177、女子、助け合う
初日の配信が終わった後は、自由に夜を過ごせることになった。
お風呂は男子と女子が分かれていて、入り口に暖簾もある。
海外勢が喜んで写真撮ってるよ。日本文化を楽しんでね。
脱衣所で服を脱ぎ、中に入る――銭湯みたいな雰囲気だ。
「王司ちゃん、背中洗ってあげる」
「じゃあ、アリサちゃんの背中も洗ってあげるよ」
「あ。今気づいたけど、王司ちゃん、左脇にほくろがあるよー」
「ひゃっ、ア、アリサちゃん。くすぐったい……」
「ふふふ!」
洗いっこして騒いでいると、ジョディが「アナタタチ、ウルチャイネー」と注意してきた。
ジョディは同じくらいの年齢だけど、スタイルがいい。ボイン、キュッ、ムチッだ。
不思議だよな、胸って。どうしてこんなに差がつくの。あと、肌の色が綺麗だよ。
「サワグ、ダメ、ルールよ」
外国人のカタコトの日本語って可愛いよね。
前はスマホに翻訳させてた気がするけど、覚えてきたのかな? 偉いな。
「ごめんねジョディちゃん」
「ごめんねー」
「バスルーム、マンガワールド。ワタシ、ジャパン野蛮文化クワシイ。ジャパンはオタクでサムライ、ニンジャ、カタナ、メイド、ヘンタイ」
メイドはメイド喫茶かな?
「ジョディちゃん、日本詳しいねー」
「フン、トウゼン。ワタシ、カシコイ。アナタヨリ。……Guess what? I made friends with a Japanese girl! I’m totally gonna brag about it to my friends later!」
あ、ロシデレみたいなことしてる。「日本の女子と友達になれて嬉しい、あとで自慢しよう」だって。
これは『英語でデレるジョディちゃん』だ……。
大きな浴槽は二つ。
透明なお湯と、緑の濁り湯だ。
それに、ひとり用の壺湯もある。
女子たちは濁り湯に集まっていた。
温泉とか薬湯みたいな効果がありそうな色だし、体がお湯で隠れる安心感もあるからかな?
「王司ちゃん。緑の方、入ってみようよ」
「うんうん。私も緑がいいなーって思ってたー!」
湯舟に漬かると、じんわりと全身が温もる感覚と一緒に、ふわ~、ゆら~っと浮いたり揺られたりする感覚がする。気持ちいい。楽しい。
「あのね、王司ちゃん。さっきね。お兄ちゃんが『恭彦君に先を越されて悔しい』って悔しがってたよ。お兄ちゃんも、王司ちゃんを助けたかったんだって」
「あはは。アリサちゃんのお兄ちゃんには、自分の妹を助けるのをおすすめしておくね」
浴場のあちらこちらで女子たちがお友だちと寛いでいる。
みんな小声だけど、人数が多いから賑やかだ。
「王司ちゃん。私、お風呂上がった後、台本を読むよー。あのね、大河ドラマに出るんだよ。王司ちゃんはどうする?」
「アリサちゃん大河ドラマに出るの? すごい。えっと、私も台本を読むよ。学園ドラマに出るんだ」
「わーっ、ドラマ観るよー! 楽しみー!」
アリサちゃんと話しながら視線をずらすと、ジョディが壺湯に入ってこっちを見ていた。
他の海外勢はどうした? さっきまで一緒にいなかった?
「ジョディちゃん。おいでー」
「オー、オーケー」
手招きしたら、おずおずとこっちに来る。
「ジョディちゃん、タオルはお湯に付けないんだよ。頭に置こう」
「文明を感じマス。アリガト」
頭にタオルを載せるのが文明?
哲学者な気分になりつつ、私たちはのんびりと寛いだ。すると、ジョディが浴槽の端に軽く寄りかかり、低い声を響かせた。
「Ahhh……」
サワグのダメ、と言ってたくせに。これは発声練習だな。
お風呂に漬かりながらストレッチとか発声練習とかするの、一石二鳥感があっていいと思う。他の人が構わなければ。
「あめんぼ、あかいな、あいうえお!」
「王司ちゃん、発声練習だね。私もするー」
アリサちゃんはザバッとお湯を揺らして、外郎売を始めた。
「拙者親方と申すは、お立合の中に御存知のお方もござりましょうが、 お江戸を発って二十里上方、相州小田原、一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、 欄干橋、虎屋藤衛門、ただいまは、剃髪いたして、円斎と名乗りまする!」
「おー」
抑揚があって、雰囲気が出てる。
私もしよう、これ。
「元朝より大晦日までお手に入れまするこの薬は、昔、ちんの国の唐人、外郎という人、わが朝へ来たり……」
私たちが発声練習していると、入浴中の他の女子たちも釣られたように発声練習を始めた。表情筋トレーニングやストレッチをしている子もいる。いい雰囲気だー! やったー!
「王司ちゃん、大丈夫? のぼせてない?」
「うん。まだ平気。でも、そろそろ上がろうか」
少ししてから、私たちはお風呂から上がった。
もうちょっと長く続けていたらのぼせていたと思う。アリサちゃんはしっかりしてるなあ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「アリサちゃん。私、トイレに寄るね」
「私も寄るー」
2階に上がって女子トイレに立ち寄ると、個室から声がした。
「あのー、今来た人……すみません……」
恥ずかしそうにしつつ、切羽詰まって勇気を出した感じの声だ。
あれ? この声、姉ヶ崎いずみじゃないかな?
「急に生理が来ちゃって。生理用品を切らしてて……ほんと、すみませんが……生理用品持ってたりしませんか……?」
個室の中で困っているらしい。
二俣邸と違って、ここのトイレはナプキンが出てくる装置がないからな。
その気持ち、わかる――こういうときは助け合いだ。私はポーチからナプキンを取り出した。気分は勇者だ。ヒーローだ。
「私、持ってますよー!」
見てこれ。
人気イラストレーターのコラボデザインナプキンだよ。可愛いよ。
「ありがとうございます!」
「どうやって渡そう。えっと、上から落とす感じでよさげですか?」
「それがいいかもです……!」
中のお姉さんは今便座に座ってるんだもんなあ。
よし、上から落とそう。
「ゴミ箱を足場にできるかなー? やってみようかなー?」
「王司ちゃん、私、倒れないように支えるよ」
ガッコンガッコンと音を立てながら頑張っていたら、他の女子がやってきて手伝ってくれた。しかも、その女子も生理用品を持ってて、分けてくれた。
麗しい助け合いだな~! 女子~!
「アリサちゃん、支えてくれてありがとうねー!」
「王司ちゃん、がんばってたー!」
アリサちゃんは私がゴミ箱の上に立っただけで褒めてくれるんだ。や、優しすぎる。
歯磨きと洗顔をして相部屋に戻った後は、二人でフェイスパックをしながら自分の台本を黙読。
付箋を貼ったり書き込みしたりして、時間を見て学校の勉強も少し頑張った。
就寝時間前に「おやすみ!」と挨拶をして、初日は終了!
ところで、寝ている間に窓がコンコンとノックされてた気がするんだけど、夢かな?
だってこの部屋、二階だよ。
二階にある女子部屋の窓がノックされるって、現実だとしたらちょっとホラーだよね。このお部屋、もしかして幽霊が出たりする?
八町の映画撮影にも幽霊が映り込んだし。思えば、私自身が幽霊みたいなものなので……引き寄せてたりして……。




