167、受け攻めの派閥違いは戦争の元なんだ
「王司、アリサ。恋愛リアリティショーに出るんだ? びっくりだよ」
GAS説明会の翌日。
中学校に行くと、カナミちゃんに変なことを言われた。
「カナミちゃん、今なんて? 私たちが参加するのは合宿だよ?」
「シェアハウスだよね。定点カメラがあって、恋しちゃうやつ! ほら、配信チャンネルもできてるよ」
おや。カナミちゃんが見せてくれるのは、『ステイ・イン・ラブ』というタイトルの配信チャンネルだった。
『GASに選ばれた青少年の甘酸っぱい青春シェアハウスをみんなで見守ろう』?
うわー、なんかそれっぽい。すっごくそれっぽい。
「カナミちゃん、これね、参加予定だった人が『やっぱりやめます』って言って逃げていく企画だね」
「そうかなあ。目立ちたい子たちにはいいと思うし、売れっ子有名スターと熱愛するチャンスだからみんな参加したがりそう。『やっぱり参加します』って申し込む人が増えるんじゃない?」
果たして参加者は減るのか、増えるのか。
ちなみに、アリサちゃんは参加するんだって。
「アリサちゃん! ずっと一緒に行動しようね」
「うん、相部屋にしようー!」
相部屋! わあ、楽しそうだな。
よし、決めた。
私は青少年の甘酸っぱい青春を遠くで見守りながらアリサちゃんとカレーを食べるよ。
3人で話していると、クラスの子が集まってきた。
委員長もいて、「文化祭の看板が売れたので」と言ってアリサちゃんに代金を払っている。
ああ、あの「オークションで売る」って言ってたやつ。本当に売ったんだ。売れたんだ。
「え、なになに? 委員長がお金渡してる~」
委員長がアリサちゃんにお金を渡すのを見て、クラスの子はびっくりしている。
結構な金額だもんね。もっと他に渡し方あるだろ。目立つよ。あやしいよ。
「犯罪の匂いがする!」
「闇バイト?」
アリサちゃんが「ちがうよー」と困っているじゃないか。委員長め。
みんなして騒いでいると、二俣夜輝が来た。
今日も円城寺誉が一緒……、あれっ、なんか円城寺は元気がないな。
私が気にしていると、二俣は自分の体を盾にして視線を遮るように立ち位置を変えた。ナイトか。
「葉室。最近のお前たちは学業をおろそかにしすぎだ。放課後、俺の家で勉強会をするから来い。今日は逃がさん。校門の前で集合だ」
なんだって。唐突すぎるだろ。
私たちが顔を見合わせていると、二俣は人差し指を自分の口に当てた。
唇がぱくぱくと動く。ほう。読唇しろと? なになに?
『お、あ、え、お、あ、え、あ、う』?
うーん。
おまえ、おまえ、あう?
うーん。わからないな。すまん、二俣。ちょっとわかんなかった。
「わかったか葉室。拒否権はない。お前たちトリオのスケジュールが空いているのは確認済だ」
「えっと、よくわからなかった……。あと、どうして私のスケジュールが二俣さんに把握されてるのでしょうか」
二俣は答えをくれなかった。
先生が来たからだ。タイミング悪いよ、先生。
休み時間にアリサちゃんやカナミちゃんと話した結果、お勉強会のお招きは受けることになった。
カナミちゃんが「トリオだって!」と、トリオ扱いに喜んでいたからだ。
「あたしたち、仲良しトリオだからね!」と何度も繰り返してニコニコしている。仲良しと言われると嬉しくなるよね。うん、うん。仲良しトリオだよ。チーム友達、ずっ友だよ。
「あ、セバスチャンに送迎いらないって連絡しておこう」
スマホでセバスチャンに送迎不要の連絡をすると、ゲーム音が聞こえた。うちの執事はゲームが趣味なんだ。
「セバスチャン。今日はねー、お勉強会に行くんだ。自由時間でゲームを楽しんでね」
「おー、お嬢様。アリガタキ幸せ。デハ、ドラクエをシマス」
「3が終わったら11に戻るといいよ」
「11は私の心を傷付けました。サヨナラデス」
「悪魔のくせに何を言う……続きをすると感想が変わるかもしれないよー」
あまり言うとネタバレになるから、強く勧められないのが困ったところ……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
放課後、校門前に集められた私たちは、二俣の家へと向かう漆黒の高級車に乗せられた。
外車だ。海賊部で三日自動車の御曹司とつるんでるんだから三日自動車の車使ってあげればいいのに。
「王司、送迎車が行列作ってる。やべー、見た目の圧が強すぎ」
カナミちゃんが大興奮だ。スマホでいっぱい写真を撮っている。
「王司ちゃん。海賊部とアイドル部のメンバーはほとんど呼ばれてるみたいだね」
「うん、うん。私たちも人のこと言えないけど、みんなよく急な誘いについていくよね」
出発すると、カナミちゃんが歌を口ずさみながらスマホを向けてきた。
「♪ねえねえショーが始まるよ! カナミが旗を振りますね~、いえーい、うちら誘拐されてまーす」
「カナミちゃん。これ、配信? 誘拐はされてませーん。勉強会に行くところでーす」
カナミちゃんは気づくと炎上しそうな発言をする。危ない、危ない。
重厚感のあるシートに座るカナミちゃんとアリサちゃんを、窓から差し込む夕陽の光が柔らかに照らしている。うーん、平和。
「♪勉強なんかめんどいぜ」
「♪でも、しないといけないんですぅ!」
「♪あたし、炎上しちゃうぜ」
「♪しちゃだめですぅ~!」
思いつきの歌詞で歌い合っているうちに、車は目的地に着いた。
塀は高く、門の中央には華麗な家紋が刻まれ、その向こうにはまっすぐに伸びる石畳の道が続いている。
その先に見えるのは、荘厳な洋館――雰囲気、ちょっと火臣家に似てるな。こっちの方が新しい感じだけど。
中学校の生徒たちを乗せた車が停まってみんなが降りてくる中、門からは他の車も入ってきた。
どれも高級車だ。
乗ってきたのは、大人みたい。
見たことのあるおじさんがいる。特徴的なチョコレート色の髪……。
「気にするな。俺の父親の客だ」
「あ、はい。二俣さんのお父様のお客さん……円城寺さんのお父様ですね」
「選挙に落ちたんだ。それで、誉が落ち込んでいる」
「ああ~、そういう……そ、それはそれは……」
「大人は大人が励ます。俺たちは俺たちで気を紛らわせてやろう」
おや。優しい。
ああ、そっか。今わかった。
お、あ、え、お、あ、え、あ、う。
あれ、『ほまれ を はげます』――誉を励ます、だったのか。
おお、二俣! お、お前~!
「二俣さん。いいところあるんですね。見直しました。今まで右だと思ってたんですけど、左に派閥変更しようと思います」
「王司ちゃん、そういうの本人に言っちゃだめだよ」
はっ、しまった。つい。
右と左というのは、乙女の秘密の暗号だ。
具体的に言うとボーイズラブで左が攻め、つっこむほう。右が受け。つっこまれるほう。
中学校には二俣と円城寺のニコイチコンビの「どっちが右でどっちが左か」の派閥があるのだが、本人に言うことではなかったな。反省しておこう。
しかし、二俣を見ると前半しか聞いていなかった様子で、「そうか。俺を見直したか。フン」と視線を逸らしてニヤニヤしていた。嬉しそうだな。
よかった~~! 後半が聞こえてなくてよかった~~!
「王司、さっきの話だけど……派閥変更するの?」
あっ、カナミちゃんが機嫌を急降下させてる。
しまったな。
受け攻めの派閥違いは戦争の元なんだ。
ついうっかり、とんでもないやらかしをしてしまった。
「ごめん、カナミちゃん。一瞬の気の迷いだったよ。やっぱり元の派閥に戻る……」
「王司。あたしに気を使わないで。そういうのよくない、心に正直でいようよ。王司が左だと思ったんなら、無理して右って言わなくてもいいんだ。ってか、ごめんね。あたしが同じ趣味じゃなくて。左の良さがわかんない……はあ……趣味が合わなくて、つらい」
うわぁ、落ち込んじゃってる。
「あの、ごめんねカナミちゃん。ほら、二俣さんが円城寺さんを思いやってて優しいなーって思って。それで……ほら、リードしたり助けてあげる彼氏役みたいな」
「あたしはその相手を思いやって世話を焼くご奉仕マインドが右っぽいと思うの。でも、王司はそれが左だと思うんだよね。だから、あたしたちは……合わないの……!」
「カ、カナミちゃん!」
あー、これはだめだ。
私にはわからない世界に足を踏み入れつつある。素直に「そっか」で終わらせておこう。ごめん、カナミちゃん。私の浅い理解度では、なんて言ったら「そんなことないよ、趣味合うよ」と主張できるのかがわからないや。
「右っぽい」の理屈がわからないもん。理屈じゃないのか? 感覚か?
「お前ら、俺の家で気持ち悪い喧嘩するな。これだから女子は。めんどくさい」
はっ。二俣が呆れてる。
あと、なんかペットを連れて来てる。大きなゴールデンレトリバーだ。へえ、可愛い。
目がくりくりしていて、毛がふわっふわ。
人懐こい気配でこっちを見てる。触っていいの? わー、ふっわふわ。
「名前は、プリンセスだ」
二俣の紹介で「わんっ!」と元気よく鳴くプリンセスは可愛くて、私たちは一瞬で相好を崩してギスギスを忘れた。
「キャハハ、舐めるな~! くすぐったい!」
二俣のおかげでカナミちゃんが派閥問題を忘れたみたいに機嫌よくなって笑ってるよ。
二俣。プリンセス。
ありがとう。戦争は回避できたよ。
私は心の中で二俣に手を合わせた。




