184、クリスマスマーケット。ピンクレディーは伝わらない。
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きのこたけのこ戦争を送る私のスマホに、円城寺誉からのメッセージが届いた。
円城寺誉:フレンドありがとう
(偉そうなお坊ちゃん犬のスタンプ)
葉室王司:よろしくお願いします
(お辞儀する白猫のスタンプ)
円城寺誉:明日のテスト勉強どう?
円城寺誉:直前の追い込み勉強、作業通話しながら一緒にしよう
同室のアリサちゃんにチラッと視線を向けると、アリサちゃんは「どうしたの?」とスマホを覗き込み、ススッと指を滑らせて通話をかけてしまった。いたずらっ子だ。
『こんばんは』
円城寺が通話に応じて、声がスピーカーから出る。アリサちゃんは「こっちは二人いまーす」と元気いっぱいに挨拶をした。無邪気だなあ。
『そういえばシェアハウスで同室だっけ。高槻さんこんばんは。いいな、僕もそっち行きたいよ。女装して行ったら混ざれる?』
似合いそうだな。いや、でも無理だろ。
「関係者以外入れませーん」
『あはは、残念。そうだ、葉室王司ちゃん。テスト終わったらデートしようよ』
アリサちゃんが「わぁー! 私、聞いてていいのー?」と声を上げている。
本当だよ。3人で話してて片方だけ誘うな。
「3人でデートしますか?」
『僕は葉室王司ちゃんと2人がいいんだ。ごめんね』
アリサちゃんが「お兄ちゃんに教えなきゃ!」とスマホを弄っている。
お、面白がられている……。
『ほら。2人じゃないとお話しできないこととか、あるじゃない?』
「誤解を招く表現ですね、円城寺さん」
あはは、と笑って、円城寺は「勉強しようか」と話を終わらせた。
勉強に集中した後、メッセージを見ると「テスト最終日の放課後ね!」と連絡が来ている。押しが強い。これが掛け算で左側になる男子だ。あとでカナミちゃんにLINEしておこう。
葉室王司:カレー食べます?
円城寺誉:僕、クリスマスマーケットに行きたいな
葉室王司:クリスマスマーケットってカレーありますかね
円城寺誉:あるよ
葉室王司:では、カレー目的で行きます
「王司ちゃん! 恋愛リアリティショーしてるー! お兄ちゃんともしてあげて」
「アリサちゃん。これ、ショーでもなんでもないからね……」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
テストの最終日。
どう見ても変装している高槻兄妹な二人組と二俣夜輝率いる海賊部が尾行してくるのに気づかないふりをして、待ち合わせ場所に向かった。
時間は夕方で、イルミネーションがキラキラと輝いている。
サンタやトナカイのモニュメント、大きなエルツ人形、豪華なヒュッテ――金色の光に包まれた世界だ。
クリスマスミュージックが流れていて、シーズン気分が高まるよ。
円城寺は白シャツと緑の編みカーディガンの上に黒いコートを羽織っていて、赤のタータンチェックマフラーがよく似合っている。あと、黒革のショルダーバッグが高そう。
「葉室王司ちゃん。変装可愛いね。眼鏡似合うよ」
「ありがとうございます、円城寺さん」
リンゴとシナモンが香るグリューワインが美味しそうだな。
でも、中学生だからホットショコラで我慢しておこう。
白いホイップクリームにカラフルなチョコレートをトッピングしてあるホットショコラは、あつあつの甘々だ。
「葉室王司ちゃん。配信いつも見てるよ。一回お家に帰って、次の配信はGASが主催するクリスマスパーティーなんだって? あれって、よっくんのお父さんが張り切って主催しているんだよね」
「配信スケジュールばっちり把握してますね、円城寺さん。二俣さんのお父さんには、いつもお世話になっています。配信楽しんでください!」
会場に設置されたスピーカーから、カラオケ番組のインタビューが聞こえてくる。
あ、カナミちゃんの歌だ。予選通過したときの?
♪普通の女の子にバイバイ
♪あたし、アイドルになるって決めたから
「……葉室王司ちゃん? 聞いてる?」
「ああ、はい。あの、カナミちゃんが歌ってるのが聞こえて気になっちゃって」
「三木カナミちゃんはお歌が上手だよね」
「お歌って言い方、なんか可愛い」
円城寺はちょっと照れたように咳払いをした。
「葉室王司ちゃんのグループって、絵師の子もいるよね。月野さあやちゃん。さっき見たら、LOVEジュエル7全員集合のイラスト描いてバズってるよ」
「月野さあや先輩は描くのが早くて、立体感とかもすごいんですよ。依頼して、届くのは半年後くらいの予定だったのに『筆が乗った』って言ってすぐ納品してくれて……」
「何を依頼したの?」
「あっ。ないしょです」
誤魔化すと、円城寺は深追いせずに話題を変えた。フランクフルトの屋台に視線を向けて、「あれって手で串を持ってかじりつくの?」と確認するのがお坊ちゃまって感じだ。
「お手本を見せてあげましょう。こうやって食べるんです」
ケチャップとカラシがたっぷりのフランクフルトを買って食べてみせると、円城寺は「いいね、海賊っぽい」と言ってパクリと食べた。
君の海賊のイメージ、フランクフルトなの?
「よっくんのお父さんは 芸能人が好きでお祭り好きなんだ。それというのもね、よっくんのお父さんには義理の弟がいてね」
「ふむ、ふむ……?」
女子とのクリスマスデート(?)で友達のお父さんの話に熱入れるって、どんだけ家族ぐるみで仲良しなんだよ。いや、いい。皆まで言うな。大好きなんだな、二俣のことが。話したいのだろう。聞くよ。
温かいクラムチャウダーを買って立食用テーブルに置き、食べながら拝聴するスタンスを取っていると、離れた席にアリサちゃんがいることに気付いた。保護者のお兄ちゃんが同伴してる。兄妹でデートかな?
「義理の弟さんは親の不倫が原因でできた子供で認知もされていないのだけど、よっくんのお父さんと小さい時からすごく仲が良かったんだって」
私がアリサちゃんに気を取られている間も、円城寺はよっくんトークに夢中だ。
「クリスマスマーケットに来てもよっくんよっくんとは、円城寺さんは二俣さんが本当に大好きですね」
「それ、『デート中は私のことだけ考えて』って言われてるみたいで、いいね」
「全然そういう意図はないので、気にせず二俣さんのことを考えてください」
「あ……僕、ちょっと……いちごマシュマロ串買ってくるよ。すぐ戻るから待ってて」
円城寺は肩をすくめて、いちごとチョコがかかったマシュマロが刺さった串を買いに行った。
おや、噂をすればなんとやら。
買いに行く背後をぞろぞろと二俣率いる海賊部とSPが尾行しているではないか。
じーっと見ていると、円城寺は尾行をからかうように店の周りを三周して帰ってきた。
ばれないように隠れたり逃げたりしている海賊部は、なんとも間抜けでおかしい。
「よっくんたち、ばればれだよね、葉室王司ちゃん」
「ばればれですね。もうここに呼んでみんなで楽しんだらいいんじゃないですか?」
「よっくんのお父さんの話をするのに? ……よっくんのお父さんの義理の弟さん、学校で親の不倫のことをいじられて不登校になった時期があったんだってさ」
戻って来て早々に、円城寺はよっくんのお父さんトークを再開した。
内緒のよっくんトークがしたいんだね。そうか、そうか。
「葉室王司ちゃん、関係ない人の話ばっかりしてて変だなーって思ってる?」
「まあ、そうです」
「あはは、正直でいいね。でも、君に無関係なわけでもないよ。その義理の弟さん、お部屋に引きこもっている時にインターネットでアイドルの配信を見て、推し活に目覚めて元気になったんだって……」
引っ掛かりを感じて円城寺の顔を見ると、円城寺はスマホをススッと操作して『義理の弟さん』の写真を見せてくれた。火臣打犬だ。しかもよりによってちょっとセクシーなショット。写真選べ。
「ああ、この人でしたか……そういえば、お墓参りを一緒にしたりしてましたね……。ただ、見せる写真はもっと無難なのを選んでほしかったかなぁ……」
円城寺はくすくすと笑った。あーあ、いたずらっこめ。
「下手したらセクハラですからね、円城寺さん」
「あはは、ごめんね……だから、よっくんのお父さん、人を元気にすることができる配信者とか芸能人とかエンターテイメントの活動をスポンサーとして積極的に支援するんだよ。僕もね、小さい頃からよっくんの家に遊びに行くことが多くて、『学校にあまり馴染めていない子がいたら誉が積極的に声をかけてあげてね。相談に乗ったり、仲間の輪の中に入れたりするといいよ』って言われてたんだ」
そして、田中君と友達になった――円城寺は、そう打ち明けてくれた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『円城寺誉による田中君の話』
田中君はさ、葉室王司ちゃんが一番の友達だっていうのが、学校の誰もが共通見解にしていることだよね。
僕だって、よっくんが一番の友達だよ。
ちっちゃい頃からの腐れ縁というか。親同士が交流があるからね。自然と子供同士、幼馴染になるよね。
でもさ、僕はそれとは別に、田中君とまあまあ、仲良しだったと思う。
なんか、LINEを交換してさ。
学校では話したりしないのに、メッセージ交換をいっぱいしてたんだ。
田中君ってさ、一人で思春期を拗らせるというか。
あれこれ考えてはいるんだけれども、それを友達にはあんまり言わないみたいな子だったなって思う。
彼ね、死ぬ前の晩に電話してきたよ。
電話してきたのは、初めてだった。
多分、ログを残したくなかったんだろうな。
僕は 田中君と通話したよ。
その時にブログを教えてもらってね。
「自分の死後に見てほしい」なんて、気持ち悪いことを言われてさ。
流行のブルーライト文芸みたいな病気事情とかじゃないよ。
「アプリを使って死ぬつもりなんだ」って言うんだ。
「ずっと自分を選んでくれなかったアプリが、ようやく自分のスマホに来てくれた」って言ってさ。
……嬉しそうだった。
アプリって、その当時すでに有名だったからさ。
僕は「なに考えてるの? 普通じゃないよ、頭を冷やした方がいいよ。やめときなよ」って言ったんだよ。
そうしたら、田中君、「冗談だよ」って言ってくれた。だから、僕は怒ったんだ。
「そういう冗談はタチが悪いよ」って。
でも、そのあと、彼……多分、使っちゃったんだね。
彼の訃報を聞いたとき、僕はそう思ったよ。
ブログを見たけど、僕のことは書いてくれてなかったな。
それか、もしかしたら、なにか書いてくれていたのに最後に喧嘩しちゃったから、消したのかな。
パスワードで鍵をかけてる記事もあってさ。
僕、思いつくもの、いっぱい試したんだ。
でも、パスワード1つも当たらなくてさ。
君、なんか、記憶障害って噂もあるけど、あんまり田中君の死を気にしてないよね。
僕、それが悔しくてさ……。
「……長い話を聞いてくれてありがとう」
円城寺は鼻の頭を赤くして、目を逸らした。
なるほどなあ。うん。ちょっとわかった気がする。私がたまに感じていた円城寺の暗黒微笑スマイルは、田中君を巡っての友達心(?)に由来するものだった……のかな。
「ちなみに、僕は葉室王司ちゃんの田中君についてのお話も聞きたいよ。なんでもいいんだ。つまり……僕、お友だち同士で、亡くなったお友だちを偲びたいなって思ったんだよ」
そう言われても、こっちには田中君の思い出はない。いや……ある。
「円城寺さん、ご存じでした? 八町大気先生の撮影現場に、田中君のお父さんがいるんです」
「へえー。それは知らなかったよ」
「カメラマンなんですけど、彼のカメラにだけ、幽霊が映るんです。八町先生はそれを江良九足っていうことにしたいみたい。でも、きっとあれ、田中君じゃないかな?」
「ネットニュースとかだと、八町大気先生の撮影現場に出る幽霊って、江良九足さんだって言ってるよね」
「そうですね」
「葉室王司ちゃんは田中君だと思ってるんでしょう? お話ししたいとか、違う人扱いされてるのが間違ってるとか、そういう風に思わないの? 僕は、お父さんがいるなら『あれ、息子さんですよ』って教えるべきだと思うし、話しかけて伝わるなら、田中君に言いたいことがあるよ」
まっすぐに言われると「確かに」って思える。
解放区のときも思ったけど、円城寺って結構、純粋なところがあるんだよな。
「むむ。そのお気持ちは、わかります」
「じゃあ、二人で田中君に会おう。大人の嘘にNOを言おうよ」
約束の小指が差し出されるので、小指を絡めた。
すると、離れたところにいる海賊部一味が「おおお」と騒いでいる。絶対、変な誤解してるだろ。
「葉室王司ちゃん。そろそろ、よっくんたちと合流しようか?」
「そうですね、円城寺さん。そういえば、いつも思ってたんですけどなんで私のことをフルネームで呼ぶんですか?」
「じゃあ、僕のこと、誉って呼んでよ。そうしたら、僕も王司って呼ぶから」
さりげなく呼び捨て関係になろうとするな。
「今まで通りでいいです」
「君ってつれないよね」
「お家と事務所の教えで、異性との距離感には結構、気を使ってるんです。ほら、『男は狼』って言うじゃないですか」
「聞いたことない」
「うっそぉ」
ピンクレディーが伝わらない――。
「ごめんね、今度調べておくね。僕、みんなに声をかけてくるよ。待ってて」
円城寺は紳士的に言って、海賊部や高槻兄妹に声をかけて連れてきた。高槻兄妹にも気づいていたんだな。まあ、目立つもんね。高槻大吾は変装を貫通するカリスマオーラみたいなのがあるし、声も大きい。
「王司さん! 僕からのクリスマスプレゼントです。本当はチェキ会でお渡ししようかと思っていたのですが、外せない用事ができたのでチェキ会に行けなくなってしまいました。大変残念なので、せめてプレゼントを受け取って僕の心を慰めてください」
アリサちゃんが「もらってあげて!」とおねだりしてくる。
もらっていいなら、もらいましょう。
「ありがとうございます、大吾お兄さん」
「こちらは大英帝国時代風アンティーク調の方位磁針のチェーンネックレスです。重いのが難点ですが、なかなかおしゃれでしょう?」
「わあ、ほんとだ。素敵ですね」
その様子を見ていた海賊部の二俣夜輝は、張り合うように「俺はチェキ会でプレゼントを渡す」と宣言してきた。チェキ会、来るの?
私が所属するアイドルグループLOVEジュエル7のチェキ会は、クリスマスに行われる。
ちなみに、同じ日にGAS主催のクリスマスパーティもあるんだけど。




