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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
3章、人狼ゲームとシナリオバトル

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181、謙虚堅実をモットーに「そろそろ狩るか♠」を演じる

 ショートドラマのペアが決まって各自の自由時間に移行すると、SACHI先生はずんだもんの読み上げボイスをOFFにした。

 撮影するときに声が入らないようにするためだろう。

 

 私のペア相手は、藤白(ふじしろ)レンだ。

 元後輩。この体では先輩か。

 

 スッキリしたシルエットの黒ジャケットに白シャツ、首元にはチェーンネックレスというコーデで、茶髪パーマのショートヘアをした『先輩』は、笑顔を浮かべた。

 ファンの間で『レン様の上から誘惑スマイル』と呼ばれる必殺のキメ顔。男相手にはしない、女を落とすためにする肉食系スマイルだ。

 まさか自分が後輩に誘惑される日が来るとは。


「葉室ちゃん。中学校って解放区のメンバーがいるんだっけ」

「はい、藤白先輩。楽しい中学校です」

「俺は学校が嫌いだった。葉室ちゃん、学校が楽しいって言えるのはすげーな。なんかさ、俺は詳しくないけど色々大変なんだって? 偉いよ。葉室ちゃん、頑張ってて偉い」

「ありがとうございます、藤白先輩。謙虚堅実をモットーに頑張ってます!」

 

 いきなりめちゃくちゃ労ってくれる。声が優しい。

 口説きテクニックなんだよな、知ってる。頭ぽんぽんしようとするな。

   

 他のペアも相談を始めていて、何組かは部屋を出て行くようだった。

 どこで撮っても自由だから、見栄えのいい場所を探したりするのかもしれない。

 しかし、それだと『ステイ・イン・ラブ』の配信に映らないぞ。

 

「葉室ちゃん。台本なんだけど、俺の解釈を話してもいいか?」

「はい、お願いします、先輩」


 書き込み用のペンを出すと、藤白は「可愛いペンだね」と褒めてくれた。

 手を握ろうとしてきたので、遠慮しておこう。


「俺が思うに、これは……『ロケ場所、小物、編集、撮影技術……そういうのに頼らずに演技力一本で魅了してみせろや』って言われてるんじゃないか。『ステイ・イン・ラブ』の名前と掛けていて、ステイする奴を評価するんだよ。サチ(せん)はそういう性格に違いない」

「わあ、深く考えてるんですね、藤白先輩!」

「俺、いい芝居を撮りたいんだ……葉室ちゃんはどう? 芝居、好き? 本当は嫌い?」


 おっと……真剣な目だ。

 下半身は緩いが、芝居に熱心な一面もあるんだよな。


「藤白先輩、私、お芝居が好きです」

「そうか、そうか。葉室ちゃん。実は俺……。ここらで一発、『レン様すげー!』って言わせたいんだ。火臣より評価されたい。君もそうだろ? 俺たちは、気が合うと思う。一緒に良い動画、撮ろうね」

 

 必死な感じで言うじゃないか。

 もしかして、結果を出さないと所属事務所に怒られるとか?

 それに、火臣打犬より評価されたいって? 

 前は「他人と必死に競うとか趣味じゃないっす」とか言ってた気がするけど、変わったんだな。

 

「葉室ちゃんはキスシーンとか初めてだよね? 台本的にキスで締めるといいと思うんだ。俺が教えてあげるよ。大丈夫、本当にしなくてもいいんだ。してるように見せかければいい……撮り方教えるよ。がんばろう」

  

 そうか――君の気持ちは、わかった。

 私はスーッと息を吸って、大きな声でリピテーションを仕掛けた。


「――やる気がある!」

 

 リピテーション、あるいはレペテションは、2人1組で相手を観察して、「目に見えるもの、自分が感じたこと、相手が思っていると自分が思ったこと」を口にしていく練習方法だ。

 役を演じる本番前に「悲しいな!」「悲しい!」「悲しいな!」「悲しい!」と言い聞かせて感情を作ったりすることもある。アゲアゲにアゲていこう。

 

「……やる気がある!」


 藤白レンは、意図を察して乗ってきた。

 いいぞ。これより熱血俳優塾を始める。

 

「元気!」

「元気!」 

「パッション!」

「パッション!」


 互いに熱量を上げ合うように、声量を上げていく。

 

「がんばる!」

「がんばる!」

  

 この掛け声は配信映えしそうだな。見せプレイとしても上出来だ。

 

「やるぞー!」

「やるぞーー!」


 ふう、高まった。

 でも、詳細を詰めるのは、これからなんだよね。


「葉室ちゃん。シチュエーションだけど、俺はこのセリフ、運動部の選手とマネージャーを想像したんだ」

「あー、いいですね。レギュラーが決まったとか、試合に勝ったとか、そんな前提があって『やったじゃない』でスタートするんですね」

「そういうこと!」


 藤白レンは、白い歯を見せて笑った。

 元気が出たのはいいけど、さりげなく肩を抱き寄せようとするのは勘弁して。


「藤白先輩。セリフ、マネージャーからスタートして交互に言う感じですよね?」

「そうなるね」

 

 ふむ、ふむ。それでは、こういうことか。

 

====

 

マネージャー「やったじゃない!」

レン「君のおかげだよ」

マネージャー「ずっと好きだった」

レン「俺もだよ」

マネージャー「キスをして」 

 

====

 

 告白もキスをせがむのもマネージャー側なんだ。

 グイグイ迫る系女子? 姉さん女房? お姫様?

 

 スマホを置いた藤白が「()ってみるか」と言うので、頷く。

 「とりあえず()ってみる精神」は、大事だ。


「何回か撮って、良さそうなのが撮れたら提出しましょう、藤白先輩」

「いいね。俺がリードするから付いておいで、葉室ちゃん」


 おう、こっちがリードしてやるよ。

 グイグイ迫る姉さん女房マネージャーだぞ。

 

「私のセリフからですよね、藤白先輩。では、付いてきてください。はい、アクショーン」


 自分の両手をカチンコに見立てて撮影開始のアイコンをタップし、役に入る。

 

「レン……っ」

 

 私がイメージするマネージャーは、自分もサッカーが好きだった子だ。

 小さいときはレンと一緒にやっていた。

 レンより上手かった。

 でも、成長するにつれて、レンは追いついてきた。

 追い抜かされて行って、置いていかれそうになって、男女の性差を強く意識した――悔しい。

 私が男だったら負けないのに。

 

 でも、レンはいい友達で、嫌いになったりは出来なかった。

 私はレンを応援する側になった。

 マネージャーとして、彼をサポートする道を選んだんだ。

 

 ……そして今、彼の成功を心から喜ぶことができている。

 

「――やったじゃない!」

 

 自分よりも遥かに伸びた身長。

 日々の練習により培われた、筋肉。私にはない、喉ぼとけ。

 女子にモテる、イケメンな顔。

 私にだけ見せる、幼馴染の目。

 自分にとって特別な彼が、今、レギュラーだか試合だかわからないが、とにかく成功したのだ。


「お前のおかげだよ」

 

 喜びと感謝の気持ちを感じさせる声だ。

 そして、レンは、思わせぶりに何かを続けて言いかけて、躊躇した。

「いつもと違う、もしかして告白してくる?」「でも迷ってて、言ってくれない。もどかしい」ってなる演技だ。いいね。

 

 私たちはお互いに、なんとなーく「両想い」って確信みたいなものを抱いているんだと思う。

 しかし、曖昧で不安定な関係がずっと続いているんだ。

 

 女の立場としては、ひとこと「好きだ」と言ってほしいよね。

 ちゃんと言ってくれないと、不安になるから。

 

 さあ、言って。レン。

 マネージャーは待ってるんだよ。

 

「……」

 

 しかし、彼は言ってくれない。もどかしい。

 しょうがないな。待っていたけど来ないんだもの。

 そろそろ狩るか♠

 

 こうしてマネージャーは上目遣いで睨むのである。


「ずっと好きだったんだよ?」

 

 どうだレン、この上目遣い?

 『レン様の上から誘惑スマイル』に対抗して『姉属性幼馴染マネージャーの恥じらい上目遣い、ツンデレ風味』と名付けようか? 属性盛りすぎか?


「マネージャー……、俺もだよ」

 

 レンは物凄く真剣な顔で一歩分、距離を詰めてきた。

 名前で呼ばないのは、こっちがリアクションを繋げやすくするためのフックかな?


「二人のときは名前で呼んでって言ってるじゃない」

 

 レンはモテ男だ。告白だけで安心してはいけない。

 

「ごめん、王司」

 

 そんな軽い謝罪で済ませたりしない。

 私はジェスチャーでレンに身を屈ませ、頬に手を当てた。

 

「……キスをして」

 

 甘く挑発して、目を閉じる。

 スマホカメラの角度的に、顔を近づけるだけで「キスしてるように見える」角度だ。

 ちょっとドキドキハラハラするのは、マネージャーのキス待ち心と藤白への信頼のなさのせいか。

 

 軽いノリで「つい本当にキスしちゃった、ごめんごー!」とか言いそうだもんな。

 するなよ、するなよ――これがキスシーンを嫌がる女子の心理か。

 自分がされる身になってみないとわからないものだなあ。

 

「王司……!」

  

 レンが顔を近づけてくる気配。

 顎をクイッと持ち上げられる。

 

 うわー、気分は肉食動物に肉薄された草食動物だ。

 でもこの草食動物(マネージャー)、捕まえてほしいんです。むしろこっちが食っちゃうぞ。

 に・が・さ・な・い。

 

「うおっ!?」 

「うふふ」

 

 不意を突き、カッと目を開く。

 相手がたじろいた隙に胸板を押すと、レンは押されるまま尻餅をついた。

 カメラアングルを意識して、上から覆いかぶさるように唇を奪う……ように見せかける。

 

 後輩よ。

 これがファンに好評だった『江良様の愛情に飢えた肉食系の目&優しく捕食するキス演技』だ。

 女の気分を味わうがいい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――【藤白レン視点】

 

 まさかこういうキャラで来るとは――マネージャーは肉食系だったんだ。

 

 藤白レンは、尻餅をついて葉室王司の演技に完全に飲まれていた。

 

 上から見下ろす女子中学生の目は深い渇望と切なさを帯び、まるで愛を懇願するかのような雰囲気を醸し出している。

 いや、違う。これは「愛をクレクレと求める」目ではない。

「飢えてる私の目の前に無力なご馳走がある。食べる」という猛獣の目だ。


 俺はさっきまで自分が捕食者だと思っていたが、違った。

 俺は、俺は……女子中学生に食われるウサギちゃんだ!


 レンの全身から抗う気力が奪われていく――精神的に、屈服させられる。

 反発の余地なく、「相手の演技が正解だから合わせないといけない」と引きずり込まれていく。

 

 王司はレンの胸板にそっと手を置き、そのまま屈み込んできた。

 彼女につけてほしい香水ナンバーワンの匂いがする。いい匂いだ。きゅんとする。

 

 心臓の上に指が置かれて、どきどきする。

 ウサギちゃんは、彼女に食べてほしいんだ!

 ああっ、役の心が降ろされる――俺は、もう……逃げられない……!

  

 顔を近づける際、彼女はわざと躊躇するように一瞬止まった。

 じ、焦らしやがる――早くしてくれ。もう、待てない……。


 心の中で「欲しがった」瞬間、それを見透かしたように王司はふっと口元を笑ませた。

 カッと顔が熱くなる。恥ずかしい――しかし、顔が近づいて来る。

 待望のキスが与えられる予感に、脳が痺れる。

 何も考えられなくなっていく。

 

 吐息が微かにレンの唇に触れると、心臓がばくばくと騒いで苦しくなる。

 全身が熱い。

 この百戦錬磨のレン様が、迫られただけでこんな腰砕けにされるなんて。

 

 葉室王司は、唇をほんの数ミリ手前で止めた。寸止めだ。


 計算された角度で頭を傾け、まるでキスが成立したかのような絶妙な距離感で、角度を変えて「キスを深めていくフリ」をしている。慣れを感じる。おかしいだろ。こんな芝居が中学生女子にできるのかよ。

 

 そう、これは――演劇界の頂点を飾るような、完璧な演技だ……!

 俺にはわかる。

 

 この女の子は……本物の天才だ――――!


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 ――『撮影後のインタビュー』


 ――藤白君、なんかポーっとしてます? 大丈夫? 立てる? 顔真っ赤だよ?

 

「こ……腰が抜け……、ハッ、いや、全然。だ、だ、大丈夫っす……」

 

:藤白レン、陥落

:レ、レン様ーーーーーーー!!


葉室王司「レンは私が食った」

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