186、クリスマスチェキ会で武器屋トルネコになる
江良九足さんを偲ぶスレ Part.361
537:名無しシネマさん
今年はクリスマス祝う気分になれない
いつもなら江良さんが「クリスマスカレー配信」とかしてくれたのに
538:名無しシネマさん
江良さんと年越しカレー食べないと年が明けない
539:黒い太陽
円城寺善一が悪いんだ
540:名無しシネマさん
鬱を発症してずっと休職してます
541:名無しシネマさん
>>541
ゆっくり休んで
暖かくしていっぱい寝て
542:名無しシネマさん
Vtuberの配信とか見るといいかもよ
とにかく長時間毎日やってるから心の支えにできる
543:名無しシネマさん
>>542
でも突然引退するんでしょう?
544:名無しシネマさん
悲しいなあ
545:名無しシネマさん
永遠に続くものなんてなにもないよ
546:名無しシネマさん
メンタルやられてる人多いよね
後追いした人も多い
547:名無しシネマさん
八町大気先生は立ち直ってるのか悪化してるのかいまいちわかんない
あの人大丈夫なんだろか
548:名無しシネマさん
親しい間柄だった人ほど傷は大きいから仕方ない
549:名無しシネマさん
新人Vtuberのタグ見てたらすごく江良さんっぽい人がいる件
550:名無しシネマさん
>>549
代わりを探すの悪いとは言わないんだけどそういう報告もなんかヤダ
551:549ですが
ごめん
でもなんかすごく似てるんだよ
ttps://zzz.webtube.com/watch?v=orehaerrori
声ボイチェンっぽいけど似てる
喋り方とか雰囲気とか「URLのorehaerroriは『俺はえらい』と『俺はえろい』をかけたダブルミーニングなんだ」って言ってるネーミングセンスがまじで江良さん
BGMに伊香瀬ノコ選んでるセンスも江良さん
江良さんに似てるって言ったら「そんなことないよ」って笑うけど笑い方まじで江良さん
しかもカレー好き
552:名無しシネマさん
>>551
江良さんのスレに偽江良さんの話持ち込まないで
ノイズはいらないの江良さんの話だけのスレにしたいの
あと江良さんのネーミングセンスを馬鹿にしないで絶対許さないからね
553:名無しシネマさん
ネーミングセンスほんとに江良さんっぽいね
江良さん自分の芸名も「逆から読むとクソクラエなんだ」って誇ってたもんね
554:名無しシネマさん
俺の江良レーダーが反応してるだと?
コメントしてくる
555:名無しシネマさん
あ、火臣打犬がコメント欄に湧いた
556:名無しシネマさん
あ、火臣打犬がブロックされた
557:名無しシネマさん
ブロック早くて草
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
クリスマスの朝、車の窓から見る都市風景は、なんとなく華やいで見える。
「ふわあ……」
月野さあや先輩が思っていたより遥かに早く仕事をしてくれて「サンタさんじゃよ~」というメッセージ付きでVtuberアバターが納品されたので、昨夜はこっそりと楽しんでしまった。
あくびをしていると、運転席のマネージャー佐藤さんが心配そうに声をかけてきた。
「王司ちゃん。田川社長が心配してましたけど、スケジュール、本当に詰めすぎじゃありませんか?」
「全然余裕です!」
今日の予定は、お昼からアイドル活動であるチェキ会。
終わってから、GASのクリスマスディナーパーティに出席だ。
メンバーが気になる子を呼び出しての、二人っきりでのトークタイム付きらしい。
恋愛リアリティショーだなあ。
「王司ちゃん。田川社長が心配してましたけど、無理して恋愛面での演出や自己プロデュースをしなくてもいいですからね」
「するつもりがないです」
「そうですか、よかった。お兄さんの方が割と積極的みたいなので、心配したんです」
「ふえ……?」
お兄さんがなんだって?
恭彦のSNSをチェックしてみると、姉ヶ崎いずみへの淡い恋情めいた想いを綴っている。しかも父親の打犬が絡んできて、公開親子トークになってるじゃないか。
火臣恭彦:恋の仕方がわからない
火臣恭彦:恋ってどうやったら始まるんでしょうか?
火臣恭彦:手を握るとかしてみたい
火臣恭彦:姉ヶ崎いずみさんって綺麗な人ですよね
火臣打犬:姉ヶ崎いずみを狙うのか、いい趣味だ恭彦! あの子はビジネスカップル売りに積極派だと思うッ! パパと一緒に攻略会議しよう
火臣恭彦:お話してみたいのですが、なんて話しかけたらいいんだろう
火臣打犬:ばか♡うちの子ばか♡SNSでオープンに書いてる時点で相手に筒抜け♡
火臣恭彦:最近うちの親父が使う♡すげーじわじわストレス与えてくる
火臣恭彦:ハラスメントだと思う
火臣打犬:パパ今日から♡辞めるよ。独り言みたいに愚痴らないでパパに直接メッセージしてくれ。パパ待ってる(`・ω・´)
姉ヶ崎いずみ:私は打犬さんの♡好きですよ
火臣恭彦:えっ
火臣打犬:えっ
「なにやってんだこいつら」
「王司ちゃん。言葉使いに気をつけて」
「あっ、ハイ」
「王司ちゃん。会場に着きましたよ」
「はい!」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『駄犬パパの変態的子煩悩クズライフ、クリスマス特別編、その2――パパがチェキ会について語るッ!』
「チェキ会とは、推しのアイドル(推しメン)と一緒に、インスタントカメラ「チェキ」で写真を撮影できるイベントだ。チェキで撮った写真はその場で印刷される。世界で1枚だけの写真は生涯の宝だ……」
:なんか熱く語ってる
:打犬さん今日も格好いいですね
:パパー
:抱いて―
:おかしいなファンが多いぞ
:クリスマスにアンチするのもね
:アンチはみんなデートしてるよ
:は?
:この配信、誰も話を聞いてないな
:みんな話聞いてあげて
「これが娘ちゃんのCD特典。そう、チェキチケットだ。これはツーショットチェキと言い、好きなメンバーとツーショットで撮影できる最高のチケットなんだ。そしてこれは100円ショップで買ったカードスリーブ」
:ピンクのカードスリーブが可愛いですね
:変態っぽさを自ら増していくスタイル好き
:出禁にされそう
:まさかそんな
:入り口でお断りされる火臣さんからしか摂取できない栄養があると信じています
:パパ泣いちゃう
:昨夜も江良さんからブロックされて泣いてたもんね
:江良さんじゃなくてerrorさんな
:errorさんずっとカレーの話してて次はキムチトークするとか言ってた
:すげーどうでもいい
「人気アイドルとチェキを撮る時間は短いっ。会話ができるのは数秒~1分だ。自分の順番がくるまでにどんな会話をするか考えておこう。俺はいいんだ。無言で。接近するだけでエクスタシーだよ。同じ空気を吸っているだけで興奮する。いやっ、想像だけでも……」
:言葉選びが変態っぽいねん
:通報しました
:俺も
:いつもの刑事さーん
:配信のたびに呼ばれる刑事さん大変すぎる
:プレゼントも買ったんだよね
「プレゼントは買ったよ。リカちゃん人形とプリキュア……」
:お前の娘は14歳やで
:両手に女児グッズを持つ駄犬ヤバイ
:意外とありな気もする
:正気に戻れ
:自分が買いたいだけって感じがする
:変態度を更新していく配信
「このプレゼントは『サンタさんより』というメッセージカード付きで枕元に置こうと思う」
:枕元?
:サンタさんになりたいんですね
:待って
:娘の部屋に入る気か
:やめとけ
:一緒に住んでないじゃん
:犯罪の匂いがしてきました
「あと、恭彦にはテディベアを買った。朝起こす前に抱っこさせて写真も撮ったんだ。どうだこの写真? 控えめに言って最高だよな」
:贈り物のセンスやばない?
:お前の息子19だぞ
:意外と違和感がない
:GASって問題がある親を指導してるんじゃなかったっけ?
:指導しても無駄に決まってるだろいい加減にしろ
:勝手に部屋入って寝顔撮ってアップするな毒親
:恭彦君には鍵をかける習慣をつけさせるべきでは
:GASの人~指導して~
「チェキ会への参加後にはチェキをスマホで撮影しSNSに投稿。食事と一緒に推しのチェキを並べて写真を撮るチェキ飯もおすすめだ!」
:こいつ全コメントを爽やかにスルーしやがる
:ファンをアンチにするテクに長けている火臣打犬
:コメントをスルーしすぎでは?
:慣れると快感
:変態が殖えた……
:これ、パパが語りたいだけの配信だから
:あ、刑事さんが来た
:刑事さんいつもお疲れ様です
:なんか刑事さん以外にもいっぱい来たな?
:江良組じゃん
――【葉室王司視点】
チェキ会の会場は、クリスマスムードの飾りつけがされていた。
大きなクリスマスツリーにカラフルなオーナメントが飾られていて、ツリーの下にプレゼントを置いたりもできるらしい。
「メリークリスマス!」
本日のコスチュームは、全員お揃いのミニスカサンタさんだ。コッテコテだけど、可愛いと思う。
長い黒髪ストレートを垂らして、毛先をくるくるとカールしている五十嵐ヒカリ先輩。
金髪をヒカリ先輩と同じスタイルにしている月野さあや先輩。
黒髪を首の両横でおさげにしている高槻アリサちゃん。
金髪を高い位置でツインテールにしている三木カナミちゃん。
ゆるふわヘアのこよみ聖先輩。
黒髪ショートの緑石芽衣ちゃん。
私は、黒髪をツインテールにしている。いわゆる触覚と呼ばれるサイド髪も垂らしていて、自分でも「アイドルっぽいな!」と思う。
メンバーで集合して撮るのは、「これからチェキ会でーす」という直前配信。
各自が持ってきたクリスマスプレゼントをくじで引くプレゼント交換企画付きだ。
私のプレゼントは、カレースパイスの詰め合わせセットだよ。
マネージャーの佐藤さんと一緒に選んだんだ。佐藤さんは選ぶときに「スパイスですか……」と微妙な顔をしていたけど、プレゼントを引いたカナミちゃんは喜んでる。
「王司のプレゼントだ。やったー!」
カナミちゃんが嬉しそうでよかったよ。
私はこよみ先輩の『わたしの彼氏観察日記』を引き当てた。
これ、超貴重図書じゃない? 女子中学生が彼氏について書き綴った紙の日記帳だぞ。しかもアイドル。
「先輩ぱねえ……」
「王司ちゃん、それ見せて」
「なにそれなにそれ」
手書きの字やハートマーク、似顔絵もある。
面白いな。私も紙の日記帳を買って書いてみようかな?
……江良の演技ノート2冊目を作ってプレゼントにするのもありか?
「そろそろ時間なので、配信終わりでーす」
「ばいばーい、ばいばーい」
いつもの挨拶で締めて、直前配信は終わった。
メンバーはそれぞれ自分のブースで待機していて、自分のファンをお迎えする。
入場の警備は、結構物々しい雰囲気だ。コワモテの警備員さんが、身分証の確認やボディチェックなどを徹底している。
どうも物騒なタレコミがあったらしく、警備の増員をしたようだった。
中に入った後のファンたちの様子も目を光らせていて、怪しいと睨まれたファンにはバイトで雇われたサンタやトナカイの着ぐるみを着た警戒要員が行列整理という名目で周りをウロチョロしてロックオンしている。
開始前にトイレを済ませようとしたら生理が来ていた。
ポーチの中にナプキンを常備していたので困ってはいないが、テンションはだだ下がりだ。
他のメンバーに聞いてみたところ、どうも他のメンバーはこういうイベントごとの時はピルを処方してもらい調整するのがいいと考えているらしい。
考えてみると、「365日ずっとイベントづくし!」というほどの超多忙だったら生理でイベントをこなすことに慣れた方がいいと思うが、今はそれほど超過密スケジュールではない。
「ピルで生理の日をずらす」という方法でもいいのかもしれない。でも、このシーズンって後ろにずらすと年末年始だろ。難しいシーズンだよ。
……年明けにママと初詣に行ったりおじいさまの別荘に行く予定だから、そこに生理が被らなくてラッキーって考えたらどうだろう。ポジティブシンキングで生きよう。
私が自分の心に折り合いをつけていると、スタッフさんがチェキ会のルールを説明してくれる。
「今回のチェキ会のルールですが、『ノンデリ・ノーマナーお断り』です。気に入らないファンは遠慮なくチケット没収してお帰り願えますので、我慢しないで拒否ってください」
いいルールだな。アイドルちゃんを守るぞって気概が感じられる。NOと言えるアイドル社会を作っていこう。
バイトのサンタクロースが各メンバーのブースに自転車のベルを置いていく。
アウト判定して「この人退場!」ってなったときは鳴らすんだって。
「はーい!」
開始時間になり、順番にお客さんが入ってくる。
初めてのチェキ会だ。
私のブースの後ろには、「なんか王司ちゃんファンには有名みたいなので」と執事のセバスチャン用の椅子が用意された。しかも、セバスチャンはニンテンドーDSをプレイしていいらしい。お付きの執事がゲームする姿に需要があるのか。まあ、あるよな。
セバスチャンの配信、初期からの常連リスナーが毎回欠かさず観に来てるし。
「王司ちゃん、いつも頑張ってる姿に癒されてます。応援してます!」
「わあー! ありがとうございます!」
江良のファンは女性が多かったが、王司のファンは男性が多い。
ファン層の違いは新鮮だ。
順番に1人ずつ入ってきては、似たようなことをして去っていくお客さんを見ていると、ドラクエ4の武器屋トルネコを思い出す。店番プレイだ。
トルネコは家にいながらにして子供達に「生活のために雇われて金を稼ぐって、こんな感じなんだな」と身をもって体験させてくれていたんだな。
私はトルネコになりたい。トルネコだったら生理を気にせずに店番できると思うんだ。
トルネコになろう。
おもてなしの精神だ。
CDを買ってくれて、メンバーの中でわざわざ葉室王司を選んでくれたファンを楽しませるんだ。がんばるぞ。
「いらっしゃい。ここは王司の武器屋だよ」
私がトルネコの顔で出迎えると、大柄なファンが両腕を広げ、トルネコに抱き着いてきた。
えっ。なんで当たり前みたいに接触しようとしてくるんだ? お触りNGだよ。怖っ。
慌てて避けると、スタッフさんがファンに注意してくれた。ありがとう。
「王司ちゃん、今日も可愛いねー! お兄ちゃんがちゅーしに来たよ!」
ファンはあんまり注意を気にしていないようだ。
……待て。本当にちゅーしようとするな。
距離感おかしいだろ。初対面だぞ。トルネコ気分が台無しだよ。
「あーっお客様ーっ、はじゃのつるぎは売り切れているんですーっ、ごめんなさあい!」
お引き取りくださあい。
やんわりと拒絶するが、彼は気付いていないのか、または気付かないフリをしているのか。
口角を上げてふざけたように言った。
「はじゃのつるぎ? よくわかんねえけど、いいじゃんいいじゃん、推し変しないから! オレ、いつもSNSで『王司はオレの妹』って投稿してんの。知ってんだろ」
ごめん、ぜんっぜん知らねえ……。
「毎日おはようって挨拶リプしてるけど拒否しねえもんな。オレいつも王司ちゃんがオレのおはようを楽しみにしてるの知ってるんだ。オレ王司ちゃん一筋だよ、嬉しいだろ。一途なファンに感謝して。大丈夫、他のメンバーなんか全然イケてねえよ、ブスばっかでライバルにもならないね!」
うおおお、痛いファンだ。やめろお。
他のメンバーをディスるなああ。
しかも声が大きいから他のメンバーのブースに並んでるファンが「王司ファン許さん」みたいなムードじゃん。
自転車のベルを鳴らすよ。ちりんちりんちりん。
「チケット没収でお願いします!」
初退場は私が出した。
男はバイトのサンタクロースに連れて行かれながら「オレが初めてのレッドカードだぜ! うぇーい!」と武勇伝みたいに誇っていた。
しかも男の仲間らしき連中が「さすがですね!」とか持て囃している。
誇るな、誉めそやすな。ご褒美じゃないんだよ。
「王司ちゃー! おぢさんがきたよお!」
「あっ、こんにちはー」
ドン引きしている暇もなく、次の猛者が現れた。
「はふ、はふっ。ホンモノだあー! 天使の清らかな光でおぢさんの心が浄化されちゃう! 質問考えてきちゃからこちゃえてね!」
なんか……言っちゃだめなんだろうけど、メンタル削られるな……。
いや、しかしがんばろう。私は天使なアイドル、私は天使なアイドル。
「ねえ王司ちゃ、下の毛って生えてる?」
あ゛?
「なんてね、冗談冗談! てへっ☆ 投げキッスで許すでござる♡」
投げキッスと言いながら手を握るな。
「……退場!」
ちりんちりん。
私が自転車をベルを鳴らすと、「王司ちゃんって冗談が通じないんだなあ。おぢさん悲しい」などとのたまっている。
うんうん。立ち去れ。
ちりんちりんちりん。
「王司ちゃんん。帰り道ついていってもいい?」
よくない。
ちりんちりんちりんちりん。
「他のアイドルは怒らないよ? もっと寛容にならないと業界生き残れないよ。接待だよ接待」
腰を抱こうとするな。
ちりんちりんちりんちりんちりん。
なんか、民度悪くない?
他のメンバーのブースからもベルが響いていた。
大丈夫、このイベント? 自転車のベル鳴らし大会になってない?
腱鞘炎になっちゃうよ?
「……休憩時間でーす!」
スタッフさんもまずいと思ったのだろう、休憩タイムを取ってくれた。
「すいませんジュエルの皆さん。なんとかしますんで、ちょっとだけ休憩してお時間ください。絶対に改善しますんで!」
スタッフさんは「絶対!」と強い口調で言い、私たちを控室に移動させた。
控室のドアが閉まると、最初に五十嵐ヒカリ先輩が口を開いた。
「普通のファンもいるけど、明らかにやばめの人たちもいるわよね」
月野さあや先輩は「ほんとだよー鳥肌立つくらいのやばいのいたよー」と言って腕をさすっている。
「なんかねー、さあや思うんだけど、愉快犯みたいなのも来てるみたい」
大丈夫? アイドルって大変だな。メンタル削られちゃうね。
「変な人が来て怖かった」
「じわじわストレスが蓄積する感じ」
「わかる。なんかずっと『逃げたい』って思ってた。ヤな感じ」
みんなが泣きそうな顔で愚痴を吐き出してる。わかる。わかるよ。
気持ちを貯めこまないって大事なんだ。それでいいよ。
「私、始まる直前に生理なったんだよー。おなかいたいよ。漏れたよー……」
「お、王司ちゃん」
「王司……!」
愚痴を吐き出すと、アリサちゃんとカナミちゃんがぎゅうっと抱きしめてくれた。
「うわああん」
「つらいね」
「よしよし。ホッカイロあげる」
「トイレ行く?」
うん。トイレ行く……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「みんな、嫌なことを思い出すの、メンタルによくないから。甘いチョコレートドリンク飲んで忘れよう?」
トイレから戻ると、こよみ聖先輩がホットチョコレートドリンクを配ってくれた。
「思うに、私たちのグループは即解散をうたい文句にしていて、出禁になっても困らないってことでイタズラ対象にされてないでしょうか」
緑石芽衣ちゃんは恨みを忘れない子だ。この子は嫌なことをされたらやり返すタイプなのである。
ほら、早速スマホでSNSに書いてるもん。早いんだ吐き出すの。
緑石芽衣:する側は深く気にしてなくてスキンシップとか軽いおふざけとかイタズラのつもりかもしれませんが、される側は恐怖を感じたり嫌悪感を覚えて、心にダメージを負います。何人も続くと、される側は積もり積もってとんでもないストレスになります。やめてください。
カナミちゃんは「あたしが炎上してアンチを増やしたからかも!」と申し訳なさそうにしている。
「カナミちゃんのせいじゃないよ」
「そうだよー」
私とアリサちゃんが声を揃えて言うと、カナミちゃんは「でもね」と教えてくれた。
「でもね、一期一会ってことですごく一生懸命に気持ちを伝えてくれるファンもいるよ。あたし、感動したもん。嫌な人だけじゃないよ」
そうだよね。普通の良識あるファンだっているんだ。
そういう人たちのためにも、イベント頑張らないとなあ。
私がいい感じに士気高揚できそうな掛け声をあげようとしたとき、こよみ聖先輩が言った。
「愉快犯の人たちがね、オーロラパーティのチラシをばら撒いてたんだって」
うわあ。オーロラパーティか。
……心当たりがあるなあ……鹿柄のパンツとか。
「ごめん……みんな。私がオーロラパーティの先輩のぱんつを見せちゃったから、あっちのファンに恨まれてるかも」
私が戦犯だったかー。
やっぱり、推しにパンモロさせた罪ってファンからすると断罪モノだろうしなあ。
「気にしなくていいわ王司」
「そうだよ。過ぎた話じゃない」
「王司ちゃん! 元気出して!」
励ますつもりが励まされてしまった。
みんな優しい。
「戻りましょう、みんな。ファンが待ってる!」
ヒカリ先輩が凛とした声をあげて、円陣のポーズを取る。
そのリーダーっぽい掛け声は私がしようと思ったのだが――悔しいが、ヒカリ先輩の方が適任だ。
「負けるなジュエル!」
「キラめけ個性!」
「炎上注意!」
「ファンの笑顔が!」
「一番ハッピー!」
「気分をあげて!」
「輝けジュエル!」
「おー!」
最後の「おー!」は全員で唱和した。
最近みんなで考えた、なかなか可愛くて青春感のある円陣は、いい感じだと思う。
「いくわよ、みんな!」
「はーい!」
なんか、女子部って感じ。
そして、リーダーはヒカリ先輩だな。頼もしいや。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
私たちが会場に戻ると、妙なBGMが流れていた。
こ、このBGMは女子アイドルグループのチェキ会に不似合いな……『炎のファイター』!?
「な、なに?」
「変なBGM鳴ってる~」
「サンタたちがなんかしてる!」
なんだ、あれ?
白と赤の衣装に身を包んだ集団が、輪になって何かを抱え上げて踊ってる。
チェキ会の警備バイトのサンタクロース集団だ。
全員、真っ白のヒゲをつけ、目元は黒いサングラス姿のサンタクロースたちは、自転車のベルを鳴らして退場になったはずの元お客さんたちを胴上げみたいに持ち上げていた。
なにやってんの?
「はいほー! はいほー!」
は、はいほー?
サンタクロース集団は、抱え上げた退場者たちをBGMに合わせてリズミカルに持ち上げたり下げたりしながら、外へと集団移動していった。
「江良組の皆さんによるパフォーマンスでしたー! 友情出演で、刑事さんもいるよー!」
スタッフさんがマイクで爽やかな声を響かせている。
ところで、今「江良組」って言った? 聞き間違いかな?
刑事さんの友情出演ってなに? 意味わかんないな?
「休憩時間もそろそろ終わり! ジュエルちゃんたちも戻ってまいりましたので、以上で、サンタが悪い子を生け贄に捧げる儀式ショーを終わりたいと思います。拍手ー!」
自分のブースに戻ると、セバスチャンは人間たちの振る舞いが気に入った様子で、面白がるような笑みを浮かべていた。ニタァ……って効果音が似合いそうな、ちょっと性格悪そうな笑みになってる。
悪魔の本性隠せ。ファンががっかりするだろ。
「これは懲らしめ、見せしめのパフォーマンスですね、お嬢様」
うん、まあ、そんなパフォーマンスかな。
「くっくっく」
「その笑い方やめようセバスチャン。人目があるし。お嬢様命令だよ」
「はい、お嬢様」
従順でよろしい。
再開後は、明らかに民度がよくなった。
怪しいパフォーマンスは、効果があったらしい。




