席に戻ると、アリサちゃんが褒めてくれた。
「王司ちゃん、朗読すごく良かったよ! なんかワインが見えた。 あと、山も。なんかね、大人っぽかった」
「アリサちゃん、ありがとう。山にいる気分で読んだんだよー、えへへ」
いつかアリサちゃんと一緒にワインを飲む日が来るんだろうか。楽しみだな。
パーティーはその後つつがなく終わり、解散して家に帰ると、家の庭木が電飾でキラキラしていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「わあ……なんか……なに?」
「王司。おかえりなさい!」
ママがクラッカーを鳴らし、「配信見ていたわよ」と迎えてくれた。
「パーティおつかれさま」
「ママ、メリークリスマス! ただいま。配信を観てくれてありがとう!」
セバスチャンにカメラマンをしてもらってイルミネーションの近くでポーズを撮ろうとすると、ママはペンライトを渡してくれた。
「ママはね、イルミネーションに負けないように自分もキラキラする王司の写真が欲しいの。キラキラスマイルでペンライトを振ってほしいのよ」
なんか恥ずかしいオーダー来たな。するけど。
「ママ、2人で撮ろうよ」
母娘の写真は可愛く撮れた。
今夜は、いいクリスマスだ。
「王司。今夜は耳栓をして寝てね。ママ、耳栓を用意したから」
「う、うん」
ママはサンタさんをするつもりなのだろうか?
私が物音で起きないように、耳栓をくれたの?
王司ちゃんってサンタを信じていたの?
え、今からでも信じているふりをした方がいい……?
本日は19時にも更新があります。




