182、ペアショートドラマ講評会と電飾バイト
GASが用意したシェアハウス企画専用の動画チャンネル『ステイ・イン・ラブ』に、動画が次々とアップロードされていく。
それだけじゃない。
SACHI先生とグレイ・ジャーマン監督が動画を鑑賞してコメントをする配信も始まった。
「王司ちゃん。年長のお兄さんたちが、『みんなでリラックスルームに集まって配信鑑賞しよう』って言ってるよ」
「わかった~! 行こう、アリサちゃん!」
集団大移動先のリラックスルームは、明るくて過ごしやすい空間だ。
足元はふわふわのグリーンカーペットで、木製テーブルが中央にあって、大きなモニター画面が置かれている。
大きな観葉植物が壁際にどっしりと構えていて、落ち着く。
カラフルなyogiboがいっぱい転がっていて、2人掛けのソファにできるらしい。
「アリサちゃん。この黄色いソファにしよう」
「いいね!」
バイトや撮影から帰ってきた子たちが何人かやってくる。入れ替わりで恭彦はバイトに行くらしい。
藤白レンもしばらく役が抜けなかった様子でぼーっとしていたけど、マネージャーが呼びにきて撮影仕事に出かけて行った。
星牙も1日中、姿がない。みんな多忙だな~。
「お兄ちゃん、遅くなるの? 代わりに観ておくね。うん、うん。王司ちゃんは隣にいるー! ふふっ、じゃあね!」
アリサちゃんは私の隣でお兄ちゃんと電話していた。
仲がよすぎる。私もするか。
ママに電話すると、すぐにつながった。
『王司。今、うちにママ友を呼んで皆で観てるわよ!』
「わあ。楽しそうだね」
『あんまりずっといないとママが寂しいから、たまに帰って来てね』
「クリスマス前には全員一回解散して帰宅する予定だよ」
『最近は物騒な世の中だから、ママ、防犯がマイブームなのよ。お家に帰ってきたらママが考えた対侵入者撃退トラップを見せてあげるわ』
「わ、わあ……楽しみだな……」
電話を終えると、年長男子がお菓子をテーブルに並べていた。
柚木はると、22歳と、芹沢拓真、25歳だ。
柚木はるとは短めの黒髪を刈り上げた爽やかなヘアスタイルが特徴で、前髪は軽く立ち上げられている。健康的な小麦色に焼けた肌に切れ長の茶色い瞳が凛々しさと清潔感を際立たせているデコ出し男子だ。
笑うと柔らかい表情を見せるが、目の奥には少し内向的な一面が見え隠れ。
そんなはるとの保護者みたいなオーラを出しているのが、芹沢拓真。
前髪の左側が長めに流れた黒髪が印象的で、うっかりすると厨二とかナルシストとか言われそうなのだが、彼の場合は立ち居振る舞いが落ち着いていて大人びた品格を兼ね備えているため、知的キャラの印象が強い。
「拓真さんとお菓子買ってきたけど、食べる?」
「主にはるとが選びました。もしよければ、どうぞ」
この2人は、夜中に騒いで怒られた男子グループの中にはいなかったようだ。
大手芸能事務所ホーリーキネマズ所属の2人は、おそらく事務所から「うちの事務所に所属するからには集団の中でリーダー格でいることを自覚せよ。君たちは他の子より優れている。君たちはエリートだ!」みたいな教育を受けている――と、江良は聞いたことがある。
なので、みんなあの手この手で集団の中で目立とうとするし、リーダーになろうとするんだな。
「あ、私もグミあるよ。部屋から持ってくる」
「グミなら俺もある」
みんなが自分のお菓子を持ってきて、テーブルの上にお菓子が並べられていく。
じゃがりこ、堅あげポテト、カントリーマアム……。
「私もグミあるー」
アリサちゃんがピクミンの形をしたグミを置くので、私は地球グミを置いた。
「アリサちゃん。この地球グミね、うちのママが好きなんだよ」
「え、意外~。王司ちゃんのママ、こういうの食べないと思ってた。私のお兄ちゃんは、ハリボーが好きだよ」
アリサちゃんはお兄ちゃんの話はするけど親の話をしない。
あんまり親と良好な関係じゃない分、兄妹仲が良くなっているんだろうな。
「恭彦さんはお魚が好きだから釣りグミが好きそうだね、王司ちゃん?」
「そうだね、アリサちゃん。……あと、ピカチュウも好きだから、ポケモングミも好きそう」
「好きそう~!」
アリサちゃんと盛り上がっていると、ジョディがたけのこの里ときのこの山をテーブルに置いた。
「ドッチスキー、ニホンブンカ、デス!」
ジョディは日本文化をよく勉強している。
確かに、「たけのこの里ときのこの山、どっち好き?」は日本文化だね。
「あ、次、アリサちゃんの動画が紹介されるみたいだね!」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【火臣恭彦視点】
妹の演技は観ない方がメンタルにいい。しかし、観た方がいいとも思う。
火臣恭彦は、葛藤の人生を生きていた。
そして、結局――観てしまった。クリスマスに向けた電飾を手伝うバイトの休憩時間に、バイト仲間の目を盗んで、公衆トイレでこっそりと。
「さぞ俺の心をズタズタにする素晴らしい演技だろう」という覚悟はしていたが、今回は別の角度から刺された気分だった。
妹のキスシーンは、なんだか妙に迫力があった。
心臓がばくばくと騒いで苦しくなった。
なんだ、これは。怖い。
いつも感じる単純な劣等感とは違う――まるでホラーショーか、野生動物が狩りをするシーンでも見たかのように、恐怖を感じている……!
俺にはわかる。相手役の藤白レンは完全に妹に食われている。
妹の演技に飲まれている……!
『いいね、気に入ったわ。このペアを主役にしてショートドラマ作るよ』
おかんはこういう強気な女性の演技が好きなんだ。知ってる。
俺は……また負けたのか……。
匿名掲示板を見ると、妹がキスシーンを演じたことにファンが動揺していた。
俺のように「妹がやばい」と恐れる声はなく、「王司ちゃんの初めてを奪うなんて!」「落ち着け、演技だって」というやり取りが目を引く。
スレタイからして【藤白レンを許すな】だ。
そうか。演技にばかり気を取られていたが、キスシーンってセンシティブだよな。
俺も兄としてお気持ちを書いておくか。
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【藤白レンを許すな】葉室王司ちゃんを応援するスレ!part123
20:名無しのファン ID:w9ISN1yGA
俺たちのアイドルに手を出しやがって
21:名無しのファン ID:T6H/pIFa4
あの演技は俺が名付けた「江良様の愛情に飢えた肉食系の目&優しく捕食するキス演技」だ間違いない
さすが王司ちゃん! 君は天才だ!
22:名無しのファン ID:NORkSYfBM
藤白アンチになります
23:名無しのファン ID:pV3ZVivov
天使が寝取られたあああああ許せねえ
24:名無しのファン ID:X1qgFXy+E
藤白を許すな
25:名無しのファン ID:plGX5/guL
藤白を許すな
26:名無しのファン ID:1Pg0+qqTC
藤白を許すな
27:名無しのファン ID:40QqyESq0
藤白を許すな
28:名無しのファン ID:T6H/pIFa4
正直興奮した
29:名無しのファン ID:X1qgFXy+E
>ID:T6H/pIFa4
お前も藤白を許すな変態クズ親父
30:名無しのファン ID:T6H/pIFa4
おお?
もちろんだ、パパは藤白を許さないぞ
おのれ藤白
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見ろこの一体感。匿名って不思議だ。
面と向かっては言えないことが書けるんだ。
おっと――そういえば、八町大気先生にメッセージを送る時間だ。
最近バイト前にメッセージ送るのを習慣にしてるんだ。
火臣恭彦:八町先生、俺の演技を観てください。妹に負けましたが。
火臣恭彦:八町先生、俺に映画の役をください。
火臣恭彦:八町先生、俺は主演がいいです。映画の主演が、欲しいのです。
言うだけならタダだ。言わないと伝わらない。
何もしないでいると、きっと八町先生は妹を主演にする。
行動して望まぬ結果になったときと、行動せずに同じ結果になったときとでは、未練が違ってくる。
なので、俺は出来る限りのことをしよう。
火臣恭彦:では、労働をしてまいります
八町大気:毎日おつかれさま。がんばってね
冬の作業場は、変装用の眼鏡がよく曇る。マスクをしていると、なおさらだ。
視界不明瞭な作業場では、声が溌剌と飛び交っている。
「今日はメインストリートの木にライトを巻きつけます。配線に注意して、脚立の使い方も安全第一で!」
「君は地上班ね。ケーブルが絡まないようにサポートを頼むよ」
「ライトを巻くときはケーブルがたるまないようにしろよ!」
恭彦のバイト仲間は、学生からおっちゃんまで幅広い。
色々な人間がいるのは、いいことだ。人間を知ると、演技の幅が広がる。
ここにいる全員をたいらげて吸収し、俺が妹の後を追いかける力にするぞ――。
「このライト、ちょっと光り方がおかしいぞ」
「接続部分を確認してみます!」
作業は体力や集中力が求められる場面もあるが、単純作業が多い。
木の幹にLEDライトを巻きつけたり電源をチェックしたりしていると、「人間って変だよな」と思えてくる。
こんな金掛けて人を集めて、木を飾ってるんだぜ。
しかも、期間限定の飾りなんだ。無駄じゃん。
同じ金と労力で、なんか違うことした方がよくね?
しかし、作業が終わってライトを点灯して確認していると、子どもの声が聞こえてきた。
「お母さん! あの木、すっごく綺麗だね!」
冬の空気の中、キラキラ輝くライトは、その瞬間に眩さを増したように感じられた。
俺たちは価値のある景色を作ったのかもしれない。
そう思えると、輝くイルミネーションが暖かく思えた。
「バイト代で彼女にクリスマスプレゼントを買うんだ」
バイト仲間が白い吐息を弾ませ、笑っている。
そうか、こいつは彼女がいるのか。
「おれは子供にクリスマスプレゼントを贈るんだ」
そうか、こいつは子持ちか。
「俺は、推しのVtuberにメリクリ投げ銭する」
「みんな余裕があるんだな。こっちは生活費の足しにするよ。かつかつなんで」
仲間たちはバイト代の使い道トークで盛り上がっている。
おやっ?
仲間たちがこっちを見ているぞ。
「お前は?」って顔だ。
俺? 俺は……。
「……俺には妹がいますけど……兄って、妹にプレゼントを贈るものなのでしょうか? ちなみに、俺の妹が好きなものはカレーです……カレーをラッピングしてプレゼントする兄ってどう思いますか? あ、そういえばカジキマグロのペンダントも欲しがっていたかも……」
仲間たちは口をそろえて「お前の妹、変だな」とコメントした。
失礼だな。
俺の妹は皆に愛されている『国民の妹』なのに。
たまに怖くて、嫉妬してしまう。
でも、そんな性格の悪い俺にも近寄って来て、懐いてきて、とても性格のいい子なんだ。
首から下げているペンダントに触れると、誇らしい気持ちになる。
「俺、カジキマグロのペンダントをプレゼントしようと思います」
バイト仲間たちは「お前、プレゼントのセンスが……」と残念な顔をしたが、妹はカジキマグロを欲しがってたんだ。相手が欲しがっていたものを贈るのが、プレゼントの基本だろう?
12/16も更新します。
うっかり書きすぎちゃって1話にまとめられなかったんや…




