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3章、人狼ゲームとシナリオバトル

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171、『透明な君と、音のないピアノ』八町一組、クランクイン

 ――【八町(やまち)大気(たいき)視点】


八町大気:おはよう江良君。今日の体調はどう?

八町大気:僕はこれから撮影だよ

葉室王司:おはよう八町

葉室王司:元気だよ、後で行くよ

葉室王司:送ったURLは見た?

八町大気:ごめんね江良君。終わってから見るね


 親友との朝のチャットを終わらせて白衣を羽織り、八町大気は台本に視線を落とした。

 

 『透明な君と、音のないピアノ』

 これが、「八町大気が亡き親友に捧げる」作品――八町の復帰第一作目のタイトルだ。

 

 制作会社は株式会社ハッピーツイスト。


 ハッピーツイストの社内では、監督の名前からとった制作チームが編成される。

 『透明な君と、音のないピアノ』の制作チームは、『八町(やまち)一組(いちくみ)』だ。二組は二作目用に別途編成されていて、一組の進捗しだいでは合流もあり得る。

 

 八町(やまち)一組(いちくみ)の部署構成は、プロデューサー部、脚本部、製作部、演出部、俳優部、撮影部、照明部、録音部、音響効果部、美術部、装飾部、衣裳部、ヘアメイク部、編集部となっている。

 メンバーは元々いた社員スタッフと新参スタッフの混合で、個性豊かだ。

 

 例えば、撮影部所属カメラマンの田中は40代後半。

 20代の頃は新進気鋭の写真家として注目され、いくつもの賞を獲得していた。

 しかし、こだわりが強すぎてビジネスの現場では衝突が多く、徐々に仕事が減少。仕事はゼロになり、人生を立て直そうとアルバイトを掛け持ちしながらギリギリの生活を続けていた。

 そんな時、たまたま小さな映像制作の現場でスタッフとして働いていた彼の姿を見た八町が、彼の写真を気に入り声をかけた。

「いいものを作りたいだけなのに、人生って難しいですね」と呟く彼は、若い頃と比べると柔軟になっていた。

 最近、ご子息を失くしたらしい。だが、そんな彼だからこそ、江良の追悼作にふさわしいと思う八町である。


 音響効果部所属の山本は、40代後半。

 ここ数年、国内外で「天才」という呼び声を高めているピアニスト化賀美(かがみ)速人(はやひと)の元ライバルだ。

 学生時代は化賀美(かがみ)速人(はやひと)とピアノコンクールで競って優勝する秀才だった。

 しかし、大学在学中に母親が重い病気にかかり、治療費を工面するために中退。

 アルバイトに明け暮れたが、父親が自殺。母親も後を追うように死去。借金もかさみ、精神的にも疲弊して、自分も死んでしまおうかと自殺名所を訪れた。

 そこに手を差し伸べたのが、偶然ロケハン中だった八町だった。八町はその頃、「死にたい」という感情への共感がまだ薄くて、「自殺なんてよくないよ」と心の底から言えたのである。


 美術部所属の佐藤は、30代半ば。

 元ホームレスだ。彼は過去をあまり語らない。辛い記憶なのだろう。

 断片的に八町が知り得た事情としては、色々あって家族と住む場所を失い、自殺しようとしたところ、ホームレスのおじさんが止めてくれたという経緯だ。

 おじさんとダンボールハウス生活をしながら、佐藤は拾った木材や廃棄された工具で作品を作っていた。

 それをたまたま見つけた八町が「映画の小道具を作ってみないか?」と声をかけたのがきっかけで、佐藤は映画業界に足を踏み入れることになった。おじさんもついでに拾われた。

 八町は自分がおじさんなので、困っているおじさんを見ると拾いたくなるのである。


 衣装部所属の岸田は20代後半。

 彼女はアートスクール卒業後、ゲーム会社で働いていた。

 入社後、上司から「社員イラストレーターの箔付けをしたいのでゲーム会社のイラストコンテストで優勝してこい」と命令され、挑戦したのだが、ネットで人気の絵師兼アイドル月野さあやに敗北し、ゲームも爆死。

 上司からの当たりがきつくなって会社を辞めた。

 自宅に引きこもり状態だった彼女はストレス解消に描いた趣味のイラストをSNSに投稿していたのだが、それが江良のファンアートだった。

 ――江良君のファンアートだ!

 八町は心療内科の待合室で叫んだ。そして、いそいそと彼女に連絡して社員にした。


 こんなメンバーに『鈴木家』の元スタッフたちを迎え「うちの社風に慣れてね、これからよろしくね!」という歓迎会代わりに撮るのが、この初制作だ。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 撮影初日の朝は、天気晴朗(せいろう)なれども風強し。

 この風は泣いてるんだ。

 僕の作品を泣き声で彩ってくれるんだね。

 

 八町の手元には、スケジュール表と絵コンテがある。

 お気に入りのコツメカワウソのティーバッグも一緒。今日もコツメカワウソはいい笑顔だ。


 ――江良君。

 僕は最近、気づいたよ。

 紅茶そのものよりも、コツメカワウソのイラストの方が、僕は好きなのかもしれない。

 イラストが本命だったんだ……。

 

 心の中でしみじみと親友に語りかけ、八町は顔をあげた。

 

 三脚に固定されたカメラ、無数のケーブル、小道具――乱雑だ。

 指示が飛び交う中、急ごしらえのチェックリストがいくつも更新されていく。


「照明、あのバックライト、ちょっと強すぎるんじゃない?」

「いやいや、これぐらい明るくしないと映える絵にならないですよ」

「でもこれ、反射して目立つから、絶対後で指摘されるって! あとさ、グリップ班、そこのレールがちょっとガタついてる気がするんだけど……」


 グリップ班の新人スタッフが慌てて点検に駆け寄る。

 佐藤がそれを見かねて一緒に動き出した。

 

「大丈夫、落ち着け。レールが滑らないのは、この固定具がちょっと緩んでるせいだな。貸して?」

「ありがとうございます……」

「まあ、現場なんてこんなもんだよな」

 

 その言葉には、諦めと愛着が入り混じっている。音響チームも別の場所で苦戦中だった。

 

「あれ? マイク、ハウリングしてないか?」

「風が強いのが原因かも。どうにか防げないかな」

「防風スクリーン、もう1枚重ねて。それと、方向少しずらしてみよう。今の音質だとピアノが綺麗に拾えない」


 周囲からは「あーだこーだ」と小声で意見が出るものの、最後には山本がきっちり調整して、OKサインを出した。

 八町はそんな現場を見渡し、呼びかけた。

 

「皆さん、少々いいですか」


 全員が注目してくれる緊張感が、心地いい。

 しかし、心地よさに酔いしれる時間はない。

 八町は声を響かせた。

 

「この映画は親友、江良君の追悼作品です。僕は、作品を通して彼に感謝しつつ、これまでの自分にお別れをして、新たな人生の一歩を踏み出したい」


 ここに集まっているのは、全員他人だ。

 親友が世間に死んだと思われているが実は女児になってしまっている怪奇に対する八町の動揺を知らない。

 けれど、八町が言葉を尽くして「僕は泣いてる子がにっこり元気になるような明るい作品が作りたい」と言えば、その心を汲んで作品制作に活かしてくれる仲間である。


「個人的な作品、と言えましょう。立場上、本来は許されない……経営者失格なのは承知の上ですが、営利目的ではなく、社会的責任も放り投げ、ただ僕が作りたいものを作りたい――そんな制作に、皆さんには付き合ってほしい。僕のエゴを許していただきたい」


 八町の脳内を活字の群れが踊りまわる。

 自分を批評する文字たちだ。

 

 ロッテン・トマト。映画.com。Filmarks。Yahoo。Amazon。Twitter(X)……「八町大気らしい」「安心」「疲れているときに何も考えないで楽しめる」「需要にこたえている」「こういうのでいいんだよ」「物足りない」「この人は恵まれた人生を順調に歩んできたお坊ちゃんなんだなって思う」「脚本はつまらない。俳優のおかげ」「ストレスフリー」「薄味ハッピー」「現実と違い過ぎる」「こんな人間いない」……。

 

 そして、自分が学生の頃に家で映画を観て、感想を親友と語り合っていたのを思い出す。

「江良君、この映画はこの監督らしい映画だね」「安心して観れるね」「疲れているときに何も考えないで楽しめる」「需要にこたえている」「こういうのでいいんだよ」「物足りない」「この人は恵まれた人生を順調に歩んできたんだなって思う」「話は面白くない。俳優のおかげ」「ストレスフリー」「薄味ハッピー」「現実と違い過ぎる」「こんな人間いない」……。

 自分が先達の作品に言っていた言葉が、自分にそのまま返ってきたようだった。

 

「八町監督?」

「……失礼」

 

 呼び掛けられて、八町は一瞬、自分が思考に溺れかけていたことに気付いた。いけない、いけない。

  

 スタッフの顔がよく見えて、活字が消えていく。思い出が胸に大切にしまいこまれる。

 勢いよく息を吸うと、冷たい空気に喉がひやっとした。

 シャキッとしよう、僕。

 しっかりしよう、僕。

 リーダーらしく振る舞おう。

  

「この映画で僕は江良君を送り出し、再出発をします。どうか、皆さんの力を貸してください」


 現場の空気がピンと引き締まる。

 八町は各部署に確認を取った。

 

「カメラ部、準備はどうですか」

「カメラ、A・B・C全てOKです!」


「音響」

「マイク位置調整済み、録音問題なしです!」


「照明」

「キーライト、フィル、バックライト、全て確認済みです!」


「美術」

「小道具とセット、完全スタンバイです!」


 「グリップ、カメラ移動用レールに問題はありませんか」

 「滑り良好です、八町監督!」


 オールクリーン(何も問題なし)。よろしい。

 

 八町はセット全体を見回しながら、一歩前に出た。

 視線を向ける先には、主演俳優がいる。

 火臣(ひおみ)打犬(だけん)だ。

 

 彼は、江良が健在な頃、八町が積極的に採用しなかった俳優だ。


 八町は化賀美(かがみ)速人(はやひと)と親交があり、化賀美から「火臣の妻は自分の元恋人だった」と愚痴られたことがあった。

 葉室家の令嬢関連の醜聞も聞いたことがあり、「関わりたくないな」と思いながら距離を置いていた。


 スポンサーが付く前の火臣は、地味ないぶし銀的な良い助演俳優だったが、彼についている二俣・葉室の二大スポンサーは彼を主演枠で推していた。

 しかし、江良が存命中の火臣はいまいち地味で、きな臭い。

 主演枠で使わなくても、八町にはクリーンな主演枠である江良がいた。だから、「僕の映画にはいらないです」で終わっていたのである。

 

 そんな火臣との縁は、江良の死後に発生した。

 彼は、自殺未遂をした八町を発見して救急を呼び、退院までの間に何度も見舞いに来た。江良のファンだと語り、八町の心を前向きにしようと励ましてくれていたので、良い人だなと思った。

 その頃、火臣はキャラ変して炎上しまくっていたのだが、八町は「僕は死にたいのに、皆が生きろと言う」という入院生活で若干、良識や社会に対する捉え方が変わっていた。

 そのため、逆張り精神のようなものが芽生えていて、「炎上して生き残ろうって気概、いいじゃないか。スポンサーの人形だった過去より、だいぶ面白くなった」と思ったものだ。

 退院後は家にも来るようになり、劇団アルチストや西の柿座の旧友ともあっという間に親しくなった。

 そして、八町に親子丼の夢を見させてくれた。

 息子の処遇を巡って今はちょっと険悪な仲になっているのだが、「娘に言われたから」という理由で映画には出てくれるらしい。


「八町監督。俳優部にもそろそろお声をかけてくださるのですよね?」


 幾つもの視線が画面の中央に立つ火臣打犬に向けられる。

 スリーピースのスーツが似合う彼の甘いマスクとメンテナンスの行き届いた体躯は、どの角度から見ても画になる。大きく見える――いい主演だ。

 女性スタッフの間から、思わずうっとりとした溜息が漏れた。

 スタッフがうっとりするということは、観客もうっとりするということだ。

 八町は記憶の中の親友を思い出した。親友、江良は大人になりきれない少年みたいなところがあって、加齢を気にしていた。そして、少女になってしまった。

 火臣のように熟れた男の色香を纏う江良の新境地を楽しみにしていたファンもいたのに――。

 

「火臣さん、準備は大丈夫ですか」

 

 火臣は肩をすくめ、軽くウインクを飛ばしてきた。

 

「八町監督。俺の目の前には、すでに江良がいますよ。終わったら飯食おうって言ってます」

 

 江良で当て書きをした小説版の主人公役は、いない。

 しかし、映像に映らない『主人公』を、火臣打犬の演技力でいるように見せかける。

 これから撮るのは、そういうシーン――ドラマ『鈴木家』で葉室王司が演じた「兄役がいないのに、演技でいるように思わせる」手法だ。

 

 これを説明したとき、火臣は楽しい遊びに誘ってもらった少年のように目を輝かせてくれた。主演が乗り気になって「おい、これは楽しいぞ」と言ってくれると、他の俳優も「いいですね」と同調する。

 その瞬間に、俳優部は八町の楽しい遊び仲間になったのだ。


「江良、家に来るか。泊まって行けよ。俺がこの映画にやっぱり出るって言ったら息子が機嫌を悪くしちゃってさ」

  

 火臣は誰もいない空間に向かって親しげに話しかけている。

 ふざけているのか。いや、本気だ。

 イマジナリー江良と会話する火臣はなんとなくイラッとするが、役に入り込んでいるのだと思えば許せる気もする。

 良い状態だ。このまま撮ってしまおう。

 八町は白衣を翻して指揮杖を抜き、宣言した。

 

「それでは、皆さん。クランクインです」


 指揮杖を高く掲げると、杖は陽射しを反射してきらりと輝いた。

 江良はこういう指揮を「痛いよ八町」と言うが、八町は気に入っている。


 指揮杖が振れてよかった。これをすると気分が違う。

 江良君はわかってない。

 気分はなにより大事なんだ。僕の気分を落ち込ませちゃだめなんだ。

  

 ――撮影、開始である。

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