170、田中たけしのブログ、パスワード
田中たけし、というのは、同じクラスの男子の名前だ。
男装していた王司と友達関係で知られていた子である。
葉室王司になったばかりだった頃、私は王司のアプリで友達の存在を知った。
同時に、その友達が亡くなっていることも。
葬式にだって行った……。
自室のベッドに寝そべり、スマホで教えられたURLを開くと、ブログが出てきた。
『しけた日記』? ブロガー名も『たけし』。
これ、田中たけし君が書いたの?
……読んでみるか。
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――『しけた日記』ブロガー:たけし
4月10日(水)
新学期が始まった。C組、席は窓側。
正直、仲良いやついなくて微妙。
1年のときも田中先生だったな。
同じ苗字だから親近感持たれてたりして?
このクラス、田中が3人いるし。多すぎだろ。
委員長が「田中四天王」とか言いやがった。
俺以外の田中は政治家の娘、お笑い芸人の息子、もう一人はサッカーのスーパー中学生?
そんな3人と一括りにすんな。俺、凡人。
4月18日(木)
クラス内のカーストが完成したと思う。
政治家の娘が上位だ。みんな顔色うかがってる。
政治家の娘、別のクラスの男子をめちゃくちゃ敵視してる。
そっちも政治家の息子で、親同士が敵対してるんだってさ。学校に政界の派閥を持ち込むな。
クラスにいるだけで派閥メンバー認定されそう。
距離取っておこー。
4月20日(土)
図書室でクラスの奴とLINE交換した。
友達になったかもしれん。
そいつ、すげー家の坊ちゃん。
見るからに陰キャオーラ出てるチビ。
よく見ると女子みたいに可愛い。
そいつが机の上に置いてたしおりが目に入ってさ。
江良●足のファンイベ限定グッズじゃんって思って。読んでた本も八町●気の文庫本。
眠くなる本だ。子供騙しの絵本みたいで、つまらない。
でも、そいつはその本が気に入ってるようだった。
「フローズンドクター見た?」って話しかけたのに目も合わさねえの。
でもLINE交換した。
しゃべらねえのにチャットしてる。
特定回避のためにそいつのことは「チビ」と書くことにする。
4月22日(月)
チビの家に誘われて行ったらメイドがいた。
シングルマザーで、親とは不仲らしい。
親がいる時間帯は断固として部屋に引き篭もって顔合わせないんだって。
親も多忙だから無理に引っ張り出そうとしてこないらしい。反抗期の腫れ物扱いされてそう。
飼ってる蝶見せてもらった。
「マーカス」って名前。
しかも「蝶と話せる」とか言い出した。正気か?
チビは非公式の江良●足のファンコミュに誘ってくれた。
ディスコードだ(略してディスコ)。
正直俺はそんなに江良●足に興味ない。
格好いいとは思うけど名前が逆から読んだら「くそくらえ」だし。
趣味悪くないか?
ボイスチャットは色んな年代の信者が話してるの聞いてると楽しいかも。
アイドル声優もいる。声似てるから本物かも。すげー。
明日はみんなで同時視聴で映画鑑賞するんだってさ。
有料の映画だし江良ファンでもないから、俺は参加しない。
悪いが時間と金がもったいない。
5月7日(火)
チビのじーちゃんが退院したんだって。
入院してたことすら知らなかった。
世間には秘密にしてるらしい。
チビは正気を疑うことばかり言う。
「じーちゃんは悪魔憑きの二重人格だった」とか。
「悪魔が抜けて治った」とか。
「蝶が教えてくれた」とか言うんだ。
じーちゃんよりチビの頭が心配になる。
現実と虚構の区別がついてないんだ。
弁当も悪魔が作ったとか言っててさ。
将来が心配になる。俺がなんとかしてやるべきか?
ドウヤッテ?
弁当のたまご焼きを分けてくれたけど美味かった。
5月25日(土)
オフ会に行った。楽しかったけど疲れた。
あと、衝撃の事実を知ってしまった。
5月26日(日)
(パスワード入力が必要な記事です)
5月27日(月)
(パスワード入力が必要な記事です)
6月5日(水)
八町●気の新作の予定が発表されたから、チビに教えた。
「楽しみだな、一緒に読もう」って言ったら「うん」だって。
八町●気の本は「そんないい人ばかりじゃないだろ」「そんなに人生うまくいかないだろ」って言いたくなる平和ボケした雰囲気で、「ストレスフリー」とか「薄味ハッピーエンド」とか言われてて、俺も同じ感想。
でも、チビはそれを楽しみに生きるんだ。
八町●気がずっと新作を出し続けてくれたらいいと思う。
生きる理由なんて、「新作を読みたい」とかでいいと思うんだ、チビ。
6月25日(火)
例のディスコに先生が入ってきた。声でわかる。
こっちがわかるということは、あっちもわかるよな。
まだバレてないと思うけど。
バレてないといえば、チビが別のクラスで変な噂されてる。
A組の女子がチビに告られて振ったとかクズとか。
そんなはずないのにな。ばからしい。
赤リンゴアプリも流行っている。
最近、チビのことばっか考えてる自分がいてキモい。
7月15日(月)
(パスワード入力が必要な記事です)
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「こ、このブログ……」
チビは王司のことだよね。
蝶を飼っていたんだ?
そして、そいつは「マーカス」って名前だったんだ。
「じーちゃんが悪魔憑きの二重人格だった」って、葉室家のおじいさまのことだよな?
ディスコに入ってきた先生は、誰だ? 担任の先生?
あと、これをどれくらいの人が読んでるの?
アクセス数の表示がないからわからないのだが……検索避けみたいな伏字があるから、普通に考えるとそんなにアクセスされてなさそうだが。
「……これ、パスワードが必要な記事が気になるな」
幸い、我が家には有能な執事がいる。
セバスチャーン。
執事の部屋のドアをノックすると、鍵はかかっていなかった。
開けるよ。どうせ配信してるんだろ。声が聞こえるし。
「一人旅の方が楽じゃありませんか?」
赤毛の執事セバスチャンは、思った通り、配信中だった。
あれ、でも珍しいな。服装が執事服じゃない。
ドラゴンの着ぐるみパジャマだよ。フードがドラゴンの頭になってるやつ。
ドラクエ実況配信だから?
目元にゴーグルもつけてる。そのゴーグルはなんだ? 勇者の額当ての代わりか?
:葉室王司!?
:執事さん日本語うまくなったよね
:ちゃうちゃう、こいつは普段下手なふりしてるだけよ
:王司ちゃん来てるぞ
「経験値は頭割りされるし。装備更新の金人数分かかるし。様子を見なきゃいけない味方増えるし。勇者は魔法も特技も回復もまあまあ出来るからクリティカルな麻痺と眠りをアクセで防いでブーメラン投げた方が強いのでは」
おーい。寂しいことを言うなよ。
「セバス君。冒険の旅は仲間との日々を空想するのが楽しいんだよ」
「はっ。お嬢様」
「キャラメイクして名前をつけた仲間との会話とか関係性を妄想してごらんよ。魔法使いにベロニカって名前をつけたり、僧侶に委員長って名前をつけてもいいんだよ」
「そんな楽しみ方が……」
:仲間の良さを説くお嬢様いいね
:初見なんだけどなんで皆落ち着いてるの!?
:慣れてるから
:セバスくんのハーレムパーティメイキングが始まるな
:趣味を出していこうセバス君
:ええええええええ
:またベロニカと冒険しようぜ
:本命はどっちなの?
:この配信はよくお嬢様が来るんだ
:王司ちゃん、執事の勇者は性格がえっち
「このあとセバスくんのハーレムパーティメイキングでーす。ちょっと休憩でーす」
:お嬢様による強制ハーレム化
:これはパワハラですね
:遊び人でお嬢様連れて行こうぜ
:マイクミュートされちゃった
:なんでみんなそんなに落ち着いてるの!!
:日常風景だから
:うん
:執事さん反抗して男だけのパーティ作ろうぜ
パワハラお嬢様になりつつ、私はセバスチャンに依頼した。
「セバス君。このパスワードを教えて。記事が読みたいんだよ」
私の執事は有能だ。
パスワードは、解けた。
「victory0111」
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――『しけた日記』ブロガー:たけし
5月26日(日)
衝撃事実。チビが女だった。
家の都合で男として育てられたんだって。
しかも、母親は生みの母親ではないらしい。
生みの母親はなんかヤベー奴で。
じーちゃんも悪魔のせいでヤベー冷酷マン化してて今もメンタル不調で。
ばーちゃんも心身病んでヤベーって。
育ての母親は優しいけど妹や親の言いなりになりがち、子供も人形遊びしてるようなノリで育ててきたんだって。
うーん。本人の一方的な説明だから大げさに盛ってる部分もあるかもしれないが(チビは蝶と話せるとか悪魔とか普段からアレだからな)
でも男として育てられて生活してんのは事実なんだよな。
5月27日(月)
チビは女の体に成長していく自分が嫌なんだって。
初潮が来る前に死んでしまいたいと言っていた。
生きててもこんな世の中じゃいいことないって言ってさ。
ニュースやSNSを見せてきた。なんか、炎上とかそういうのばっかり。
とりあえず「死ぬとか言うな、世の中いやなことばかりでもない」って言っといた。
自分でもありきたりで捻りのないこと言ったなと思ってる。
7月15日(月)
江良九足が死んだ。ディスコは大騒ぎだ。
何人かがヤバいことを言い出した。赤リンゴアプリ使ってみんなで死のう、みたいな。
集団で暴走してるんだ。
「全員で同じ願い事をしたら江良が生き返るんじゃないか」とか、オカルトな妄想をみんなして膨らませてる。
全員、正気じゃないよ。やばい。
チビは集団に影響されて、また「死のうと思う」と言い出しやがった。
しかも、「マーカスが寂しくないようにマーカスみたいに蝶になる」とか言うんだ。
「もう人間の社会いやだ。いらない」ってさ。遺書まで書いちゃって。
俺は赤リンゴアプリが見つからない。
「マーカスが寂しくないように」ってなんだよ、俺が寂しがるとは思わないのかよ。
俺だってお前と一緒にいたいんだ。だって俺
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だって俺、のあとは、文章がない。でも、彼の気持ちはわかる。
私は、八町が死んだときに自分が感じた気持ちを思い出した。
――大事な友人なんだ。
田中君は、王司の親友なんだ。
そして、彼は交通事故で亡くなった……。
「こ……これ……」
「ふむ」
セバスチャンを見ると、酷薄な目でブログを眺めていた。
吐き気がする。
悪魔は、冷淡にコメントをした。
「彼はアプリを見つけることができました。彼女は願い、彼も願ったのです。二人で願いを叶えて、今は仲良く一緒に、天に召されていることでしょう。ハッピーエンドですね、お嬢様」
「――うえぇっ」
ああ、吐いちゃった。この悪魔め。
思い出した頃にこうやって最悪な気分にしてくれるんだ……。
私はぐるぐると眩暈を覚え、三日ほど寝込むことになった。
おかげで、また「葉室王司ちゃんは病弱」ってイメージが加速しちゃったよ。




