173、お嬢様はマゾですか?
――【三木カナミ視点】
三木カナミ:あたしもがんばる
葉室王司:カナミちゃんはいつもがんばってるよ
葉室王司:車着いたからまたね
――王司は、あたしが何をがんばるか知らない。
たぶん、興味もないだろうな……なんて、ネガティブなことを考えちゃ、だめだ。
「ネガティブはダメだ。ネガティブはダメだ。ネガティブはダメだ。よし! あたし、ポジティブ!」
「おっ、自己暗示? いいね三木。そういうのは大事よ」
「はい、先生っ」
三木カナミは、歌唱力を競うカラオケバトルイベントの会場で自分の出番を待っていた。
尊敬するサチ先生が「挑戦してみたら?」と勧めてくれて、連れてきてくれたのだ。
サチ先生は、隣で保護者チックに付き添ってくれている。
「三木。そろそろ出番だよ。スマホは先生が預かるよ」
「先生、もう少しだけ……」
カナミが思うに、スマホは現実逃避アイテムとして超優秀だ。
どんなときもSNSを見ると「いつも通り」って感じがする。
フォロワーは大体いつも似たような話をしているし、トレンドだって誰かのやらかしや人気エンタメ作品のキーワードなどで……。
『歌姫対決は人魚に軍配が上がる! 新時代をリードするのは海晴スピラ!』
たまたま目に飛び込んで来たネット記事に、カナミは声をあげた。
「あっ、先生、すごい。おめでとうございます」
『海晴スピラの中の人』は、サチ先生だと皆が知っている。
カナミは目をキラキラさせた。だって、尊敬する先生が「すごい」って皆が言ってる。それが、嬉しい。なぜか自分のことみたいに誇らしい!
「新時代をリードするのが引退した元アイドルってのも変だけどね……さ、順番が来たよ。三木、ステージを楽しんでおいで」
「……はい!」
カナミは元気よく返事をしてステージに飛びこんだ。
ステージの上は明るく照らされていて、広く感じた。いつも芸能界のお仕事をするときに一緒にいる仲間たちがいないからだ。なんだか自分ひとりが主役みたいな格別な高揚感と、もの寂しさがある。
歌う曲は、決めていた。
「伊香瀬ノコさんのPath of Light、歌います」
伊香瀬ノコは、王司が好きなアーティストだ。
歌唱力の高さで知られていて、ライブですごいことをやらかして、引退した歌手だ。
「♪細長背高の箱が高さを競い 冷たい光を燈してる……」
冷たい都会のビル群。暗い夜。
そんな光景を想像しながら、明るく歌う。
伊香瀬ノコは、そういうアーティストだった。
あたしと気が合うかも――。
「♪あれは四角い部屋の灯りだから どれかにあなたがいるのかな」
ひとりで都市を歩きながら、好きな人のことを考えているんだ。
思い出すのは、二俣邸での勉強会だった。
トリオ扱いされて浮かれていたカナミは、気づいてしまった。
王司とアリサがお揃いのペンケースで、自分だけ違う。
そんなちょっとした差。
でも、気づいてしまったら、「気にしないようにしよう」と思っても、もう遅い……。
カナミは切なさをかみ殺すように目を伏せて、明るく笑った。
「♪今あたしはあなたを想ってる あなたはどう?」
――こういう時にぴったりな言葉を、あたしは知ってる。
『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ』
自分の声が光り輝く照明の中をキラキラと響く。
明るく、切なく。悲しく、楽しく。ああ――気持ちがいい。
今日のあたしは絶好調だ。
最高のパフォーマンスを発揮している。気持ちが乗ってる。綺麗に歌が歌えている。
……ほら、観客が泣いてるよ。
あたしの代わりに、泣いている。
優しいんだね。ありがとう。
照明が眩しい。熱い。興奮する。
あたしは今、ナルシストな気分だ。
悲劇のヒロインみたいに酔いしれて――世界の主役みたいになっている。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
「王司、毎日帰って来てもいいのよ。シェアハウスなんて、ママ心配だわ」
「様子を見て帰りたくなったら帰ってくるね」
ママが飼い猫のミーコを抱っこして見送ってくれる。
今日から二週間のシェアハウス生活が始まる。荷物を車に載せ、私は家を出た。
車の中で覗くSNSは、『撮影現場に江良の幽霊?』とか『火臣家』とかいう単語が飛び交っているようだった。
撮影現場の話題は私も居合わせていたのでわかるとして、今日の火臣家は何で燃えてるんだ。
見たら負けなような気もするが、見るか? やめとくか?
「お嬢様」
「うん? セバスチャン?」
「パーティを作った感想ですが」
「おお」
私の旅立ちの朝にドラクエトークとは、やるなセバスチャン。
よし、勇者気分で勇ましくシェアハウスに行こうじゃないか。
「お嬢様……仲間が死ぬと、困ります」
「おう……?」
流暢な日本語で何か語り出したぞ。
「困るので、仲間が死にそうになると慌てます。次に攻撃されると死んでしまう時は、その仲間が攻撃されないようにとハラハラします。回復が間に合うと安堵します。間に合わずに死ぬと残念な気持ちになります」
「う、うん……セバスチャン……わかるよ? その気持ち?」
「仲間とは……ストレスの元にしかならないのでは……」
この悪魔め。まだそんなことを言うのか。
「えっと、セバスチャン。仲間がいることで発生するストレスを楽しむんだよ」
「お嬢様はマゾですか?」
「いや、マゾじゃないんだよ。ほら、ひとりじゃない楽しさがあるんだよ」
「プレイヤーはひとりなのに」
「何言ってるんだ。ひとりじゃないよ。お前いつも配信視聴者と一緒に楽しんでるだろ。もし配信してなくても勇者はゲーム内世界で仲間と一緒だし、プレイヤーだって全世界のプレイヤーと仲間なんだよ」
いけない、口が悪くなってしまいそうだ。
落ち着こう。私はお嬢様だぞ。
「お嬢様、着きましたよ」
あ、現場に到着した……。
シェアハウスをする建物は、家から車で数分の距離にある。このあたりは、どの家も塀が高い。この建物も同様で、高い塀の内側に入ってみると、ペンションっぽい雰囲気だ。
「おはようございます、葉室さん。荷物を持ちますよ」
「あ、恭彦お兄さん。おはようございます。今日からご一緒ですね。よろしくお願いします」
ちょうど同じくらいのタイミングで到着したらしき火臣恭彦が荷物を持ってくれる。
恭彦は車で来たらしい。駐車スペースに、以前乗せてもらった車が停まっている。
……チラッと車の助手席に見覚えのあるロボットが見えたような……。
「お、お兄さん。あのロボット……」
おそるおそる指さすと、恭彦は首をかしげた。
「親父が持たせてくれました。便利なAIが搭載されているので、困ったときに相談するといいと」
「あー、すごく、しゃべりそうですね。誰かさんに似た声でペラペラしゃべりそう」
「葉室さんはロボットにご興味が?」
「いえー、あの、どっちかというと、あのロボットは……」
あのロボット、たぶんAIじゃなくてあなたの父親が遠隔でしゃべる仕組みになってるんじゃないかな。
私も同じものをもらって、封印しました――と言おうか迷ったのは、恭彦が「親父が持たせてくれたんです」ともう一度言ったからだ。そうか、うん……よかったね。
「愛されてますね、お兄さん」
「葉室さん。あのロボット、背面にある蓋を開けるとお守り袋が詰められているんですよ。困ったときに使える何かが入っているようです。何が入ってるんでしょうね。金かな?」
おお、兄の目が輝いてる。
「恭彦お兄さん。気になるなら、開けてみたらどうでしょうか?」
「困ったときに開けてみましょう」
恭彦は真面目だ。言いつけを守るらしい。
「そういえば、恭彦お兄さん。SNSで『火臣家』って見かけましたけど、何かありました?」
「うちはいつも話題になっていますし、何もない方が珍しいので」
「あっ、はい」
恭彦は真面目だ。本気のトーンで言っていた。
「でも、恭彦お兄さん……今日から二週間は炎上生活とおさらばですね?」
「炎上しない生活……いえ、葉室さん。この恋愛リアリティーショー企画は、目立たないといけないのでは? 喧嘩したり仲直りしたり片想いしたり振られたり……」
「えっ。違いますよ。強化指定役者の集団合宿は四六時中みんなで演技のお勉強をして健やかに芝居道をまい進する熱血企画ですよ。やだなあ」
「……あれ? いつも配信されていて、視聴者受けを意識して人気取りをするんじゃないんでしょうか?」
「ち、ちがうと思いますよ……?」
私たちは新たな生活への第一歩を踏み出した。たぶん、演技のお勉強をするために。




