175、気になる子はいます
スマホで配信番組を観ていると、キッチンでスタッフと話す姉ヶ崎いずみが映っていた。
「わぁっ、食材がいっぱいですねー! すごい。なんでも作れそう」
「人数多いから大変そうだよね」
「ここで私が『冷凍食品をレンジでチン』ってやったら、好感度下がるの~?」
「あはは!」
配信コメントが「いずみちゃん可愛い」でいっぱいだ。
「いずみちゃーん。あたしも手伝うよー」
「俺も!」
あ、他のメンバーがキッチンに行った。映りに行ったんだな。わかりやすいぞ。
キッチン配信はいつの間にか、人でいっぱいになっていた。
「皆さん積極的でいいですね」
グレイ・ジャーマン監督が手元の手帳に何か書いている。あれ? 採点されてる?
「この番組は恋愛リアリティショーと噂する人たちもいますが、健やかなライフとスタディをメインにしています。『気になる子はいますか?』というニヤニヤ質問タイムもありますよ。お楽しみに!」
健やかなライフとスタディをメインといいつつ恋愛脳な質問タイムをするな。恋愛リアリティショーじゃないと言いつつ矛盾してるだろ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『江良組@配信中』
「麗華ちゃんおめでとー!」
「写真SNSにアップしよう。『みんなでお祝いしてますよー』って」
本日28歳になる西園寺麗華は、俳優仲間と誕生日ケーキを食べていた。
「夜輝から圧力かけられてるんですよ。『恋愛リアリティーショー』には持っていくなよって。解放区の件といい、うちの息子は倫理観というか、正義感が強いのでタジタジですよ」
「いやいや二俣さん。夜輝君は日本の将来を背負ってくれる人材ですから。いいことです。しかし、実はうちの娘を狙ってたりしませんか? 俺の害虫センサーが警報を鳴らしてるんですが」
「火臣さん? 今、うちの息子を害虫呼ばわりしました?」
「はい、かんぱーい!」
一緒にいるのは、GASの『25歳以下の若手』に対抗して募集された25歳以上の俳優たちだ。『江良組』という名前を付けられた集まりは、主催が火臣打犬だ。
江良組は、現在『ステイ・イン・ラブ』というネット配信番組の若手俳優たちを鑑賞する配信をしている。ついでに麗華の誕生日も祝ってくれている、というわけだ。
大きなホールケーキに出前寿司、ワインにビール。オードブル……料理と酒を囲みながら騒いでいるのは、俳優だけではない。火臣家に住み着いている記者たちや、家主の友人たちも集まっているので、どこぞの企業の総帥やスポンサー、刑事やパパ友といった個性豊かなメンツが大集合だ。
『ステイ・イン・ラブ』の配信番組は、画面の端に視聴者のコメントもリアルタイムで流れている。
自動生成の字幕が英語と日本語を表示してくれているのが親切だ。
メンバーが名札もつけているので、俳優に詳しくない視聴者でも、顔と名前が一致しなくて困ることがない。
エーリッヒ『I've studied Japanese girls for this day. They like assertive guys who make bold moves. Jody, watch me. I'm going to give a rose to the girl I like』(今日のために日本の女の子のことを勉強してきた。偉そうな男に強引に迫られるのが好きなんだ。ジョディ、見てろよ。俺は好きな女の子に薔薇を渡してくる)
ジョディ『What kind of girls do Japanese boys like?』(日本の男の子はどういう女の子が好きなの?)
星牙『エーリッヒだっけ? なんやその薔薇、恋愛脳拗らせてるんか。ここは芝居の練習する合宿所やで。女子の迷惑やからやめとき』
エーリッヒ『Who is this guy? What’s a gamer doing in a share house project?』(なんだこいつ。ゲーマーがなんでシェハウス企画に参加してるんだよ)
:画面の端っこで女子への声かけ牽制が起きてるの面白い
:言葉の壁を乗り越えて星牙とエーリッヒが喧嘩してる
:こいつらそのうち仲良くなるんだろうな
:おっと薔薇が散った
:階段で喧嘩するな危ないだろ
:ドラマチックじゃん
「おい、俺の王司ちゃんが映ってる。配信映えする美少女っぷりだ。俺に似たんだな。江良にも似てる。お友だちとずっと一緒だな。いい。すごくいい。王司ちゃんは男子と話す必要ない。女の子同士で安全地帯にいようね、王司ちゃん。パパとの約束だよ……娘を観ながら飲むビールは美味いな」
火臣打犬は美味そうにビールをすすり、モニターに映る娘にデレデレしたり息子の心配をしたりしている。
「おっ。恭彦は男子グループの仲間に入っていこうとしているな。いいぞ、臆するな。年齢もキャリアも他の子が上だがルックスは負けてないぞ。混ざっていけ。図々しくいけ。お前はパトラッシュ以外の友達を作れ」
集まったシェアハウスメンバーは、男子は男子、女子は女子でグループを形成しつつある。単に性別で分かれるだけでなく、国籍や事務所、年齢などでも細かく分かれているが。
「麗華ちゃん。ほら、ワンカップワンカップ」
「うふふ、ありがとうございます!」
自分の誕生日を祝ってもらいながら、麗華は複雑な気持ちになった。
今、みんなして観ている番組は、自分を「いらない」と言ったGASの番組だ。
ちょっと前まで「同年代ライバル」として競っていた姉ヶ崎いずみが料理をして、男子たちが喜んで食らいついている。
……どうしてもちょっと「面白くない」という気持ちになってしまう。
「男子グループが盛り上がってますねー」
「人気女優の姉ヶ崎いずみの手料理ですよ。盛り上がる気持ち、わかるな」
おじさんたちが男子の心に共感する中、藤白レンが会話を怪しい方向へとリードしていった。
『いやー、姉ヶ崎さんとかさ、確かに家庭的でいいんだけど、俺的にはちょっと“優等生すぎ”って感じ? もっとこう……刺激が欲しいんだよな』
藤白レンが意味ありげにグループに笑みを向けると、何人かが釣られた。
『この前さ、撮影終わりに……と飲みに行ったんだけど、気づいたら朝まで一緒だったんだよね。『ちょっと酔っちゃった』とか言われたら、断れないよな?』
『俺は地方ロケでホテルの部屋が隣だった……と3日間、ずっと夜のリハーサルしてたわ』
『お前らほんと自由すぎるだろ。その点、俺は……』
GASに選ばれた若手俳優たちは、才能を評価され成功を重ねてきたメンバーだ。
自信過剰になり遊びに走っている者も多い。
配信中よ。ばかね。ファンが可哀想――、麗華は藤白レンと、彼に釣られた男子たちの評価を下げた。
藤白レン自身は「刺激が欲しい」しか言っていない。
自分はセーフラインの上に避難しつつ仲間たちの背中を押して過激なトークをさせるのだから、タチの悪い確信犯だ。
配信の視聴者に教えてやろう。
麗華は公式配信にコメントを送信した。
:今、藤白レンが話題を誘導したわね
:しかも自分はやばい発言してないのよ
コメントはたくさん投稿されるので、あっという間にログが流されていく。
:こういうトークって事務所に怒られたりしないの?
:肝心なところが小声で聞こえない
:確信犯だぞ
:話題作り?
:炎上力が高い恭彦くんが負けている
:恭彦くん、無理に燃えなくてええんやで
火臣打犬を見ると、目が合った。深刻な表情をしているが、嬉しそうでもある。
王司と恭彦が映っていて話題になっているのが嬉しいのだ。ああ、親バカ。
「うちの息子はシャイな童貞だ。あのグループの仲間入りをするには、ちょっと背伸びしすぎたかもしれないな。恭彦には火遊びの武勇伝がないし、話が合わないと思う。だが、これも経験だ。いじめられてしょんぼり帰ってくるのもいいかもしれん。ダメな子は可愛い……LINEしておくか。『早く帰っておいで♡パパ、おうちで待ってるよ♡』と……最近♡を増量してるんだ。愛が伝わるだろ」
打犬がスマホで息子に愛のメッセージを届けている間にも、画面の向こう側では藤白レンが恭彦に絡んでいる。
『お前はどうだ、火臣ジュニア。父親は抱かれたい俳優ナンバーワンだけどお前は遊んでるのか? 女の話とかできるのか~? まさか童貞君じゃないだろう?』
「あっ。絡まれてますね、火臣さんのご子息」
「藤白レンか。女好きトークを武器に江良と雑談しているのを見たことがある。生意気な若造だ」
「火臣さんは雑談したかったのに話しかけられなかったんでしたっけ。嫉妬ですなあ」
「44歳が24歳に嫉妬とは……」
記者たちも呆れ気味になる中、画面の中の恭彦は恥ずかしそうに顔を俯きがちにして微笑を浮かべた。
『藤白先輩。俺……恥ずかしいことを言ってもいいですか?』
「うちの子の顔がいい……上から撮る角度、いいな。覚えておこう、この角度」
親バカが何か言ってる。
麗華は親バカを横目で見つつ、口の端を持ち上げた。
一拍置くことで、自然と恭彦に注目が集まっている。
麗華には、その戦略がわかった。
後輩は自分より格上の派手で素行の悪い先輩を踏み台にして、自分という商品を視聴者に売り込もうとしているのだ。
――いいわね、やっておやりなさいな!
後輩は、軟弱なようでいて貪欲だ。
すぐにしょげる脆さはあるが、上を目指して足掻くことをやめないという長所がある。
麗華は、その心意気に内心で喝采した。
『なんだ、火臣ジュニア? 恥ずかしいことって? 言ってみろよ。他の奴がドン引きするようなマニアックな特殊プレイでも聞いてやるから言えよ。俺たちは仲間だ。遠慮するな』
藤白レンはあくまでも自分は安全地帯にいる。
ひたすら他人を自爆させようと後押ししていく。
しかし、恭彦は「ありがとうございます」と爽やかにお礼を言い、言葉を続けた。
『俺、女子とキスしたことすらないんです。でも、気になる子はいます』
恭彦はピカチュウのポストカードを取り出した。
ピカチュウの色とお揃いのような金色の前髪をさらりと揺らし、両手で大切そうにポストカードを見せる姿は、初々しい。
『ファンの子がこれをくれたんです……匿名です。どんな子か知らないけど、配信、見ててくれたら嬉しいな……』
自然に目を伏せてはにかむ姿は、配信画面に魅力的に映っていた。
:ピュアだ
:台本かな?
:恭彦君、ファンに片恋は微妙だぞ。痛いファンだったらどうすんだ
:How old is he?(何歳?)
:There's no way a young person like this exists these days. (今どきこんな若者がいるはずがない)
:恭彦を知らない奴に教えてやろう>YouTube切り抜き動画チャンネル『火臣家の日常』
:大丈夫? その動画チャンネル刺激が強すぎない?
「……く……っ!? なんだ、この気持ちは……っ!? 甘酸っぱい……っ」
父親の打犬が両手を頬にあてて悶えている。ハートに刺さったらしい。
まさかアンタがポストカード書いたんじゃないでしょうね――麗華は恐ろしい可能性に戦慄を覚えつつ、スマホで直接後輩にメッセージを送った。
西園寺麗華:いいと思うわ。その調子よ
西園寺麗華:周りは全員引き立て役だと思って主役になっちゃいなさい!
送信しているうちに、番組が進行した。
ひとりずつメンバーがアップにされてプロフィールが紹介されたり『気になる子はいますか?』と質問する様子は、恋愛リアリティショーっぽい雰囲気だ。
『姉ヶ崎いずみさんが気になってます』
『中学生の初恋を奪っていいの? 俺やっちゃうよ?』
『これ結局そういう番組ってこと……?』
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
「葉室王司さんは、初日はどう? 気になる子はいますか?」
「気になる子?」
グレイ・ジャーマン監督が「ウンウン」と頷いている。
カメラ持ってる。今、たぶんアップで映っているな。笑顔を絶やさずにいこう。愛嬌は大事だ。
「アリサちゃんと一緒なので、楽しく過ごせそうでよかったーって思いました。SNSにも投稿したんですけど、二人でほっぺちゃんのお家作ったんです」
国民の妹スマイルで言うと、監督は子猫を愛でるようなトーンで「よかったね」と言ってくれた。
「それでは皆さん、トレーニングルームに移動してください。」
どうやら、食後にトレーニングルームでワークショップがあるらしい。
よかった。「気になる子」なんて質問するから「やっぱり恋愛リアリティショーをやりたいのかな?」って思ってたところだったんだ。
そんなわけないよな、GASは役者を育てたいんだもん。
だいたい、恋愛する芝居演出が必要なら演技プランを練らないといけないよ。
ターゲットを決めて、段階を踏んで……。片方だけ演技で片方が本気だと本気の子が可哀想だから、事前に合意の上で演技として割り切ってやらなきゃ。
それができる相手はいないよな。
もう番組が走り出した後だし、今からターゲットを決めるんじゃ遅すぎるよ。
「アリサちゃん! 恋愛なんてしないよね!」
「うんうん。しないよー。お勉強をがんばるよ」
アリサちゃんは同じ方針のようだった。よかった!




