187、ジュエルは負けない!
民度が改善したチェキ会は、いい感じだ。
「顔小さい! 可愛い! 応援しています!」
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
握手、お辞儀、ポーズ撮り。
身体を動かし、声を出していると、たまに「あ、漏れた」とか「出てる」という感覚がある。
気持ちいいものではないが、顔に出すわけにもいかない。
アイドル女子って人知れず股から血を流しつつ、笑顔を浮かべてポーズを取っているんだな。
私が脳内でアイドル女子たちを尊敬していると、視界の隅に見覚えのある2人組が見えた。
緑石芽衣ちゃんのブースに並んでいて、片方は芽衣ちゃんのママだ。
小綺麗な印象の中年の男性と一緒にいるのだが、その男性がピンクパンサーのぬいぐるみを持っている。
まさか猫屋敷座長ではあるまいな。まさかな。
疑念を抱きながらトルネコの気分で行列を捌いていると、知り合いが何人も遊びに来てくれた。
まず、来るのではないかと思っていた海賊部の少年たち。
『解放区』という旗を持って目立っている――ひときわ目立つのが、リーダーの二俣夜輝とニコイチコンビの円城寺誉だ。
「葉室。お前、俺に来てもらえたことを光栄に思え」
二俣は偉そうなことを言い、クリスマス用のお菓子の詰め合わせをくれた。
「ありがとうございます、二俣さん」
「ふん」
二俣~、むすっとして顔を背けたけど、耳が赤いぞ~。
「よっくんは照れがあるよね。照れちゃだめだよ」
円城寺は、自分の両手を頭の上に立てて獣耳に見立てたアニマルポーズだ。表情があざとい。スタッフのお姉さんたちが「可愛い」と呟くのが聞こえたぞ。
「僕はこの前、抜け駆けデートしたからね。よっくんが拗ねてるし、今日はプレゼントなしなんだ。ごめんね」
こそっと耳打ちする声は、悪びれない。どちらかというと楽しんでいる雰囲気がある。
そういえば、こよみ聖先輩は日頃から「彼氏彼氏」とアピールしているというのに、なぜかファンがしっかりできていて、「聖NTR隊」という専用ファンネームもあるらしい。
NTR……寝取り趣味か。彼氏持ちアイドルにそんな潜在需要があったとは……。
スポンサーでもある彼氏はそれを受けて「アイドルをやめてほしい」と言い出したらしく、カップル仲に暗雲が立ち込めているという噂だ。カップルの今後が気になるところである。
さて、海賊部の集団がいなくなった後、私のブースにはまた変なお客さんがやってきた。
「なんだかざわざわしているなあ」と思っていたのだが、入ってきたのは、薔薇の花束を持ったエーリッヒと保護者ヅラをした父親のケストナー監督だったのだ。目立つし有名人だもんな、ざわざわするよな。
「オージー!」
「ジャパンの文化おかしいよ」
ケストナー監督はブツブツ言っていたが、息子のエーリッヒは父親が見守る中、飛び切りの笑顔でピストルポーズのツーショット写真を撮った。
父親は椅子に座っている執事に寄って行ってちょっかい出している。
なにせ、こっちは写真撮影中なので詳細がわからないが、英語で話しかけたりしている?
「おーけーでーす」
撮影が済んだのでチラッと視線をやると、ケストナー監督はセバスチャンと握手していた。
どういう状態? あっ、ハグした……。ああ、息子に引っ張られて帰っていく……。き、気になるよ。
セバスチャンに「なにしてたの」と聞く暇もなく、次のお客さんの順番だ。
「次の方ー!」
「今のエーリッヒとケストナー監督だよな」
おやっ。
面白がるようなことを言いながら入ってきた新しいお客さんは、またしてもGASのメンバーで、柚木はるとと、芹沢拓真だった。
拓真は「付き添いだ」と言い、はるとが遠慮がちに挨拶をしてくる。ほう?
「葉室さん……今日は応援の気持ちと感謝を伝えたくて来ました」
この体でなんかしたっけ?
「実は僕、芸能事務所から自分の性格と真逆のキャラで売ろうと言われて、ずっと不向きなキャラを演じていたんです。『この先もずっとこれで行くのつらくないか?』と悩んでいたところでした」
あー、うん。知ってる。
「でも、葉室さんがオーディションで性別をカミングアウトした配信を見まして……それに葉室さんのお兄さん、恭彦君の陰キャぶりも『ああ、ああいうキャラでもいけるんだ』って思って。僕も陰キャをカミングアウトしようかと思うようになったんです」
なんと。あの始まりのオーディション配信を観ていたのか。なんか、思い出すと恥ずかしくなってくるな。
「柚木先輩……そ、そうだったんですか……」
「僕、恭彦君と陰キャフレンドになれるかな? なんて……」
陰キャフレンドってなんだよ。つっこみたくて仕方ない。
「えっと……、兄のことはよく分かりませんが、あの人いい人なので、多分友達になりたいって言ったらなれるんじゃないですかね。あと、あんまり陰キャとか、言わない方がいいかも……」
「そうですよね、すみません。勝手に同類扱いしてしまって……」
いや、君たちは割と似た種類の性格に思えなくもないんだけど、ただやっぱり一個の単語で一括りにできない違いもあると思うんだよね。ね。
「兄はちょっと……特質系といいますか……あの、社交的に振る舞ったりできますし、人付き合い……妹のLINEをよく放置しています……しかもあの人、妹を名字で呼ぶんです……」
「ありがとう。僕……頑張ろうと思います」
「が、頑張るんですか。頑張ってください」
なんか不思議なツーショット時間だったな。
チェキ会ってこんな感じなのか……?
私がチェキ会の理解度を深めたようなよくわからないような気分でいると、突然「待ちなさい」とか「うるせえ」とかいう怒鳴り声が聞こえて男が駆け込んできた。
帽子にマスクに眼鏡、やせ型、年齢は中年?
黒で統一したような服装で、見覚えがない男だ。
「うおおおお! ちゃらちゃら浮かれてるんじゃねえぞおおお」
あっ。やばい人だ。すごくわかりやすい危険な人だ。
会場内に「わー」とか「キャー」とかいう悲鳴が起きる。
現場がパニック状態になりかけたが、バイトのサンタクロース集団が勇ましく男に体当たりを噛ますのが見えた。まるでラグビーみたいだ。すごい、寄ってたかって身柄を押さえに行ってる。
やっぱり、体を鍛えている成人男性の芸能人よりも、10代の女子アイドルの方が 「危害を加えやすい」 とか「反撃されにくい」とか思われて狙われやすくなったりするんだろうな。
女子は股から血を流しながら愛嬌を振りまいているというのに、ひどい話である……。
「……あ。こっちにもサンタさん……」
ふと視界が赤い背中で隠される。
バイトのサンタクロースが護衛に来てくれたんだ。
背の高いサンタクロースの背中は、頼もしい。
しかし、護衛のサンタクロースの背中で視界が塞がれてしまって、事態がどう推移しているのかがわからない。気になるよ。ちょっと見せてくれ。
後ろから顔を出そうとすると、護衛のサンタクロースは「危ないでしょ」という風に私の肩を抱き、後ろへと下がらせた。サンタクロースは、真っ白で立派なヒゲを垂らしていて、目元になぜか黒サングラスをしている。誰かに似てる雰囲気だ。
「安全第一ですよね、ごもっともです。すみません。守ってくださって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて感謝の意を伝えると、護衛のサンタクロースはポケットから小さなクリスマスプレゼントボックスを出し、私の手に持たせてくれた。
両手で受け取ると、ふかふかの手袋で頭をぽんぽんと撫でてくれる。子供をあやすような気配だ。遠慮がちな気配が、やっぱり誰かに似てる。
「わあ、サンタさんからのプレゼントだ……やったあ……嬉しいなあ」
喜んでお礼をもう一度伝えると、サンタクロースはウンウンと頷き、再び護衛の任務をする様子で背中を向けた。
頼もしいな。ところで、帽子からはみ出ている髪が金髪だな。
「みなさーん、もう、大丈夫でーす」
やがて、スタッフの声が響く。
どうやら男は身柄を拘束され、連行されていったようだった。
しかし、こんな事件が起きてしまったからには、残念だけどイベントは中止かな……?
心配していると、スタッフさんが声を続けた。
「びっくりしましたかーっ、実はーっ、今のはーっ」
ん?
サンタクロースが何人か集まって謎のパフォーマンスを始めた……?
「今のは、サプライズショーです! ドッキリでしたー!」
ええっ? 無理があるだろ。
……と思ったけど、意外とみんな拍手してくれている?
思うに、イベントを中止にしたくないから協力してるんじゃないかな?
みんな、「無理があるだろ、嘘だろ」ってわかってて乗ってるんだよね?
「せっかくの一度きりの今日。特別なイベント……続けませんかーっ」
おお、みんな「続ける!」って声をあげてる。
男性率が高いというのもあって、「変な奴が来たら今度は俺が捕まえてやんよ」「おれもおれも」と腕まくりしてる勇者もいるぞ。
つ、続けるのか! すごいな。あとで責任者が怒られたりしそう。
LOVEジュエル7のメンバーを見ると、カナミちゃんが声をあげた。
「あのおじさん、楽しいイベントを邪魔したくて暴れてたんでしょう? あたし、負けたくない! 来てくれたみんなを笑顔にして、楽しかったイベントとして終わってみせる!」
カ、カナミちゃん。怖かっただろうに、健気……!
他のメンバーも感銘を受けた様子で、「私も続けたい!」「やろうー!」と声をあげている。こ、これが若さか。みんなが眩しい。
思えばこのアイドルグループは、デビュー曲が最後の曲になる可能性が高い。
本当に一期一会のチェキ会なんだ。
そう思うと、途中で台無しにしようとしてきた男に腹が立つ。
しっかりと警備をして最悪の事態を防いでくれた警備の人たちにも、感謝の気持ちが湧いてくる。
……私も賛成しよう。
中止したら、負けだ。
「……やろう。サンタクロースさんたちも、守ってくれるから」
ヒカリ先輩が頷いた。そして、リーダーオーラを漲らせて笑顔で言った。
ヒカリ先輩はリーダーシップがあるんだ。
「ジュエルは負けない!」
ファンが見守る中、全員が「おー!」と声を揃える。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そして――チェキ会は中止になることはなく、チケットを持っているファンたち全員に順番を巡らせることができた。
私たちは、やりきったのだ。
怖い思いをしながらも最後までファンを喜ばせようとブースに立ち続け、明るい笑顔で対応したメンバーたちは、すごいと思う。
ファンのみんなだって、怖くなかったはずがない。
でも、みんな文句を言ったりはせず、メンバーに優しく声をかけたり気遣ったりしてくれた。
お互いに相手を思いやり、「楽しもう、いい思い出を作ろう」という気持ちが溢れていた。
チェキ会っていいもんだな。前世でも体験しておけばよかった。
バイトの交代時間になったらしいサンタクロースの中にもチケット持ちの人がいたようで、行列に並んでくれた。
みんなサンタコスのままで写真を撮り、満足そうに帰って行った。
「サンタはミステリアスであるべき」という考えなのか、ひとことも喋ったりはしなかったな。
「王司! 最後までお仕事をして偉かったわね。ママ、心がぐちゃぐちゃでなんて言ったらいいかわかんないわ」
イベントが終わり、メンバーと「おつかれ!」と挨拶を交わして解散すると、ママが迎えに来てくれた。
「GASのクリスマスパーティ、どうするの? お休みしても、誰も文句言わないわよ?」
「パーティは予定通りに参加するよ。ご馳走食べられるし」
「そう……?」
そう、私の一日はまだ終わりではない。
着替えて休憩してから、GASのクリスマスパーティにも行くのだ。
一回お家に帰ってからね。
「ママね、江良組のバイトサンタ団に混ざっていたのよ。気づいた?」
車の中で、ママはびっくりなことを言い出した。
「バイトサンタ団? あのサンタ集団……? ママがいたの? 全然気づかなかったよ」
「うふふ、そうでしょう! ドッキリ大成功ね」
ママは化粧が崩れた働き者の顔でくしゃりと笑った。
あまりお嬢様らしくないママの笑顔は、なんだか誇らしげで、とても魅力的だった。
それにしても、あのサンタ集団にママがいて、やらかしファンを他のサンタと一緒に担ぎ上げたりしていたの? なんか、意外。いや、でもこのママだからな……するかもしれないな……。
「みんな、有志のバイトメンバーだったの。放送作家さんとかもいたのよ。うふふ。クリスマスツリーのところで、プレゼントチェックもしたのよ。みんなでジュエルちゃんたちのイベントを守れて、よかったわ……もっと贅沢を言うなら、建物に入る前に仕留めたかったわね。入り口チェックは放送作家さんたちが目を光らせていたはずなのに……」
ママは 殺意を浮かべた目で「おほほ」と笑った。
「あの男……絶対に許さない……」
ママの黒い笑顔は、とても怖かった。
捕まった男は、円城寺善一と舎弟みたいな関係だったことがわかったらしい。
考えてみれば、円城寺善一は 知り合いがたくさんいて派手に遊び散らかしていたんだ。
あの一件でこっちを恨んでる人も、そりゃ、いるよな。
身辺の安全には気をつけよう……。
ちなみに、護衛してくれたサンタクロースからのプレゼントボックスを開くと、カジキマグロのペンダントが入っていた。




